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01:ちょっと慣れた頃に魔物は潜む

初めましての方は初めまして。

お久しぶりの方はお久しぶりです。

更新ペースは早くないので、のんびり楽に読んでいただければと思います。

「あっ」

「……ん?」


 思わずといった声にクロセが振り向くと、ひとりの女性が宙に浮いたモニターの前で固まっていた。

 今いる位置からはモニターへと俯く横顔しか見えない。だが、女性の白い髪が顔を隠すほど長くはないこともあって、その表情を確認することが出来た。


「……やらかし、た……かも、知れません」


 だからそんな言葉とは裏腹に、女性が凪いだ表情のままであることも見えているのだが、


「え? もしかして、かなり?」


 クロセは女性の表情に微かな焦りがあることに気づくと、即座に自分が作業していたモニターを一時停止にし、彼女の元へと歩み寄って行った。


「一体なに、が……」


 尋ねつつモニターを覗き込んだ言葉が止まる。

 一時停止中のモニター内では、白い石造りの神殿内で手前と奥にて向き合うふたり分の姿があった。壇上に居るらしき手前の人物の少し後ろに立ち、左の肩越しに奥の人物を見るようなアングルだ。

 画面奥。ブレザータイプの制服を着た黒髪の少年が、尻餅をついた状態でこちらを向いている。その視線の先、画面手前では、豪奢ながら清楚な印象を与えるドレスを着た金髪の少女が、胸の前で手を組んで少年を見つめていた。

 そこまではわかる。“始まり”のひとつのパターンだ。

 だが、看過出来ないものがモニター内にはあった。


「……どうして、こうなった……?」


 手前に居る女性の、さらに手前に開かれたひとつのウィンドウ。そこには短い文章が表示されていた。


『王女:よくぞここまで来た! 勇者よ!』


 ……益荒男(ますらお)か!


 本当に、何をどうしてこうなったのか。がっくりとうなだれるクロセ。

 ウィンドウに表示されている以上、もうこの台詞は確定されているということだ。確定したものは修正することが出来ない。


 ……いやマジでどうすりゃいいんだよこれ……序盤、というか第一声だぞ……。


 うなだれたまま脳内でリカバリー案を模索するクロセ。と、横から袖を引っ張られるのを感じて顔を上げる。見ればやらかしてくれた犯人がクロセの袖を指で摘んだまま、首を傾げて「どう?」と問い掛けを寄越していた。


「どうもこうも……本当に、どうしてこうなったんだ?」


 ジト目を向けるとすいっと目をそらされた。おい、と思うが、いつものことだと深呼吸をして苛立ちを抑える。そして髪だけではなく肌も白いなと思いつつ、その顔をジッと見つめた。


「……」

「……」

「……ミラさん?」

「……」


 ミラと呼ばれた女性は無言で目をそらし続ける。が、クロセはその頬に鈍い汗が流れているのを見逃さなかった。

 基本的に彼女は無表情だ。だが、無感情というわけではない。動かない表情の下によく動く感情が隠れている。

 いや、隠れていない。

 パッと見すぐにはわからないかも知れないが、ちょっとよく見てみれば今のように目線や発汗その他諸々で感情が表に出まくっていた。むしろ一般人以上によく出ている、と最近では思っている。

 無表情なのにポーカーフェイスが下手という、希有な才能(?)の持ち主だった。


「……」

「……」


 無表情のまま嫌な汗を流し、目線を泳がせるミラを凝視するクロセ。

 やがて、その泳ぐ目線が凝視し続ける自分の他に、ある一点に多く向けられていることに気づいた。

 目線を追う。隣りに浮かぶモニターだった。


「そのモニターにも何かあるのか?」

「……!?」


 無表情のままビクッと身体を揺らすミラに確信を得るクロセ。

 そのモニターの方へ移動するのをミラが阻止しようとするが、如何せん身長も力も差があり過ぎ、無駄な抵抗でしかなかった。


 ……嫌な予感しかしないなこれ。


 思いつつミラの頭越しにモニターを覗き込んだクロセは、次の瞬間噴き出してしまう。


「ぶはっ!」


 ……くっそ、ちょっと面白いとか……!


 そこには、隣りのモニターとほぼ同じアングルで向かい合うふたりの姿。違いがあるとすれば、奥に居る人物が尻餅をついてはおらず、服装も鎧兜を着込んで剣を構えているということ。そして、手前の人物が頭部に角を生やし、ゆったりとしたローブの上からもわかるほどの屈強な筋肉を纏い、何よりその全身から筆舌し難い禍々しさを漂わせているということだろう。

 そして問題の答えは、やはり同じく開いているウィンドウの中にあった。


『魔王:嗚呼、ようこそいらっしゃいました、勇者様!』


 ゴリッゴリの魔王がそんな口調とか反則だろと思うが納得した。先ほどの頓狂な姫の台詞は、この魔王のそれと入れ違っていたということだ。

 ただ問題としては、


「こっちも確定してやがる……」


 おかげでこちらも修正することが出来ないという最悪の事態だった。


 ……マジか……。


 この後待ち受けているだろう面倒が嫌でも想像出来てしまって辛い。

 勢いよくミラの方へ振り向く。同じ速度で目線を外された。


「なあ、ミラさん?」

「……」


 問い詰めるべく一歩踏み出すクロセ。ミラも目線を合わせないまま同じく一歩下がる。相変わらず無表情のままだが、そこに先ほどから流れていた鈍い汗の量が増しているのをクロセは見逃さなかった。


「ねえ、ミラさん?」

「……」


 視線を合わせるため、顔の向いた側へ回り込むクロセ。更に逸らして一歩下がるミラ。


「……」

「……」


 同じことをさらに2度繰り返した結果、先に痺れを切らしたクロセが一気に踏み込み、ミラが下がる間もなく両手でその頬を挟み込んだ。


「ミラさーんちょっとお話、しようか?」


 笑顔を作りそう言ったが、内心が出ていたようだ。ミラの目に微かながら動揺が浮かぶのが見て取れた。それでも抵抗せずにされるがままなのは、きっと自分の否を認めているからに違いない。


ああうおお(はなすこと)あんうぇあい(なんてない)

「いやいや、話すこと、いーっぱい、あるよね?」


 言いつつ今度は挟だ頬を摘んで引っ張る。「いひゃい……」とか言ってるのが聞こえるが、多分「位牌」と言ってるのだろう。どうして今この状況で位牌のことを気にするのかはわからないが、まあ元々ちょっと読めない言動をする人だし、どちらにせよ今は位牌関係ないので試合続行だ。


 ……いや、それともあれか?


 いや流石にそれはないだろうと思うも、無表情のまま頬が面白い伸びを見せているミラの目尻に涙が浮いているのに気づいて考えを改める。


「やだなあミラさん。頬を引っ張られたくらいで死んだりしないって」

「……!?」


 位牌を気にするということは、つまりはそういうことだろう。困ったものだ。いくらやらかしたと言っても、命までどうこうするわけがないのに。

 ミラの目が珍しく……というか初めてか?「信じられないものを見た!」みたいな感じに見開かれているがまあ、それは気のせいだろう。


「……うう」


 さっきまでの無抵抗が嘘のように抵抗を始めるミラ。だが、如何せん非力に過ぎた。必死に外そうとするが両手を使っても片手すら外せず、次に殴りかかるが身長差上こちらの顔には届かず、しかも擬音が完全にポカポカレベルで痛くも何ともなかった。

 無表情なミラが両頬を引っ張られ、その顔に普段は見られない表情を浮かべながら、かわいらしいとしか言いようがない抵抗でもがく。その様に湧き上がる何かを感じるクロセ。


 ……これは、マズい。


 得体の知れない危機を感じつつも、抗い難いその何かによって手を離すことが出来ないでいた。


 ◆


 数分後。

 あれでは何を聞いてもこちらが聞き取れないことに気づいたクロセは、惜しむ自分をとりあえず脇にやって手を離すことにした。

 ミラが両頬をしばらくさすっていたと思ったら、いきなり腹に頭突きでこちらが軽く転がったのはまあ、仕方ないことだ。


「痛いって言ったのに……」


 まだ頬をさするミラが、若干恨めしそうな目で微妙に怨嗟の込められた呟きを漏らすがそうか位牌じゃなかったのか。思うも、それを言ったらまたミラミサイルがズドンだろう。意外と威力があったなと、思わずみぞおちを押さえミラへと視線を向けると、まだこちらを睨んでいた。

 だがまあ、とりあえずは、


「……で、どうやったら姫と魔王の台詞を取り違えられるんだ?」


 恨み目がそのままスライドしていった。もう何度目だこの流れ。

 いつの間にか非があるのはこちらみたいな流れが出来ていたが、元々の問題はそれだったのだ。

 再び沈黙合戦が始まりそうになる。が、こちらが両手指をわきわきさせると、それを横目で見たミラはびくりと身体を震わした後、観念したのかゆっくりと口を開いた。


「……う」

「う?」

「……うっかり?」

「HAHAHA。本当にうっかりなら、これから名前の頭にポンコツって付けて呼ぶよ?」

「笑い方が怖い……」

「AHAHAHAHA。何を、言って、いるのかな?」

「……もしかして、怒って、る?」

「え? 怒ってないとでも?」

「……」

「さて、じゃあとにかくきびきび吐いてもらおうか」

「……何となく?」

「ほう……で?」

「……」


 しばしの沈黙。目をそらしたまま、さらなる鈍い汗を流すミラ。それを凝視するクロセ。蛇に睨まれた蛙というのは、まさにこういう状態を言うのだろう。

 やがて、


「あまりにも構図が似てたから……」

「似てたから?」

「しかも台詞を見たら……チャンスだと……」

「何のチャンスだよ」

「退屈な日常に刺激、的な?」


 次の瞬間、ミラのこめかみはクロセの拳によって非常にエクストリームな状態になった。


「そんな刺激は要らん!」

「いたいいたいいたいいたい……!」


 ◆


 ……まあ、確かに刺激は少ないかも知れないけどな。


 それでもこれは勘弁して欲しい、とモニターの前に座るクロセは少し疲れた顔で作業を続けている。

 結局、魔王の方はもうラストだからということでそのまま続行。ここに筋骨隆々で凶悪極まりない外見のくせに令嬢口調な魔王が誕生した。


『魔王:どうだ、我が部下にならないか?』

 が

『魔王:如何でしょう、(ワタクシ)のものになってはいただけませんか?』


 になるなどしたが、遊んでいるわけではない。遊んでいるわけではないのだ。

 で、もう一方はどうなったかといえば――


『王妃:おお、勇者よ! 貴様の悪鬼羅刹の如き活躍を期待しておるぞ!(ああ、勇者様。貴方がこの世界に平和をもたらしてくれるのを願っております)』

『老婆:おおよ! ワシゃあ、朝から往来を闊歩するのが趣味でなあ!(ええ。私は午前中に散歩をするのが趣味でしてな)』

『幼女:フッ。リフリットなぞ四天王の中でも最弱(うん。リフリット様は四騎士様の中でも一番お優しい方だよ!)』


 ――すべてが益荒男(ますらお)と化していた。


「……というか最後のは色々とおかしいだろ」


 隣りで作業していたミラを見ると、うっすらとやり切った感の浮かんだ顔でサムズアップを返された。


 ……いや、その知識をどこから仕入れたのか小一時間問い詰めてやりたいと思ってんだけどね?


 それどころじゃなくて命拾いしたなと思いつつ、モニターへと目を戻すクロセ。誰かと話す毎に表情から何かが削られていく勇者の姿がそこにあった。なんというかこう、もう誰とも喋らず引き篭もりたい感満載だった。


 ……あっれ、これもしかしてヤバくね?


 もうこれ仕方がないなと開き直った結果、調子に乗ったのが良くなかったのかも知れない。

 ようやくそんな危惧を抱くが、すべて確定済みで後の祭りだった。


「……ミラさん」

「……ん、なに?」

「この勇者を見てどう思う?」


 言われるままにモニターへと視線を落とすミラ。


「……」

「……」


 立ち上がって天井をしばらく見た後、もう一度座り直してモニターを見た。


 ……いやうん、それで変わるわけないけどな。


 やがてため息をひとつ吐くと、無表情だが目の奥だけは余裕の無い顔をこちらに向ける。


「……やりすぎ、た?」

「デスヨネー……」


 今まで聞いたことも無いような乾いた笑いが、まさか自分の口から漏れることになるとは。クロセは新鮮な驚きを得ていた。


 ……いや得てる場合じゃないなこれ。


 さてどうするか。気を取り直して考えることにする。正直、このままでは勇者の心が完全に折れて使い物にならなくなってしまうのが目に見えていた。


「ともあれ、もうこれどうしようもない気が……」


 考えれば考えるほど「面倒くさい」という気持ちが強くなるばかりで、一向に妙案が浮かばない。というよりもう考えるのも面倒くさいと思い始めていた。


「ねえ、クロ……」

「よし、これはもうアイツに任せよう」

「……え?」

「うん、そうだそれがいい。というか元凶はアイツなんだし、それぐらいはどうにかすべきだろう」


 何かを言いかけたミラをよそに、クロセは独り言のようにそう呟くと宙に浮くモニターの下部手前にコンソールを出現させる。同じように小さなサブモニターも出現させると「何番の世界だっけ?」とモニターを確認しつつコンソールに並ぶキーボードを打ち始めた。が、


「……いや、アイツにこんな丁寧な文章必要ないか」


 すぐに思い直してサブモニターに表示された文章を削除。新たに2行も無い文章を作成すると、ろくに推敲も確認もせずに送信する。


「んっ……よし! これで後はアイツがどうにかしてくれるだろ」


 一仕事終えた感を出しながら伸びをするクロセ。コンソールを閉じながら隣りを見ると、流れについて来れなかったのかミラが固まったままだったがまあ、色々済んでしまった後なので気にしても仕方がないだろう。


「じゃミラさん、そろそろいい時間だしご飯行ってくるわ」

「……え? ええ?」


 戸惑うのを無視して部屋の出入り口へと向かう。途中でミラも持ち直したのか、とてとてと足音をさせながら隣りへ並んだ。


「……クロセはちょっと不敬に過ぎる」


 相変わらずの無表情……いや、最近は少しだけ動きがあるから微表情か……で苦言を呈される。


「大丈夫大丈夫。ミラさんのとこじゃどうだったか知らないけど、ウチじゃ結構こんな感じだったから」


 それに今更だろう? と笑って返すと眉間に微シワを寄せられた。根づく宗教観の違いってやつかなと肩を軽くすくめる。まあ、その辺りもこれから変わっていくのだろう。


「さて、今日のお昼は何だろうなあ」


 食堂への短い廊下を歩きながら、クロセはわざと暢気さが出るように呟いてみせる。


 ……ま、こういう時にはしっかりと切り替えて行かないとな。


 どうせこの後アイツが来て、結局面倒なことになるんだろうし。疲労感に包まれつつ隣りを見れば、両手を胸の前あたりでグッと握り締め「……デザートは出るでしょうか」と食堂を見据えたまま、微かに鼻をひくつかせる同僚の姿が既に。


 ……ああうん、切り替えって大事だよな。


 何とも言えない気分になるが、まあ、とりあえずは。


「ミラさん、メインの向こう側にあるデザートを嗅ぎ取ろうとするのはやめようか」

「!……してない」

「いや鼻が……って、そこで鼻を隠そうとするのは自供したも同然だから」

「……してない」

「いやだから……」


 ……うん、とりあえずは。

お読みいただきありがとうございます。

次話までのんびりとお待ちくださいませ。

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