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不味い魔物肉を極上焼肉に変えたら、国王も常連になりました~元肉屋の異世界成り上がり飯テロ経営記~  作者: 黒崎隼人


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第1話「肉への執念、あるいは再会」

登場人物紹介


◆テオドール(テオ)

本編の主人公。15歳の少年。辺境の貧しい農村で暮らしているが、ある日高熱を出した拍子に前世の記憶を取り戻す。前世は日本で精肉店から叩き上げ、一代で焼肉チェーンを築き上げた「肉の王様」。肉を見るだけで筋の走り方、脂の融点、最適な熟成具合を見抜くことができる。異世界の不味い肉料理に絶望し、革命を起こすことを決意する。


◆アリア

テオの妹。12歳。素直で活発な少女だが、日々の食事が質素であるため、本当に美味しい肉を食べたことがない。テオの焼いた肉を初めて食べ、その虜になる。テオの店の最初の従業員であり、看板娘となる予定。


◆マルコ

テオの父。真面目な農夫だが、生活は苦しい。狩猟も行うが、獲った獲物の処理方法が雑なため、いつも肉は硬く臭みがあると思い込んでいる。テオの変化に戸惑いつつも、その技術を認めていく。


◆エレナ

町の冒険者ギルドに所属する女剣士。実力はあるが、いつも金欠で腹を空かせている。鼻が良く、テオが焼く肉の匂いに最初に釣られる客第一号。

 強烈な飢えとともに目が覚めた。


 胃袋が裏返るような空腹感ではない。もっと根源的で、魂が乾いているかのような渇きだ。俺は重たい瞼を持ち上げる。


 視界に飛び込んできたのは、煤けた木の天井と、隙間から差し込む頼りない陽の光だった。鼻をくすぐるのは、どこか埃っぽく、そして古い油の酸化したような不快な臭い。


 ここはどこだ。俺は、病院のベッドにいたはずだ。


 記憶の糸を手繰り寄せる。そうだ、俺は堂島鉄也。精肉店の丁稚から始めて包丁一本でのし上がり、全国に百店舗以上の焼肉チェーンを展開するまでになった男だ。


 最後の記憶は、新店舗の視察中に胸を押さえて倒れたところか。医者には散々止められていた酒と脂と過労。まさに自業自得の最期だったと言える。


「テオ、目が覚めたのかい?」


 心配そうな女性の声がして、俺は首を巡らせた。そこにいたのは、簡素な麻の服を身にまとった疲れ気味の女性だ。知らない顔だが、不思議と懐かしさがこみ上げてくる。


「……母、さん?」


 自分の口から出た言葉に驚く。声が高い。喉仏の感触がない。俺は慌てて自分の手を見た。


 小さい。節くれだって脂染みた職人の手ではなく、白くて細い、少年の手だった。


 頭の中に雪崩のように情報が流れ込んでくる。ここは王国辺境の寒村。俺の名前はテオドール。十五歳。三日前に森で高熱を出して倒れ、生死の境をさまよっていた――。


 なるほど、理解した。これが小説や映画で見たことのある「転生」というやつか。


 俺は一度死に、この世界でテオドールとして生まれ変わった。いや、テオドールとしての人生に、堂島鉄也の記憶が上書きされたというべきか。


 状況を整理する間もなく、腹の虫が盛大に鳴った。


「よかった、お腹が空くのは元気になった証拠だよ。待ってな、今スープを持ってくるから」


 母親――この世界の母であるサラが、木の椀を持ってきてくれた。


 湯気が立っている。だが、その匂いを嗅いだ瞬間、俺の眉間にしわが寄った。


 獣臭い。


 血生臭さと、古い雑巾のような臭いが混ざっている。スープの中に浮いているのは、灰色に濁った肉片と、煮崩れた根菜だ。


「今日は父さんが『ワイルドボア』を仕留めてきたんだよ。精がつくからね」


 ワイルドボア。猪のような魔物か。


 俺は震える手でスプーンを握り、スープを口に運んだ。


「――っ!?」


 不味い。


 言語を絶する不味さだった。肉はゴムのように硬く、噛みしめるたびに獣のアンモニア臭が鼻を抜ける。下処理がまるでなっていない。血抜きもせずに解体し、時間を置かずに煮込んだのだろう。しかも、アク取りをした形跡すらない。


 これは料理ではない。ただの殺生だ。命への冒涜だ。


「……母さん、これ、どうやって作ったの?」


「どうやってって、父さんが捌いた肉を鍋に入れて、塩と香草で煮ただけだよ。柔らかくなるまで三時間は煮込んだんだけどねぇ」


 三時間煮込んでこの硬さ。それはそうだ、強火でグラグラ煮れば肉のタンパク質は収縮し、旨味は抜け出し、繊維は締まってしまう。


 俺は涙が出そうになった。前世で俺は、肉に人生を捧げてきた。牛、豚、鶏、羊。あらゆる命を美味しくいただくことこそが、人間に許された唯一の贖罪であり、至上の喜びだと信じていた。


 こんな扱いを受けている肉が可哀想でならない。


「……父さんは?」


「外で、残りの肉を処理しているよ」


 俺は椀を置き、ふらつく足でベッドから降りた。


「テオ、まだ寝てなきゃダメだよ!」


「いや、行かなきゃいけないんだ。肉が、俺を呼んでいる」


「はあ? 何を言ってるんだい」


 母の制止を振り切り、俺は家の外へと出た。


 冷たい風が肌を刺す。ここは山間部のようだ。家の裏手、粗末な納屋の前で、父親らしき男が巨大な猪のような獣と格闘していた。


 マルコ、俺の父だ。彼は鉈のような無骨な刃物で、ワイルドボアの腿肉を叩き切ろうとしていた。


「くそっ、やっぱりボアの皮は硬いな。刃が通らねぇ」


 ガチン、ガチンと、骨ごと砕くような乱暴な音が響く。


 俺の視界が赤く染まった。怒りではない。職人としての悲鳴だ。


「やめてくれ父さん! そんなことをしたら肉が台無しだ!」


 俺は大声で叫びながら駆け寄った。


「テオ!? お前、もう動けるのか?」


 父が驚いて手を止める。俺はその隙に、解体台となっている丸太の上に置かれたボアの肉に詰め寄った。


 間近で見ると、その惨状はさらに酷かった。無理やり引き剥がされた皮、傷だらけになった赤身、内臓を傷つけたせいで肉に移ってしまった苦い胆汁の臭い。


 だが、俺の目は節穴ではない。


 このワイルドボア、個体としてのポテンシャルは凄まじい。


 赤身の色は濃く、きめ細かい。そして皮下脂肪の厚み。冬を越すために蓄えられた脂は白く輝き、指で触れると体温でじんわりと溶け出すほど融点が低い。


 これは、極上の豚肉だ。イベリコ豚やアグー豚にも匹敵する、いや、魔物としての生命力を含んでいる分、それ以上の逸材かもしれない。


 それなのに、この扱い。


「父さん、その刃物を貸してくれ」


「おいおい、危ないぞ。病み上がりのお前には無理だ」


「いいから! 頼む、一度だけでいい!」


 俺の鬼気迫る表情に押されたのか、父は渋々といった様子で鉈を手渡してくれた。


 重い。錆びて刃こぼれした、粗悪な鉄の塊だ。だが、今の俺にはこれしかない。


 俺は深呼吸をした。冷たい空気が肺を満たす。


『ここを切ってくれ』


 肉の声が聞こえた気がした。いや、聞こえたのだ。前世の経験と、この世界での感覚がリンクする。筋肉の繊維の流れ、骨の継ぎ目、筋膜の位置が、まるで透視したかのように手に取るように分かる。


 俺は鉈を振り上げた。力任せに叩きつけるのではない。重力を利用し、刃の重さを一点に集中させる。


 ズンッ。


 関節の隙間に刃が吸い込まれた。骨を断つ音ではない。軟骨の継ぎ目を綺麗に分断した音だ。


「なっ……?」


 父が息を呑む気配がした。


 俺は止まらない。手首を返し、刃を滑らせるようにして皮と脂身の間に切れ込みを入れる。薄い筋膜を一枚だけ残し、不要な皮だけを剥ぎ取る。


 錆びた鉈とは思えないほど、動きは滑らかだった。道具が悪いなら、腕でカバーする。それが職人だ。


 腿肉を切り出し、余分な筋をトリミングする。血管の中に残った鬱血を、指の腹で押し出しながら丁寧に拭き取る。


 ものの数分で、そこには美しい赤と白のコントラストを持つ、巨大なブロック肉が横たわっていた。


「すげぇ……テオ、お前いつの間にこんな技を覚えたんだ?」


 父の言葉は耳に入らなかった。俺は切り出したばかりの肉を見つめ、恍惚としたため息をつく。


 まだだ。まだ足りない。


 この肉は死後硬直が始まっている。今すぐ焼いても硬いだけだ。だが、適切なカットと火入れを行えば、今日のうちでも十分に美味しく食べられる部位がある。


「父さん、火を起こしてくれ。炭火だ。それと、岩塩はあるか?」


「あ、ああ。塩ならあるが……焼くのか? ボアの肉なんて焼いたら、靴底みたいに硬くなって食えたもんじゃないぞ」


「俺が焼けば、靴底もステーキになる」


 俺はニヤリと笑った。少年の顔には似つかわしくない、不敵な笑みだっただろう。


 前世で果たせなかった夢。世界中の人間に、本当に美味い肉を食わせる。


 その第一歩が、この異世界の寒村から始まるのだ。


 俺は手近な石で鉈の刃を研ぎ始めた。シャッ、シャッというリズムが、俺の心臓の鼓動と重なっていく。


 さあ、開店の時間だ。

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