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  作者: たーく
第一章・カラス区
2/9

朝霧

 

「──なるほど。それで僕を助ける代わりに、リナさんは仲間の一人を失った、と」


 これまでの経緯を説明すると、シンは沈痛な面持ちで黙り込んだ。

 悲しいのか悔しいのか。唇を噛みしめ、痛みに耐えるようにまぶたを閉じる。


「自分を責めちゃだめだよ。君は子供なんだ。救われるべきだし、救うべきだ。仲間もきっと、私を誇りに思ってくれる」


 慰めになどならない。わかってはいたが、言わずにはいられなかった。

 シンは、すっと表情を消した。


「……子供、ね。確かに、子供は救われるべきだ」


 無表情で告げた言葉は、どこか空虚な響きを持っていた。たしかにそこにある。なのに、どこにもいけないような。


「ところで、ここの当主に会いたいんですけど。案内してもらえますかね。助けて頂いたお礼も伝えたい」


 先ほどまでとは打って変わって明るい声に、反応が遅れた。


「──えっと、ん? 当主?」

「いや、そうですね。親方? 区長? 今だと何が適切なんだ。リーダー?」


 なるほど、と思う。

 この少年、どうやらカシラに会いたいらしい。無論、賛成はできない。

 自殺行為だ。 


「カシラって呼んでるよ、私たちは」

「そうですか。では、是非ともカシラさんにお会いしたい」

「それはやめたほうが良い」


 途端に、シンの瞳から温度が消失する。

 透き通る黒瞳。その光沢から、得も言われぬ圧がかかる。こちらを見透かすように丸い瞳が横へと引き伸ばされ、細められたその目に、なぜか怖気が走った。

 見た目は少年だ。せいぜい多く見積もっても十五。リナより五つも年下の子供だ。

 なのに。

 どうしてこうも、怖いのか。


「き、君にはわからないだろうけど、私たちは信仰心を持たない」


 なぜ、と問われたわけでもない。

 それなのに、リナは言い訳がましく言葉を並べていた。


「カラスに生贄はないし、祈りだってない。信じられないかもしれないけど」

「いや、信じるよ」


 瞬間、空気が軽くなった。

 見れば、シンから先ほどまでの圧が消えている。それどころか、こちらを心配するように眉根を寄せていた。


「ごめんなさい。少し意地悪をしてしまいました。これまで、良い思い出は少なかったもので」


 納得のいく話だ。

 ハト区から、おそらくは逃げてきたのだろう。この髪の色だ。生贄に差し出されていてもおかしくはない。

 カラス区を警戒していたとしても、不思議はない。


「大丈夫。察しているつもりだから。だけど、それとこれとは話が別。カシラは、神を信じない。神を信じる者も信じない」

「……つまり?」

「ハト区は信じないってこと」

「なるほどね」


 言い終えると、一人納得したように頷いてみせる。


「僕に任せてもらえませんか。考えがあります」

「考えって? 嘘や誤魔化しならオススメしない。カラスを率いる人よ。安い手は通用しない」


 子供の浅知恵など、たかが知れている。

 あのカシラが見抜けぬはずはない。

 嘘だと見抜かれた瞬間、子供だろうと問答無用で首が飛ぶだろう。

 リナは知っている。父が優先するものはいつも決まっていることを。そしてそれが、決して揺るがないことも。


「まあまあ。ここは一つ、任せてくださいよ」


 にこやかにそう言われてしまえば、断ることもできない。最悪、危なくなれば仲裁に入ればいい。どのみち隠してはおけないのだ。

 リナは腹を決めた。


「わかった。とりあえず、任せてみる。どうせ隠せないしね。上手くやりなさいよ」


 こうしてリナは、シンと二人でカシラの元へ向かうことになった。






「他地区との交流はほとんどしていないの」


 カシラの元へ向かう道すがら、リナは並んで歩くシンにカラス区を案内していた。

 興味深そうに、周囲へきょろきょろと視線をさまよわせるシン。こうしていると、ただの無邪気な少年である。


「リナさん、あれは?」

「配膳だよ。集めた食料を日に一回、みんなにわけていくの。今のところ、配膳が途絶えたことはない。私の知る限りでは」


 路上に拡げられた風呂敷。その上に、乱雑に置かれた食料の数々。無論、そのほとんどは塔周辺で回収した残飯である。

 指示係の男が、食料を待つ人々に整列をうながし、順番に配膳していく。

 その様子を窺いつつ、シンは感心したようにへえ、と声をもらした。


「ずいぶんと統率がとれていますね」


 シンの台詞に、思わず小さく笑う。

 統率。さも当然のごとく紡がれた少年らしからぬ言葉がおかしかった。


「うちは仲間を尊重しているからね。助け合いだよ」

「それにしてもすごい。他地区ではこうはいきませんよ」


 それはそうだろう。

 ここを率いる男の苛烈かれつさをカラスの住人は皆、知っている。目で見ただけでなく、その身で体験した者もいる。

 もっとも、経験で知った者はすでにこの世にはいないが。


「ただ、仲間同士を信じているだけ。崇めるものがないかわりに、ね」


 怯えさせてもいいことはない。

 カシラの苛烈さは伏せ、リナはそう締めくくった。


「あそこだよ」


 視線の先には、高い塀に囲まれた建造物。

 円状に建てられた塀の一部だけ、網目状に張られた鉄線で区切られており、その前に男が立っていた。


 屈強な男である。腕を組んで仁王立ちするその姿は、まさしく門番といったところか。

 顔には刀傷。傷は額から走り、右目を切り裂き頬へと流れている。眼光鋭く、左目だけで来訪者二人へ視線を止めた。

 男は、リナを見て軽く会釈し、次いでシンに視線を移した。

 胡乱うろんげな一瞥いちべつの後、


「リナ、これがそうか。カシラに会わせる気か」

「彼はシン。見た目は少し気になるかもしれないけど、いい子よ」


 鼻を鳴らし、男は再びシンに視線を戻す。


「見た目はどうでもいい。素性と思想だ。良い考えとは思えない」

「まだ子供よ。通して」


 男はしばし黙考し、やがて渋々といった様子で鉄線の扉をスライドさせた。


「まだ子供だから言っている。カシラに年齢は通用せんぞ」

「……わかってる」


 すれ違い様に、男は忠告してきた。

 そんなことは、わかっている。何かあれば自分が止める。

 言外に強い意志を込めて、リナはシンを連れて扉の先へ踏み出した。





「それで? それの素性はわかったのか」


 わかったから連れてきたのだろうな、と言わんばかりに、部屋に入るなりカシラがそう口にした。

 答えに窮していると、となりから躊躇なく足が踏み出される。シンだ。

 カシラの圧や、剣呑けんのんな空気などどこ吹く風といった様子でゆっくり、しかし確実に一歩ずつカシラとの距離を詰めていく。


「──止まれ。それ以上は許さん」


 あと数歩で、手が届く。

 その距離で、カシラは刀の柄に手をやった。


「なんだ。どうするつもりだ。言ってごらんよ」 


 低く、腹の底に響くようなシンの声。

 おかしい。異質だ。

 シンの声音が、先ほどまでとは違う。

 慌ててその背中を追い、となりに並んだ。


「待って! 彼を傷つけないで!」


 このままでは、何かよくないことが起こる。

 ひりついた空気と、となりから発せられる静かな殺気。いや、これは怒りか。

 ──シンが、怒っている?

 どうして。なぜ。

 これも彼の考えとやらなのか。


「度胸は認めてやるよ、クソガキ。だが、俺はガキとて容赦はしねえ。はったりならやめておけ」


 カシラが、わずかに腰を落とす。

 踏み込む気だ。次の返答次第では、シンの首が飛ぶ。止めなくては。

 が、リナが何か告げるよりも早く、


「よろしく、カシラさん。僕はシン。ハト区からき──」

「だめっ!」


 声を上げた時には、遅かった。

 カシラは、すでに踏み込んでいた。

 尋常ならざる脚力。たった一度の踏み込みで一息に距離を詰め、刀を抜き放っていた。

 静寂の中、風で舞い上がったリナの前髪が、ふわりとまぶたの上に帰る。


「浅くはなかった。致命だったはずだ。そのふざけた黒髪といい、てめえ──」


 しかし、シンの首は飛んでいなかった。

 わずかに身を引き、首をそらし、カシラの一撃をかわしていた。


「“変異”してやがんな」 


 シンは一歩、ゆっくりと後ろに下がる。

 次いで、両手をぱちぱちと叩いてみせた。


「すごいな。なかなかのスピードだ。君の変異は足か」


 たったいま、死線をくぐったばかり。

 だというのに、シンの声には余裕があった。

 それどころか、斬りつけたカシラの称賛までしている。


「次は当てる」

「やめておけ。朝霧の末の子」


 まただ。

 また、シンの声音が変わった。

 低く響く怒りの声。

 瞬間、カシラは後方へと飛び退った。変異した脚力で、大きく後退。刀を正眼に構え、


「……てめえ、ナニモンだ」


 その様子に、リナは驚愕した。

 声や圧は、今までと変わらない。なのに。

 あの父が退く。それはあり得ないことだった。それも子供相手に。

 おまけに、刀をまともに構えている。父の本気は、久しく見ていない。父は、恐怖とは無縁だと思っていた。 それがいま、ひとりの少年を相手に一撃をかわされ、後退し、本気で警戒している。


「ん? この髪でも気づかないのか? おかしいな。朝霧のヤツ、ちゃんと伝えてなかったのか」

「……答えろ。てめえは、“何”だ」


 瞬間、シンはゆっくりと両腕を広げた。 

 そして、にこやかに告げる。


「借りをね、返してもらいにきたんだ。ここ、カラス区にはその意志があるとみた」

「何の話だ。ハトの阿呆共に返す借りなんざねえ。逃げ腰のクソ野郎共が」

「彼らに罪はない。逃げることも選択だ。敵を前に膝を屈したとて、咎めはしない」


 この少年は、何を言っている。

 まるで、ハトの信仰心を知りながら、それを許すかのような。

 しかし、そんなリナの思考も次の瞬間には、全てが吹き飛んだ。父の見せた反応である。

 刀から手を離していた。いや、正確には手から力が抜けていた。握っていた柄から、手が滑り落ちたのだ。意図せず、力が抜けたように。

 表情からは青を通り越し、白かった肌が余計に白くなったように見えるほどに。

 両目を見開き、あろうことか唇を震わせていた。


「う、嘘だ。あるわけねえ」

「悪いけど、真実だよ」


 淡々と告げるシン。


「さて、色々と教えてもらおうか。君は何代目の朝霧なのかな」


 年相応の少年らしく、シンは小首を傾げてみせる。

 その可愛らしい仕草も、今となっては不気味にうつる。

 カシラは、刀を納めた。それだけでも異常事態だ。なのに、父はたたずまいを正し、幾分か呼吸を落ち着けて、


「証を。掟にはそうある。もしそうなら、俺にはわかる」


 途端に、シンは苦い表情になった。


「えっと……それ、言わなきゃだめかい?」

「掟は絶対だ。先代からもそう聞いている」

「まいったな。まったく、義理堅いというかなんというか」


 困ったと言いたげに、わざとらしく困り顔をつくるシン。

 しかし、その表情にはどこか懐かしむような、慈しみにも似た何かがあった。


「ラーメンだよ。ラーメン奢ってやったろ」


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