「転移と絶望の課金請求」
過労の果てに
深夜三時。オフィスビルの窓から見える街の明かりも、まばらになってきた頃。蛍光灯の白い光に照らされたデスクで、広瀬レオは重いまぶたを必死に開けていた。
「あー、だめだ。もう限界や...」
関西弁混じりの言葉が、静寂に包まれたオフィスに響く。パソコンの画面には未処理の営業資料が山積み。今月のノルマまで、まだ半分も達成できていない。
年収三百万。借金二百万。月の残業時間は二百時間を超える。
「なんで俺の人生、こんなんになってもうたんやろな...」
手元のエナジードリンクを一気に飲み干す。もう今日で何本目かも覚えていない。コンビニ弁当の容器が机の隅に積み重なっている。まともに家に帰れたのは、いつが最後だっただろうか。
「せめて仲間がおったら...一人でこんなん背負わんでも済んだのに」
ふと、そんな言葉が口をついて出た。同期はみんな転職していった。残っているのは、自分のような借金持ちか、家庭の事情で動けない人間ばかり。
「今月もノルマ達成でけへん...また部長に怒鳴られるんか」
胸の奥が締め付けられるような感覚。最初は疲労だと思った。しかし、その痛みはだんだん強くなってくる。
「あかん...なんか変やで...」
立ち上がろうとした瞬間、激痛が胸を走った。
「うあああ!」
デスクに手をついて必死に耐えようとするが、膝から力が抜けていく。視界がだんだんぼやけてくる。
「仲間が...仲間がいれば...なんとか...」
最後の言葉を呟いて、レオは意識を失った。
謎の声との契約
「お疲れ様でした」
優しい声が聞こえる。レオは意識をゆっくりと取り戻した。辺りは真っ白な空間。床も壁も天井も、すべてが純白に包まれている。
「ここは...天国か?」
「いえいえ、転移の待機室です」
振り返ると、そこには人のような、でも人ではないような、不思議な存在がいた。輪郭がはっきりしない、光る霧のような姿をしている。
「転移って...何や?」
「あなたは異世界転移の権限を得ました。おめでとうございます」
「異世界!?」
突然の展開に頭がついていかない。しかし、なぜか不思議と受け入れている自分がいた。もしかすると、これまでの地獄のような日々から解放されるチャンスなのかもしれない。
「こちらが転移特典のスキル一覧です」
目の前に巨大な画面が現れた。そこには見たこともないような文字が並んでいる。
『【万能解析】SSランク - あらゆる情報を瞬時に把握』
『【時空操作】SSランク - 時間と空間を自在に操る』
『【完全回復】SSランク - あらゆる傷と状態異常を瞬時に回復』
『【絶対命令】SSランク - 命令を絶対的なものにする』
『【神器創造】SSランク - あらゆる道具・武器を創造』
「すげぇ...これ全部チートスキルやんか!」
画面をスクロールしていくと、スキルは延々と続いている。全部で百二十七個。どれもこれも、ゲームや小説で見たことがあるような最強級のスキルばかりだ。
「通常は一つお選びいただくのですが...」
「えーっと、どれがええんやろ?営業やってたから【交渉術】かな?でも戦闘もあるやろうし...」
レオは必死に考える。しかし、営業マンの血が騒いだ。
「全部ください!!!」
即決だった。営業でお客さんに提案するときの癖で、つい全部盛りで行ってしまう。
「...全てですか?」
謎の声に、わずかに困惑の色が見える。
「はい!せっかくの異世界やし、全部あった方が安心ですやん!」
「...承りました。それでは二つ名をお選びください」
新たな画面が現れる。
『カオスブレイカー』
『イビルエンペラー』
『ダークサーペント』
『デス・インカーネイト』
「うわあ、なんか厨二病っぽくてダサいな...普通に広瀬レオでお願いします」
「...承りました。それでは転移を開始いたします」
白い空間がぐるぐると回り始める。レオの体が浮上し、光に包まれていく。
「おお!本当に異世界に行けるんや!」
期待に胸を膨らませながら、レオは光の中に消えていった。
異世界到着と万能スキル
鳥のさえずりが聞こえる。木漏れ日が頬を照らし、森の香りが鼻をくすぐった。
「うおおお!本当に異世界や!」
レオは勢いよく飛び起きた。辺りを見回すと、そこは深い森の中。見上げれば、地球では見たことのないような巨大な木々が空を覆っている。
「空気がうめぇ!なんか魔力みたいなんが漂ってる感じするわ!」
【万能解析】
スキル名を頭の中で唱えると、瞬時に周囲の情報が流れ込んできた。
『場所:アルカディア大陸北部・翠緑の森』
『周囲の生物:森ウサギ(無害)、薬草スライム(弱)、森オオカミ(注意)』
『植物:回復草(薬草)、マナの実(魔力回復)、毒キノコ(危険)』
「すげぇ!本当に何でもわかるやんか!」
続いて自分自身を解析してみる。
『広瀬レオ 年齢:32歳 種族:人間(転移者)』
『スキル保有数:127個』
『戦闘力:測定不能』
『特殊状態:課金システム適用対象』
「課金システム?なんやそれ?」
疑問に思ったが、まずはスキルの確認が先だ。意識を集中すると、スキル一覧が頭の中に展開される。
「おお...【料理マスター】まであるやんか。【建築技術】、【音楽演奏】...なんでもあるな」
試しに【神器創造】を使ってみる。
「ナイフを作って」
手の平に光が集まり、美しい装飾が施された短剣が現れた。
「マジで何でも作れるやんか!これはヤバイ!俺、最強や!」
興奮して森の中を歩き回る。【万能解析】で安全な道を選びながら、時々【神器創造】で道具を作って遊んでみる。
「よし、まずは町を探そう。冒険者になって稼げばええんや」