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恋のキューピッド来襲

3月16日、土曜日。


俺、清水粛也(シミズシュクヤ)は目覚めた。いや、目覚めたというより目覚めさせられた、目覚めざるを得なかった。



だって…ねぇ……。


いくら3月、暦の上では春を名乗ろうとも、実際まだまだ冬が過ぎ去ったという感覚はない。むしろ冬の最後っ屁なんじゃないかと思わせるほど、2月よりも厳しくなった気さえする。


そんなわけで、夏生まれのせいかとりわけ寒さに弱い俺は、昨夜、暖房のタイマーを、翌朝暖かな空気のなかスムーズに目覚められるようにセットしていた。


ところがどっこい翌朝。


俺は寒気とともに目覚めた。人間寒さを感じると眠くなるというが、俺は通説に反し、寒さをもとにして起きてしまった。


俺なら雪山で遭難してもなんとかなりそうだ、などと文字通り寝呆けたことを考えつつ、俺は目を開けた。

知らない天井だ…。水色を下地として所々に白い不規則な形をした塊が描かれている。…てゆーか、



これ空じゃね?


俺は驚いて体を起こした。知らない天井どころか、天井すらなかった。

いや、起き上がって周りを見渡して初めてわかったが、



俺の部屋、床しかなかった。


もちろんこれは、俺は実はホームレスでろくに学校もいけない同情されるべき人間であることを隠喩的に表現したわけではない。

本当に俺の部屋のみが、我が家のテラスと化してしまっているのだ。


ふっ、道理で寒いわけだぜ。


やれやれだぜ、とでも言いたげな雰囲気をかもしだしている俺だがもちろんこんなクールなキャラでもない。

人間自分の想像を超えた事態に出くわすと、自分の想像をさらに超えた態度をとってしまうものなのだ。

そしてすぐに化けの皮をはがす。




「さみいぃイィィイ!!!」


大声を出そうとしたが、無意識的に(部屋がテラスと化している分余計に)近所迷惑を意識してしまった小庶民な俺は常識の範囲内で叫んだ


しかしこれは本当にしゃれにならない。だってついさっき、まだ厳冬期クラスの寒さだって言ったじゃん。

ただでさえ、部屋のなかにいても暖房つけなきゃ二度寝を避けられない寒さだというのに、お前…。

だってゲントウだぜ?なんか超強そうじゃね?ATフィールドとか使えそうじゃね?


あまりの寒さにまともな思考ができなくなってしまった俺。

しかし想像してみてほしい。

推定5℃の気温を、勇敢にもテラスで相手取る(来月から)高校二年生のパジャマ姿の青年を。



身も心も頭も文字通り冷静になってきた俺は改めて部屋を見渡す。

よく見れば四方の部屋の壁は波打っている。すなわち壁が上から10分の9ほど引きちぎられているような感じだ。


こんな非人道的なこと一体誰が…。



そして俺は気付く。


俺の後ろにいる生き物の気配。


つまり呼吸に。というか吐息に。



「ふーッ」


「うわぁぁっ!!」



突如うなじに感じた冷気に反応し、俺はすぐさまベッドから飛び降りる。

そしてそのまま体を回転させ犯人を見定める。


「ルラララ。やっと気付いてくれたのラ。ちょっと前置きが長くないのかラ?」


そこには小学生ほどの小柄な少女が立っていた。ベッドの上に仁王立ちだった。

少女は、白と黄と桃のフリルで全体を彩っていて、なんというか、いくら小学生でもこれを着ているところを友達に見られたらドン引き必至なんじゃないかと思わせるほどの派手な格好をしていた。



わかりやすく、俗っぽく表現するならば、いわゆる日曜の朝早くからテレビで放送している女の子向けアニメ(プリキュアだっけ?)に出てくるキャラのような服装だった。


いきなりメタな発言かましてくれた少女に突っ込みたいことは山ほどあったが、まずは一つ…。

と思ったが、やっぱり山ほど突っ込んだ。

だって一つになんてしぼれないんだもの。


「だ、誰だお前は!?いつどこでだれがどうしてなんでそこにいる!?おっ、お前あれか、もしかして俺のマイスウィートルームをボッカーンさせたのもお前か!?なんでだよ!つーか気付くのが遅いとか言ってたけど、正直目を開けた時点で、うすうすなんか後ろにいる感じがしてたよ!!前置き長くて悪かったな!!それにその愉快なコスチュームはなんだ、なんつーかもう、幼女萌え!!」


一息に思い浮かんだ言葉を片っ端から吐き出す俺。

今まともな思考ができてないんです察してください。

頼むからそんな目で俺を見ないで!!


変に熱くなっている俺をよそに、少女は平然と、淡々と返した。

「わたしの名前はルーラ。フルネームはピカソ並みに長いから割愛させてもらうのラ。

昨日ここかラ数百万光年離れたトコかラこの地球にやってきたのラ。でも、この星のことなんてまったくわかんなかったかラ、母国かラわたしの通信端末にデータを送ってもらったのラ。

だかラ、この地球の、否、日本の歴史・文化・風俗・慣習・言語・ピカソのフルネームもバッチリなのラ。

あとこの部屋をボッカーンしたのは、小一時間ほど待っててもお前が起きてくれなかったかラ、ついやっちゃったのラ☆」



語尾に「テヘ☆」とでもつきそうな口調で、可愛らしく舌を出す少女。



いや。



いやいやいやいや。



突っ込みどころが減少するどころか倍増した感じだ。

だからとりあえず、



「その言葉の並列にピカソのフルネームを入れるのはおかしいだろ」



おそらく少女なりのボケであろうところにツッコミを入れてあげた。

ボケをスルーされて悲しまない奴なんていないさ。

「ナイスツッコミなのラ!!」


少女は目を輝かせながら、腕を突きだし親指を立てた。



「なかなかのハイセンスなのラ、お前!!やっぱりわたしが見込んだだけはあるのラ!!


それではこれかラ質問コーナーを設けるのラ。わたしは、なんか一方的に説明するのは苦手だかラ、一問一答形式のほうが助かるのラ。

ではどうぞ!!」


腕を突きだしたまま、手のひらを天井(空)に向ける少女。



「うん、それじゃあ…」



妙にハイテンションな少女に対し、俺は、今度こそ本当に言いたいことを一つにしぼり、告げた。












「部屋を直してくれないか?」



すでに俺の唇はブルーハワイと化していた。

部屋を壊せるなら直すことも可能なんじゃないのかとダメ元で頼んでみたが、意外となんとかなるものだ。



「ルラルラルーラ!」



意味不明の呪文を唱えたかと思うと、俺が一回瞬きをしている間に壁は見事に元通りになっていた。

まるで夢みたいだ…。



え、夢?



寝起きなコトもあり、これは本当に夢なのではないかという疑問を抱いた俺は、マンガやアニメよろしく自分のほおをつねろうと、







思ったが、おもむろに少女のほおをつねった。



「いたたたた!!何するのラ!?」





じだばたもがいて即座に俺の腕を振り払う少女。



やわらけぇ……。張りのある大福みたいだ……。



言うまでもないことだと思うが、別に俺は幼女をいじめて性的興奮を得ようとして少女に手をかけたわけではない。

ただ、少女のほおをつねることで、少女の温かさを感じてその存在を確かめ、かつ少女の存在が現実であることを理解することで俺もまた現実のなかにいるということがわかるという、まさに一石二鳥の方策をとっただけだ。


我ながら非常に合理的である。

いや、非合理的なうえに利己的なだけか…。



「まったく…、わたしはデリケートなのラかラ、もっと大切に扱ってほしいのラ!



じゃあそろそろお前もあったまってきただろうから、さっさと聞きたいことを言ってほしいのラ。」



正直な話、俺は、顔を洗ったりパジャマを着替えたりと身仕舞いを済ませたかったのだが、この少女のほおをふくらませてイライラしている様子から、なかなか気の長いほうではなさそうなので、さっきの非礼をわびる意も込めて、少女に応えることにした。



また部屋壊されても困るしな。



「さっきお前は数万光年離れたトコからこの地球にやってきたっつったけど、とゆーとあれか、お前は宇宙人的存在なのか?」



我ながらこのような稚拙な質問をすることには抵抗があったのだが(だって宇宙人って(笑))、実際先程のような不可思議な現象を起こせるくらいなのだからありえるんじゃないかとふんだのだ。

「まぁ、そういう事になるのかラ。もっと言うなら外国人ならぬ『外星人』ってトコなのラ。

気軽に宇宙旅行もできないところを見ると、どうやらこの星の文化はひどく遅れているようなのラ。」



なるほど、この子はどうやらドラえもん級、もしくはそれ以上の未来都市から来たらしい。


さすがにもう宇宙人だのなんだのの、俺のような庶民にとっては非現実的なSFワードには突っ込むまい。

それにこのいたいけな少女が俺をだましていると思うのには無理がある。



「うん、じゃあ次の質問だ。

今、お前は、お前の故郷は気軽に宇宙旅行ができる的なことをほのめかしていたけど、じゃあお前はこの地球に1人で来たってコトなのか?

地球について何も調べずに。」



これはたくさんある疑問のうちの1つにすぎなかったのだが、どうやら少女にとってはこの質問を一番求めていたらしい。


少女は待ってましたと言わんばかりに口元を緩ませながらウンウンとうなずいている。

「そう、問題はそこなのラ。

もちろんお前の予想どおり、わたしはデータもなく知ラない惑星に遊びに行くほど命知ラずじゃないのラ。

わたしは、ただ、散歩気分で宇宙をぶラついていただけなのラ。



うん、まぁ…それで…。」


ごほんごほん、と顔をほのかに赤らめながら、なにか気恥ずかしそうに咳払いをする少女。



なんだ、まさか散歩の途中で生理がきたとか言うんじゃないだろうな…。いや年齢的にないか。いや、でも宇宙人なんだから実際年齢はよくわかんないし…。



そんなアホな推測は、少女の超アホな発言によって打ち砕かれた。




「うっかり地球を消してしまったのラ。ちょっとくしゃみの加減を間違えちゃって…」


てへへ、と頭を掻きながら照れる少女。













え?



こいつはどれだけツッコミどころを増やせば気が済むんだ?


質問の返答でさらなる疑問を抱かせるようではこの質問コーナーは終わらないよ?



「えっと、その…




お前はあられちゃんか!!」


「ルララララ、それを言うならフリーザ様なのラ」



ツッコミを突っ込まれてしまった…。何たる屈辱…。

まぁ確かに地球を壊すといえば、フリーザ様…か?




いやいやいや。


そこじゃないだろ、問題は。



「…もっとわかりやすく説明してくれ」



「ルララ、確かに漠然としすぎていたのラ。ごめんなのラ。



んーと…。この日本における時間を基に考えるのなラ、昨日、つまり3月15日の午後6時15分32秒に地球は消えたのラ。

そして慌てたわたしは試行錯誤の末、なんとか30分で元通りにできたのラが……。



で!!

ここからが一番大事なトコなのラ!!」



目を見開き声を張り上げる少女。



っつーかさっきから、この「ルラ」だの「ラ」だの口調がうざいな…。

「ごめんなのラ」って…。


宇宙人の方言のようなものなのだろうか。


なんかいやだな…。

少女はそのまま話を続ける。



「今言ったように、わたしは地球を直したのラけど、それはさっき部屋を直した時のように気軽にできるものじゃなかったのラ。


さすがに地球のような巨大物質を修復するためには、わたし1人の魔力じゃ足りなかったのラ」



なんか長くなりそうなので、俺は軽く口を挟んでみた。



「それなら地球のデータを送ってもらったときみたいに、故郷から魔力、とやらを送ってもらえばいいんじゃないか?」



少女は残念そうな顔で首を横に振って、答えた。



「それはできないのラ。

そもそもわたしの星の規則では、宇宙において起こした事件・事故に対して星側は一切関与せず、完全な自己責任ということになっているのラ。

だからわたしは」



1つ間を置く少女。



「地球人、すなわちお前の力を借りることにしたのラ。

元々わたしの家系は生きものの情、とりわけ恋愛における愛情の力、いわゆる“恋気”を力の源泉としているのラ。


だからお前を“恋気”の恋帯保証人にしたのラ!」




「………は?」



首を傾げずにはいられない。


正直この時点でツッコミたい点は多々あったが、まだ説明が続きそうなので、とりあえず黙って聞くことにした。

「さっきわたしの星側としてはなんの関与もしないと言ったのラけど、これはつまり、なんの保険も効かないってコトなのラ。


だけどわたしの星には“恋気”の貸し出しを行う、この星で言う銀行のような機関があるのラ。

そこは、貸し出し量に相当する“恋気”を貯えられる器を持つ生きもの一体を恋帯保証人とすることを条件に、地球時間に換算してジャスト一年間だけ“恋気”を貸してくれるのラ。


ちなみに恋帯保証人の『れん』は『恋』と書くから間違えないよう注意してほしいのラ」





ふむ。



まぁだいぶぶっとんだ話だが、とりあえず理解できないこともない。


つまり、こいつは俺を勝手に『恋』帯保証人にして“恋気”とやらを借り、それを用いて地球を直したというわけだ。




…………うん。




やっぱりわからん。っつか納得できない。



だが、少女はまだ説明したりないようなので、もう少し我慢してみることにした。

「それで、本当の、本当に大事な話はこれからなのラ。

今わたしはお前を恋帯保証人にし、一年以内に借りた“恋気”を返さなければならないと言ったのラ。


すなわち、お前が一年以内に借りた分だけの“恋気”を集めることができなければ、地球が滅ぶということなのラ」




ブチッ。



俺の中でなにかが切れた音がした。



さすがにもう我慢できん。


「待て待て待て!!何を言ってるんだ、お前は!?


なに勝手に人のこと担保にしてんだよ、無責任すぎるだろ!!

っつかなんで俺なんだよ!!


っつかなんで俺が地球の命運を握ってるみたいなことになってんだよ!!

俺はただの、成績・運動・容姿の全てが自他ともに認める中の中で、彼女もいないヘタレ野郎なんだぞ!!」



しまった。



熱くなりすぎて余計な、恥ずかしいことまで暴露してしまった。



そーですよ、生まれてこの方17年間、彼女なんてできたことありませんよ。




すると少女は「それなのラ」と俺を指差して答えた。

「今までずっと恋人がおラず、かつこの一年の内に恋人をつくることのできる可能性がもっとも大きい者が、わたしの最も求めていた人材なのラ。


それが、お前なのラ」


改めて俺を強く指差す少女。





なかなか嬉しいこと言ってくれるじゃない…。



俺は単純な、思春期絶好調の高校生なのである。



「恋人が欲しかったにもかかわラず、ずっと独り身を続けてきた者が恋愛を成就させたときに得ラれる“恋気”は、それはそれは計り知れないほど大きいものなのラ。

この理由を説明するには、恋愛魔法学の基礎知識が必要なうえに、多分お前も興味ないだろうかラ割愛させてもらうのラ。



わたしもお前のことが言えないのラ。非常に前置きが長くなってしまってごめんなのラ。


つまりわたしの言いたいことは…」


すぅー、と息を吸い込む少女。



「死にたくなければ、一年以内に彼女をつくるのラ!!」





本当に。



それはもう本当に。



ツッコミたいことは無数にあったのだが。







「粛也ー。もう朝ごはんできてるわよー」



部屋の外から聞こえる母さんの声が、第1R終了のゴングとなった。



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