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魅音王妃の故郷、庚国。この庚は百年以上前から、蓮を属領にしようと狙っている――これは周知の事実だろう。蓮は北を青峰山脈、西に香呂砂漠、南に壬帝国を要した小国だが、その都は大陸交易の一大要衝だからだ。
けれどその庚の企みを良しとしない国がある。壬帝国だ。
青峰山脈から蓮を縦断して南に下る久里河は、壬帝国の長清河につながっている。この大河は古来より物流を支える主要航路で、久里河がもし庚に支配されれば、その影響はかならず長清河にも及ぶ。
そこで壬帝国は、蓮の守護龍に目をつけた。
現在、蓮には守護龍と交信できる真澄鏡と、この龍神自身の宝鱗、それに龍神が王に授けた叢雲剣という、三つの神器がある。壬は庚よりよほど乱暴で、この蓮王の証たる剣を奪い、龍に壬の皇帝を守護させようという腹なのだという。そして計画完遂のため、悪名高い暗殺旅団『簗』を使わした。
――と、ここまでが旅前にとある情報筋から、錏将軍と霜葉老師が得た情報だった。
しかし簗は金でなんでも請け負う旅団だ。どんな荒い手段に及ぶか、予測もつかない。それで昨晩、鎬たちは罠を仕掛けた。
雫玖を安全な場所に隔離した上で、あえて神剣を敵の鼻先にさらしたのだ。
そうして得られた事実は二つあった。
その一、簗が神剣を狙っていたのは真実だったこと。
その二、簗の構成員には、獣人が複数いたこと。
彼らは獣化すると人間の数倍も怪力で獰猛になる。これは完全な鎬方の誤算だった。
このまま渡り合えば分が悪い。それで琥珀は味方を二手にわけたのだ。そうすれば囮の一行が登山するうち、雫玖と自分は紗里の道を通って龍門を目指せる。
――つまりあの史緒という女鎬は、雫玖が背筋を寒くした予想通り、初めから王女の身代わりとして隊に加わっていたのだった。




