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***

 元々この地下墓所は、(いにしえ)の時代に(くら)神が開いた(くう)(どう)を再利用して作られたもので、歴代の(れん)国王が(まつ)られた(れい)(びよう)の真下にあった。

 代々ここを守る(れい)(はい)師一族を(しつ)氏という。

 (しつ)(しも)(じゆ)(じゆつ)()け、歴代多くの(おう)()(はい)(しゆつ)した。しかしこれをよく思わなかった先代王は紗里(サリ)(たみ)から(みお)()(めと)り、(しつ)家の(むすめ)は側室にも(むか)えなかった。

 先王が重用したのは、紗里(サリ)の『(みぎわ)の意志』という思想だったから。

 これは王も(たみ)も等しく天地と同調して生きよという考えで、(しつ)氏の唱える絶対王政とは対極的だ。――こうして(れい)(ぐう)され、(ぼつ)(らく)した(しつ)家はしだいに王に(うら)みをつのらせ、(こう)国と(けつ)(たく)して王に毒を()り、弟の()()(そく)()させることに成功した。

 けれど(しつ)の期待に反して、次の()()王は()(おん)()を正妻に(むか)え、常に(こう)国よりだった。(せい)(けん)(かえ)()けると()んでいた(しつ)家は、(おも)(わく)が外れてしまったのだ。

 そこで次なる(さく)として花街から養女を(じゆ)(だい)させて、王息を得ようと考えた。

 この試みは成功し、養女の(ゆう)(かげ)()はじきに()()王子を生む。だが王太子の()はまだ先王息の(たか)()にあったし、(こう)()()(なん)王子もいる。

 それで(しつ)は、今度は(じん)(てい)(こく)との(みつ)(げつ)()けた。(しつ)()()()王子を(じん)の力でいずれ(れん)王にする代わりに、神器を(じん)(みかど)()(わた)す約定を()わしたのだ。

 だがこの(たくら)みも失敗した。(じん)(しつ)氏が考えるよりずっとしたたかだったからだ。

 まず(じん)(みかど)(やな)を使わし、(しつ)お得意の(じゆ)(じゆつ)で、(やな)のなかから(ぬえ)(たん)(じよう)させるように(せま)った。結果この地下墓所で大勢の(やな)()(せい)となったが、(きよう)(じん)な肉体を持った(じゆう)(じん)の長だけは例外で。(かれ)豹叉(ひようさ)(やみ)(けい)(やく)して(ぬえ)となるや、その力で(しつ)氏を(みな)(ごろ)しにして家をのっとり、(れん)(うら)(がわ)で力を増していった――。

「……かつて豹叉(ひようさ)は、しがない(じん)()()()()にすぎなかった。そのころ豹叉(ひようさ)にあったのは、ただ(きよう)(れつ)に成り上がりたいという(かつ)(ぼう)と、(じゆう)(じん)を差別した者たちへの(ふく)(しゆう)(しん)だったという。その(かん)(ぶつ)(やな)入りし、さらに(しつ)氏の術で(ぬえ)になり、(ふう)(いん)された()(かい)神の力まで手に入れるに(いた)ったわけだ」

 ()(なん)は深いため息をついた。

豹叉(ひようさ)は言っていた、(むら)(くも)(けん)()(さい)したのは単なる(うで)(だめ)しだったと。(わたし)はあやつの真実の顔を知らぬ。あの(じゆう)(じん)はいつ本物の(しつ)氏を()らって、今の姿(すがた)を得たのだろうな」

 雫玖(しずく)(おく)()()みしめた。

 豹叉(ひようさ)にとって殺した他人に成り代わるのは、息するより容易な行いなのだろう。

「そんな折、(たか)()が殺された。あの暗殺を(くわだ)てたのは、(わたし)の父の()()王だ。しかしそれは、(じん)(てい)にとっては願ってもない好機となった。(てい)(れん)にいる(やな)たちをけしかけ、(しん)(けん)(りゆう)(だつ)(しゆ)しようと(はか)った。(れん)国の(しん)(ずい)さえ(うば)ってしまえば、あとはどうにでもなる。――かつて(じん)(てい)にそう()()()したのは(しつ)氏だったが、皮肉なものだ。人を(のろ)わば(あな)二つ。自らが先に(ほろ)びてしまうとは」

「でも()(なん)のお母さまは?」雫玖(しずく)は食い下がった。「()(おん)さまは、あなたを王太子にしたかったはずでしょ。だったら(やな)(あん)(やく)なんて、()()しようとなさったんじゃ」

「ああ。母上は(ゆう)(かげ)()を追い落とそうとする過程で、(じん)(そん)(ざい)にも気づいた。それで(しよう)(ぐん)()(しのぎ)たちと裏でつながり、ひそかに(やな)(せん)(めつ)する(さく)を練っていたのだ」

「えっ、()(おん)さまは、真雪(さねゆき)たちと手を結んでいたの?」

 そう言えば()(はく)が、(しころ)(しよう)(ぐん)()()()(じよう)(ほう)(すじ)から(やな)の情報を得ていると言っていた。まさかそれが()(おん)()だったとは。

「そうだ。母上とて(こう)の女だが、(くさ)っても(れん)(おう)()だぞ。常々、(しのぎ)らのことは『あの刀筋(かたなすじ)』と()んで(しん)(らい)していた。しかし(いた)かったのは、豹叉(ひようさ)(しつ)()()()(がら)()()()()()()(やな)だったのには気づかなかったことだ。……しかも母は今、(とこ)()せっていて、(まつりごと)から遠ざかっている」

「えっ、どういうこと。()(おん)さまの身に、なにか?」

「いや、その」()(なん)は言いにくそうに(かみ)に手をやる。「……どうやら王の御子(みこ)(さず)かったらしく、()()がひどいらしい」

 雫玖(しずく)は目を見張った。

「わー、()(なん)に弟か妹ができたの、それはおめでとう!」

「なにがめでたいものか。母はもう、いい年だぞ。(わたし)を産んだ時も(なん)(ざん)だったと聞く。おおかた(わか)(ゆう)(かげ)()と張り合って、子作りに(はげ)んだのだろうが」心ここにあらずと言った顔だ。「この局面で、戦線()(だつ)とは……」

 (かか)えてきた思いを()()すように、(うす)(まゆ)を寄せた。

雫玖(しずく)。おまえの意識が(もど)らぬ間、ずっと考えていたのだ。豹叉(ひようさ)めは一体これから先、なにを(もく)()んでいるのだろうな。(わたし)がこの墓所に(とら)われたのは、てっきり立太子の()をつつがなく行うためだと思っていたのに。なのになぜ、おまえまで(とら)われた」

「それは」

「だいたいおまえは、(りゆう)(じん)(もう)でに行っていたはずだろう。(ほう)(りん)はどうなったのだ」

(うろこ)なら手に入ったわよ、(せい)(りゆう)(おう)のだけど。今、()(はく)が持っているはず」

「なに、成功したのか。しかも伝説の、武神(りゆう)(うろこ)を手に入れただと?」()(なん)は口を丸く開けた。「待てよ。()(はく)というのはもしや、(たか)()の側付をしていた男では?」

「そうよ。そして豹叉(ひようさ)は、()(はく)()らえようと(ねら)っている。だからわたしは()(はく)をおびき寄せる(おとり)として、ここへつれてこられたの」

「まて、なぜ雫玖(しずく)(おとり)になり得るのだ。ひょっとして、あの側付となにかあったのか」

 ()(なん)の声が低くなった。

「まさかとは思うが、あの男を好いているのでは。やめておけ、あれは人ではないぞ」

 目を見張ると、()(なん)は額に手をやった。

「あたりかっ。まったく少し目を(はな)すと、おまえはすぐ()()(れつ)なことばかりやらかす」

「なっ、なによ、()()(れつ)ってっ。たしかにわたしは()(はく)が好きよ、だけど()(なん)はなんで、()(はく)()(みつ)を知っているの――?」

「母が(たか)()の身辺調査をやった時に、知ったのだ」()(なん)(した)()ちした。「真雪(さねゆき)はまちがいなく(しよう)(ぐん)の子だったが、あの側付の経歴は()(しよう)されているきらいがあった」

「そう。でもそれがなに? 相手が人じゃないから、好きになっちゃいけないなんておかしい。それに()(はく)は身分とか立場とか関係なく、ただわたしだけを見てくれる。信じてくれるし、(じゆん)(すい)に、ひたむきに(おも)ってくれる。わたしはそれだけで十分なの」

雫玖(しずく)。それは(わたし)だって……っ」()(なん)は顔を(ゆが)ませて言葉を切った。つかのまの(ちん)(もく)。「いいか、おまえは魍魎(もうりよう)()()られている。それはとても()(けん)なことだ。あいつは結局、豹叉(ひようさ)と同じ(あな)(むじな)なんだぞ」

「ちがう、()(はく)はそんなんじゃない!」

「たとえあの男が、(れん)(あが)める(りゆう)だったとしても」()(なん)ははっきりと雫玖(しずく)を見つめた。「()(けい)が人間を()(なず)けるのは、あくまで自分の下婢(かひ)にするためだ。もし(したが)わなければ(よう)(しや)なく(ばつ)を下すし、そのための(かせ)を必ず()めてくる。あの豹叉(ひようさ)のようにな。……案外もう、()められているかもしれない」

 はっとして思わず(むね)に手をやった。一つだけ思い当たる節があった。――()(りゆう)がくれたあの玉手札。あれは、もしや。

雫玖(しずく)よ、どうか冷静になれ。どんなに姿(すがた)が人に似ていても、たとえ言葉が通じようとも、()(けい)はしょせん()(けい)でしかない。やつらは(われ)らを、対等だとは見なしていない」

「でも」

「よく考えろ。寿(じゆ)(みよう)も身体の造りも(こと)なる者同士が、いつまでも(いつ)(しよ)にいられるか?」

 (いた)いところを()かれて、雫玖(しずく)()(だま)った。

「悪いことは言わない。(まど)わされるな。おまえの(めん)(どう)(わたし)が見てやる。相手が真雪(さねゆき)ならまだ許せるが、やめておけ、あの側付だけは」

「――そこまでだ。()(なん)王子」

 その時だった。ふいに(こう)(どう)(かげ)が一つ現れ、まっすぐこちらに近づいてくる。

「あんたこそ、やめてもらいたいねえ、雫玖(しずく)(まど)わすのは。人間にいろんなやつがいるように、()(けい)だって一色(ひといろ)じゃないんだぞ」

 (かわ)いた足音。もう霊動だけで判別できる。(えん)(じん)(すわ)ったままで(さけ)んだ。

()(はく)!」

「悪い、待たせたな、雫玖(しずく)。やっと見つけた、ここにいたのか」

 わかってしまう、その少なすぎる一言だけで。

 ()(はく)がこの場所を(さぐ)()てて乗りこむのは、けっして容易ではなかったのだと。

()(はく)()(かつ)に近寄らないで! この(れい)(えん)(じん)()(けん)らしいの!」

 制止しても、()(とん)(ちやく)(えん)(じん)前までたどり着いてしまう。(すず)やかな目元。形のよい目鼻立ち。一つに()われた(だいだい)(とう)(おう)(かみ)(むね)がじわりと熱くなる。こんな時になんだけれど、()(はく)は見目もいいし(かつ)(こう)いい。なんと言われようが、やっぱりこの人が好きだ。

「この呪式はなんだ、(めずら)しいな。(しつ)氏の術か。どうも幽世(かくりよ)の型のようだが……」

 (つぶや)き、(えん)(じん)の内側へ(みぎ)(うで)をさしいれてくる。そのとたん、ぱちぱちと火の()ぜるような音がした。複数の(はり)()したように、(うで)のあちこちから細く血が()()す。

「なるほどね、血液に作用する(かしり)かよ」

 かまわず左足を()()れる。長袴が()けて、血しぶきが飛んだ。雫玖(しずく)(そう)(はく)になる。

()(はく)、やめて! そんなことをしたら、(きず)だらけになって死んじゃう!」

「だから(おれ)は死なないって、この程度じゃ。このまま()し通る」

 信じられない。なんという(ごう)(いん)(きわ)まりない力()しだろう。

 (ばく)(おん)を物ともせず、気づけば青年はもう(じん)(ない)に入っていた。頭のてっぺんから(つま)(さき)まで(しゆ)()まり、ふらふらと浅く息をつきつつ、着物は襤褸(ぼろ)のようになって。

「ほらな。入れた」

「入れた、じゃない、()(ちや)しないでよ! (しん)(ぞう)がいくつあっても足りないじゃないっ」

()(ちや)。なにが?」

 しゅう、と()()から(すい)(じよう)()が上がる。あっという間に血が止まり、()()()えていく。()(こん)(ひとみ)(もの)()げに雫玖(しずく)を見下ろした。

「あんたは(おれ)の特性、知ってるはずだろ。いいかげんに慣れろよ。(おれ)(いた)みに慣れた」

 雫玖(しずく)は口をゆがませた。(なぎ)といい、どうして(りゆう)はこうなのだ。

()(はく)の馬鹿っ、もう、知らない!」

 青年の首に飛びつき、両手を回すと(せい)(いつ)(ぱい)()()びして(くちびる)(くちびる)を重ねた。

 とたんに相手が身じろぎ、固まった気配。

 そうだ、勝手に心ゆくまで(おどろ)けばいい、これは雫玖(しずく)を心配させた(ばつ)なのだから。

「ありがとう、助けに来てくれて(うれ)しい。でもね」

 ()()ったのは(いつ)(しゆん)だった。――残念、もう少し()があれば。

 (あお)()ると、限界まで見開かれた(ひとみ)がこちらを(ぎよう)()している。これは全然わかっていない顔だ。(ちから)(いつ)(ぱい)、にらみつけた。

「わかってよ、わたしだって()(はく)が大事なの! だから、(きず)ついてほしくないのっ!」

雫玖(しずく)

「次にまた血まみれになったら、もう絶対に(ゆる)さないんだから!」

雫玖(しずく)

「なによっ。()(わけ)なら聞かない……」

「もう一回したい」

 ()(きん)(きよ)()(つぶや)く、せつなそうな表情にどきりとする。

「ちょ、ちょっと待って」

「そっちが始めたんだろ」

「でも今はそんな、あ」

 (はん)(ろん)しかけた言葉ごと、口を(ふさ)がれる。

 (こし)()く手に強く力が入って、固い(むな)(いた)()()められた。

「っ、……ん!」

 (くちびる)(くちびる)()り開かれ、入ってきた(した)が生き物のように歯肉をなぞった。(はん)(しや)(てき)(かた)()かすと、それ以上は深追いされず、(くちびる)だけを(やわ)らかく()われる。

 ()(はく)はいつも、けっして(せつ)(そく)な口づけはしない。(しん)(ちよう)すぎるほど、雫玖(しずく)の進度に(はい)(りよ)してくれている。でもこの(した)(さき)。角度を変えて(しつ)(よう)(くちびる)()められ、また()われて。――なにこれ。(しん)(ぞう)がばくばく鳴って、息ができない。

「……っ、ふ」

 知らなかった、こんな(せつ)(ぷん)の仕方もあるなんて。

「悪いな。どうしても()(まん)できなかった」

 (くちびる)()らしたままで低く(ささや)かれる。音を立てて()()(くちびる)を落とされた。

「あんたが、あんまり()(わい)いことを言うから」

 (あま)くしびれる感覚に()いかけていると、ひくり、()(はく)の身体に(きん)(ちよう)が走る。

()(はく)……、え、なに?」

 ()(せん)の先を追った。ほどなくして一番いやな()(しゆう)(ただよ)(こう)(どう)から豹叉(ひようさ)が現れる。

「お熱いねぇ。感動の再会はもう()んだかな、お二人さんよ」

 (じゆう)(じん)(おお)(また)(れい)(じん)に近づいて来た。ここまでのすべては計算()みといった体だ。

豹叉(ひようさ)。この呪式から今すぐ、雫玖(しずく)を解放しろ」

「おう、いいぜ。んじゃ、お(ひめ)さんに(せい)(りゆう)(おう)(うろこ)を持たせて、ここまで来させろよ」

「……やめろ、(わな)だ! 雫玖(しずく)、これ以上、()(けい)たちの言いなりになるなっ」

 とたん、(となり)から打つような声が上がった。()(なん)(そう)(はく)な顔で二人を見つめている。

「うるせえなぁ。今が一番(かん)(じん)なところなんだ、王子は少し(だま)ってろって」

 豹叉(ひようさ)(かた)()を上げると、たちまち()(なん)(しん)(ぞう)(おさ)えてその場に(たお)(ふく)した。

 ()(もん)してうめいたあと、ぴくりとも動かなくなる。雫玖(しずく)はたまらず声を上げた。

()(なん)! ちょっと豹叉(ひようさ)、あなた()(なん)の護衛のくせに、(あるじ)になにするのよ!」

「ふっ。あんただって散々、その従兄(いとこ)(きら)っていたんじゃねえの? 生意気な口を(たた)くと、その(ひだり)(うで)(くろ)(へび)(しば)()げるぞ。また首を()めてやろうか」

 その言葉に、(だれ)より早く反応したのは()(はく)だった。

 (ふところ)から布(ぐる)みを取り出し、雫玖(しずく)の手に乗せる。

(なぎ)(うろこ)だ。それを持って早く行け、雫玖(しずく)。まずは、ここから出ることだけ考えろ」

「でも!」

(だい)(じよう)()だ。どういうつもりか知らないが、龍鱗は(きら)(れい)()(かたまり)だ、(ぬえ)には持てない」

 ()(なか)を強く()されて(えん)(じん)の外へ出される。通りぬけても何事も起きない。え、と後ろを()(かえ)った。豹叉(ひようさ)が呪を(かい)(じよ)している今なら、()(はく)も通りぬけられるのでは。

黄龍(きりゆう)、あんたも()りない男だな。何度も同じ手に引っかかりやがって――」

 しかしその時、雫玖(しずく)(かげ)から()びた曲がり刀が、やにわに()(はく)(しん)(ぞう)()(とお)した。

「そんなにこの(ひめ)さんが大事かよ。たかだか人間の()(むすめ)(ぴき)じゃねえか」

 (えん)(じん)()()められて立ち往生したまま、がはり、青年は口から大量に()(けつ)する。

「いやあっ、()(はく)!」

「なあ黄龍(きりゆう)、特別、痛えだろ。この(けん)はな、(りゆう)()()(つらぬ)く噛尾刀だよ。さしものあんたも、(のど)に血がつまって声が出ねえようだ。(れい)(じゆつ)の使えない、この時を待ってたぜ」

 豹叉(ひようさ)の手が(ゆう)(ゆう)と刀の(つか)(にぎ)り、(よう)(しや)なくぎりぎりと()し回した。

「しかし(りゆう)ってのは、これくらいじゃ()(めい)(しよう)にはならねえってんだから。まったく、どれくらい(きよう)(じん)だよ。人間なら三回は死んでるところだぞ」

 慣れた手つきで()()くと、(むね)から(たき)のように(せん)(けつ)(ふん)(しゆつ)する。

「やあっ、豹叉(ひようさ)、やめて!」

「念のため、黒縄で(しば)らせてもらうぞ」

 (えん)(じん)(ゆか)から生えた(いばら)が、()(はく)の両足に(から)みついた。

 手に首に、顔へも()きついて(しば)()げていく。

 豹叉(ひようさ)は青年が動けなくなったのを(かく)(にん)すると、やにわに(むね)に開いた(あな)(つめ)を立てた。

「ぐっ……!」

 (きず)(ぐち)から(にく)(へん)をえぐり取るや、かぶりついて()(しやく)する。

 音を立てて血まみれの指をしゃぶってから、(かた)(うで)で口を(ぬぐ)うと、

「ああ、うめえ、最高の味だ。なあお(ひめ)さん、黄龍(きりゆう)ってのは不老不死なんだろ? つうことはだ、その肉を()らった(おれ)も、不死になれるってことだろ。な、そうだよなぁ」

 全身を(しゆ)()めてにいと笑った。

 その顔は(けもの)のように毛深くなり、いつのまにか口は耳の近くまで()け、(するど)い犬歯がのぞいていた。山虎(さんこ)の化け物。――これが豹叉(ひようさ)の本来の姿(すがた)

「あ、あなた、()(はく)()()りにしたいって、こうやって(りゆう)の血肉をすするのが本当の(ねら)いだったの? 自分の不死のために!」

「おお、あいかわらず(かしこ)いな。そうさ、(おれ)(じん)(みかど)に利用されるフリして、利用しかえしてやったのよ。(りゆう)()らえて来いだって? 洒落臭(しやらくせ)え。やりたいことぁ、上から(えら)そうに命じるんじゃなく、なんでも自分で(あせ)かいてやれってんだよ。なあ」

 頭の(しん)が冷えていく。()(はく)を見やれば、びっしりと黒い(いばら)(いばら)()かれ、すでに意識を飛ばしていた。(しん)(ぞう)(つらぬ)かれたのだ、無理もない。

()(はく)()(はく)!」

 さながら黒い蜘蛛(くも)糸に()かれた(ちよう)のようだ。(そう)(はく)になって近寄ろうとすると、

「もうその(えん)(じん)に近づくな。また呪が発動してるから、(ひめ)さん、死ぬぞ」

 豹叉(ひようさ)の手が()びてきた。(かた)()でぞんざいに後頭を(つか)まれ、()()()()()()かされる。

「心配すんなって、黄龍(きりゆう)はなにしても死なねえんだから。それより正気を保ってろよ、お(ひめ)さん。あんたにはこれから、しっかり働いてもらわなきゃならねえんだからな」

「な……んですって」

「いいか。あんたはこれから霊香院(れいこういん)(もど)って、立太子の()までに真澄(まそ)鏡を完成させるんだ。なにがなんでも、()(なん)王子を正式な次の王にしろ」

「いやっ」

(とら)われた黄龍(きりゆう)が、どうなってもいいのか」

 声が出ない。豹叉(ひようさ)の身体はあまりにも血なまぐさかった。そしてこの(しゆ)は他でもない、大好きな()(はく)の血なのだ。(くや)しい。(くや)しい。身体の(ふる)えが止まらない。

「よしよし、良い子だ。そのまま(せい)(りゆう)(うろこ)を持って、こっちへ来い」

 首根っこをつかまれたまま、(こう)(どう)へひきずりこまれる。()(しゆう)がどんどん(きよう)(れつ)になる。(せん)(りつ)するほど(いや)な予感。長い坂道を上がると、やがて(れい)(びよう)の一角につきあたった。

「あ……っ、やだ、こんなのやだあっ、どうしてこんなことを! この人でなし!」

 雫玖(しずく)()えきれず()(さけ)んだ。――その(ゆか)には一面に、ばらばらになった人肉や(ほね)、それに着物が無残に(さん)(らん)していた。

「うるせえ。ぎゃーぎゃー(さわ)ぐんじゃねえ、ここは()()なんだよ。すぐに外へ出してやるからよ、今すぐ(のど)(つぶ)してやってもいいんだぞ!」

 豹叉(ひようさ)(うで)が力任せに、花(まど)から雫玖(しずく)を放り出す。()()(ぶくろ)のように(いし)(とこ)(たた)きつけられ、(こし)()けてしまった。野外は真昼の秋空で、(かわ)いた石の(にお)いがする。

 けれどそれ以上、なにも目に入ってこない。どうやら人は、(せい)(さん)すぎる光景が(のう)()に焼きつくと、(ぼう)(ぎよ)反応の(いつ)(かん)で思考が停止するらしい。

「おお、しまった。やんごとなき(ひめ)さんをつい、ぶん投げちまった。(おれ)(かん)(しやく)持ちなんだ、(たの)むから(おこ)らせないでくれ。キレるとつい、ぶち殺しちまうんでな」

 やがて(とびら)から外に出てきた豹叉(ひようさ)が、首に手をやりつつ雫玖(しずく)(となり)にしゃがみこんだ。

「人でなしで悪かったなぁ。(じゆう)(じん)ってのは半分、(けもの)なんだ。わかってくれとは言わねえが、(となり)()(れい)な女がいたら、こいつはどんな声で()がるのかって想像する反面、()ったらどこの血肉が一番、()()いだろうって考えるもんなんだよ」

「……豹叉(ひようさ)。人間の社会で、人を殺して食べるのは、悪いことなのよ」

 息苦しさをこらえて説いてみても、欠けた左耳をしきりと指でかいていて、まったく悪びれた様子がない。

「そうかぁ? 人だって、鳥や(けもの)の肉を()って()うじゃねえか。それとなにがちがう。あと、もうわかってるだろうが、(だれ)かにこの(れい)(びよう)(おれ)の正体のことは話すなよ」

 雫玖(しずく)(うで)に力をこめて起き上がると、(じゆう)(じん)とまっこうから(たい)()した。

「いずれあの二人を殺すつもりなら、協力はできない」

「そう(にら)むな。王子は(かい)(らい)にするので必要だし、(りゆう)の生き血は(ごく)(じよう)の美酒に(まさ)る」

「やめてよ、お願い。もう()(はく)(きず)つけないで。不死でも、(いた)みはあるんだから……!」

 ()(かい)(ゆが)む。こんな男に頭を()れて(こん)(がん)するなんて(きよう)()が許さない。

 なのに、しゃくりあげるような声になってしまう。

「そんなに泣くなって。これじゃまるで、(おれ)が悪者みたいじゃねえか」

 豹叉(ひようさ)は決まり悪そうに首をかしげた。いやだ、このまま豹叉(ひようさ)の言いなりになるなんて。(いつ)()(むく)いる(ほう)(さく)はないだろうか。ふいに(ふところ)(かく)()ったままの(れい)札を思い出した。

 けれど、すぐに(さざなみ)の言葉を思い出す。だめだ。いくら()(のう)がくれたからと言っても、玉手札の使用は不確実性が大きすぎる。(くちびる)()むと、豹叉(ひようさ)はふいに雫玖(しずく)の頭を()でた。

「なあ、仙客(サウロ)(ひめ)さんよ。(たの)むから(おれ)を失望させるな。仙客(サウロ)なら仙客(サウロ)らしいことを()してみせろって、()わないでいてやるからよう」

 その言葉に目を見開く。この男はいったいなんなのだ。人の感情を持ちながらも品性は(けもの)に近くて。(よく)(ぼう)のままに直情的で、ずる(がしこ)いくせにどこか磊落(らいらく)で。

仙客(サウロ)……わたしの、使命……」

 だが、そうだ。雫玖(しずく)(りゆう)(じん)(もう)でを決意したのは、兄の()()()いで(れん)国をもっとよくするためだった。なのに(りゆう)たちはまだ、(だれ)(れん)王にふさわしいのかという雫玖(しずく)の問いかけに、答えてくれてはいないではないか――。

「そうね、豹叉(ひようさ)、約束するわ。わたしかならず、真澄(まそ)鏡を復活させてみせる」

 (なみだ)()れた(ほお)を手の(こう)でぬぐった。そもそもなんなのだ、仙客(サウロ)とは。

 いったい、なにを()せば自分は仙客(サウロ)だと名乗れるのだろう。

「なんだよ(とつ)(ぜん)。どういう心境の変化だ。それ、二言はねえだろうな」

 豹叉(ひようさ)はかすかに息を飲んだ。

「ええ。ただ、わたしに(りゆう)(したが)わせる力はない。だから鏡はどうにかできても、()(なん)が太子に立てるかどうかは、あくまで(りゆう)(たく)(せん)()(だい)よ。そこは期待しないで」

 この(じゆう)(じん)に、(れん)国を(ぎゆう)()らせるつもりは毛頭無いけれど。

 他国の(きよう)()にさらされてもまだ、保身のために争う臣たち。神を利用したり、気に入らぬ王は弑逆(しぎやく)したり。情けないが、それが今の(れん)の実態だ。

 (たか)()なら言ったはずだ、それでいいのかと。そんな国で生きて(たみ)は本当に幸せだろうか。――(いや)。ちがうと思う。

「ふん、そうかよ。ま、やる気になってくれたなら、こっちは(おん)()だが」

 豹叉(ひようさ)は複雑な顔つきになった。雫玖(しずく)を信じてはいないが、(うそ)をついていないのはわかるのだろう。

(りゆう)って、よく他者を(ため)すの。それはもう、受けて立つしかないの」

 そうだ、(じゆう)(じん)が人を()(ちく)よろしく()(さつ)するように、(りゆう)にも独特の習性がある。()(けい)とはそういうものなのだ。それだけのこと。だから必要以上に、この男を(こわ)がるな。

 まだ、希望を()てる必要はない。絶対に(はん)(げき)の機会は(めぐ)ってくるはず。

 いつのまにか(ふる)えは止まっていた。よいしょと立ち上がる。

「わたし、とりあえず霊香院(れいこういん)(もど)りたい。豹叉(ひようさ)、道案内して」

「まったく、さすが()()(ひめ)だな。(きも)がすわってるぜ」豹叉(ひようさ)は油断ならないまなざしで(しつ)(しよう)した。「……宮城までの(ぎつ)(しや)を用意してやるから、少し待ってろ」


***


 そうして立太子の()の二日前、(りゆう)(じん)(もう)でに出て半年以上(ゆく)()不明だった王女は、(こつ)(ぜん)と都大路に(もど)ってきた。

 (ちよう)(てい)(おお)(さわ)ぎになり、(しよう)(ぐん)や内大臣らが()(きゆう)におしかけた。しかし王女は聾唖(ろうあ)になったようにだんまりを(つらぬ)いた。いくら聞かれても、首を()るばかりで――(おさな)なじみの(しよう)(ぐん)(むす)()にすら、旅で何が起きたか、なにも語らなかったのだ。

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