【1分小説】時計屋
カランカラン
ドアベルが鳴り響く。
「いらっしゃいませ」
店主が頭を下げる。
「あ、あの、ここが時計屋だって!! 時間を巻き戻せるって聞いたんですけど!!」
女性が勢いよくカウンターに手をたたきつけながら、怒ったような声で問う。
「左様にございます。当店は時計をお売りしておりまして、止まった時計をお売りしております。その時計を」
「大体は知ってます!! は、早く、3日前の時計を!!」
店主の声を遮り、女性は急かす。
「3日前ですと……こちらの2つになりますが」
11時23分の時計。18時49分の時計。2つとも停止している。
「ご、午前中の方で!!」
店主は女性に11時23分の時計を渡す。
「お代は……あなたの1番の記憶を頂きます」
「私の……1番の記憶……?」
「お客様の1番の記憶は、お子様が生まれた時ですね。では、こちらの記憶を」
店主が手を小さく振ると、女性の頭の中から光が一筋漏れ、店主の手の中に収まる。
「では、これにて」
店主が時計を女性に渡した。
女性が店外に出る。時計のボタンを押し、リューズを回す。
女性の周りの景色が周り、やがて止まる。
女性はスマホを開き、時刻を確認する。11時23分。
女性は、住んでいる近くの大通りまで走り出し、辺りを見回して、今にも飛び出しそうな男の子の腕を掴んだ。
「ダメよ、ダメよ。絶対に。失えないから」
女性は泣き出しながら、男の子の体を優しく抱きしめた。
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