表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/28

戦いの後の酒宴

店の扉が豪快に開かれ、鳴り響くベルの音に驚いてナナカが振り返った。そこには巨漢の男が立っていた。筋肉質の体に無数の傷跡、腰には大きな剣を下げている。冒険者、それも相当なベテランだろう。

「おうッ!ここが噂の記憶料理屋か?」

大きな声に店内が揺れるようだった。他の客たちが驚いて振り向く中、ナナカは平静を装って彼に近づいた。

「はい、メモリ・コルダータへようこそ。お一人様ですか?」

「ああ」男は少し声を落とした。「今日は俺一人だ」

その言葉には何か深い意味がありそうだった。ナナカは彼を窓際の大きなテーブルへと案内した。男は腰を下ろすと、店内を見回した。

「何か特別なお料理をお探しですか?」ナナカが尋ねると、男は懐から古びた木製のマグカップを取り出した。

「これでビールが飲みてぇんだ。だが、ただのビールじゃない」

男は少し言葉を詰まらせた。

「十五年前、俺たち『紅蓮の剣』っていう冒険者パーティーがいたんだ。五人組でな、どんな魔物も倒せると豪語してた。そして最後の任務…古代竜討伐の後に開いた酒宴の味を、もう一度味わいたい」

男の目が遠くを見つめる。

「その後まもなく、パーティーは解散した。みんなそれぞれの道へ行っちまった。だが、あの夜の味だけは忘れられねぇんだ」

ナナカはその話をマスターに伝えた。ラズルは興味深そうに頷くと、男のテーブルへと直接向かった。

「冒険者殿、その記憶をもう少し詳しく聞かせてもらえますか?」

男はマスターを見上げ、ためらいがちに話し始めた。古代竜との命懸けの戦い、仲間の一人が重傷を負いながらも放った最後の魔法、そして勝利の後の喜び。村の広場で開かれた即席の宴会で、地元の村人たちが持ち寄った手作りのビール。

「粗末な味だったがな、あれほど美味いものはなかった。勝利と別れが混じったような…何とも言えない味だったんだ」

ラズルは静かに頷くと、厨房に戻って行った。

「特別なものになるぞ、ナナカ。彼の記憶を料理に込めるだけでなく、彼の失った『絆』の味も再現しなければならない」

ラズルは大きな釜を用意し、様々な穀物を入れ始めた。通常のビールの材料に加え、「勇気の結晶」「友情の記憶」といった魔法素材が次々と加えられていく。

「彼の記憶を引き出すために、『共鳴の呪文』も使おう」

ラズルが詠唱を始めると、釜の中の液体が金色に輝き始めた。それは次第に琥珀色へと変わり、芳醇な香りを放ち始める。

「ナナカ、最後の仕上げだ」

ラズルは男の持参したマグカップを受け取り、それに醸造されたビールを注いだ。すると不思議なことに、カップの中でビールが五色に分かれ、渦を巻いた後、再び一つの色に戻った。

「これで準備完了だ」

ナナカがそのマグカップを運ぶと、男は既に目を潤ませていた。

「このにおい…まさにあの時のものだ」

男がマグカップを持ち上げ、一口飲む。すると彼の表情が一変した。驚きと懐かしさ、そして深い感動が入り混じった複雑な表情だ。

「うまい…いや、うますぎる…」

彼の目からは涙があふれ出した。

「俺には見えるんだ…みんなの顔が。リュートを弾くエルフのミラ、いつも冗談を言っていたドワーフのグラント、物静かだったメイジのソル、そして俺たちのリーダーだったサクラ…」

男はビールを飲みながら、昔の仲間たちの姿を一人一人思い出していた。彼の記憶の中では、彼らが今も目の前で笑っているかのようだった。

「何年も前に別れてしまったが、みんな元気にしてるだろうか…」

男が呟いた瞬間、マグカップの中のビールが突然光を放った。その光が空中に広がり、五つの小さな光の球となる。それぞれが男の周りを回り始めた。

「これは…」ラズルもこの現象に驚いた様子だった。「記憶が実体化している…」

「マスター、これは?」ナナカが小声で尋ねる。

「時に強い記憶は、魔法の触媒となる。彼の仲間への想いが、魔法を活性化させたのだろう」

男は光の球を見つめ、そっと手を伸ばした。すると光の球の一つが彼の手のひらに降り立った。

「サクラ…お前はまだ生きているのか」

男の呟きに応えるように、光の球がかすかに脈動した。男の表情が明るくなる。

「そうか、みんなまだ生きていたのか…」

男はビールを飲み干し、大きく息を吐いた。

「ありがとう。あの日の味を思い出せただけでなく、大切なことを思い出させてもらった」

帰り際、男はナナカとラズルに深々と頭を下げた。

「俺は今日から、仲間たちを探す旅に出る。また全員で、このマグカップでビールを飲む日を夢見てな」

男が店を出た後、残された光の球は次第に薄れ、やがて消えていった。しかし、その温かな光の感覚はナナカの心に残り続けた。

「マスター、記憶の料理には、こんな力もあるんですね」

「ああ、時に料理は人を動かす。それが記憶の料理の真の力だよ」

その日以降、店の入り口には五色の小さな風鈴が吊るされるようになった。風が吹くたびに奏でる音色は、どこか遠くにいる誰かに届いているような気がした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ