第8話「宮廷料理人からの宣戦布告」
収穫祭まであと一週間。
俺は店の準備とコンテストの試作に追われていた。
そんなある日、ギルドの掲示板に、コンテストの出場者リストが貼り出された。
俺の名前「テオドール」の横に、見慣れない、しかし誰もが知る名前があった。
『特別招待選手:ジャン=ピエール・ド・ラ・ロシュ(王都宮廷料理長代理)』
市場がざわついていた。
ジャン=ピエール。美食の都と呼ばれる王都においても、その名を知らぬ者はいない天才料理人だ。伝統的な宮廷料理の継承者であり、特にソース作りにおいては右に出る者がいないと言われている。
「まさか、本物が来るなんてな……」
父のマルコが、掲示板を見上げて青ざめている。
「相手にとって不足はないよ」
俺は強がってみせたが、内心では冷や汗をかいていた。
宮廷料理といえば、長時間煮込んだフォン(出汁)や、バターとクリームをふんだんに使った濃厚なソースが特徴だ。素材を加工し、複雑な味を構築する足し算の料理。
対する俺の焼肉は、素材の味を最大限に引き出す引き算の料理。
真逆の哲学がぶつかり合うことになる。
その日の午後、俺が屋台で試作のタレを調合していると、一台の豪華な馬車が通りに停まった。
扉が開き、降りてきたのは、真っ白なコックコートに身を包んだ優男だった。金髪を綺麗に撫で付け、鼻の下には整えられた口髭。
彼こそが、ジャン=ピエールだった。
彼は従者を従え、まるで汚いものを見るような目で俺の屋台を眺めた。
「ふん、ここですか。噂の『野蛮な料理』を出す店というのは」
いきなり喧嘩腰だ。俺は作業の手を止め、彼を見据えた。
「野蛮かどうかは、食べてから判断してもらえませんか?」
「食べる? ノン、ノン。私の舌は繊細なのです。このような煙と脂にまみれた場所で食事などすれば、味覚が汚染されてしまいますよ」
ジャンはハンカチで鼻を押さえ、大げさに顔をしかめた。
「聞けば、貴方は肉をただ切って焼くだけだとか。それは料理とは呼びません。それは『調理』ですらない。ただの『餌』作りです」
カチンときた。
俺の料理を馬鹿にするのはいい。だが、俺が情熱を注いできた焼肉という文化そのものを否定されるのは我慢がならない。
「焼肉は奥が深いですよ。火入れ一秒、塩一振りで味が変わる。貴方の言う『料理』にも負けない芸術性があります」
「芸術? 笑わせないでください」
ジャンは冷ややかな目で俺を見下ろした。
「料理とは、素材を昇華させ、新たな価値を与える高尚な行為です。ソースというドレスを着せ、香辛料という宝石で飾り立てる。それが貴族の、文明人の食事です。貴方のような田舎者が、私の芸術を理解できるとは思いませんがね」
彼は従者に合図をした。
従者が恭しく差し出したのは、銀のトレイに乗せられたガラス瓶だった。中には、琥珀色に輝く液体が入っている。
「これは『ドラゴンの尾のコンソメ』です。希少な地竜の尾を三日間煮込み、幾重にも濾過を繰り返して抽出した、黄金のスープ。この一滴に、牛一頭分の価値があります」
ドラゴンの尾。
Sランクの素材だ。それを惜しげもなくスープにするとは、さすが宮廷料理人。資金力とコネクションが桁違いだ。
「今回のコンテスト、私が優勝するのは確定事項です。貴方のような素人が出る幕ではありません。恥をかきたくなければ、辞退することをお勧めしますよ」
ジャンは勝ち誇ったように笑い、馬車へと戻っていった。
残された俺は、拳を握りしめてその背中を睨みつけた。
悔しい。
確かに、彼の技術と知識、そして使える食材のレベルは俺より遥かに上だ。この世界の「美食」の基準は、彼らが作っている。
だが、だからこそ負けられない。
焼肉は野蛮なんかじゃない。
肉本来の力を信じ、それを極限まで引き出す。それはソースで味を誤魔化すことよりも、よほど純粋で、力強い「料理」だ。
「……面白いじゃないか」
俺はニヤリと笑った。
逆境であればあるほど、燃えるのが職人の性だ。
高級食材? 複雑なソース?
上等だ。俺の「ミスジ」と「秘伝のタレ」で、その鼻っ柱をへし折ってやる。
俺は屋台を早じまいし、家にこもってタレの研究を再開した。
ジャンが「足し算」で来るなら、俺は「掛け算」で勝負する。
肉×火×タレ。
この三位一体が起こす化学反応は、ドラゴンのスープすら凌駕するはずだ。
夜が明けるまで、俺の部屋からは香ばしい匂いが漂い続けた。




