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  作者: たーく
第一章・カラス区
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カラスの翼跡

 

 地区の外れに、その少年はいる。

 黒髪という珍しい風貌のその少年は、元は遠い地区の出身らしく、年齢の割に幅広い知識をもっていた。

 カズマは少年と歳も近く、また物珍しさもあってよく少年に会いに行った。


 少年曰く、自分の寿命は永く、大昔から生きているという。

 大人たちは、相手にしなかった。ただの風変わりな子どもが、ホラを吹いているだけ。

 正直、嘘だろうが本当だろうが、カズマにはどちらでもよかった。

 そんなこと、どうでもよくなるくらい、少年の語る世界は不思議に満ちていて、カズマの好奇心をくすぐるものばかりだった。


 大人たちは、もったいない。

 少年の話は、こんなにも楽しいのに。

 しかし、大人たち皆が馬鹿にする中、父だけは違っていた。


「彼を大事にしなさい。よく話し、よく学べ。友人としてな」


 耳を疑った。

 少年と初めて知り合った時、おそるおそる父に彼の話をした時のことだ。

 あの厳格な父が口にする言葉とはおもえなかった。おまけに、優しげな顔でそう言ったものだから、本気で病気を疑ったほどだ。 


 地区の平穏が第一。

 それが父の考えであり、またそのために規律を何よりも重んじる。そんな父だからこそ、奇妙な話を持ち込む少年を、異分子として排除するだろうことは容易に想像できた。

 だが、違った。

 嬉しい誤算だった。


「もう一度、聞きたいんだ。前に言ってたやつ」

「前に言ってた? 何の話?」

「ほら、あれだよ。人を乗せてすごいスピードで走るやつ」


 とある日、カズマは少年に聞いた。前に教えてくれたすごい乗り物の話。

 少年は、またか、とでも言いたげにため息をついた。続いてうんざりした顔で、


「本当に好きなんだね、車」

「そうそれ! クルマだ!」

「キラキラした目でみないでくれ。大した話じゃないんだから。車っていうのは」


 そう言いつつも、結局は話し始める。

 面倒くさそうな素振りこそ見せるものの、最後はいつも決まってカズマのわがままに付き合ってくれる。

 そんな少年が、カズマは大好きだった。


「──そうやって作られたのが、車。速く走る馬車が欲しい。その発想から速さを突き詰めて、なら馬じゃなくてもいいとなったわけさ」

「馬車?」

「馬やロバで牽引させた車を用いた移動手段。人だけでなく荷物の運搬にも使われた」

「馬? ロバ?」

「……なるほど、そこからか。いいかい? 馬っていうのは──」


 この時間が、カズマは好きだった。

 時間の流れを忘れるほど少年の話に聞き入り、雲が黒くなってきてから帰路につく。

 そうして眠りにつく前、少年の語る世界に想いをせるのだ。

 今日もそうだった。


「ねえ、君もおいでよ。外だと寒いでしょ」

「平気だよ。もう暗い。僕のことは気にせず、早く帰りな」


 このやり取りもいつものこと。

 何度提案しても、少年はカズマの誘いに乗ってこない。

 初めて少年を見た時、彼がカラス地区にやってきた時のことを思い返し、


「まだ怒ってるの? けど、みんな悪気はないんだ」

「そうじゃない」


 薄気味悪い、と少年を避ける大人たち。

 そんな過去の経験を少年は気にしていない、と軽い調子で笑ってみせる。


「変なものには近づかない。その方がいいし、賢い選択だよ。それにそれは、君にだっていえることだよ、カズマ」

「なんで? こんなに面白いのに。君の話を直接聞けば、大人たちも気に入るよきっと」


 そうに違いない。

 嘘か真実か、それの何が気になるのだろう。

 少年の黒い髪だって、珍しくてかっこいいじゃないか。


「本当に変わってるよ、君は」


 なぜか懐かしむように微笑む少年に、つられてカズマも笑う。

 と、そこでよし、とカズマは胸中で気合を入れる。

 一拍置いて、最後の決まり文句を今日も口にしてやった。


「君の名前を教えてくれ」

「やだね。それは秘密だ」


 今日こそ、という思いで告げるも、あえなく失敗。


「だと思ったよ。じゃあ、またね」


 笑ってまたな、と答える少年に手を振り、カズマは帰路についた。






「今日はお前にも参加してもらう」


 目覚めるなり呼び出され、告げられたその内容に、カズマは言葉を失った。

 内容は、ハト地区の当主との会談。

 近隣の地区当主との会談は、度々行われている。もちろん、参加するのは当主である父とその側近が一人。他の人間が参加することは許されない。

 地区の今後の方針や、物流の効率化、遠方地区の情勢など、会談内容は多岐にわたる。


 寝耳に水。

 まさか自分も参加が許されるとは思っていなかった。カズマはじき、十五になる。そろそろ大人として扱ってほしいとは思っていた。

 そう思っていただけに、本当なら飛び上がって喜びを叫びたいところだ。

 しかし、この父の前で子供らしさは許されない。


「えっと、どうしてですか? 大切な会談にどうして僕が」

「お前も次期当主。そろそろ慣れておいてもいいだろう」


 当主は血によって決まる。

 父の子はカズマだけだ。

 つまり、次期当主はカズマ以外にいない。

 ただ、疑問は拭えなかった。常々、自分は甘いと父に叱られてばかりいた。

 そしてそれは、ここ最近でも特別変わってはいない。


「わかりました。行きます」


 本当なら、少年のところへ行きたい。

 だが、それを言えば次期当主しての自覚が足りないと激怒されるだろう。


「彼とは、最近どうだ」

「……彼?」


 唐突にそう聞かれ、思わず誰のことかと聞き返す。


「黒髪の子供のことだ。お前の友人という」


 驚いた。

 心を読まれたのか、と疑ったほどだ。

 ここ最近は、ずっと少年に会いに行っている。

 嘘はつかなかった。大事にしろと言ったのは父である。

 素直に、昨日も会ったことを告げた。


「そうか。元気そうだったか?」


 何故、そんなことを聞くのだろう。

 会ったこともない上に、父の嫌うタイプの人間のはずなのに。

 疑問は尽きなかったが、カズマは父に頷きを返した。

 すると、父は笑顔を浮かべ、


「そうか。ならいい。仲良くな、今後も」


 あの父が笑顔とは珍しい。

 それも、いまだかつて見たことがない満面の笑みだった。






 会談場所は、カラス区の中心部。

 傘と呼ばれる建物の最上階、その一室。もっとも広い部屋である。

 部屋の中央には、くたびれたいくつかの椅子と、傾いた机。扉には、父の側近が立ったまま待機している。

 椅子には、父とカズマが並んで座り、机を挟んだ対面に、ハト地区の当主が座っていた。


 ハト区の当主、その姿にカズマは思わず息を呑んだ。

 歳は、カズマと変わらないくらいの少女である。

 肩を流れ、胸元まで伸びる灰色の髪。髪色こそ自分と同じであるものの、異質なほどの艶めきはまったくの別種。

 肌もカズマと同じ白、瞳も同じく灰色。しかし肌質も、瞳の奥にある理知的な光も、どちらも自分とはかけ離れている。

 なにより、その瞳だ。理知的な光に揺るぎはなく、威圧的な父の雰囲気にもまるで動じる素振りはない。

 ただ、何かを図るように、静かに父だけを見つめていた。


「ハト区より、当主ヒナタと申します。お見知りおきくださいますよう」


 父が己の名を告げると、少女も淡々と自身の名を返し、静かに目礼する。

 倍以上も歳の離れた父に対し、ひとかけらの動揺もない。

 その泰然たいぜんとした様子に、父がほう、と感心したように息をついた。


「ずいぶんと若いが、肝は座っているようだ。前当主殿はどうなされた」


 瞬間、少女の瞳の奥に光が灯る。

 刃のような冷たい光が、すぅ、と細められた。


「実質的な地区の運営は、これまでも私に一任されてきました。年齢もじきに十五となります。子供だと侮られる時期は過ぎた、とハトの住民すべての意志が固まっただけのこと」

「……なるほど。これは失礼した」


 対等の立場でここにいる。侮れば、ハト全てを敵に回すことになる、と少女は暗に告げていた。

 言葉もそうだが、その雰囲気にカズマは圧倒されていた。

 美しく、そして強い。あの父が、対立を避けて佇まいを正すほどに。


「それで──」


 少女の視線が、ちらり、とカズマに向けられる。

 ずっと見とれていたカズマは、意図せずぶつかった視線に思わず身を硬くする。


「この方は?」

「息子だ」

「後継ですか」


 探るような目でカズマ見ていた少女だったが、それっきり興味を失ったのか、さっと視線を外し、


「ずっとお会いしたいとは思っておりました。カラスは義理堅く、また強靭な戦士が数多い」

「過分な評価だ。皆、必死に生きているだけのこと」

「ハトにはない力です。この際、単刀直入に申し上げます」


 そう前置きして、ハトの当主はゆっくりと父に右手を差し出した。


「カラスのその力をお貸し頂きたいのです」

「……ヒナタ殿。それはどういう意味か」

「以前より、調達隊の人員の貸し出しは要求してきたかと。それを正式に、今ここで決めて頂きたい」


 調達隊の人員。

 物資調達は命がけである。ただ強いだけでは務まらず、命を惜しんで回収が停滞すれば、次は飢餓によって誰かが死ぬ。

 命をかける度胸と、必ず成果を持ち帰る覚悟。両方がなくては、務まらない。

 その力を他地区のためにも役立てろ、とハトの当主は言っているのだ。

 黙って聞いていたカズマも、これには思わず声を上げそうになった。


「あまりにも無茶な要求だ。前当主にはできない、とはっきりお断りしたはずだが」

「だからこそ、私がいます」

「……何が言いたい?」


 苛立ちを孕んだ父の声に、カズマの肝が冷える。

 父がそうと決めれば、ハトとの全面戦争になってしまう。そうなってもおかしくないほどには、彼女の要求には無理があった。


「交渉です。こちらの要求が通るのなら、私の全てをお譲りします」

「全て、とは」

「力です。カラス区の困難の折には、真っ先にかけつけましょう」


 少女の提案に、父は鼻を鳴らした。


「間に合っている。困難が故にカラスの力を頼るそちらが、何をもって我らの困難を救うと抜かす」

「飢餓だけが困難ではないでしょう」


 少女の提案を斬って捨てようとする父に、少女はすかさず斬り返した。


「奴らが降りてくるとしたら?」


 その言葉の威力は絶大だった。

 どんな提案だろうと一歩も引かない。そう感じさせるだけの気迫が、父にはあった。

 しかし、それも霧散する。


「なんのことだ」


 どこか力の抜けたような父の声音。

 対する少女の口元に、初めて笑みが浮かぶ。


「知らないはずはないでしょう。カラス区当主、それも“朝霧家”の貴方が」






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