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  作者: たーく
第一章・カラス区
3/9

神官

 

 ラーメン。またも意味不明な単語。

 リナの理解の外にある会話である。にもかかわらず、カシラは神妙に頷き、あろうことかその場に膝をついた。


「承認しました。非礼をお許しください」

「ちょ、ちょっと父さん!?」

「黙れ。お前も膝をつけ」


 必死な様子、かつ有無を言わせぬ父の雰囲気に、わけも分からず従う。


「ああ、いいよそこまでしなくて。変な伝わり方しちゃてるなあ、ほんとに」 


 呆れたように嘆息するシン。

 続けて、先ほどと同じ言葉を口にする。


「それで? カシラさんだっけ? 君は何代目?」 


 父は、ゆっくりと頭を下げた。


「朝霧の血脈は絶えております。俺は、掟を引き継いだだけ」

「そう……いつから?」

「四代前より、当主の血は変わっております」


 いつと問うた声に、隠しきれない悲しみが滲む。それに、淡々と答える父。

 当主が引き継ぐ掟の話は知っていた。知ってはいたが、内容までは父は話してくれなかった。

 それがいま、語られている。


「すごいね。それでここまで残っているなんて」

「朝霧は豪傑だ、と先代がよくそう申しておりました」

「ハハッ。たしかに。脳筋の一族ではある」


 懐かしむように笑ったあと、シンはカシラに歩み寄り、膝をついた。そして、その肩に手を置く。労るように、優しく、そっと。


「遅れてごめん。長かったよね。よく耐えてくれた」


 今日は、何度驚かされるのだろう。

 父が、泣いていた。下を向いたまま、肩を震わせ、涙を流していた。あの父が。

 その震えを受け止めるように、全ての苦悩を持ち去るように、カシラの肩に置いた手に力を込める。


「今までありがとう。もう大丈夫。僕がいる。カラスの皆を集めてくれるかい? 現状を知りたい。あと、そろそろ頭を上げてくれるかい」


 立ち上がったシンを追うように、カシラも立ち上がる。

 涙はすでに、消えていた。


「掟は真実なんですね。貴方が“そう”だと」

「そういうこと。奴らは降りてきた?」 

「いえ、戦後は一度も」


 そうか、とシンは呟く。


「カシラさん、みんなを集めて準備をしておいてくれるかい。僕も僕で準備を始めるよ」

「承知しました」


 カシラが一礼すると、シンは一人で出ていった。

 残された二人。

 横たわる沈痛。

 何と声をかければいいか、それに、リナは現状を理解していない。

 全くもって意味不明である。


「……リナ」


 父を見る。

 そこには、少年のように目を輝かせた、いまだかつて見たことのない父の姿があった。


「時が動く。ようやくだ。掟は真実だった」





 シンが出ていった翌日。

 カシラはカラス区の住人全てを広場に集めた。


「皆も知っているだろう! リナが連れてきた黒髪の少年を」


 カシラが声を張ると、住人の中からひそひそと声がもれる。小さな点のそれは、一つまた一つと増殖し、やがて大きなざわめきへと変わっていく。


「心配はいらねえ。なぜなら、かの少年は俺たちが待ちわびていた救い主だからだ」


 ざわめきがさらに大きく、次は疑問の波となってカシラに襲いかかる。


「カシラ! どういうことですかっ!」

「救い主って何の話だ!」

「やめてくれ! まるで塔狂いの奴らと同じじゃねえか!」


 リナは、黙って彼らの声を聞いていた。

 無理もない。異様な風貌の子供。それも塔周辺で拾ってきた子供だ。

 それがいきなり救い主。

 カラスに信仰はない。救い主など、まるで塔を信奉する塔狂いの奴らと同じだ。仲間を平気で生贄に捧げる、クソみたいな思想と。同じだ。

 とその時、


「カシラ! す、すいやせん! は、ハトが」


 突如として割って入った声に、広場が静まり返る。

 水を打ったかのような静けさに呑まれる中、カシラは狼狽を見せなかった。

 息を切らす男の呼気が収まるのを待ってから、静かに問う。


「何人だ」

「ふ、二人です……けど」


 大の男の慌てふためく様子に、リナは当たりをつける。それは、最悪の予想。


「神官か」 


 カシラもリナと同様の結論にたどり着いていた。

 報告してきた男の返答も待たず、カシラは即決する。


「避難だ。てめえら! 急げ! 中へ避難だ。リナは誘導を任せる。リュウ!」


 カシラが声を張ると、大柄の男が住人たちの中から進み出る。


「お前は俺とこい。内容次第だが、タイミングがタイミングだ。そん時きゃ、やるぞ二人で」

「承知した」


 顔に傷のあるこの男。

 カラスの門番であり戦士。拠点を守る鉄壁の盾たるこの男はしかし、ひとたび地区が窮地に陥れば最強の矛となる。

 カラス区代表カシラの腹心にして、地区最強の男、リュウである。


「みんなを頼んだぜ、リナ」


 父の背を見送り、皆を落ち着かせると、リナは広場から住人たちを誘導していく。

 調達隊のメンバーに矢継ぎ早に指示を飛ばし、迅速に住人たちをゲートの中へと送る。

 カラス区の拠点は高い塀に囲まれた中心部にある建物だ。

 その名を【傘】という。雨を凌ぐ傘。大昔、塔から放たれた石の雨を傘のごとく防いだという。

 だが、相手が神官となると話は別だ。 


「ケン! そっちは!?」

「こっちはオーケーだ──っておい。どこへいく!?」

「カシラのとこ。私も加勢する。ここは任せたよ」


 放ってはおけない。  

 地区で神官を名乗る人間は、例外なく“変異”している。彼らに、常識は通用しない。普通の人間なら、束になっても勝てはしないだろう。それどころか、かすり傷さえ与えられない。

 それが、二人。

 いくらリュウとカシラでも、万が一もあり得るのだ。


「行くな! 無茶だ!」


 ケンの静止の声を振り切り、リナは駆け出した。

【傘】を背に駆ける。

 広場を突っ切り、地区の端まで来たところで、リナは広がる光景に息を呑んだ。

 大量の血を流し、うつ伏せに倒れる父と、彼を背に二名の侵入者と対峙するリュウ。


「父さん! リュウ!」

「来るな」


 駆け出そうとした足が、止まる。

 静かに、しかし屹然としたリュウの声に、リナは悟った。悟らざるを得ない。それほどに、声には切迫した響きがあった。

 この足を踏み出せば、終わるのだと。


「高位神官だ。変異も並ではない」


 ──高位神官。

 塔の信奉者たちを束ねる神官の、さらにその上。上位に君臨する。

 強力な変異をその身に宿し、一人で他地区を滅ぼす者もいる。神を崇めぬ者への神罰と称して。


「“変異”? 何を言うか。神より賜りし恩寵おんちょうである」


 二人の内の一人が、心外だとばかりに口を挟んだ。

 曲がった腰に、しわだらけの顔。高齢の神官である。

 一方、となりの神官は槍を片手に、射抜くような眼光をリュウに向けている。ずいぶんと背が低い。フードからわずかに覗く顔も若く、推察するにまだ十代でもおかしくはないだろう。


「祈りを知らぬ野蛮人共め。穢れをどこへ隠した」


 右手の錫杖しゃくじょうを支えに進み出る老神官。そしてそれを警戒するように、リュウが拳を構える。


「知らん。何度も言わせるな」


 返答が気に入らなかったのか。

 老神官はリュウを睨めつけ、続いてリナに視線を向けた。

 投げつけられた目には、ありありと敵意が浮かんでいる。


「小娘、お前はどうだ。穢れの行方を知る者か。正直に答えれば、神罰は見送ることとする」

「クソ喰らえ、よ」


 間髪入れずに言葉で叩き伏せると、老神官の額に青筋が浮かぶ。

 握りしめる力が増したのか、錫杖はみしみしと音を立て始めた。

 やがてその力は、強度の限界を超えた。錫杖は半ばからばきり、と音を響かせ、呆気なく砕けてしまう。

 片手で錫杖を握り潰した。細い柄とはいえ、相当な力だ。とても老人のものとは思えない。

 ──筋繊維の変異。それも極端なやつか。


「よかろう。ここに神罰を与える」


 言い終えるなり、老神官の曲がっていた腰が伸びた。

 背筋を伸ばし、まるで年齢を感じないその立ち姿。

 ──来る。

 リュウか、それとも自身か。

 老神官のとなりに立つ、おそらく部下であろう年若い神官にも注意を払いつつ、リナは身構える。


「そっちだ!」


 刹那。

 リュウの声が聞こえるより早く、リナは風の声を拾っていた。

 ささやき、ゆらぎ、たゆたう。風の音が波となり、声となり、詩となる。

 しるべとなった風の詩の隙間に、身体をすべり込ませる。

 と同時に、老神官の拳がリナの鼻先をかすめていく。

 再び、風の詩。

 連続する不規則な風の隙間に、身体を合わせる。


「忌々しい小娘めがッ!」


 振るわれた拳が。

 蹴り出された足が。

 全てが風の導きのまま空を切る。リナには、決して届かない。


「貴様も持っておるな。我らが神の“恩寵”を」


 距離をおき、一度こちらの動きを見定めようと目を凝らす老神官。

 リナへの対策に思案を巡らせているのだろう。

 が、無駄なことだ。

 音より早く動く者でもなければ、リナの耳からは逃れ得ない。


「恩寵なんてない。これは“変異”。」

「戯言を。祈りを知らぬ野蛮人めが。貴様のようなものに何故、恩寵がある」


 言い終えるなり、再びしかけてくる。

 だが、風の詩はすでに聴き終えている。老神官の動きは不規則。だが、不規則の中に規則がある。

 出だしと繋ぎ。攻撃に強弱、速遅はあれど、クセばかりはそう変わらない。正確には、変えられない。

 故に、動きのパターン化が可能であり、それは守るに易い。だが、攻めるとなると話は別だ。


「リュウ! 隙を見て加勢して!」


 動きを読む間、少しでも加勢してくれれば、勝てる。

 問題は、あの若い神官を出し抜けるかだ。

 しかし、


「──え?」


 リュウは、動いていなかった。

 先ほどから一歩も。

 それは、年若い神官も同じ。

 参戦したリナには目もくれず、ただひたすら、じっとリュウを睨み据えている。

 動けばこちらも動く、と言わんばかりに。


「リナ、俺は動けん。動けば死ぬ」


 リュウの言葉に戦慄する。

 あのリュウが動けない。年若い神官はそれほどに強いのか。

 それに、死ぬとはどういうことだ。

 一体、リナがくるまでに何があったのか。


「どうした小娘。かかってこんかい」


 挑発するように老神官が口元を歪める。

 わざとらしく両手を拡げ、攻撃してみろと無言で無抵抗をアピール。

 罠だ。それに、おそらく悟られた。攻撃の手段がないことを。


「さて、どうやら手詰まりのようだな。諦めて話してもらおうかい。穢れの行方を」

「……もういい」 


 呟きが一つ。

 小さく落とされた声に、老神官は即座に身を翻し、年若い神官の元へ戻った。

 そして、


「よろしいので? こやつらは野蛮人。痛めつけねば吐きませぬぞ」

「無闇に傷つける必要はない。何度もそう言った。お前がどうしてもと頼むから、許した」

「し、しかし」


 食いさがる老神官。

 そこで初めて、年若い神官はリュウから視線を切った。

 神官は、眼前の老神官を見上げ、一言。


「二度目はない」


 年若い神官のたった一言。しかし、その威力は絶大だった。

 老神官は一礼し、年若い神官の後方へと下がる。

 小さき神官は、フードに手をかけた。

 空に流れるは、純白。


「聖区ハトより、神官アサヒが汝らに慈悲を。聖なる光の意を持つこの名において、汝らに乞い願う。穢れを差し出しなさい」


 純白の髪の神官。

 まだ十を少し過ぎたばかりであろう小さき神官はしかし、威厳に満ちた声で告げた。

 遥かな高みに存在するかのように。

 自身の名と、その願いを。


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