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prologue

 それは、酷い夏の日だった。

 秋の風がひゅんと吹き付けるような雰囲気になってきた夏の日。

 世界の終りのような赤い日が落ちる世界の中で、その街、檻崎市の路地裏は赤く染まっていた。

 赤く、ぬらぬらと。ぬらりとした色を留めながら、路地裏には複雑怪奇な色合いを描く彷徨い方をしている。世界で一番残酷な絵具で描かれた絵画がそこにあるような錯覚に陥る幻想だった。それは夕焼けの色をより濃い色合いにしている。赤と赤でつけられた複雑な陰影の中で、ひとりの男が佇んでいた。

 その路地裏の赤さは、比喩などではない物理的な赤だった。物理的に、ぐちゃぐちゃとした赤色に染まっている。酸化しかけの、赤茶色になっている部分もある。それは、血液だった。どろりと濁ったような血液の色をした空気の中で、たたずむ男はぼんやりとした目つきで煙草に火をつけている。

 深く溜息のように吸い込んだ煙を吐き出して、男は丸眼鏡の奥の瞳でゆっくりと世界を見つめた。彼の片手には大きく無骨なナイフが握られている。その刃は鮮やかすぎるほどの赤に染め上げられていて、そして、それは未だに地面に滴っていた。ぽつ、ぽつ。緩い音を立てながら雫が地面に滴って、地面を赤く汚していた。赤く、彩っていた。

 同年代の青年よりも圧倒的に背が高そうなその青年は困ったように首をかしげる。

 懐から出した布でそっとナイフの刃を拭い、錆びることを防げば青年は途方に暮れたように屈みこんだ。酷い損壊のされ方をした死体の頬らしき部分をそっと、指先でつつく。

「あのー……流石に生きてはないですよねー……」

 生きてるなら生き返ってほしいんやけど。

 意味の分からないことを言いながら青年は溜息をついた。

 今しがた人を殺したこの青年の名前は、横峯似狐(よこみねにこ)。殺人者である。殺人、人を殺すことを趣味嗜好とする青年は、密やかな溜息をついた。

 彼は一週間に一度しか殺人行為を行わない。しかし今日はどうしてもいらつくことがあったようで、ついつい、路地裏に迷い込んだ人間を殺してしまったのだ。それを延々と後悔しながらも、似狐は胸の奥に湧き上がる爽快感と高揚感に体を任せていた。人を殺したときの感覚は、酩酊に似ている。そんなことを考えながらも、似狐はそこから去ろうとした。誰かに見つかったら一巻の終わりだ。

 そんなとき、密やかな足音が聞こえた。密やかに、何もないような。何でもないように気配を消した足音。似狐は勢いよく振り返った。もうひとり、殺さないといけないと溜息を吐き出しそうになりながらも振り返った先には、一人の少女が立っていた。

 白い、白すぎるほどの髪の毛。少女らしい純粋さを、潔白を感じさせるような冴えた純白の髪の毛は腰のあたりまで伸びている。しかしそれは伸ばしっぱなしにしているだけのようで、綺麗に手入れされているというわけではなく、もつれて伸びている。

 くう、と低く似狐の喉が鳴った。殺さなくちゃいけないというのに、目の前の少女はあまりにも美しかったのだ。髪と対照的にすっきりとした黒い瞳はくるりとした猫のような形をしているくせに、狼のような気配すら漂わせている。桃色の唇はぷっくりと潤っていて、笑みを浮かべるその唇のすきまから覗く歯は真珠のような色合いをしているのだ。そして、肌も、着ている服もなにもかもが白かった。色素が抜け落ちたような白さをしている。アルビノではないのだろうな、と似狐はぼんやりする頭の片隅で考えた。

 少女が口を開く。

 怯えることもない、何処か楽しむような口調で少女は、言った。

「お兄さんが殺したんですか?」


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