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***

 いつのまにか空は美しい(あかね)(いろ)だった。木立を()ける(りよう)(ふう)が少し(はだ)(さむ)い。けれど龍の雨に打たれた身体は不思議なことに、もうほとんど乾いていた。どうやら凪の降らせた霊水は、蒸散が並みの水滴よりも数段速いようだ。しかもなぜか身体がひどく軽い。今まで巣くっていた悪い()きものが落ちたかのように。これも青龍の霊力がなせる(わざ)なのだろうか。

 雫玖(しずく)()(いき)をついた。まさか立太子の()があんなふうに(まく)引きするなんて。始まる前は()(はく)もいなかったし、どうなることか、不安で()しつぶされそうだったけれど。

 それが今ではそばに霜葉(そうよう)()(はく)(なぎ)がいて、こんなにも(おだ)やかな気持ちで宮城を歩けるなんて、夢みたいだ。それなのに――。

「……真雪(さねゆき)のやつ。今さら雫玖(しずく)となにを話すつもりだ。まさか()けがけとか? いや、それはねえか、さすがに」

 先ほどから、頭上でぶつぶつと(つぶや)く声が聞こえる。首をかしげた。わからない。ずっと(けん)(あん)だった王の選定が終わった、(ぞく)(たお)した、(あだ)()ちもした。

 なのに(となり)にぴたりと張りついたまま、なんでこんなにも()(はく)は不服そうなのだろう。

「えっと、真雪(さねゆき)を王さまに選んだの、まずかった?」

「っ、いいから鏡を貸せ、雫玖(しずく)。持ってやる。また()られたら大変だ」

 ()(はく)は横目で(いや)みたらしく霜葉(そうよう)(にら)んだ。

「今日まで(みな)にバレなくてよかったですけどね。もう止めてくださいよ、老師。いきなり思いついて、神器の鏡をぶち()るとか」

 えっ、どういうこと、と雫玖(しずく)は声を上げた。しかし霜葉(そうよう)はどこふく風と言った顔だ。

「なんだ、まだ聞いてなかったのか。老師は雫玖(しずく)(こう)(りゆう)(ため)しを受けさせたくて、どうしたらいいか考えたあげく、出来心でガツンとやっちまったんだよ、鏡を。ったく(しよう)(ぐん)といい真雪(さねゆき)といい。この親子三代はひらめきが(せい)(りゆう)(なみ)みってか、(のう)(きん)っていうか」

 ではなんと、鏡を()った犯人は(ぞく)()ではなく霜葉(そうよう)だったのか。すると老師は言った。

()(はく)よ、一つ(てい)(せい)しておくぞ。雫玖(しずく)のためもあったが、わしはこの国に御幸(みゆき)された(りゆう)、そちを失いたくなかったのじゃ。それは(たか)()がずっと願っていたことでもある」

 あんぐり口を開ける雫玖(しずく)から鏡を取りげ、(わき)(かか)えると、()(はく)はふいと横をむく。

「……まったく、どいつもこいつも。(おれ)のことなんか、どうでもいいのに」

 やはりかなり()(げん)が悪い。どうしたんだろう。

 いぶかしんでいると、歩きながら(すい)(しよう)(とう)の水を飲んでいた(なぎ)が、ぼそりと言った。

「いいじゃないか、(うで)(ぷし)が強いのは良いことだ。それより雫玖(しずく)(ひめ)、今日はよくがんばったな。えらかったぞ。あんたの兄上も、きっと妹を(ほこ)らしく思っただろう」

 どうやら兄代わりをすると言った手前、(せん)(こく)から(なぎ)も、雫玖(しずく)に声をかける(すき)をしきりとうかがっていたようだ。

「そうだ(なぎ)、ありがとうね、助けに来てくれて」(せい)(りゆう)がきてくれなかったら、本当に(いま)(ごろ)どうなっていたことだろう。「ねえ、その(おお)()()、本当に(だい)(じよう)()……?」

 (なぎ)(はだ)(むらさき)に変色して()()がり、見るも()(ざん)にあちこち出血している。

(だい)(じよう)()だ。今、(りゆう)脈水を飲んだ」

 (いた)みなど知らぬという顔だ。でもあの(くろ)(へび)(ふう)(いん)された()(かい)神の呪だというし、なにも感じていないわけがないだろうに。抗議を表すように(まゆ)を寄せると、(なぎ)は指で(ほお)をかいた。

「そんなに心配するな。じきに治る」

 すると()(はく)がまた、すこぶる()()(げん)な声を出した。

「そうだ。(なぎ)()(ほう)みたいに(がん)(じよう)なんだ、放っておけ」

「そういや()(はく)、あの真雪(さねゆき)とかいうやつ、良い王になりそうじゃないか。良かったな」

「ああ」

「なあ。()(はく)はじつのところ、雫玖(しずく)(ひめ)の兄が()くなってから、次王は真雪(さねゆき)にすると、もう(はら)の内で決めていたんだろう?」

 (たん)(たん)とした(なぎ)の言葉を聞いて、雫玖(しずく)は目を丸くした。

()(はく)。そうなの? それならそうと、言ってくれたら良かったのに」

(おれ)は、あくまで雫玖(しずく)に選ばせたかったんだ」

 さりげなく空いた手をつかまれ、しっかり指を(から)められる。

 それを見た(なぎ)はまた(しぶ)い顔をして、話しづらそうにぼそぼそと(つぶや)いた。

「まあ(おれ)はべつに、雫玖(しずく)(ひめ)が王でも良かったけどな……」

雫玖(しずく)はダメだ。王って(がら)じゃねえよ。人の(いた)みや悪意に(びん)(かん)だから、きっと王になったら無理してがんばって、たくさん傷つく」

「そうか?」

「そうだ。あんたは常に力押しだから、そういうの全然、わかんねえだろうけど」

ぴしりと明言され、(なぎ)はわずかに視線を落とした。これはけっこう落ちこんでいる。雫玖(しずく)はたしなめるように手を握ったが、琥珀(こはく)滔々(とうとう)と話し続けた。

「それに王ってのは大勢の人生を肩に背負って、独りで立ってなきゃならない。もう二度と好きな髪型をして木登りもできねえし、思ったままを口に出せなくなる。俺は雫玖(しずく)を、そういう一国って太い鎖で縛りたくない」

「おい、それは真雪(さねゆき)ならいいのか。もし雫玖(しずく)姫が王になるっていうなら、俺は全面的に協力してやるつもりだったのに」

「な、に……?」

「姫はもはや俺の妹同然だ、なにか問題があるか。なあ琥珀(こはく)。おまえはただ単に、黄龍(きりゅう)のように姫を自分の腕の中に囲い入れて、皆の目に(さら)したくなかっただけなんじゃ」

 (なぎ)が言いかけると、とたんに琥珀(こはく)瑪瑙(めのう)そっくりの、刺すように皮肉げな目つきになる。

「なに言ってんだ(なぎ)真雪(さねゆき)は神剣を()いた(おとこ)だぞ。いいか、雫玖(しずく)はあんたや、あいつみたいな筋肉馬鹿じゃねえんだよ。ちょっと歩いただけで足を痛めるし、吐くし、()うし」

 気のせいだろうか。ひょっとしてこれ兄弟龍喧嘩きょうだいりゅうげんか、いや、鍔迫(つばぜ)り合い――?

「だいたい、この俺の見立てにケチつけるとは、いつから青龍が(れん)の守護龍になったんだろうな」

「なんだと、琥珀(こはく)。どうしておまえ、そういう言い方しかできないんだ」

「ふん。誰がなんと言おうが、高瀬(・・)の妹は王にむいてねえんだよ」

 (みよう)に力強く断言されて、雫玖(しずく)(ほお)(ふく)らませる。()(はく)が言うならそうかもしれない。ただ、無能だと思われるのは心外だし、()うって。それはさすがに、王の適性と関係あるのだろうか。

「ふっふ。ほんに()(はく)も、こう(こう)(てき)(しゆ)が多くては大変じゃのう」

 だが結局、()()を唱えるのはやめておいた。

 また老師が声を()(ころ)して笑っているのが、()(かい)(はし)に見えたからだ。



 (れん)国で起きた()(おう)の変の(てん)(まつ)は、たまたま()(こく)特使が多く招かれていたせいもあり、(すみ)やかに各国へ伝達された。

 その際、(れい)()を起こす(りゆう)(こう)(りん)(たん)も余さず伝わったという。こんな具合に。

 ――前略、(みな)(みな)殿(どの)(れん)は小国だが、くれぐれも(あなど)ることなかれ。

 かの国の守護(りゆう)は、ありていに申して(きよう)()である。

 (りゆう)(じん)とは非常に(どう)(もう)剛力(ごうりき)(ごう)(まん)であり、人の話を聞かず、気に入らぬことあれば、すぐに(てん)(ぺん)()()などを起こす。

 ゆえに現状の最良(さく)は、『君子(あや)うきに近寄らず』。(れん)国王とその(たみ)に、かの(ぼう)(りゆう)(あが)(たてまつ)らせ、()(くに)はなるべく()(りゆう)()(げき)しないことにつきる。草々。

 かくして(みぎわ)の意志を()ぐ新王は無事、(れん)国に立ち、国(そん)(ぼう)()()は去ったのだった。

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