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スローイング後の出会い

「知らない、森だ」


周囲に果てしなく生い茂る木々。あまり不快ではない土の匂い。風が吹いて葉と葉が擦れる音が増幅されて心地よいものになる。


どうやら俺はレイネスによって見事に知らない場所へスローイングされてしまったらしい。

確か異世界とかなんとか言っていた。もしそれが本当ならここは全くもって自分の知識にない未知も同然なわけである。

まずは体の調子を確認するために立ち上がり、軽く準備運動をする。

次に全身へ魔力を供給。


「肉体、魔力全般に問題はなし。にしても、ここから出ないことには何も分からないな」


いきなり森の中に放り込まれた挙句、示す物さえない。レイネスは俺に対してなにかをしろと言ったわけでもない。つまり今の俺は目的もなくここへきてしまったのだ。

この場にいても仕方がないので、とりあえず風の吹いてくる方向に向かうことにした。

道もへったくれもないところをひたすら突き進んで行く。特に厄介なのが木の根だ。こいつらが複雑に絡み合っているせいで余計歩きにくくしている。

歩き始めて一時間くらい経っただろうか。少しずつ木の本数が減ってきた。

その時だった。


「私はこんなところで死ねないんだから!」


突然、前方からそんな声が聞こえた。

足に微弱ながらも強化魔術を施し、森に慣れてきた足で速度を上げて声の発信源へ向かう。

僅か数秒で彼ら、いや、彼女らの姿を目視。ざっくりと状況を判断すると、どうやら緑色の武装をした人間? のような奴が少女を襲っているようだ。

不細工ながらも手入れされた剣で少女を斬ろうと右腕を振り上げている。

少女は地面から拾い上げた木の棒で防御体制をとる。


(あれじゃ棒ごと叩き斬られるぞ! )


保有している内の三分の二ほどの魔力を三本の魔力管に通し、最も簡単な攻魔術、魔弾を三つ生成し、振り上げられた腕、顔面、横っ腹目掛けて放つ。

狂いなく放たれた魔弾は吸い込まれるように各々の部位に炸裂。緑色の人間は吹っ飛び、木に激突した。


「君、大丈夫か?」


「え、あ、はい。元気です!」


両手に拳を作ってガッツポーズのような仕草をとった少女に俺は思わず苦笑してしまった。


「そうか、じゃ、逃げな。......あいつまだ生きてる」


「え、そんなこと」


「いいから、今の君は戦力としては期待できない」


今、この場所は生死を分ける小さな戦場だ。命が惜しいわけじゃない。けれど、目の前で無抵抗に、不条理に失われる命を見過ごすことはできない。


「もし離れたくないんだったらそこの木の陰にでも隠れていてくれ。すぐ終わらせるから。ついでに迷子だから道も聞きたいからね」


「迷子、ですか」


「いやそこだけ抜きださなくてもいいから」


なぜか迷子の部分だけ突かれてしまった。ふふっ、と手を口元に当てて微笑む彼女の顔を見て、精神的に落ち着いたのを確認して、すぐさま起き上がった、緑色の人間改め、ゴブリンの一挙手一投足を離さず見る。

俺の姿を視認したゴブリンはすかさず突撃を仕掛ける、が、そんな戦法では魔術なしの俺にすら勝てない。

なぜ魔術なしの俺、というのを持ち出してきたのかと聞かれれば簡単にこう返せる。


強化魔術が魔力切れで解けました。と。


これに関しては想定済みだ。

当然サンドバッグにされていた頃は魔術での防護なんて一切なかった。最初から魔力切れを起こすならサンドバッグにされるついでに体の超回復を利用して地の力を鍛えようという考えに至り、ずっとそうしてきた。その結果が。


「ふっ! はぁ!」


突撃を横にあえてギリギリで避け、ゴブリンの剣を持つ右腕を横から手刀で叩き落とす。そのまま息も突かせず、膝で胸部を下から突く。

ゴブリンは大きくよろめき、片膝をついた。

そこで俺は落ちた剣を拾い、ゴブリンの首目掛けて、遠心力を利用して振るった。

血飛沫が舞う。

緑色の頭部が鈍い音を立て、複雑に絡み合った木の根にぶつかりながら転がる。

俺はここにきてからいきなり命を奪うという行為をしたが、罪悪感なんてものは微塵もない。

それが当たり前で、考える必要はない事柄なのだ。少なくとも俺にとっては。


「怪我、ありませんか?」


隠れていた少女がささっと近寄ってくる。改めて見ると美しい、と思った。淀みの無い紫紺の瞳と髪。同じ色をしたローブ纏い、その手には籠を持っていた。

珍しい、というより見たことが無い色であった。これまで十八年という年月を短いながらも過ごしてきたが、知識として紫紺の瞳や髪を持つ人間なんて聞いたこともないし、当然見たこともない。


「ああ、怪我はない。だが、少々魔力が切れてしまってね。正直まともなところで休みたいところだ」


「なら任せてください。私の家は無駄に広いので休む場所はもちろん、寝床など有り余ってますので。後、先ほど聞いた話だと迷子ということなので、案内しますね!」


眩しい笑顔を見るのが辛い。迷子とそんな顔で言われてしまうとなんだか大人気ない気がして気恥ずかしいところだ。と言ってもまだ俺も世間一般から見ればまだまだ生意気なガキではあるが。

少女の好意に甘えて、俺は案内してもらうことにした。

意気揚々と先導するその姿を見て懐かしいと感じた。理由は分からない。けれど、ただ懐かしいと思った。


彼は歩き出す。

失われた彼女の姿と重なって見えていたことを自覚せずに。

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