魔王様は家庭教師
【皇帝歴-376年】
既に魔の王は退けられ、世界は人族が支配した。戦争に敗北した魔族は人間の支配下に入り、屈辱的な日々を送っていた。
なにせ人間が住むには苛烈が過ぎる場所へ移住するか、奴隷と言う名の過酷な条件の元働き続けるしか無いという魔族がほとんどだったからである。
大陸、大地ジアースは地図で一見するとそうは見えないが一つの大陸である。その巨大大陸の外側、『世界最西端』の諸島・フルエンス諸島のうち最大の島ゼノウ島。
帝都の人間からは流刑地と勝手に思われているがそんなことはない。官僚の左遷先ではあったみたいだけど。
この島の産業・工業は……と、ここらへんはまた後でいいな。ひと通りこの世界のことを確認して、ボクことエイシャ・アーカーは途方に暮れた。先程まではしゃいでいたけど、いまはそんな気分じゃない。
いつもの癖で確認したアカシック・レコードがいつも通りボクの疑問に解答を示したことに残念な気持ちを覚えるけど、反面ホッとするボクもいた。
そうしてひと通りこの世界のことを確認した後、ボクはとんでもないことに気付き途方に暮れた。
「こっちの世界で何するか考えてなかった……」
そう、こちらの世界へ飛んできたはいいけど何をするか全く考えていなかったのである。領土持ちの貴族に生まれ変わりでもしたら溢れんばかりの知識を有効活用できたのかもしれないけれど、今のボクは住所不定無職の異世界人である。
もちろん何かものを持ち込んだりはしていない。そういうのは出来ないらしかったからあれ、でも服はちゃんとついてきてるな。まあ、ついて来なかったら往来の真ん中で全裸になってしまったわけだから良かったと思う。などと益体もないことを考えていると声をかけられた。
「そこな御仁、いかがされましたか?」
それは、白髪に白いひげを蓄えたおじいさん。きている服はまるで……そう、執事のような服装だ。実物を見たことはないけれども。
もちょっと異世界に来て戸惑ってるんですよとはもちろん言えない。
「ああ実はボク、今しがたこの世界に来たとこなんですけれどこれからどうしようかと途方に暮れてたんです」
現状を正しく認識するならこうだろう。言った所で信じてくれるとは思えないけれど。
ほほう、と面白がる素振りを見せて声をかけてくれた男性はさらっととんでもないことを言ってくれた。
「やることがないのなら、魔王にでもなってはいかがでしょう。幸い席は空いておりますゆえ」
「あっはい」
いかん、おもわず「はい」と答えてしまった。
「私、名をラヘンと申します。お名前を伺っても?」
「エイシャ・アーカーです。よろしくラヘンさん」
挨拶と一緒に手を差し出すと、快く握手してくれた。
よし、異世界人とのファーストコンタクト成功。と同時にラヘンさんとやらの情報を調べる。名前も本名だ。それにすごい、この人、前の魔王の側近をやっていたらしい。これは面白い。付いて行くしか無いだろう。
「まぁ立ち話もなんですし、良ければ我が家にお越しいただけませんでしょうか?
願ってもない話だ。当然了承して後を付いて行く。知らない人について言ってはいけないとよく両親に言われたものだがこの世界には知らない人しかいないので、許してほしい。
ついでに言えば、情報としては本人以上に本人のことを分かってしまっているのである意味知らない人ではないのかもしれない。
「手狭なところでございますが、どうぞ。アーカー殿」
名字で呼ばれたのは久しぶりかもな、なんて思いながら門をくぐる。この家のどこが手狭なのでしょうラヘンさん?
少なくとも元の世界でいえば豪邸に分類される建物だ。これで手狭ということは、それだけ人がいるか、或いは本当にこの世界ではこれが手狭な屋敷だということだろう。もしかしたら、魔王の本拠としては手狭って意味かもしれないけれど。
「おや、なにやら気になることでも?」
大丈夫です、と返して先を促す。なにはともあれ早く屋根の下に入りたい。
「ただいま帰りましたよ」
カランカラン、とドアに付けられた鈴の音が心地よく響く。そんなことを考えていたら軽い振動とともに足音がする。お子さんだろうか。
「「「「「おかえりなさい!」」」」」
うん。五人もいるとは思ってなかったな。
「じいちゃーん、この人って誰?」
こら、金髪の子。人に指差しちゃいけませんよ。
「こちらの方が明日からあなた方の家庭教師となります。住み込みで働いてもらいますが大丈夫ですか?」
「「「「「はい」」」」」
「よろしい、そうしたら自己紹介と行きましょう」
待ってくれ、さっき聞いた話と違うじゃないか。魔王になるはずなのに家庭教師にされてしまった。が、それはそれで面白い。さっきボク自身の能力を調べた結果、なんと魔力が0という驚きの結果が返ってきた。もちろん武器とかは持てないボクが間近で魔法を視るにはむしろ子どもたちに魔法を教えてみるのが良さそうだし、何より面白そうだ。
「じゃあアタシからねっ!」
ずい、と身を乗り出してきたのは赤い髪に紅色の瞳の女の子。ポニーテールがふるふるして可愛らしい。
「アタシの名前はラグ! 誇り高き炎龍の娘だぜ!今年で14歳!」
なるほど。全身真っ赤ならそりゃ炎の龍だ。というか男口調なのね。
「……ん」
ラグが後に下がると次の子が前に出る。青い髪にアイスブルーの瞳をした女の子。腰まで伸ばした髪の毛はキューティクルがしっかりしていて普段からの手入れが丹念なことを伺わせた。
「ルド。……氷龍の娘、13歳」
ラグのいっこ下にしてはあちこちの発育が……いや、何も言うまい。育ち盛りは人それぞれだ。
さて。次の女の子は先程ボクに指をさした子だった。綺麗なブロンドの髪と、輝くような金色の瞳が眩しい。髪は短めに切ってある。
「へへーん、リーズっていうんだ。雷龍の娘でもう11歳!」
11歳といわれて納得した。他の四人より小さかったからな。小さいというより幼い、かもだけど。
「ユアンと申します。聖龍の娘で今年で17になります。ふふ、よろしくお願いしますね先生?」
17歳! 今までの中では最年長だ。いや重要なのはそこじゃないな。でかい。なにがとは言わないがでかい。あれはまさしくロマンだ。あ、髪は銀髪を三つ編みにしておさげにしてある。チラ見どころかガン見してしまったボクを誰が責められようか。
「ごほん! わたしはレイシア。龍神の娘で、今年で16になります」
視線に気づいていたのだろう。咳払いしてから自己紹介された。紺色の髪に金色の瞳が映える。髪はルドほど長くないけど、長いほうだと思う。
「どうですかな、生徒たちは」
「なんというか、ドラゴンばっかしですね」
しょうもないことを言ってしまった。反省。いやでも、ドラゴンって希少なイメージあるんだけど実際どうなの?
「彼女らは皆、龍であるがゆえに狙われていたのを私が故あって世話しているのです」
「ははあ、そうなんですか」
親子ってわけじゃないのか。それでやっぱり狙われるってことは希少なんだろう。
さて、こうなったら僕も自己紹介するしか無い。
「家庭教師になるエイシャ・アーカーだ。よろしく。年は18になったばかりだね」
「あいにく、僕は武器は持てないし魔法も打てるほど魔力がないみたいだけど頑張って教えるからまぁ期待してほしい」
あれ、おかしい。『魔力がない』の件で変な空気になった。
「魔力は、生命あるものに宿る。無いの、おかしい……」
「いやいや、単に少ないだけかも知んねーぜ?」
こればっかりはさっき自分のレコードにアクセスしたから間違いないと思うんだけどな。
「いや、確かに魔力は0だよ? だってボクから何も感じないでしょう?」
真顔で返してみる。
「「「「「じー」」」」」
凝視で帰ってきた。5対1では分が悪い。とはいえ直ぐにボクが嘘を着いていないことが分かったのか、目線は順々に外されていった。
やった、住み込みということは衣食住のうち2つが達成だ。これは幸先の良いスタートかもしれないな。
そう思ってボクは、屋敷を案内してくれるというラヘンさんの後についていった。
5/26 プロローグ改訂