16 霊廟にて
ぽつん、額に水滴が当たった。ぽつぽつ、ぽつ。涙のように頬からこぼれて、首筋へと流れ、濡らしていく。
雫玖はうっすらとまぶたを開いた。薄暗い岩肌が目に入る。手足に力が入らない。注意深く身体を起こしてみる。――なんの匂いだろう。つんとする腐臭が鼻をついた。
「ここはどこ」
それは、六階建ての高楼がすっぽり入るくらいのだだっ広い洞窟だった。
八方に松明がともされているが、天上にも明かり取りの穴が複数開いている。
否、あれは煙とこの匂いを逃すための穴だ。どうやら雫玖が寝かされていたのは広場の中央で、薄暗い坑道が壁にいくつも開いている。
「ようやく目覚めたか。ここは、蓮の王都から半日くらいの距離にある地下墓所だ」
馴染みのある声にはっと横をむくと、三尺ほど離れた地べたに阿南が胡座をかいていた。わけがわからない。魅音の掌中の珠、立太子の儀の主役が、なぜこんな場所に。
彼の座す場からは、同心円状に床に霊陣が描かれていた。
古代術式のようだが、どこの文字だかまでは判別できない。
「阿南? ちょっと待って、あなたも囚われたってこと?」
「動くな、雫玖。自分の周囲を見てみろ」
打つような声だった。ぐるり、見回してみると雫玖もまた、霊陣の中心にいる。
「気をつけろ。この霊円から出たら、破壊の呪が発動する仕組みだ」
「なんで? どうして阿南まで」
「真実を知った私が、豹叉に逆らったからだ。あっけなくやられて、このざまだ……」
阿南は疲れた顔で笑った。前合わせの胸元を緩めてみせる。雫玖は息を飲んだ。その胸まわりには黒蛇が巻きつき、ちょうど心臓の箇所に頭が半分埋まっていた。
「おまえの黒蛇と同様の呪だ。たとえこの円陣から脱出できても、奴の言うことを聞かなければ、蛇に心臓を食いちぎられるという寸法らしい」
「心臓って、嘘、なんでそんな話になってるの?」
「もし雫玖を傷つければ、俺は王太子にはならんと言ったんだ」
ふんと鼻を鳴らす姿に胸を突かれた。
まさかこの従兄が、そこまで自分を気にかけてくれていたとは。
「それ、本気で言ったの」
「失敬な。あたりまえだ。私にだって人の心はある」
「ごめん。ありがと。阿南はいつからこの墓所にいたの?」
「二日前だ。その時はまだ、私とおまえの他に従者が三人いたが、残念ながら皆、呪が発動して死んでしまったよ」
その言葉で、背筋が総毛立った。もしやこの匂い。
これは坑道から漏れてくる、腐りかけの死体の匂いなのでは――。
「本当にすまなかった。まさかこの呪が、これほど危ない呪詛だったとは。雫玖が髪を下ろしたのも呪のせいだそうだな。申し訳ない。世にも綺麗な緑髪であったのに」
私はただ、おまえを手に入れたかっただけだったのにと阿南は呟いた。
「まだ時間はある。まずは俺の話を聞け」
すすけた衣の襟を正して、阿南は息を吐く。
――そうして雫玖が聞いたのは、胸の悪くなるような真実だった。




