02.
ドールを家に連れて帰って、それから似狐とドールの生活が始まった。似狐はドールのいる生活というものに、何故か最初から戸惑うことはなかった。似狐にとってのドールの存在というものは、そこにあって当然のような存在になってしまったのだ。彼の中であの白い少女は、目の前にしたその日から、そんなかけがえのない存在として認識されるようになってしまった。
白い肢体を惜しげもなく晒しながらドールは似狐の家で入浴をしていた。
彼の家は、大学生にしては広いマンションの一室だった。リビングも大きく、カウンターのようになっているキッチンがリビングからはうかがえる。料理が趣味の男らしく、キッチンもきれいに整理整頓されていた。キッチンに限らず、彼の家はどこもきれいに掃除されていたのだが。整理整頓していないと落ち着かない、というのは彼の弁であった。また、現在ドールには一室部屋が宛がわれている。ドールが来る前は似狐の書斎となっていた部屋なのだが、ドールがきたその日からドールの部屋となっていた。余っていたらしいソファベッドや彼女が生活できるだけのものをそこに運び込んで、そしてそれを彼女の部屋とした。
ドールは生きるのにそこまで多くのものを必要としなかった。ドールに必要なのは、部屋で着るための服、適当な下着、彼女の長い白髪を梳かすため櫛だけだった。それ以上のものを求めなくとも、彼女には似狐が昔読んでいた本とか、そんなものがあれば十分だったのだ。
広いバスタブにその幼い肢体を存分に浸す。白い肌はお湯の中に浸されたせいか薄い桃色に染まっていた。その桃色に染まった肌は白い髪の毛と相まってあまりにも美しい色合いを成している。
湯に浸かる白髪は湯船の中に広がって、そして美しいまだら模様を描いている。少しだけ濡れているのはもうシャンプーをすましたからなのだろうか。彼女の身体からは甘い、不可思議なほどに甘い香りが漂ってきていた。蠱惑的な甘いその香りは、彼女のことを更に魅力的に彩っていた。
ドールは満足したのか、そっと湯船から出る。
脱衣所にある鏡には、彼女のすっきりとした脂肪ひとつない身体を映し出している。伸びた腕の先から頭のてっぺんまでが真っ白い彼女の、唯一黒い瞳がその鏡のなかの姿を一瞬見つめて満足そうに眇められた。
彼女が着ている服は似狐のものだ。初日にきていたワンピースは外に行くときにしか着ないのだ。いつもは似狐の着ていない服を着ている。今日もそうだった。彼女は似狐が着ているいつもの服をその素肌の上に羽織るとそのままリビングに向かった。
殺人鬼、横峯似狐は今日もエプロン姿で食事を作っている。手慣れた手つきで食事を作る様子を見ると、本当に殺人鬼には見えないのだ。殺人鬼なんて言葉が嘘のように包丁を操り、フライパンを握っている。彼の瞳はいつだって死んだように濁っているのに、そうやって料理をしているとまともに見えるのが、ドールには不思議だった。
「ドール、風呂出たんか?」
「出ました。良いお風呂でした」
「……ほんまにパジャマとか買わんでええの?」
似狐が作る料理は一人分だ。
ドールは料理を必要としない。ごはんを食べることを必要としない。
彼女はごはんを食べないが、食事をとる似狐を見ているのは好きだった。彼女は穏やかに笑いながら配膳を手伝うことを申し出た。今日の夜ご飯はどうやらミートオムレツのようだった。ほかほかした黄色の卵に赤いケチャップが目に鮮やかだ。
それを楽しそうに机に運びながら、ドールは言葉を漏らした。
「今日もおいしそうですね」
「ならお前も食べればええのに」
「私はごはんを食べませんから」
いつも通り、オレンジジュースを冷蔵庫から出したドールはそのまま席に着いた。ごはんを食べない少女はオレンジジュースだけで出来ている。彼女の血液はきっとそういう甘いもので出来ているのだ。
「さあ、ごはんたべよか」
「はぁい」
穏やかな食事が始まる。緩やかな時を切り取ったような、穏やかにただよう食事の香りの中の、ひとときだった。