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 次の日の昼前。岩や低木があって()(ふく)に富んだ()(きゆう)(りよう)を飛んでいる最中、(せい)(りゆう)(とう)(とつ)にその動きを止めた。湿()()った(すな)(にお)い。(せい)(りゆう)()から()(はく)と共に下ろされた雫玖(しずく)は、(ぼう)(ぜん)と目の前の光景を(なが)める。

「あれは、なに?」

 この()(ばく)の上空には、どうやら海があるようだ。青緑色の空が、さざなみ立って()れている。この(とこ)()にしかあり得ない、心(おど)る美しい水の情景。ただ今はその空にむかって黒い柱が(こつ)(ぜん)と立ち上がっていた。しかも上へむかって(せん)(かい)している。

「どうやら??柱(ほつけばしら)だな。――なあ(なぎ)?」

 言われて目を()らすと、たしかに柱は何万(ひき)という魚でできていた。被衣(かつぎ)()(ぶか)にかぶった雫玖(しずく)は、(なぎ)が人型に(もど)ってからようやく、その柱が生き物だと気づく。

「大気の流れからして、あの上に、現世とこちらをつなぐ(すみ)(あな)が空いているみたいだ」

「おかしいだろ。()(つう)、こんなところに境界が開くか?」

「そうだよな。これは(にお)うぞ、()(はく)

「ああ。たぶん来るんじゃねえの、くだんの(ぬえ)(しゆう)(げき)が」

 そのせつな、(えん)(らい)のような音が(ひび)いて、柱の(ちよう)(てん)から黒づくめの(ひと)(かげ)が現れた。

「ああ、いたいた。ようやく追いついたぞ、()()(ひめ)

 大きなしゃがれ声。あの顔――額に(きん)(かん)の、知っている。雫玖(しずく)は目を見張る。空から一直線に()()りたその大男は、()(なん)を護衛していた武官だった。

「……(ひよう)()?」

「光栄だな、()が名を覚えていてくれたとは」

 ()(はく)は男が音もなく()(ばく)を歩くさまを見て、いらだたしげに(した)()ちした。

「そうか。あんたが(やな)の頭領で(ぬえ)だったってわけか、(もう)(てん)だった。どうりで(しのぎ)がいくら(あみ)を張っても、これまで(わな)に引っかからなかったわけだ」

(おう)()()から情報が(つつ)()けだったからな。しかしこちとら、そこの(ひめ)さんと(しん)(けん)(とつ)(ぜん)消えちまったから、これでも(くろ)(へび)(れい)()を追うのに(なん)()したんだぜ?」

 ()(はく)はすばやく雫玖(しずく)()(かば)う。

()(なん)王子は、知ってるのか。あんたの正体を」

「ああ。(れい)(はい)()()(すじ)(じゆう)(じん)、ってところまではな」

 (ひよう)()(どう)(こう)が細くなる。雫玖(しずく)は身体を(ちぢ)めた。この男、やはり只人(ただびと)ではなかった。(じゆう)(じん)(かい)(りき)()(しよう)(あら)く、(こう)(かつ)で好色だと聞く。男の(じゆう)(じん)は女が(はら)むまで種を植えつけるし、女の(じゆう)(じん)は限界まで男の精を(しぼ)()るとも。人を好んで()う者もいるとか。

「おい、ところで黄龍(きりゆう)(むら)(くも)(けん)はどうした。持っていないようだが」

「なんだよ、(おれ)の正体バレてんのか。だが、あんたに教える義理はねえな」

「そうかよ。しかし(しのぎ)の持っていたほうは(にせ)(もの)だろ、本物はずいぶん前に折れていたはず」(ひよう)()(くちびる)(はし)をつり上げた。「……良いことを教えてやろうか。あの(けん)を折ったのは、この(おれ)だよ」

「なに?」

「それが(やな)として(れん)に入りこんだ、(おれ)の初仕事だったんだ。ふうむ、さては魚人の(かたな)()()にでも打ち直しに出したか。余計なことを」

 雫玖(しずく)は思わず(こぶし)(にぎ)った。指先が冷たい。びんびんと(ひび)いてくる、この()(おん)で強大な(れい)動。この男、以前からこんなに(きよう)(あく)昏気(くらき)の持ち主だったろうか。

(ひよう)()。そうやってしつこく(むら)(くも)(けん)(ねら)うのは、(じん)国の(みかど)()しがっているからか?」

 ()(はく)がにらみつけると、(じゆう)(じん)()(てき)に笑った。

「かんちがいしないでくれ。たしかに(じん)(てい)(しん)(けん)()しがっている。が、最終的に手に入れたいのは(れん)国の守護龍、つまりおまえだ。しかしまさか(りゆう)ご本人が、わざわざ現世に出てきて王族の護衛をしていたとはな。こっぴどく(なぐ)(たお)されるまで、()(かつ)にも気づかなかったぞ。つうことで今日こそは、おまえを()()りにさせてもらう」

「……たかが(じゆう)(じん)ごときに、ずいぶんと()められたもんだな、(おれ)も」

 ()(はく)の身体から、ゆらゆらと(れい)()が立ち上がる。

(なぎ)。悪い。雫玖(しずく)(たの)めるか」

「ああ、いいぞ」

 ()(はく)が前に出、(なぎ)は代わりに雫玖(しずく)と下がった。

「前に(おく)(みや)でやり合った際に、実力の差は身に()みたと思っていたが。また(いた)()()たいってわけか。こりないね、あんたも」

 雫玖(しずく)はぶるりと(ふる)えた。ちがう。だめだ、油断しては。たしかに()(はく)()()は静かで(あつ)(とう)(てき)だけれど、今日は(ひよう)()の様子がどこかちがう。――この(じゆう)(じん)は今まで実力を(こう)(みよう)(かく)してきた、そんな予感。この口調といい、(おく)()を持っている気がする。

(りゆう)(おう)さまのほうこそ、()めるなよ。ここは(れん)(おく)(みや)じゃねえ。つまり(おれ)も、本来の力でやり合えるってわけだ!」

 男は額の額環を外して(ふところ)にしまう。とたんに()(たけ)()び、(きよ)(だい)山虎(さんこ)変化(へんげ)した。まるで太陽光が弱まったかのような(さつ)(かく)。大気が重く深く(しず)みこんでいく。どどう、(なま)(あたた)かい風が()き始める。

雫玖(しずく)(おれ)の側から動くな。あの男、相当数の(たましい)を食って力を得た(ぬえ)のようだ」

 (なぎ)が折れた(けん)()いて構え、(こし)を低くする。雫玖(しずく)(かた)()を飲んだ。

 落ちつけ。(れい)動に(あつ)(とう)されていないで、まず(じよう)(きよう)を整理しろ。

 (やな)(じん)の暗殺旅団だ。(ひよう)()はその(やな)に属する(じゆう)(じん)で、()(かい)神の(じゆ)()(あつか)えるほど強い(ぬえ)だった。そして(じん)(てい)(りゆう)(ほつ)しているから、雫玖(しずく)(くろ)(へび)という目印をつけ、そばで護衛する黄龍(きりゆう)(ねら)って、(とこ)()へやってきた――。今までの話がすべて()(ごう)していく。

(なぎ)、いくら(ひよう)()(ぬえ)でも、()(はく)は勝てるわよね?」

「いや。(ぬえ)ってのは、疫の百倍は強い。(たい)(しよ)(ほう)(せん)()(ばん)(べつ)だ。(かん)(たん)に決着はつかない」

 その言葉どおり、今や力で(あつ)(とう)(てき)()し負けているのは()(はく)のほうだった。四つに組んでは()()ばされ、受け手を取ったところを強打されている。信じられない。身体ごと()()ぶさまは、まるで大人と子どもの組み手を見ているかのようだ。

(なぎ)()(はく)を助けてよ、このままじゃ死んじゃうわ!」

「いいや、(りゆう)の身体は(がん)(けん)だ。(めつ)()なことじゃまず死なない。もう少し様子を見る」

 それなのに(なぎ)は一方的にやられる()(はく)を、ただ静観するだけだった。

「はっは、弱いな、黄龍(きりゆう)は。(りゆう)(おう)の中で最弱と聞いていたが、()きしに(まさ)る弱さだ!」

 (てい)(こう)する()(はく)(えり)(くび)(つか)んで(ちゆう)に持ち上げ、せせら笑う。

(りゆう)(ぬえ)、勝ちは(ぬえ)ってことで――いいよなぁ?」

 そのまま無情にも、()()た岩に(こん)(しん)の力で(たた)きつけた。

「いやっ、()(はく)!」

 青年は不自然に身体をひしゃげるなり、頭と口から()()に流血して動かなくなった。

「ふん、虫の息ってとこか。まあ生きてりゃ(だい)(じや)なんざ、動かないほうが楽でいいやな。悪いがこの()(もの)(いただ)いていくぜ、お(ひめ)さん」

「……ちょっと待てよ。次は(おれ)の番だぞ、(ぬえ)(じゆう)(じん)

 するとその時、それまで()(どう)だにしなかった(なぎ)がようやく(ひよう)()の前に進み出た。

「なんだ、(だれ)だおまえ。やめとけって。黄龍(きりゆう)の後ろで、さっきまでこそこそ(かく)れていた(わか)(ぞう)が、まさかそんな()折れの(けん)で、この(おれ)と戦うつもりかよ」

 (ひよう)()が馬鹿にしたような()みを()かべる。すると(なぎ)()()()()に答えた。

(おれ)は、多勢で一人をなぶるのは好かない。勝負とは正々堂々、一対一で()すものだ」

(うそ)でしょ。(なぎ)、あなたまさかそんな理由で、()(はく)に加勢してくれなかったの?」

 雫玖(しずく)(ぼう)(ぜん)とする。それは(ひよう)()も同じだったようで、(あき)(がお)(かた)をすくめた。

「聞いたことがあるぞ、(りゆう)の武道かよ。(りち)()なことだな。まぁ、その心意気に(めん)じて一回だけ()()を受けてやるよ。ありがたく思え、このひょろひょろ」

「そうか。……なら(えん)(りよ)なく行かせてもらうぞ、(ぬえ)(じゆう)(じん)

 (なぎ)の目に強い光が宿る。その次の(しゆん)(かん)(ひよう)()(むね)から左耳までが一文字に()()かれ、ぱっくり開いた(きず)(ぐち)から勢いよく(せん)(けつ)()()した。

「な……んだと?」

 ぼたり、()()の半分が地に落ちる。

「ああ(しつ)(けい)、名乗り(わす)れた。(おれ)()(はく)の兄弟で(せい)(りゆう)王。名を青、字を(なぎ)と言う」

「な、なに? それじゃおまえが、あの(こく)(あん)()(かい)神を(ふう)じたという『青い(きば)』か?」

 うろたえ、たたらを()(ひよう)()の目前で、(なぎ)大刀(たち)(じよう)(だん)()りかぶる。

「そんな通り名で、(おれ)()ぶ者もいるな」

 大きく()が半円を(えが)いたと思う間もなく、(けん)から()()した水が(だく)(りゆう)となった。

「っ、ぬかった、(ちく)(しよう)ぉ、よもや伝説の(だい)(けん)(ごう)が、こんな青二才だったとは!」

 (きよう)(がく)(あせ)りに顔を(ゆが)ませ、(ひよう)()(ぼう)(ぎよ)姿()(せい)を取る。――しかし後の祭りだった。

「悪かったな、ひよひよ(りゆう)で」

 (あつ)(とう)(てき)(みず)()(ぶき)(ひよう)()(おそ)うや、()(なみ)のように(きよ)(たい)(はじ)()ばした。

「くそが! ふざけるな、(おれ)はこんなことくらいじゃ、(あきら)めねえからなぁっ」

 (いつ)(しゆん)だった。雫玖(しずく)(ぼう)(ぜん)(むね)の前で手を(にぎ)った。(なぎ)のあの(わざ)、水(まり)札と原理は同じだ。けれど(れい)札と()(かく)にならない(あつ)(とう)(てき)な水量は、(だい)(ばく)()が逆流したように見える。

 (ひよう)()が天上近くまで飛ばされるや、??柱(ほつけばしら)が群がって(すみ)(あな)へと()しこめる。(せい)(りゆう)(えん)()するように。ついで(かみなり)のような(しよう)(げき)(おん)(ひび)き、みるみる境界が()じていく――。

「よし、終わった。雫玖(しずく)()()はないか? ……っ、どうした、(だい)(じよう)()か!」

 (なぎ)が顔色を変えて()けよってくる。雫玖(しずく)がへたりこんでいたので、(あわ)てたのだろう。

「わたしは全然、それより()(はく)を」

「ああ心配するな、()(はく)()()ならすぐに()える。あいつの身体は()(のう)(ゆず)りだからな」 (なぎ)は動かない()(はく)の横に()(おう)立ちになった。

「それより、いいかげん自覚しただろう。今のおまえは弱い」

 (たお)(ふく)していた青年がうめき声をあげる。それで気づく。――(なぎ)が最初のやり合いに手を出さなかったのは、()(はく)に今の実力を思い知らせるためもあったようだ。

()(はく)はまだ(りゆう)としては、(おれ)よりずっと弱い。あの(ぬえ)(じゆう)(じん)に完敗するほど弱い」

「っ、うるせえな、弱い弱い言われなくてもわかってるっ、(いや)()かよ!」

「いいや、(いや)()じゃない。これは単なる事実だ。かつておまえは、(おれ)(たん)(れん)(きら)って()げた。その結果がこれだ。だがまだ(きた)(かた)()(だい)で強くなれる、かならず」

「な。本当か?」

(うたが)うな。できるまでやればできる」

 頭を()さえて起き上がった()(はく)は、力なく()きこんだ。

「そうやって、またあんたは、(こん)(じよう)()(じよう)主義を()りかざす。ふざけんな。どうあっても(おれ)に、(りゆう)(おう)()を伝授したいのかよ」

「そうだ。だから死ぬ気で(たん)(れん)しろ、今度こそ。いいか()(はく)、苦手というのはな、()げればとことん追いかけてきて、おまえを(おど)かす。だから立ち向かって前へ進め。そうして強くなって、あの(ぬえ)(じゆう)(じん)(いち)(げき)でぶちのめせ」

 ()(ちゆう)までいい話だったのに、最後が結局、(のう)(きん)発言なのが残念すぎる。

「どのみちおまえ、弱いままじゃ(れん)(もど)れないぞ。きちんと雫玖(しずく)(ひめ)を守りたいんなら、(りゆう)の力は絶対なんだと知らしめろよ」

 しかしとつとつと話す言葉を聞くうち、雫玖(しずく)の心にもなにかが(とも)るような気がした。

 (なぎ)はまっすぐだ。いつだって、前しかむいていない。

 こんなふうになりたい。ひるむな。足を()()せ。ここ最近、思いもよらないことばかり起きたけれど、(だい)(じよう)()。心配するな、なんとかなる。

 自分も()(はく)もきっと今、天に心意気を(ため)されているのだ。――そう思った。

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