アフガニスタンで用水路を建設する支援をしてきた中村哲医師と地域住民 2
耕作地が蘇った地域では略奪に向けての動きが生まれます。用水路の周辺で戦闘が有ったことは事実。
登場人物名を含めてフィクションです。
ハジュは部下からの報告が信じられなかった。
「もう一度、話せ、ハック。」
「ですから、クナール川から用水路を作っていることは前から報告
してますよね、ボス。」
「ああ、そうだったな。」
「今年、あの荒れ地が青々と作物ができているんです。そんで、
ゴレーク村の連中が大喜びで、ガンベリー砂漠にも広げるって。」
「そうか、分かった。だが、そんなに続くわけがない。あの暴れ
クナール川だからな。来年には、すべて流されてしまうだろう。
今年くらいは喜ばせておけ。」
「そうですよね。分かりました、ボス。」
ハジュは、そうは言ったものの自分の目で確かめようと考えた。
パキスタンのアジトからアフガニスタンのクナール川を臨む高台は
直ぐの所にある。
「なんだ、あれは!」
作物の広さは精々数平方メートル程度だろうと、双眼鏡を持って
上ってきたのだが、一目見れば直ぐに分かる。
用水路の向こう側から山の裾野まで全部に広がり作物や木々で
埋まっている景色が確認できる。
以前は、砂漠のような何もない荒野だったはずだ。
用水路が終わる先には、更に整備する作業に多くの者たちが作業を
続けている。
パキスタンはインダス川の恵みを利用できているので豊富な農作物を
生産し、緑の革命で飢えることもなくなっている。
対して、アフガニスタンは荒れた農地で収穫も少ない。農地を放棄
していく村人たちを馬鹿にしていた。
しかし、目の前の状況からすると今後のアフガニスタンに脅威を
感じてしまう。もっとも、ごく限られた範囲だけの耕作地なので
いつもの暴れクナール川が飲み込んでしまうことになるだろうと
期待してしまう。
「確かにすごい農地になっているな。」
ハジュは、アジトに戻って酒を片手に言った。ハックは自分の報告に
同意してもらえたことを喜んだ。
「でしょう、ボス。未だに信じられません。」
「だが、来年の春にはクナール川が暴れて元の荒れ地になってしまう
に違いない。ゴレーク村の奴らの落胆した顔が思い浮かぶ。
その前に、反政府軍の奴らに衝突させて収穫が済んだ奴らの村から
襲って巻き上げるぞ。」
バジュは、今まで何度となくやってきた盗賊行為で今まで以上の獲物
を手にできるとほくそ笑んだ。
「だけど、ボス。ジャンダール一家がゴレーク村に居たんじゃ簡単に
巻き上げられないのではないですか。」
ハックが心配を口にした。
「あぁ、村から村民を居なくなさせれば良い。」
ハジュはニヤリと笑った。
「反政府軍の掃討作戦が計画されていることをジャンダールに教えて
やれば、村人を避難させるだろ。戦闘が終わって帰ってきたときに
収穫物が無くなっていれば、政府軍または反政府軍が略奪したと
思うにちがいない。
実際には、俺たちが頂くのだがな。」
「なぁるほどぉ。分かりました、反政府軍の一人か二人にゴレーク
村へ行かせるように仕向けます。政府軍には反政府軍がゴレークの
近くに集結しているという情報を出しておきます。
その上で、2日後にゴレークの近くで掃討作戦が計画されていると
ジャンダールの奴の耳に入るようにしておきます。
半日前には村には全員が避難して誰も居ないのですから、簡単に
いただきですね。」
ハックも笑いながら言った。
「おい、アフマド。」
「あっ、ハックさん。どうしたんですか、こんな所まで。」
ハックは、反政府軍のアジトに来ていた。
「おう、銃弾の納入にきただけだ。久しぶりにアフマドの顔を見た
から、声をかけただけさ。
そういえば、お前、ゴレーク村の出だったよな。」
「はい、そうです。」
「聞いてるか?作物が取れるようになったって。」
「そうなんです。最近、耕作地が蘇ったということで、村へ戻って
農業をしても良いかなって思っています。」
「反政府運動は、どうするつもりなんだい?」
「そりゃぁ、続けようと思ってます。」
「そうかぁ。でも、両方をするのは難しいだろう。」
「もともと、この活動に入ったのは収穫もない村から税金をむしり
取っていく政府のやり方に腹が立ったからです。その結果、子供
たちが、どんどん痩せて病気になって死んでいった。」
アフマドは、下を向いて辛そうな顔をした。
「でも、税金を取られたって平気な収穫ができるのなら、銃を手
放しても良いのではないかと思い始めています。」
「うんうん。そうだよな、政府の奴らのやり口は血も涙もないから
腹が立たない方がおかしい。
それでだな。折角、銃を持っているのだから村を守るようにする
という方法もある。誰かが村を守らなくてはならないだろう。」
「でも、村にはジャンダール様が居ますよね。」
「もちろん、ジャンダール様が居る。
でも、あの人を頼る連中も今では水路作りに行っているそうじゃ
ないか。
政府軍が無理やり税金を取りに来たら、ジャンダール様だけで対抗
できないのじゃないのかな。」
ハックは、アフマドの表情を確認しながら焚きつけた。
「まぁ、武器屋の俺からするとアフマドが農業をすることを止める
ことなどできないけどな。」
アフマドは、腕組みをして悩んだ。
「そう言えば、従弟もここに居るんだよな。まぁ、相談してみる
ことだな。」
ハックは優しそうな笑顔でアフマドに言った。
「ラシッド少佐。銃弾は足りていますか?」
ハックは政府軍の拠点でラシッドに声をかけた。
「なんだ、ハック。なんで、そろそろ補充しようと思うとお前が
くるんだい?まるで、銃弾数を数えているみたいだ。」
「では、ご注文をいただけるのでしょうか。」
「うんうん。ライフルの弾、迫撃砲弾をいつもの量入れてくれ。
それから、ライフル用のマガジンも必要だな。」
「はい。毎度ありがとうございます。」
ハックは手帳を取り出してメモをした。
「そういえば、少佐。ゴレーク村で農作物が豊作ということを聞き
ました。ご存じですか。」
「ああ、知ってる。川の水を灌漑で農地にしたということだな。
政府が許可を出してやらせているらしい。
だが、また、暴れクナール川で壊れてしまうだろうから、あまり
気にしていない。今のうちだけだろうな。」
「そうですか。まぁ、そうでしょうね。今のうちに農作物を収穫
して、農地が流された後も税金を払ってもらえるように貯めておいて
欲しいものです。」
「なんだ、ハック。税金なんて、そんなものに興味があるのか?」
「はい。こうして注文代金は税金から払ってもらっているという
ことを閣下が言われていましたので、私どもへのご注文もいただき
やすくなると思いますので。」
「ずる賢いやつだな。」
ラシッドはそう言って笑った。
「そういやぁ、少佐。ちょっと武器屋の知り合いからの話を小耳に
はさんだんですがね。
ゴレーク村出身の反政府軍の奴らが居て、政府の税金搾取を拒む
体制を整えるってことらしいんです。
2、3日のうちにはゴレーク村に向かう予定だとか。
本当かどうかは分かりませんけどね。」
それを聞いて、ラシッドは真顔になった。
「そうか。確かめてみる必要はあるな。そういったことはこれからも
知らせてくれ。」
「はい。今後ともごひいきにお願いします。」
アフマドと従弟のニューイは、反政府軍の皆に抜けることを報告
していた。
「ムシャラクさん、散々お世話になっておきながら申し訳ありません
が、俺とニューイは別行動になります。」
「どういうことなんだ、アフマド。」
「皆さんも知っての通り、ゴレークでは村人の灌漑で豊作になって
います。
ですから、国の安定のために少なからず税金を納めることができる
でしょう。しかし、税金が政府高官の私腹を肥やすために横領され
ていることを正すために我々は蜂起しています。
豊作の情報で、本来の税額よりも多くの搾取に遭う可能性や盗賊の
被害が出る可能性もあります。
そこで、俺たちはゴレークを守るために別行動をしたいのです。」
「アフマド。勘違いしていないか?」
ムシャラクは、ため息交じりに言った。
「俺たちは政府軍を叩くために活動しているんじゃない。正当な
国民の活動ができるようにするようにすることが活動の目的だ。
ムハマドが言っていることが我々の行動の目的なんだ。
だから、ゴレークに行くのは別行動なんかじゃない。
おい、ブル。お前たちもアフマドと一緒にゴレークに行ってくれ。
政府軍よりも盗賊の方が厄介かもしれないから、気を付るように。」
ムシャラクの指示を受けて、5人がゴレークに向かった。
ラシッド少佐はハックの情報を確認するために、直ぐに偵察部隊を
ゴレークに送った。
「少佐、反政府軍と思われる車両がゴレークに向かっています。
中には、5名の乗車が確認できます。」
「よし、分かった。引き続き監視をしてくれ。」
ラシッド少佐は、後ろに控えている者たちに向かって言った。
「奴らの先行隊がゴレークに向かったことが確認できた。明日まで
監視した上で反政府軍の規模を確認する。その上で隊を整えて、
反政府軍を叩く。準備を始めろ。」
ブルは、車をゴレークに向けて走らせている。
「アフマド、どうしてゴレーク村を守るって言いだしたんだい。」
ブルはアフマドに尋ねた。
「俺はゴレーク村の出身で、荒れた農地でも政府の奴らが税金を
無理やり奪っていくのに何もできなかった。
そのため、村の子供たちは満足に食い物も無くて痩せて病気になって
命を落としていった。
だから反政府軍に入り血も涙もない奴らに抵抗することにしたんだ。
最近、ゴレークはナカムラやカズヤのお陰で農地が蘇ったことは
知っているだろう?
そうすると、また、無茶な政府の連中が税金を取りに来たり、盗賊
の奴らが農作物を奪いに来る。正当な税金だけなら納めるけど、
それ以上はダメだ。また、子供たちが不幸になる。」
そこまで言うと、アフマドは目頭を押さえた。
「そうか。」
ブルは納得してハンドルを握りなおした。
アフマドたちが路肩に車を停めて休憩していると、1台の車がきた。
「アフマド。」
車が止まって、ハックが降りてきた。
「あ、ハックさん。偶然ですね。」
「偶然じゃないぜ。さっき、丘の上に政府軍の監視隊が見えた。
政府軍の奴らもゴレークへ行く計画をしているんじゃないかと思って
さ、ジャンダール様に危険をお知らせしようとしたんだ。
これからゴレークに行くのだろう?俺みたいな武器屋の口から言う
よりもアフマドが知らせた方が良いかも知れん。頼めるかな。」
「そうですか。有難うございます。」
「アフマド、この人は誰だ?」
アフマドの後ろに居たブルが訊いた。
「ライフルなんかを売りに来てるハックさんです。」
聞いて、ブルはハックを胡散臭そうな目で値踏みした。
「ハックと言います。武器の売買をしてます。」
ハックはブルの視線を感じて自己紹介した。
「ふーん。」
ブルは、それだけ言って煙草に火をつけた。
ハックはブルに何か見透かされているような気がして、そそくさと
車に乗り込み「じゃ」と言って行ってしまった。
「アフマド。あいつの話は信用できるのか。」
ブルは咥え煙草でライフルの弾倉を確認しながら訊いた。
「もう2年も出入りしている人で、ムシャラクさんと話をしている
中では嘘や間違ったことを聞いたことが無い。納期を守ろうと頑張
ってくれていて、遅れそうな時には連絡もしてくれる。
そういった誠実さを知っているので信用できると思っているよ。」
アフマドの答えにブルは何も言わなかった。
「ブル、早くゴレークへ行って伝えよう。」
アフマドは、政府軍が来る前に村に伝えるべきだと焦った。
ブルは、アフマドを制して電話を取り出した。そして、ムシャラクに
連絡をした。
「ムシャラクさん、政府軍がゴレークを狙っていることは確かな
ようです。武器屋のハックが政府軍の偵察隊を見かけたと言って
いました。」
「そうか、分かった。我々も装備を整えて向かう。村に被害が出ない
ように、途中で待ち伏せして叩く。」
ハックは、ゴレーク村から避難が始まるのを待っていた。
しかし、避難が始まると予想した翌日は何も起きない。
「おかしいなぁ、そろそろ始めても良いころなのに。」
ハックは、丘の上から双眼鏡で村を観察して首をひねった。
村の女子供は家事をして、男たちは農耕や用水路整備を続けている。
その翌朝もハックは双眼鏡で村の監視をしていた。
すると、遠くで銃撃戦が行われている音が聞こえてきた。
村に居た者たちは、慌てて家の中に入っていく。
音のする方に双眼鏡を向けると、分かりにくいが銃撃戦が行われて
いる様子が見える。
このことで、ハックは自分の企てが失敗に終わったことを理解する
ことができた。
「そうか、村に被害が出ないように途中での戦闘にしたんだ。」
今回のことで、ハックが両軍を煽ったことがバレてしまった可能性
が高くなったと考えた。武器の商売で顔を出すことができなくなった
ということである。
アジトに戻ってハジュに報告したとしてもできない奴としての烙印
を押されるだけと思われる。
ハックは、アジトにも戻らず他の地へ移ることを決めた。