02:突然だが、だいたい2週間前の話をしよう1
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「異世界召喚キタアアァァァアア何処だここ!?」
光が収まった次の瞬間、その空間に響いたのは歓喜から疑問へと滑らかにシフトするクロセの雄叫びだった。
……いやさっきまで居たとこじゃないのはわかるけども!
わかるけども、とうてい納得など出来はしない。雄叫びを上げたままの姿勢で上下左右を見た。
部屋だ。立っている位置が真ん中だとすれば、ひとクラス30人程度入る教室くらいの広さはあるだろうか。窓は無く、壁から天井まで淡いグレーで統一されている。だが、
……これ絶対、求めてるのと違うやつだろ……!
天井まで継ぎ目の見えないドーム型で、時折そこを青い光が走っている。 そして、宙に浮かぶモニターが部屋の中にいくつもあった。
……ファンタジー感ゼロというかもう、
「来てるな、未来!」
何だここ何なんだこことぐるぐる混乱した頭で思わずラーメ○ズのコント「AT●M」のセリフが口をついてしまった。
未来か、そうじゃなかったとしても超古代文明的な何かだ。青く光る石で空を飛ぶみたいな。
……どちらにせよ現代知識が意味無いタイプのアレだこれ。
どちらにせよ同じなら慌てても仕方ない。開き直ることにしてゆっくりと深呼吸を繰り返す。
落ち着いてくるにつれ、最初の喜びを返せという気分になってくるがまあ、それは別に構わない。
問題は背後にあった。
……明らかに笑いを堪えてるヤツがいるな。
落ち着いたことで狭まっていた感覚が戻り、その結果、背後にある人の気配を感じることになった。いや、本当は堪えられずに一回「ぶふっ」と噴き出すのが聞こえたから気づいたと言うのが正しいが。
……これきっと召喚した側だよな……。
頬に鈍い汗が浮かぶ。第一印象がかなりマズいことになっていた。
向こうからすれば何故か後ろ向きで召喚された挙げ句、いきなり雄叫びを上げたのだ。どう見ても変人だ。自分ならまず関わり合いになりたくない。そっと3歩くらい後退りする。
そんな状況にもし一縷の望みがあるとすれば、笑われてはいるがドン引きされてるわけではないようだ、ということくらいだ。
……ええい、儘よ!
内心で勢いをつけつつ、その実かなりそろりと振り向く。
そこに居たのは、明らかに笑いを堪えているといった顔でサムズアップを向ける黒髪ツインテールの女性と、そこから3歩ほど後ろで顔色を変えぬままさらにもう1歩下がろうとしている白髪ショートの女性だった。
「ぶふっ!」
こちらの顔を見るなり堪え切れなくなったのか噴き出す黒髪ツインテ。
「ふふ、ふは、あはは! 最高! キミサイコー! めっちゃ……めっちゃ腰引けてんのがもうははは!」
何がそんなに面白いのかというくらいに笑う関西弁黒髪ツインテ。確かに今俺は腰が引けた状態だが、そこまでじゃないだろ。
そして無表情白髪ショートはその間にまた1歩下がろうとしていた。
「あはははは! なあもう、見てやミラちゃん……って遠っ!」
白髪ショートに呼び掛けようと振り向いた黒髪ツインテがようやく気づく。既に約5歩分の距離がそこにはあった。
「え? え? ちょっとミラちゃん、え? 何この距離?」
笑いを引っ込めて慌てる黒髪ツインテ関西弁。ミラと呼ばれた白髪ショートはすいっと彼女から目線を逸らすと、もう1歩下がった。
「いやいや、いやいやいや。え? や、ちょっとホント、どしたん?」
「……何でもありません」
戸惑いを隠せない黒髪ツインテ関西弁。「何でも」「ありません」でさらに2歩下がるミラ。そして放置される自分。
……とりあえず、説明して欲しいんだけどな……。
状況があまりにもばかばかしくなってきたおかげで、完全に冷静さを取り戻すことが出来た。が、そのせいで一向に話が進む気配もしなかった。
かと言って巻き込まれたくない。故に進んであの状況に割って入りたいとも思えなかった。
仕方がないので、恐らく自分をここへ拉致したであろうふたりをゆっくり観察することにする。
ミラと呼ばれた白髪ショートの方は見た感じだと十代後半……日本で言えば高校生くらいだろうか。色味も柄も無いシンプルなプルオーバーにくるぶし丈のパンツ、足元は革の靴底に足首まで巻く革紐を付けただけの簡素なサンダルを履いている。古代ローマというかギリシャというか、そういうやつだ。全体的にSF感のあるこの部屋からは明らかに浮いた服装だった。
白い髪に色素の薄い緑系の瞳……を全力で黒髪ツインテ関西弁から逸らして距離を取り続けている。
で、その黒髪ツインテ関西弁の方だが……。
一言で言えばコスプレだった。両腕から胸の下を通ってぐるりと一周する青い紐が一時話題となったあの女神のコスプレだった。それなのに関西弁でキャラがブレていた。関西弁ならロリ巨乳ではなく■キ無乳の方じゃないのか。胸か。胸部装甲上の問題でそれか。
気になっていたことを心の中でつっこめたので、そこはかとない満足感を得つつ、改めて黒髪ツインテ関西弁を観察する。
髪型も服装もコスプレで、顔立ちも似ている。だがひとつ。その瞳だけが一色ではなく、瞳孔へと渦を巻いて動き続けるマーブル模様になっていた。それだけだが、それだけで、ああこれ人間じゃないやと納得出来る特徴だった。
……まあ、わかったからといってどうしようもないのに変わりは無いな。
とりあえず判る範囲でも情報収集するか。そう決めると、いくつもあるモニターのうち手近なものに歩み寄る。
そこには、どうやら街の……近未来なこことは違う、中世ヨーロッパ的な街並が映し出されていた。
……なんだこれ? テレビか?
N■Kの深夜3時台あたりで、たまにこんな番組があるな……。そんなことを思いつつ眺め続けていると、画面に地球ではあり得ないものが映っていることに気がついた。
「……獣人?」
思わず口を吐いて出た言葉。
そこに居たのは二足歩行する虎だった。もう少し正確に言えば、首から下だけ人間に進化した虎だ。
あ、いや、下半身……足の構造と尻尾は虎寄りか? ともあれ、虎人といった感じの人物が普通に屋台の店主らしき人と会話している様子がそこにあった。しかも、見ていると他にも様々な獣人が画面を通り過ぎている。最初に見かけた虎人のように首から上が完全に動物の者も居れば、耳尻尾のみであとは人間と変わりない者も居る。その中間的な者も見かけたので、人獣の比率はどちらの血が濃いか……ということなのかも知れない。
……CG? いや、
浮かんだ可能性を保留にする。普通に家のテレビやパソコンなどで見ていたのなら、そう判断してもよかった。だが、如何せんここまでの経緯と状況が普通ではなかった。
……そもそもこれ、一体どうなってんだ?
一歩下がって全体を見る。宙に浮き、天井近くまで縦に長い楕円で並ぶモニター。勿論、支えがあるわけでも吊られているわけでもない。どうやって上の方見るんだと思ったら動かせた。
とりあえずさっきのだけでは何とも……と、適当に別のモニターを下へ移動させる。
途中チラッと見てみたが、どうやら落ち着いたのか黒髪ツインテ関西弁とミラはこちらに背を向けて何やら小声で話し合っていた。微妙な疎外感を感じなくもないが、これはこれで好都合か。ちょうど下までやって来たモニターへと目を向け直す。
獣人は見当たらないが、そこにもさっきと似たような街並みが映し出されていた。
その画面中央。そこに、波打つ髪をうなじ辺りでひとつにまとめた精悍な顔立ちの革鎧を着た男が、カメラのある方、よく見れば端に少しだけ黒髪の見切れている誰かに人の良さそうな笑みを向けている。が、
……止まって、る?
その全てが停止していた。
男の表情も、見切れている誰かの黒髪も、男の後ろで何かの呼び込みをしているらしき露天商の上げられた両手も、駆け出す子ども達のひとりが浮かせた右足も、何処からか飛んできた木の葉も、全て。
そしてもうひとつ、さっきのモニターには無かったものがここにはあった。
それは正面にいる男よりも、見切れている誰かよりも手前。正確には画面下部五分の一を占める位置。そこにあるのは四角い枠だ。
「もしかしてこれ、ゲームなのか?」
そう、それはゲームをしていればよく見るアレ、分かり易く言えば会話ウィンドウだった。
そこに文字が並んでおり、どうやら正面の男が見切れている誰かに話し掛けていることもわかった。
だが、その文字に見覚えは無い。だからこの文を読めないはずなのだが、
『冒険者の男:なんだ少年、この街は初めてか?』
……読める、な。いや、むしろ、
正確には意味が直接頭に入ってくる、だろうか。ともあれ、何故かその見たことも無い文字を理解することが出来ていた。
何というか、変な感じだ。読めないのに理解は出来るってのは。
「でも結局、何がなんだかさっぱりだな」
仕方ない、説明させるかと振り返ってみれば、いつの間にか話がまとまっていたらしく黒髪ツインテ関西弁とミラが揃ってこちらを見ていた。
「……話が終わってたなら声を掛けてくれれば」
「いやあ。だって、ようやくミラちゃんの誤解も解いて話進めよかと思ったら、何やモニターを真面目に観てるやん。話し掛けてもええんかなって」
「引っ込み思案か」
黒髪ツインテが本当に関西人なら喜ばせてしまうとわかっていながら、ついツッコミが軽く口をついてしまった。ニヤリとしたのが正直ウザい。
「もういいから、さっさと説明してもらえませんかね」
イラっとしつつ返せば「ツンデレ……!」とか言われたが違うだろ。ツンデレじゃねえだろ。と言うか、ツッコミがデレに入るのは関西の、しかも大阪人だけだろ。お前には今のところツンしかねえよ?
「うん、まあええか。これ以上クロセくんに愛を求めたら、ウチ堕天しちゃうかもやし」
「ねえよ。さっさと説明しろよ」
「つれないなあ……」
黒髪コスプレ関西弁の横で、ミラがまた無表情のまま距離を置こうとしている。その視線が黒髪ツインテコスプレイヤーだけでなくこちらにも向いているのは、一体どういうことだろう。軽く手を振ってみたらビクッとされたのでとりあえず放置しておく。傷ついたわけではない。決して、傷ついたわけではないのだ。
「まあ、とりあえず自己紹介はせなあかんよね」
そう言って腰に手を当て、無駄に胸を張るコスプレツインテ関西弁。例の青い紐が、上がった肘の高さに合わせて胸を押し上げた。ちなみに擬音で言えば「たゆん」ではなく「ばゆん」だ。
「見てわかるやろうけど、ウチは女神。それぞれの世界でそれぞれの名前で呼ばれてるから、まあ、名前は無いんよ。好きに呼んだらええんちゃうかな?」
見たままの名前でもええよと笑うが、謹んでお断りさせていただきたい。
「というか何でコスプレ?」
何よりもまずそこが疑問だろう、と口にするが、返ってきたのはニヤリとした笑みだった。
「ほほう、コスプレねえ……」
「何だよ」
「いやあ、ウチ、名前だけやなくて姿形も世界によって多種多様なんよねえ」
ニヤリとした笑みがさらに深くなる。
「せやから、ウチはその世界にとっての『女神』の姿形で見えるハズなんやけどなあ……?」
ニヤニヤした笑みを深めながら「コスプレって、どんなコスプレなんかなあ?」などと問い詰めてくる女神が正直ウザい。
「まあ、聞かんでもわかってるんやけどね~。これでも女神様やから。アレよね、キミんところ……特にキミの住んでるところはアレやから、その人それぞれで『女神』に対するイメージが違うもんね~。でも、せやからって、これはねえ」
ニヤニヤ、超ウザい。
「なあ」
「ん? 何かな何かな?」
本当に、ドヤ顔が、酷い。
「いいのか?」
そう言ってウザいコスプレの背後を指差す。そこには、再び数歩の距離をとるミラの姿があった。
「え!? ちょっ、ミラちゃ~ん!」
ウザいコスプレが慌ててミラの方へ走って行く。
また無駄な時間が過ぎるのかと思いきや、今度はそこそこ早く戻って来た。
「もう帰っていいですかね?」
「どうやって?」
「……」
そういえばここが何処かもわからなかった。帰る手段も見当がつかない。
「フフン、悪いけど帰ってもらうわけにはいかへんよ。クロセくんはもちろん、ミラちゃんもね」
「え?」
コスプレ女神の言葉に驚きの声をあげたのは、自分ではなくミラの方だった。