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出会いと進展

居間で朝食を済ませ、自室に戻る途中、いや、それどころか食事中でさえも、俺は気に病んでいた。



正直、部屋に戻りたくないなぁ……



部屋のドアを開けたら少女がいなくなっていた、なんてことも有り得るんじゃないかと少しは期待したが、どれほど荒唐無稽な話であっても、これは紛れもなく現実であり、そのような期待はただの現実逃避に過ぎないのだ。



事実は小説よりも奇なりとはよく言ったもんだ…。




ちなみに、3月16日という日付からもだいたい予測がつくとは思うが、我が高校は春休み中である。

昨日が終業式で、休みは4月6日までだから、期間としては三週間ほどだ。


しかしまぁ、帰宅部、かつ勉強熱心でもなくこれといった趣味も持たない俺は、三週間をグダグダと怠慢に過ごすつもりだったのだが…。




部屋に戻ると、案の定、少女はいた。

俺のベッドでゴロゴロと転がっていた。



「あ、遅かったのラ。

あまりに遅いかラ、人のベッドにもかかわラず、まるで自分の物であるがのごとく勝手気儘にくつろいでしまうところだったのラ」



「いや、十分くつろいでるだろ」



俺の布団がしわくちゃになっちゃってるっての。

少女はよいしょと立ち上がり、軽く布団を整えてから、再びベッドに座った。



よっぽど心地いいんだろうな、ベッドが。まぁ無理もない。


俺の部屋の中でもっとも高価なものは何かと問われたら、ベッドだと即答できるほど、俺のお気に入りの一品なのだから。




……ぶっちゃけ言うほど高価なもんじゃねーけど。




「そういえば、お前名前は何ていうのラ?」



「清水粛也だ。

漢字は…まぁ別にいいか」


「ジュグラー?」



「シュクヤだ!!」



人を勝手にフランスの経済学者にしてんじゃねぇよ。



「シュクヤ…か。わかった、じゃあ今からわたしはシュクヤのことはシュクヤと呼ぶのラ!


だからシュクヤにもわたしのことを、お前じゃなく、名前で読んでほしいのラ!」




……そういえば、名乗ってたっけな、さりげなく。


…確か…………。







「ブーバー・・・でいいよな?」



「全然ちがうのら!!


わたしよりひどい間違いなのラ!!


わたしの名前はルーラなのラ!!」






もちろん、わざと間違えました、すみません。



だって、なんかこいつからかいがいがあるんだもん。

「ルーラ……でいいよな?」


「オッケーなのラ!」



満面の笑みを浮かべるルーラ。



なんか愛嬌のあるやつだな……。



「で、シュクヤはこれからどうするつもりなのラ?」


「どーするもなにも、おれがどうすりゃいいのか聞きたいっての」



まだ話半分だし。

鵜呑みにしろって方が無理がある。



「さっき聞こうと思ってたんだけどさ、なんか俺が一年以内に彼女をつくらなきゃ地球が滅ぶって言ってたけど、そん時はまた違う奴を恋帯保証人にすればいいんじゃないのか?」



「それは無理なのラ」


即答するルーラ。



「シュクヤが一年以内に既定量の“恋気”を集めラれないということは、つまり、契約違反ということになるのラ。


契約違反をした者は、罰金かつ、それかラ二年間“恋気”を借りラれなくなるのラ」



「なるほど…」



しっかりしてんな。


まぁ銀行と同じような機関というのだからそんなものか。



「ちなみに、その罰金ってのは、日本円にするとどんくらいなんだ?」


興味本位で軽く聞いてみた。

「う~ん…、まぁだいたい十万円くらいじゃないのかラ?」



「安すぎじゃね!?」



それもなんか十万ってとこがリアルに安くていやだ。


まだ百円だの千円だのと言ったのならギャグにもなったのだが…。


軽い気持ちで聞くんじゃなかった…。


お前の星では、地球の価値は交通違反レベルなのか…。



地球なめんな、畜生。




「まぁ、結局わたしがシュクヤを恋帯保証人にしてしまった以上、シュクヤは地球とともに死ぬか、恋人とともに生きるかの二通りに未来は絞ラれてしまっているのラ。


図々しい言い方かもしれないけど、これを機に婚活に励んでほしいのラ」




「ホント、図々しいな…。


あと結婚を前提にした彼女探しなんてする気さらさらないから」



婚活だと意味が変わってくるだろうが。

「っつかさっき俺がこの一年で彼女ができる可能性が高い的なこと言ってたじゃん?


それはなんだ、その…信憑性はあるのか?」



「もちろんなのラ!」


どん、と自分の胸をたたくルーラ。



「わたしは用いる魔法の都合上、そういう色恋沙汰にはひどく敏感かつ正確なのラ。


ちなみに、シュクヤが可能性が高いとふんだのは、誰だかはわかラないけど、シュクヤに好意を抱いている女子がシュクヤと同じ高校にいると感じたかラなのラ!


根拠はないけど、そんな気がするのラ!


信じてほしいのラ!」



字面だけを見ていたら信頼できる要素など全くないのだが、実際、身を乗り出して懇願するような目を向けてくるルーラの無垢な姿を見ていると、なんだか信じてみたくなるのが不思議だ。



しかし……。



俺のことを好いている女子がいる…だと…?


それは聞き捨てならんな。


全くあてがないから、ぶっちゃけ信じがたいけど。




「だから、シュクヤはさっさと外へ出て、その女子とフラグを立ててくるのラ!!


365分の1日でも無駄にするべきではないのラ!!」



フラグてお前……。

ホント、どんなデータを送ってもらったんだよ。

結局、ルーラに促されるままに、俺は外に出た。


なんかルーラの奴は妙について行きたがってたが、もちろん、俺がそんなわがままを聞いてやるワケもなく、無理矢理部屋に置き去りにしてきた。


だって妹も従妹もいない高校生の俺が、見た目小学生の(しかもド派手な服装の)女の子と歩いているとなったらさすがに犯罪臭がしないだろうか?


いや、たとえしなくても、そんなところを知り合いにでも見られたらと考えただけで鳥肌が立つ。


前述したとおり、俺は周りの目を気にする思春期全盛期の青年なのだ。








さて。



とりあえず何も考えずに外に出ちゃったけど、どうしたもんかね……。



千思万考の末、普段暇つぶしとしてよく利用する、家から歩いて10分ほどの距離にある本屋に行くことにした。


この時代になってもまだコミックが立ち読み可能という、なかなか趣のあるよき老舗なのである。

しかしまぁ、朝こそ外に出るのが億劫になるほど寒かったもんだが、さすがに10時ともなると春の訪れを感じさせるポカポカした日和りになっている。


それに朝の新鮮な空気も相乗して気持ちがいい。



本屋への道程で、すでに外出したことに十分な満足感を得た俺。

もう当初の目的など忘れている。



フラグ?なにそれ、おいしいの?




っつーか、さっきはなんだかんだでルーラの口車に乗っかっちゃったけど、冷静に考えてみたら俺のことを好きな女子などいるわけがない。


だって俺は、人に長所を聞かれたらこれといった短所がないこと、と言い、短所を聞かれたらこれといった長所がないこと、と答えるほどつまらない人間なんだぜ?


それにさっきあてがないと言ったが、その証拠として、携帯の電話帳の登録件数における女子の数は50分の0っていう……。



文字通り、あて(宛先)がない、なんちゃって☆





あれ、なんだかディスプレイがぼやけてよく見えないや………。





一人で勝手にネガティブになったうえに半泣きになっているうちに、本屋へとたどり着いた。

ちなみにこの書店の名前は『遊読書店』


店長(といっても店員は店長だけだが)のおばちゃん曰く、『誘読』とかけてるらしいが、どうも俺は『有毒』にかかっている気がしてならない。


初めてここに来たとき、勝手に『有毒書店』に脳内変換して、いったいどんな有毒本が置いてあるんだ……じゅるり、などと妄想していたことは記憶に懐かしい。



あの頃は中学生だったから別におかしくないよね!



勘違いしないでほしいが、『遊読書店』は18歳以上向けの本は置いてない健全な書店です。



いや、不健全…か?







中に入り、レジにいる顔見知りのおばちゃんに軽くおじぎをする。


向こうもにこやかに応える。


家が近所なためほとんど毎日通っているから、もう完全に顔が覚えられているのだ。



「いらっしゃい。

今日も立ち読みかい?」


気軽に話し掛けてくるおばちゃん。

大型書店とは異なる、こういったアットホームな雰囲気は嫌いではない。

「まぁそんな感じかな。

今日は売り上げに貢献するつもりはないから期待しないでね」


「そんなの最初っから期待しちゃいないよ」


フフッ、と笑って返すおばちゃん。



こんな感じで気さくに話せる仲だと思ってほしい。




「そういえば、残念ながら今日はあんたが一番乗りじゃないよ。

開店と同時に入ってきた女の子がいてね。

高校生くらいで…、まだいるのかな?」


「女の子……?」



え、なにこれフラグ?




さすがにそれはご都合主義すぎるだろう、と思いながらも若干の期待を隠せない俺は、何気なく店の奥まで行ってみた。



狭い書店のためにすぐ見つかった。




長い黒髪とひざ辺りまである黄色っぽいロングコートが特徴的な子だった。


横顔しか見えないので顔はよくわからない。



ただ、新書コーナーで立ち読みしているところを見ると、なかなか聡明そうな子だな、という印象を与える。





俺の視線(または気配)に気付いたのだろうか、彼女はふと顔をあげ、そのまま俺の方に顔を向けた。

うわ、目が合っちゃった……………。



って。




俺はその顔を知っていた。

とゆーか、おそらく我が校に所属している人間は先生・生徒みな総じて知っている顔であった。




彼女の名前は立花理華(タチバナリカ)

俺と同い年。


容姿端麗・成績優秀・運動万能・温厚篤実……と、その長所をすべて指摘するためには四字熟語辞典が必須という、ハイスペックな女なのだ。


しかも我が校史上初めて、一年生にして生徒会長を務めたという偉業も持つ。



そう、文字通り我が校の『顔』なのである。





すぐさま目を逸らすのもなんだか失礼な感じがし、俺が次の行動を決めかねていると、



「君、元・一年三組の清水粛也君ね。

君もひまつぶし?」


先程のおばちゃんよろしく、立花は気軽に話し掛けてきた。




「……え?」



勘違いしないでほしいが、俺は幼小中高におけるこの立花理華という女との接点は、せいぜい同じ高校であるということくらいで、立花が生徒会長であるというために、俺が立花のことを一方的に知っているだけだった…………



と、思っていたのだが。

「な、なんで俺のこと知ってんの?

まさか、俺のこと……」


「だって私生徒会長だもの」


俺の言おうとしたことを知ってか知らずか、遮るように即答する立花。




え、もしかしてこの女…………。




「もしかして、全校生徒の名前を覚えてたり……する?」


「うん。私生徒会長だから」



馬鹿の一つ覚えみたいに天才的なことを言う立花。




もちろん『生徒会長は全校生徒の顔と名前を把握していなければならない』というふざけた規則は我が校にない。

だって普通の人間は話したことのない人も含めて、千人弱もの生徒を覚えられないだろ……。

どっかの、ピカソのフルネームを覚えている(であろう)ロリ宇宙人じゃあるまいし。



さすが我が校のハイスペックスクールプレジデント(我が校の生徒達が裏で勝手に立花につけているあだな。ちなみに略して『ハイスプ』『HSP』などと呼ばれている)……。

格が違うぜ。




そんな最強・最高女に話し掛けられている俺。




「ま、まぁ、ひまつぶしかな。『も』ってことは立花もひまつぶし?」


「うん、そーだよ」



女子と話し慣れてないうえに相手が相手なので、焦点をどこに合わせてよいかわからず、あせってどもる俺。


っつかこの女いちいち返答早いな……。さすがというか………。

ちらりと、立花が手に持っている立ち読み途中の本の表紙をのぞいてみる。


ハハッ、ひまつぶしに小林秀雄かよ………。

なんだかマンガを読みに来た自分が情けなくなってくる。




俺の視線に気付く立花。


「清水くんも小林秀雄好きなの?

私も好きなんだー。

文章の書き方も物事に対する着眼点も独特でいいよね」


「いや、残念ながら、小林秀雄なんて国語のテストくらいでしか触れることはないっす……」



そんな、今や日本史の教科書にも載っているような日本を代表する批評家の作品をプライベートで読めるほど、俺は国語に秀でていない。

せいぜいハリーポッターが限界だ。




そーなんだ、と返し、立花は本を元の棚に戻す。



「清水くん、暇なんだよね?

じゃあ私に付き合ってくれない?」



「………へ?」



言うが早いか颯爽と店を出ていく立花。



さすがにこのまま無視するわけにもいかないので俺は立花のあとについていく。




え、これ脈ありじゃね?


どーしよ、立花みたいな美少女に告白されたら、俺、鼻血を致死量まで吹き出して死んじゃうよ………。

おばちゃんに軽くお辞儀をして店を出る。


すると、出る間際におばちゃんがにやけ顔で言った。


「デートかい?がんばりなよ」


「う、うん。まぁ……」


だったらいいのだが…。





立花は店の前で俺を待っていた。



とりあえず、俺はこの妄想が真実かどうかを確かめるため、探りを入れてみた。


「な、なぁ立花。どうして今まで話したこともない俺に対してそんなに親しく接してくるんだ?

まさか、俺のこと…」


「え?でも私、誰に対してもこんな感じだよ?

普通はこうやって友達をつくっていくものじゃない?」


またもや俺の言葉を遮る立花。おそらく偶然なんだろうが。







友達………。




天下の立花理華と友達になれることは、俺にとって非常に喜ばしいことのはずなのだが、今の俺には拍子抜けって感じだ。


特に「誰に対しても」ってトコがキツい。

ツンデレって感じでもなさそうだし……。

勝手に期待して勝手に落ち込んでいる俺をよそに、スタスタと足を運んでいく立花。



「ちなみにどこ行く気なんだ?」


「商店街でちょっとお買い物。

やっぱ一人で黙々と買い物をするのはなんか寂しいからね、私の性格上。


あ、いやだったらすぐ言ってね」



確かに、立花はその温和な人柄から人望も厚く、よく友達と一緒にいるイメージが強い気がするな。




「いや、どーせ俺暇だし。

可能な範囲で付き合うよ」



もちろん俺に断る理由はない。


それどころか、立花が相手なら、たとえ母親が危篤であったとしても、どちらに行くか迷うだろう。







……いや、冗談だからね?

あくまでも比喩だから真に受けないでね?




「そっか、ならよかった。


でも」



立花は納得したようにうなずいたあと、こちらに振り向いて、言った。









「宿題はしなきゃだめだよ?」



プライベートでも生徒会長な立花だった。




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