我ら修行中②
ボクことエイシャ・アーカーは屋敷のリビングで生徒達の成長予測資料を手にしながら今回の修行について思いを巡らせていた。
今回の実戦経験におけるグループ分けは至極単純なものだった。『おつかいグループ』と『るすばんグループ』である。『おつかい』はボクに指示を受けない形での実戦、『るすばん』はボクからの支持を受ける必要のある実戦というふうに分けてある。
内容的には随分と難易度の高いおつかいではあるのだけれど彼女たちなら問題無いだろう。
今頃ラグやレイシアは仕事を完璧にこなしているんだろうな、などと考えていたら音もなくリーズが現れたものだからボクは手にしていた資料を床にぶちまけてしまった。びっくりするのでやめるよう軽く注意する。
「せんせー、頼まれた調査終わったよー」
「やっぱり、っていうと変だけどやっぱり早いね」
隠密担当のリーズに頼んでいるのは島内でのあれこれに関する調査である。
調べるように頼む内容はうわさ話から領主が隠している書類まで多岐にわたるが、よくもまあ一回でここまで集めてこれるな。流石に頼んだもの全部とまではいかないが、あと1週間もあれば調べ終わってしまうだろうことは容易に想像がついた。諸島の税管理書類とかどう考えても忍び込んで盗んでくるのに相当の技術を要するものが混ざっている辺り、リーズの能力の高さが伺える。
渡された資料はリーズ個人のメモだったり正式な書類であったり様々だが、共通して右端に色が付けられていた。なるほど、情報の重要性に合わせて区別しているようだ。ただ調べるだけじゃなくて報告する際のことも考えたいいアイディアだと思った。
「この、報告資料に色を付けるのはいいね。これからも使ってくれるといいな」
「僕もいいと思ったんだよねっ! せんせー、もっと褒めてー!」
「おー、よしよし」
もっと褒めて、と言われたので頭を撫でてやる。リーズは5人の中で最年少ということもあり、結構甘えるような仕草を見せることもあるようだ。着実に信頼度が上がっている傾向だろうと考えると余計に嬉しくなる。
「それじゃ、今日はもう休んで大丈夫だよ。明日からまたよろしくね」
「まっかせてよ! 僕がなんでも調べちゃうからね!」
胸を張る様子が非常に微笑ましかったのでもう一度褒めてから、部屋に戻るように伝えた。休んで大丈夫と言ったので軽く頷いて部屋を出て行った。
さて、ボクはこっちの資料を確認することにしよう。まずは敵を知らないといけない。資料に目を通しながら、このフルエンス諸島を取り巻く政治的環境と関連させて策を考えることにする。
フルエンス諸島は5つの大小の島で構成されている諸島である。その中で一番大きいのがこのゼノウ島で、領主の館もここに存在している。
現在の領主はダリオ=ガゼット、46歳。この諸島を昔から監督しているガゼット家の11代目当主である。帝国から爵位も与えられた(但し子爵だが)れっきとした貴族である。こんな辺境の地を治める割に出来た人物のようで島民からの支持も厚い。
彼本人は人間であるにもかかわらず、魔族に対しても極端に不利になるような措置を取っていなかった。これは先代から受け継がれた方策で、島の人口に対する割合を考えれば極めて合理的だといえるだろう。
その為一部を除いて島民からの人気もある。一部、というのは単純な話で魔族を忌み嫌う人間の方々のことである。当然といえば当然か。
子供は3人。長男長女次男の順で、既に長男は成人している。長男のフリオは父親同様聡明な人物であるようで将来領主を継いだとしても安心できると島民からはもっぱら噂されているようだ。
長女のベロニカはかなりの美女だそうで、身分が違うにもかかわらず島の男からの告白やら求婚やらが耐えないようだ。人気の秘訣は美しい見た目だけでなく、身分を気にせず誰にでも優しい温和な性格も影響しているようだ。そんなだから勘違いする男も多いのだろうな、と分析してみる。
最後、次男のミゲルだが……。これは使えそうだな。大陸の方に留学した際に向こうの考え方に触れ、魔族に対する態度を変えてしまったようだ。そのことに対して父親と衝突することも多く、さらには街に出て色々とやらかしているらしい。領主陣営を切りくずす際にはここから攻めるのが一番簡単だろうか。なんにせよ貴族の次男三男というのはわがままになりやすいというのは本当のことだったらしい。
ふむ、資料はここで一区切りされている。どうやら今回は領主周りの情報を重点的に調査したようで、残りの情報も何かしら関係のあるものみたいだ。
これならそう時間もかからずに読み終わるだろう。そう考えたボクは部屋にこもりきりで出てこない彼女のもとを訪れることを決めた。
――――
「……ここの魔導式をこっちにバイパスして……うん、やっぱりこれで……」
ドアを開けたことにも全く気づいていないようで、ルドは机にかじりついてひたすら魔法の構築をしていた。普段のクールな立ち振舞からは考えられないほど瞳を輝かせて作業に没頭している。ちょっと声をかけるのが躊躇われるレベルだ。しょうが無いので彼女の成長具合について改めて確認しておくことにした。
ルドは3ヶ月の訓練で魔法に関してのとてつもない才能を魅せつけてくれた。この世界では失われた技術となっていた魔力開放を全員に施した所、彼女の総魔力量だけが文字通り跳ね上がった。具体的にどれくらいかというと、上級魔法を半日ぶっ放し続けても平然としているほどの容量になっていた。二番目に魔力総量の多かったユアンが3時間で音を上げたのだから圧倒的である。3時間続くだけでもこの世界なら間違い無く伝説級なのだからその凄さが分かるというものだ。というか半日ってなんだよ。軍隊が消し飛ぶレベルじゃねぇか。
なんて考えていると一息ついたようで、ボクが部屋の中にいることにルドは初めて気付いたようだた。
「……兄さん、いるなら声をかけてほしい」
何故かルドはボクのことを兄さんと呼ぶ。なんでも昔から兄というものに憧れていたのだとか。本当かどうかは知らないが別に嫌というわけではないのでそのまま呼ばせている。
「ごめんね、集中してたみたいだから。調子はどう?」
「……既存の固定魔法はもう弄れないから、自由魔法の最適化をしてる」
この世界の魔法は属性の一段階上で分けると大きく分けて二種類存在する。それが『固定魔法』と『自由魔法』である。
『固定魔法』とはボクらが一般にイメージするような魔法で、定型文である呪文を唱え一定の魔力を消費して発動するものだ。初歩の魔法とも言われるが、上位のものともなるとその威力は馬鹿にできない。
『固定魔法』では現状火水風土の基本四元素と聖系の魔法しか扱えないとされている。どうやらルドはその範疇をすでに超えてしまって固定魔法レベルに完成されたそれ以外の魔術も使えるようだが。
対となる『自由魔法』は、自分の思うように現象を発生させる魔法で、規模や魔力操作の量等によって消費する魔力が違う。火なら火、水なら水を頭のなかで思い描いたように発生させ、動かし、あるいは変化させる。
自由魔法では固定魔法で扱える魔法に加えて炎氷雷金の強化四元素と闇系の魔法も扱える。
ある自由魔法が多くの魔術師に認知され口伝されるまでになるとそれはもはや固定魔法として扱われ、自らの自由魔法が固定魔法となるのは魔術師にとっての名誉であるとされている。
一般的に自由魔法のほうが強力であるとされているが、当然扱うのは難しい。ちなみに聖系の魔法だけは固定魔法の方が重視される。補助魔法や治癒魔法が体系付けられていて自由魔法だと何が起こるかわからないからだ。
「それなら、ある程度形になった段階で試し打ちもしておきたいよね?」
「うん」
「そしたら、場所を手配しておくから必要になったら言ってね」
「わかった」
嬉しそうに頷くとまた机に向かっていった。試し打ちの話を聞いてやる気が出たようだ。このぶんなら遠くない内に呼ばれるだろうから手配は急がないとな。
リーズの調査が終わるのが先か、ルドの魔法開発が終わるのが先か、いい勝負になりそうだなとか考えながらボクはルドの部屋を後にした。
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