悪役令嬢? いいえ、この劇の脚本家は私ですの
舞台は豪華絢爛な舞踏会場。
観客は満席、ざわざわと開演を待ちわびております。
主役は……? もちろん私、悪役令嬢リリアーナ!
え? 悪役が主役? そうですとも!
だってね、断罪イベントなんて、悪役がいなきゃ始まらないじゃありませんの?
お相手は──おバカな王太子アルベルト殿下。
そしてヒロインを気取った涙袋女ことマリア嬢。
二人そろって幸せハッピーエンド? お生憎さま、それは台本を読み間違えてますわよ。
この物語は「婚約破棄された可哀想な令嬢の話」ではなく、
「婚約破棄を逆に利用してざまぁを叩きつける爽快劇」でございます!
断罪? 追放? ふふふ、そんなものは前座です。
どうぞ最後までご覧くださいませ──
拍手喝采を独り占めするのは、この私ですから!
私は、リリアーナ・フォン・エルバート。
王国の名門公爵家の娘にして、次期王妃と目される立場にあった。
容姿端麗、学問も芸術も武芸も人並み以上。常に人々の視線を集める存在。
……表向きは、ね。
実際の私は、冷たい笑みを張りつけた「演技」に過ぎない。
誰もが私を羨み、嫉妬し、遠巻きにする。その孤独を、幼い頃から知っていた。
だからこそ私は「悪役令嬢」として振る舞ったのだ。
噂を流し、敵を作り、わざと高慢な態度を取る。
そうすれば、私を疎ましく思う人々は「分かりやすい敵」を得ることができる。
そして私は、彼らの視線をすべて引き受ける「盾」となり、家族や大切な者を守れる。
──殿下も、マリアも、その筋書きに過ぎない。
ええ、いいのよ。私が断罪され、追放される結末だって。
だって、その裏で私はすでに「勝利」を掴んでいるのだから。
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殿下は優秀ではあるけれど、幼い頃から甘やかされて育ったお方。
「自分を正しく導いてくれる人間」よりも、「自分を褒め称えてくれる人間」を愛する。
そこに現れたのが、男爵家の娘マリアだった。
涙もろく、気弱そうで、いかにも「守ってあげたい」と思わせる小動物のような少女。
けれど、私は知っている。
──彼女こそ、最も計算高く、残酷な女であることを。
殿下の前では小鳥のように囀り、裏では貴族令嬢たちを巧みに操り、私に罪をなすりつけていった。
机に仕込まれた虫。消えたティーカップの毒。舞踏会での衣装の切れ込み。
全部、彼女が仕掛けたもの。
けれど殿下は、それに気づかない。
「守ってあげたい」という欲に目が曇り、彼女の言葉をすべて信じ込んでいる。
──愛しいことね。
どうぞ信じて。どうぞ酔いしれて。
最後に奈落に落ちるその瞬間まで。
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そして今。
舞踏会場の中央で、殿下は高らかに告げた。
「リリアーナ! 貴様がマリアに行った虐めの証拠はすべて揃っている! この場で婚約を破棄し、王宮から追放する!」
歓声。
貴族たちのざわめき。
マリアが殿下の腕に縋り、震えながらも勝ち誇ったように私を見る。
ああ、本当に美しい構図だわ。
私が断罪され、二人が愛を誓い、群衆が喝采する──完璧な「劇」。
けれどね、殿下。マリア。
あなたたちは一つだけ勘違いをしている。
この劇の脚本家は、あなたたちじゃない。私よ。
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「リリアーナ! 貴様がマリアを虐げた証拠はここにある!」
殿下が掲げたのは、一枚の書簡。
毒物を仕込んだ指示書だと主張するらしい。
会場からどよめきが起こる。
……ふふ。そう来ると思っていたわ。
「殿下、その手紙を、皆様の前で朗読なさってはいかがかしら?」
「っ……? いいだろう!」
殿下が読み上げる。
確かに、筆跡は私のものに似せてある。
けれど、その文末にある小さな“癖”を、私は見逃さなかった。
「──そこで終わりですか?」
「な、何だと?」
「その筆跡……私の筆跡を真似たものでしょうけれど、致命的な欠点がございますわ」
私は扇子を広げ、笑みを浮かべる。
「私は決して『句点』を文末につけませんの。幼少期から、家庭教師にも指摘され続けましたから」
会場がざわついた。
侍従が確認し、確かにその手紙には句点が打たれていた。
「そ、それは……!」
「つまりその文書は偽造だと?」
「殿下が証拠として差し出したものが……偽物!?」
会場の空気が一気に変わる。
マリアの顔から血の気が引いた。
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「……リリアーナ! ではこの証拠を偽造した者がいるとでも!?」
「ええ、もちろん」
私はゆっくりとマリアを見つめる。
彼女の肩が大きく震えた。
「先ほどから気弱そうに震えていらっしゃいますけれど、マリア嬢。あの手紙の紙質、あなたのご実家でしか手に入らない“薄荷加工”の特注品ですわよ?」
「な、なにを……!」
「さらに申し上げますと……」
私は指を鳴らす。
扉が開き、数人のメイドが入ってきた。
彼女たちは次々に証言を始める。
──マリアが裏で指示を出していたこと。
──毒を仕込もうとした現場を見たこと。
──私のドレスを切り裂いて笑っていたこと。
次々と告発の声が上がる。
殿下の顔が青ざめ、マリアは絶叫した。
「ち、違う! 私はただ……! 殿下を、殿下を愛して……!」
「愛、ですって?」
私は冷ややかに笑った。
「愛を盾に人を陥れる女が、この国の未来の妃? 笑わせないでくださる?」
会場から拍手が起こった。
最初は小さく、やがて大きな波となり、殿下とマリアを飲み込んでいった。
「……断罪されるべきは、私ではなく──」
私は高らかに言い放つ。
「──あなたたちですわ!」
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「そ、そんなはずは……!」
殿下の額に、冷や汗がにじむ。
これまで己が正義だと信じて疑わなかった舞台が、音を立てて崩れていくのを実感しているのだろう。
「リリアーナ! では、私が間違っていたとでも言うのか!」
「ええ、殿下。残念ながら」
私はゆっくりと歩み寄る。
扇子を閉じ、彼の胸に突きつけるようにして言い放った。
「あなたは人を見誤った。その代償を、王国は払わされるところでしたのよ」
会場にいた重臣たちが、ざわめきを越えて怒号を上げる。
「なんという軽率さだ!」
「証拠も確かめず、王太子の権威を振りかざすとは!」
「このような者に王冠を渡すわけにはいかぬ!」
殿下は顔を真っ赤にし、震える指でマリアを指した。
「す、すべては……マリアがっ……! 私を欺いたのだ!」
「違います殿下ぁぁぁ! 信じてくださいませっ!」
二人が醜く互いを責め立てる姿に、私は心の底から笑みを浮かべた。
第七章 断罪返し
「皆様」
私は会場全体に向けて声を放った。
「本日ご覧になった通り、私こそ冤罪を着せられた被害者にございます。そして、この場で真に断罪されるべきは──」
私はゆっくりと二人を指差す。
「王太子アルベルト殿下、そして男爵令嬢マリアです」
一斉にどよめく会場。
重臣の一人が立ち上がり、声を張った。
「リリアーナ嬢の訴えはもっともだ! 偽造文書を提出した不敬! 悪女マリアの暗躍! もはや見逃すことはできぬ!」
「断罪せよ!」
「王国の恥だ!」
声が次々に重なり、ついには「断罪! 断罪!」と地鳴りのような声が広がった。
マリアは泣き叫び、殿下は茫然と立ち尽くす。
かつて群衆の喝采を独占した二人が、今は群衆の怒号に飲み込まれていく。
「おやおや。舞台というものは、役者を選ぶものですわね」
私は冷ややかに笑った。
「──喝采は、私にこそふさわしい」
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数日後。
殿下は正式に王太子位を剥奪され、修道院へと送られた。
マリアは国外追放。かつて彼女に靡いていた取り巻きたちも、あっさりと手のひらを返した。
一方の私は──。
「潔白を証明し、陰謀を暴いた公爵令嬢」として、国中から称賛を浴びた。
夜会に出れば、誰もが私の名を囁く。
扇子を広げて微笑むだけで、若い貴族たちは競って頭を下げた。
けれど、私はそんなことに興味はない。
ただ一つ、心の底から満たされる感覚だけを噛みしめていた。
──そう、これが「断罪劇の本当の結末」。
喝采は、舞台の最後に一番美しい者のために鳴り響くの。
「フフ……ザマァ、ですわね」
私は高らかに笑い、夜会の喧騒の中へと溶け込んでいった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
初めて短編を書いてみましたがいかがでしたか?
本作は「悪役令嬢が泣き叫びながら断罪される」お決まりの流れを、真っ向からひっくり返した物語でした。
断罪イベントは彼女にとって屈辱の場ではなく、むしろ喝采を浴びるための舞台装置。
誰よりも冷静で、誰よりも強かで、最後に笑うのは「悪役」と呼ばれた側だったのです。
読んでくださった方が、少しでも「スカッとした!」と笑顔になれたなら幸いです。
それこそが、彼女の“ざまぁ”が成し遂げた最大の勝利なのですから。
この物語を読んでいただいたすべての読者に
心から感謝を込めて
一ノ瀬和葉




