神からの贈り物(ショートショート)
私は、生涯を神にささげて来た。自分ではただ一心に働いていただけだったが、気がついてみれば司教と呼ばれる身となっており、皆も私を大変信頼してくれている。
そんな私の前に、天使が現れた。
「お前は長い間、よく神に尽くしてきた。よって、神より褒美が賜られることとなった」
見返りなど何一つ期待していなかった私にとって、天使の申し出は大変意外なものであった。
「褒美というのはな、お前に特別な能力を与えるというものだ。
一回限りではあるが、お前は一人の人間の心の中を隅々まで見ることができる。
お前ほどの地位にもなれば、対人関係にも悩まされよう。その苦労を少しでも和らげてやろうという神の思し召しだ」
天使のおごそかな声が、二人だけの聖堂に響く。
あぁ、神に仕えてきてよかった。
私の両の頬には、とめどなく感激の涙がしたたり落ちた。
「ただし、それは三年間に限った話である。人間には過ぎた能力を与えた場合、肉体が長期間の負担に耐えられないからだ」
私は重ね重ねの配慮に、いっそうむせび泣く。
天使が去った後、私は夢ではないかとも考えたが、それはむしろ神への冒涜に当たると思い自らを恥じた。
さて、神からの賜りものをどう使うべきか。
私には有りがたくも、大きな悩みが出来てしまった。くだらない事に使ってしまっては、それこそ神に申し訳が立たないからである。
人の心が分かるのは、確かに便利な能力であったが、いざ使おうとすると”もっと重要な場面があるかも知れない”という思いに駆られ踏ん切りがつかない。
そして神からの賜りものであっても、やはり人の心を隅々まで見てしまうというのは、かなり罪悪感のあるものだ。
どうしよう……。
考えあぐねていた私であったが、日々の多忙さも手伝って、つい能力を使いそびれて三年近くが経ってしまった。
いや、本当に困った。
もう幾日かが過ぎれば、神から授けられた能力も使えなくなってしまう。それでは余りにも不敬であろう。早く機会を得ねば……。
色々と思案を巡らしてみたものの、どうもいい機会には恵まれそうにない。
「おい、しっかりしろ。神のご意志を無駄にする気か」
私は、寝室の壁にある鏡に向かって、自らを鼓舞した。
「そうだ」
フッと、私の脳裏に名案が浮かんだ。
”自分自身の心”を見てみよう。
私は今まで布教に一身を投げうってきたが、それが本当に本物かどうかを確かめる術はなかった。無論、自信はある。が、それは私の思い上がりなのかも知れん。
もし、私の信心が本物であればそれでよし。一点の曇りでもあればその時は残りの生涯をかけて改めていこう。
私は鏡の中の自分を見つめ、意を決して天使に教えてもらった呪文を心の中で唱えた。
翌日、私は司祭を辞め、信徒としても神に仕えるのをやめた。
「神様。どうやら、また不合格のようですね」
天使の顔が曇る。
「あぁ、他人の心を読もうなぞ、思い上がったことをしないまでは良かったのじゃがな」
神が”またか”といった表情でため息をつく。
「人間は元来、おぞましい存在じゃ。多くの者は、それを誤魔化したり知らぬふりをするために神をあがめておる。
”使徒”として働くには、それでは駄目じゃ。己の醜さを自覚し、なおかつ、そのとてつもない卑しさに耐えられる者でなくてはな」
「使徒が見つからないのであれば、新たな救世主を遣わすわけにはいきますまい。まだ当分の間、人間界では地獄の如き世が続きますね」
「そうだな」
その言葉を発した神の心に”滅亡”という文字がチラリと浮かんだが、おつきの天使がそれに気づくはずもなかった。
【終わり】




