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  作者: たーく
第一章・カラス区
1/9

初火の出

 

「時間がない。急ぐよ」


 気温と、風の動き。そして長年の経験から、猶予ゆうよがないことは明らかだった。仲間たちを急かしつつ、自身も率先して物資をあさる。

 ちらりと空を見やれば、いつにも増して厚くかかる雲。汚染濃度が極端に高い証拠だ。風の揺らぎはまばらで、時間が読みにくい。それが余計に、彼女を焦らせた。


 そこかしこに散乱したものは、そのほとんどが残飯かガラクタ。使えるものはないに等しい。

 それでも“ここ”では、価値がある。腐りかけた残飯だろうと数日の糧になるし、壊れた電化製品もバラせば個々のパーツごとに使い道がある。

 汗を拭い、使えるものとそうでないものを選り分ける。


「──リナ! ちょっと来てくれ!」


 どこか慌てた様子の仲間の声に、作業を中断し、リナは声のする方に視線をやった。

 遠目に見やれば、仲間の一人が身振り手振りでガラクタの山を指差している。お宝でも見つけたのだろうか。

 時間もない。

 お宝なら回収し、それを最後に今日は切り上げよう。即座に決断し、選り分け作業は放棄。


 急ぎ駆けつけたリナを待っていたのは、仲間の困惑した表情だった。


「いや、なんていうか……俺もどうしたもんか」

「どうもこうも、連れていくしかないでしょうが」


 唸る仲間に、リナは即答する。

 本当なら頭を抱えたい。隊を率いる立場とはいえ、これは自分には余りある。


「連れていかなきゃ、丸焼きになる。できないでしょ? 見殺しになんて」


 発見したのはお宝などではなく、ガラクタに埋もれて眠る一人の少年だった。

 その安らかな表情から亡骸かとも思えたが、規則正しく上下する胸がそれを否定している。

 あどけなさの名残りが、寝顔と相まって少年をなお、幼くみせていた。

 しかし、目を惹くのはそれではない。


「い、いや、でもよお」

「黙って。理解わかってるから」


 なおも困惑する仲間。

 しかし、その理由もリナには納得できた。

 問題は少年の髪。その色だ。

 黒一色。肌の白さと対極的なその漆黒が、少年の異質さを物語っていた。


「黒髪なんて見たことねえよ、俺。アンタだってそうだろ、リナ。“あいつら”だったらどうする!?」


 ──あいつら。そのセリフに思わず眉間にしわが寄る。

 が、すぐに思い直した。


「聞いたことない。やつらが降りてきたなんて話はね。それに、まだ子供だ」


 救う理由には、それだけで充分だ。


「事情を聞くにしても、生きていてもらわなきゃね。さっさと運ぶよ」

「け、けど」

「黙って。責任は私が持つ。カシラに報告だって──」


 言葉が途切れる。

 風が揺れた。不規則だった自然のうねりが、意志持つそれへと変貌へんぼうする。規則正しく、時を刻む秒針がごとく。

 と同時に足裏に伝わるかすかな振動。

 変調を感じ取り、胸に去来する恐怖。それが、リナの全身から温度を奪っていく。

 ──早すぎる。


「その子を担いで! 【朝火】がくる!」


 リナが叫ぶと、指示を終える前に仲間は少年を担ぎ上げていた。

 そのまま脱兎だっとのごとく駆け、またたく間に少年を背負った背中が小さくなっていく。

 他の仲間たちも慣れたもので、大型の物資は捨て、選別を中断、逃げに徹する。


 逃げ遅れた者がいないか、リナは周囲に目を配る。

 犠牲者なし、と安堵しかけたその時、視界の端で一人を捉えた。

 ガラクタに脚をとられたのか、うつ伏せに倒れ、苦しげに顔を歪めている。その瞳がリナを写す。視線が重なった。


 間に合わない。


 リナは悟った。そしてそれは、相手も同じだったのだろう。

 苦しげだった表情がふっと和らぎ、口元が緩められた。震える唇が、その動きだけで言葉を刻む。

 届くことのない言葉。

 瞳を閉じ、目を細め、微笑みを一つ。


 次の瞬間──仲間は“呑まれ”た。

 ガラクタ共々。まるでお前も同じガラクタだと。そう告げるかのように。

 容易く。無慈悲に。

 信心深い馬鹿共が朝の光と呼ぶ炎に、命が燃やされる。

 赤い波にさらわれる仲間の姿を瞳に焼き付け、リナは背を向けた。


 ただ、忘れぬように。





 犠牲者一。物資は食料が地区の4日分。パーツ類が数点。

 お宝一。


「 “それ”だってのか。数年ぶりのお宝が」


 地区の一室。

 大昔に調達したベッドの上で、いまだ安らかに眠る少年を見て、カシラは不機嫌そうに舌を打った。

 大柄な男だ。筋骨隆々。他地区と争った時も何人もの仲間を命がけで守った英雄である。

 が、リナにとってはただのクソ親父でしかない。


「子供だよ、まだ。それに生きてるだけで価値がある。宝よりもね」

「仲間一人と引き換えの、だ」


 続く父の言葉が重くのしかかる。

 子供は救った。だが、仲間は死んだ。

 それが現実。そして、それが全て。


「お前に隊を預けたのは、娘だからじゃねえ」


 わかっている。

 無鉄砲な父を誰よりもそばで見てきたリナだからこそ、理解している。


「お前が誰も死なせなかったからだ」


 カシラは、横目に少年を見やる。

 少年に視線を向けたまま、腰にいた刀の柄に手を添えた。


「ケンが怯えてやがったぞ。落とし物にまぎれてやってきた、上の連中じゃねえかってな」

「馬鹿な話。そんなことあるわけない」


 それだけは、すかさず否定した。

 神などいはしない。他地区の信仰を抜きにしても、そもそも誰かが住んでいる前提にすら、リナは疑問を抱いていた。


「わかってら。俺もそこまで馬鹿じゃねえさ。だが、どこから来たかってのは重要だ」


 想像通りだった。

 この少年の思想がどの地区なのか。奇跡的に、自分たちと同じなら、助かる道もあるだろう。

 だが、


「信徒はだめだ。信仰心は仲間を死なす。あちら側なら殺す」


 わかったな、と目で告げられる。

 それは父としてではなく、ここカラス区のカシラ。リーダーとしての命令だった。

 リナは無言で頷く。


 それを見届けて、ようやくカシラは刀の柄から手を退けた。その手が宙をさまよい、リナの頭に伸び、その頭上で停止。

 数瞬の後、肩に手が置かれた。


「無事でなによりだ」


 ぼそり、と愛想の欠片もない言葉。

 それが父としての言葉であり、数少ない本音なのだとリナは理解していた。

 だから何も答えなかった。


 カシラが出ていくと、リナはまずベッドの少年の様子を確認した。

 やはり、ぐっすりと眠っている。

 他地区から来たにしては、傷一つない。隣接している地区でも、かなり距離がある。こんな十四、五がせいぜいの子供がかすり傷一つないとは考えにくい。


 ──大人と移動していたのか。


 他地区への大規模移住はまれにある。食料難や、物質調達員の全滅。

 酷いところなら、地区の壊滅からの避難民。大昔には、それこそ頻発していたらしい。


 おまけに、その風貌である。

 中性的な顔立ち。整っているし、幼さの名残りから可愛らしい少年といったところか。

 しかし、黒髪とはどういうことか。

 地区と地区を旅する【渡り】の人間にも会ったことがある。が、黒髪の話なんて聞いたこともない。

 灰髪は、色素の薄い者は白髪に近くなる。純白の髪を神の使徒として崇める宗教はあるらしいものの、その逆はない。

 少なくとも、リナは知らない。


 気づけば、指先が黒髪に伸びていた。

 目にかかる髪を優しく払い、手に取った。艶のあるさらりとした毛先が数束、指の隙間からこぼれていく。

 そこで、ぱっと少年のまぶたが持ち上がった。音もなく手首が取られる。

 半身を起こし、


「誰だ」


 低く、腹の底に響く声。

 深く沈むような声音は静かな殺気を孕み、刃となってリナの喉元に突きつけられる。

 思わず動きを止めた彼女をどう思ったのか。少年は、すぐにリナから手を離した。


「ごめんなさい。知らない人だったので」


 つまり、驚いて反射的に、ということらしい。


「だ、大丈夫。こっちも不躾だったもの」


 早まる脈を抑えるように深呼吸し、何とか笑顔を面につくる。


「君、倒れてたんだ。私と仲間が助けて、ここに運んだ」

「……また外れたな」

「え、なに?」


 呟くように少年の唇からこぼれた言葉に、リナは思わず聞き返す。


「いえ、独り言です。気にしないで」


 気にはなったが、深く追求はしないでおこう。

 それよりも、リナには聞かなくてはならないことがある。


「君、どこから来たの。あと、名前も教えてほしい」

「ハトから。名前はシン」

 

 ハト。

 その瞬間、リナの希望は潰えた。


「……平和の象徴、か。最悪ね」

「ん?」

「え? どうかした?」


 目を丸くするシンと名乗る少年。

 それにつられて、リナも聞き返す。


「いま、なんて言った」


 ああ、そういうことか。

 ハトの人間ならば知らないのも無理はない。


「ハト区。ハトの由来は平和を象徴する鳥なの。いや、これじゃわかんないか。鳥っていうのは──」

「脊椎動物の一群。飛行する動物。くちばしがあり、歯はなく、卵生。体表が羽毛で覆われ恒温。前肢の翼は、飛翔のための適応」


 よどみなく流れる言葉の奔流に、リナの思考が潰される。

 完全な思考停止。口を開いてはみるが、言葉が出てこない。

 この少年は、いったい何を言っているのだろう。


「説明は不要です。生物としての鳥は理解している。それにしても、地区の由来を知ってるなんて……」


 それきり、一人でぶつぶつとなにやら考えだす少年。

 やがて、一人で結論にたどり着いたのか。そういえば、と今更なことをリナに尋ねてきた。


「ここ、何区ですか」

「カラス区よ。無事でよかったわ。あと少し遅れていたら」

「カラス……朝霧家か」


 アサギリケ?

 聞き慣れない単語に、またも思考を乱される。


「ねえ、君。聞いてるかな?」 

「僕を助けてくれたんですよね? あなたが」

「そうよ。本当に危ないところだった」

「ということは、神の恵みを求めて?」


 これにはさすがに、リナも即答はできなかった。

 ハトはあちら側だ。つまり、信仰がある。空は神の領域であり、そこから落ちてくるガラクタは文字通り神の恵みに他ならない。

 だが、それでもだ。

 それでも、今まで見送った仲間たちの姿が、今もなおリナの胸にはある。


「ふざけんな!」


 一度口から出てしまえば、止まらない。


「何が神。そんなものいやしないわ。恵みなんかない。ゴミよ。祈るようなものじゃない。もしもいるとしたら、それは神じゃない」


 命は戻らない。

 朝火という名の炎に呑まれ、それでもあれは光だと祈り、生贄を捧げる。

 奴らの信奉する神とやらは、いつだって犠牲を強いる。そんなものは神じゃない。

 呼び名は、昔から決まっている。


「ただのクソ野郎よ」


 瞬間、はっとした。

 勢いに任せて激情を吐き出した。 

 結果──少年はぽかんと大口を開けていた。呆けたように目を見開き、続いて爆笑。

 腹を抱えて笑い、目尻には涙さえ浮かんでいる。

 ひとしきり笑ったあと、


「いやあ、長かった。ようやく“アタリ”を引いた。改めてよろしく。今更だけど、聞かせてもらえますか。あなたのお名前を」



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