魔王と狼娘
音が止んでから、間違いなくこの音の原因であるだろう竜娘達の部屋へ向かう。幸いにして屋敷が崩れるということはなかったけど、近づくに連れて壁に掛かっている絵画やら、飾ってあったはずの陶器が見るも無残な姿になっていた。
問題の部屋の前に到着……。扉が吹っ飛んで廊下に転がっている。ところどころにヒビが入った様子から、直すのも難しそうだ。
そして、そこから部屋の中を除くと飛び込んできたのは、なにやら服がはだけて上半身が裸の村長と、怒り憤懣といった様子のラグの姿。当たって欲しくない予感は当たってしまったようだ。
「あー、一応聞くけど何があったの?」
「コイツが! ルドを抱かせろとか言い出しやがったんだ!」
「ま、ご飯の時とかもやーらしー視線でルドの事見てたもんねー」
ラグとリーズの話を聞いて、部屋の中で伸びている村長を見てため息をつく。竜人の三人をやたら褒めてたし、あの「あとで向かわせる」という発言もどうせお互いの奴隷を交換すればいいとか考えての行動だったのだろう。せめて持ち主に確認は取ろうよ村長。持ち主ってわけじゃないけどさ。
「……きもちわるかった」
ひしっ、とルドがボクの服の裾を掴んでいた。怖い、じゃなくて気持ち悪いっていうのが気になるけどこんないい年した男の欲望を受けて平然としているわけも無いか。よしよし、と頭を撫でておく。ちょっと震えていた。
「……取り敢えず村長にはこのまま眠っておいてもらって明日の朝一番でこの村を出るってことでいいかな。三人とも準備しておいてね」
一様に頷く三人を置いて、ボクは自分の部屋に戻ることにする。荷物をまとめないといけないし、ラヘンさんのお願いのこともある。時間はそんなに使わないだろうけど、あのベッドで眠る時間を削るのは惜しい。ボクは駆け足で急いだ。
「――というわけで君たち姉妹を開放して旅に連れて行くので準備とかよろしく」
律儀にもベッドの上で待っていたメリアとティニアに、ボクらの素性を明かして度に同行するように伝える。獣人の中でも狼人は特に強靭な身体の持ち主だし、鍛えればいい戦力にもなってくれるだろう。その素早い身のこなしと鋭い攻撃は大陸でも有名なのだから。
「いやいや、いろいろとおかしいからねエイシャ君」
「別にいまの話におかしいところは無いと思うんだけどなぁ? そうだよねティニアちゃん?」
ほら、ぶんぶんと首を横に振ってくれてる。なにもおかしいことなんて無いんだよ。涙目になっているような気もするけど多分気のせいだろう。
「ほら、ティニアも泣かないの。色々と聞きたいけどまずは一つ、これが一番信じられないんだけど本当にキミって魔王なの? 魔力もまるで感じないし、体勢もスキだらけ。正直とても戦えるようには思えないけど」
「ああ、ボク個人は超弱いからね。代わりにボクの鍛えた生徒達がものすごく強いから大丈夫なんだけど。信じてくれないかな?」
「ま、仮にキミが魔王だとして。私達の首にはこの通り隷属の首輪がつけられてる。これをどうにかしないと旅に付いて行くなんて出来ないわけだけど、どうやって外すつもり? これって技術自体は古代魔道具の流用だから、正規の手順を踏まないと外せないんだよ? そんなこと帝国の歴史の中で出来た人なんていないはず」
「あー、大丈夫大丈夫。生徒の中に魔法がすごく得意な子がいて、既に外したこともあるからさ。取り敢えず朝になるまで待ってよ。出発の時に外してあげるからさ。ほらボクはもう眠くて、早く寝たいのさ。そうと決まったらほら、部屋に戻っていいよ」
本当に眠い。元々寝ることは好きだったけどこっちに来てからもっと好きになった。単にやることがないっていうのが大きな理由でもあるのだけど。とにかく馬車に揺られ続けていたボクとしては柔らかいベッドで寝たい。一刻も早く!
「とても信じられない話だけど、ティニアや私に乱暴なことをしようってわけでもないみたいだし、一晩安心して眠れるって事で期待しないで待っておくことにするわ。ティニア、行きましょう」
ティニアちゃんの手を引いて部屋を出て行った。よしよし、これでゆっくり眠れるな。ボクはベッドに飛び込んだ。
「まさか、本当に外れるなんて……」
今朝までは首輪がはめられていた場所を手でなぞりながらメリアがつぶやいている。現在、乗客を二人増やして馬車は走っている。ふかふかのベッドでゆっくり眠ったボクは、翌朝しっかりと起きてルドに二人の首輪を外させた。二人はひとしきり驚いたあと、抱き合って泣き始めた。そして、メリアが改めてボクたちにお礼を言って、旅についてくることを了承してくれた。
妹のティニアちゃんは、リーズやラグと何やら話している。昨晩の怯えた様子とは全く違う笑顔で。と、のそのそとこっちへ移動してきた。
「ぇぇと、助けてくれてありがとうございました。おにーちゃん」
お礼を言ってくれた。それと、この世界でボクのことを兄と呼ぶ人物がまたひとり増えてしまった。
「あら、ティニアが妹なら私はお姉さんかしら。ふふ、改めてよろしくねエイシャ君」
加えて弟とよぶ人物も現れた。何にせよこの旅で退屈するのは移動時間くらいなもののようだ。退屈な移動時間は、姉妹にボクの生徒がいかに凄いのかを説明して過ごすとしよう。目的地まではまだ、遠い。




