ラフロイグの思い出
“ラフロイグ”というウィスキーは、とても香りが強い。
俺には、薬品のような臭いにも感じる。
このせいで敬遠する人もいるが、俺は中学時代を思い出す。
当時所属していた科学部は、男8人、女3人の部活だった。
その中で湯沢さんは、可愛らしく、誰とも分け隔てなく接し、クラスでも人気があった。
恋心を抱いてはいたが、自分のようなブ男と釣り合うはずがないと、ずっと閉じ込めていた。
ある日の部活。
実験の後の片付けで、湯沢さんと二人きりになった。
洗った器具の水気を拭きとっていると、突然、湯沢さんが言った。
「あ~、甘いものが食べたい。
ねえ、カルメラ作ろ!」
望みを叶えるべく、器具を片付けながらアルコールランプと三脚台とお玉を用意した。
湯沢さんは、先生がいつも隠している所から、砂糖と重曹を持って来た。
二人で作っているうちに、薬品の臭いのする部屋がお菓子の香りになっていく。
何の脈絡もなく、湯沢さんが言った。
「ねえ、私のこと、どう思う?」
胸がドンドン鳴った。
そして、唾を一回飲み込んでから、答えた。
「・・・・・・うん。・・・女友達かな」
本当の気持ちを言えなかった。
「そっか・・・・・・・・・」
出来上がったカルメラを
「おいしい!」「甘い!」
と言いながら食べた。
その後、二人きりになることは一度もなく卒業した。
あの時、何と答えれば正解だったのか、この十年繰り返し考え、想像してきた。
このラフロイグを飲む度に何度も。
その正解がすでに意味はないことは、もう分かっている。
半年前の同窓会で、彼女はすっかり大人になっていた。
今はこの地元に戻ってきているそうだ。
俺がよく、このバーで飲んでいることを話した。
だから、
バーの扉が開く度に、俺の胸は少し大きな音をたてる。