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08.命の重さ(残虐シーンがあります)

ゲルマが冒険者組合(ギルド)依頼掲示板(ボード)を見ていると面白そうな依頼が目に留まった。


「お、これはいいな」


コカトリスの討伐依頼だ。

コカトリスは鶏の身体に蛇の頭、尻尾は蛇の尾の魔獣(モンスター)で、息に石化の効果があるため、難易度が他の依頼に比べ格段に高い。

討伐対象が少し離れているため、数日かかるだろう。

受付の女性にコカトリスの討伐を請ける旨を伝える。


「あのコカトリスの依頼を請けたい」

「わかりました、PTの他の人も登録が必要ですが…」

「単独でやる」

「そうですか…」


ゲルマがいつも一人で請けているのを知っている受付の女性は「やっぱり」という顔をして対応する。


「では登録しておきますね」


家に帰り必要な武器を用意した後、ギルドで馬車を借り、道中の食糧や薬草、戦闘用の物資を購入する。

ギルドは依頼斡旋だけでなく、馬車や馬の貸し出し、薬草やポーションなどの物資の販売も行っており、利益を上げている。

商売上手なギルドに感心しつつ、遠方の仕事に必要なサポートを提供してくれることに感謝する。

ギルド近くの食事処で早めの昼食を済ませ、馬車に荷物を積み込んで目的地へ向かう。

道中は何もない退屈な時間が続いたが、2日目に入ると、森と草原の境界を進む中で、遠くに止まっている複数の馬車が見えた。


「ん?(何か問題か?)」


まだ日の高い街道の真ん中で馬車を止める理由が今は判らないが、馬車の車軸が折れた、車輪が外れた等の移動ができないトラブルが起きた可能性もある。

とはいえ、馬車で何も考えずに近づき、後悔しても遅い。

ゲルマは自分の馬車を道の脇に止め、警戒しながら、なるべく見つからないように慎重に進む。

観察していると遠くに見える馬車の周りを、複数の武装した小さな人型がウロウロしているのが見える。


(…ゴブリンか)


少し先に背の低い藪が広がっている。そこに潜んで待ち伏せしたのだろう。

草原の一本道で止まってる馬車までは周囲に身を隠すことができるようなものもなく、不用意にこちらが近づけば一発で見つかる。

ゴブリンの鈍い灰色の肌と逆三角形的な顎先、そして目の奥に光る残虐性。

尖った手の爪に毒を塗るほどの知能はなくても敵を引き裂く鋭さもある。

体格差はあるものの、馬車を止めた手腕やいくらかは防具を付けているところから知能も高く、残忍で素早い上に集団での戦術を取っている。

幸いここから観察した限りでは武器は持ってないようだ。


(飛び道具とか使う賢いやつがいると面倒だからな)


ゲルマは一瞬、馬車に戻り大きな武器を手に取るか考えたが、すぐに思い直した。

ゴブリンは小さな体だ。狙うべきは肩や首、頭。

それに今回は掃討する必要はない。

ある程度の傷を負わせ逃走させればいい。


「これで十分だろう」


彼はいつも腰に差してある枝うち用の刃渡り20cmほどの短剣を手に馬車を襲っているゴブリン達の前に隠れもせず進み出た。


(あまり沢山いるとまずいな)


内心、そう思うが、もはや後戻りはできない。


(相手が集団戦術を使っているなら、それを利用するか…)


まだ少し距離がある段階で、襲われてる馬車に向かい、わざと大きな声で乗員の安否を問いかける。


「生きてるやつはいるか?」


しばらくして馬車から応答がある。


「コイツら狂暴だ。警備隊を呼んできてくれ」


返事の内容で場慣れしているやつがいることが判る。

恐らく警備を雇っており、襲撃の時点で馬車のどれかに閉じ籠って凌いでいるのだろう。


「あと少し持たせろ」


大声を出し呼びかけたことでゲルマの存在がバレ、こちらに血気盛んな4匹が先行して向かってくる。

すれ違いざまの一瞬の出来事だった。

左に身を(かわ)しながら、右手の短剣で集団の一番右側のゴブリンの右肩の根元に刃をつきたてる。

ゴブリンとは相対速度もついていたため、かなりの速度で派手に切り裂かれてくれた。

すれ違いざまに斬られたゴブリンは青みがかった血液をまき散しながら地面崩れ落ち、苦しげに呻き声を上げている。

ゲルマは一瞥し、状況を確認する。


(こいつはもう戦力外だ…

とどめを刺す必要はない)


何匹いるか数は分からないが、一人で立ち向かっている自分は囲まれれば勝ち目はない。

やられた奴と一緒にこちらに向かってきたゴブリンが何かを叫んで仲間に伝えている。

馬車に残っていたゴブリン達は予定通り、ゲルマと距離があるためあまり広がらず、ひと固まりになって、一斉にこちらに向かって突進してくる。

距離がある段階で相手にわざと気づかせ、囲まれないようにするゲルマの作戦通りだ。


先行の一匹があっと言う間に倒されたのを見て、すぐそばのゴブリン達は、目の前の敵の実力に気づいたようで、無計画に突っ込むのを躊躇し、馬車から来る集団へ合流を始めた。


(ゴブリン総数20匹強くらいか?)


敵はこちらの体格が良くても一人で大した武器も持ってないと甘く見ているようで、すこし馬鹿にしている雰囲気がある。突進に迷いがない。


(よしよし、いい感じで一箇所に集まってくれたな。

あまりこういうのは好きじゃないんだが、多勢に無勢な以上、すこしはハンデをもらわないとな)


それまでゆっくり歩いていたゲルマは、一気に速度をあげてゴブリン達との距離を詰め、腰を落とし、渾身の回し蹴りを放つ。

相手との体格差を生かして相手のリーチ外から一方的に攻撃するやや汚い手だ。

ひと固まりになってこちらに向かって来ていたゴブリン達は、胸辺りに横からの蹴り技という不意打ちで空中を舞い、集団の先頭部分のかなりの数が遠くまで吹き飛ばされた。

タイミングを間違うと囲まれて袋叩きにあう危険な賭けだが今回はゲルマの勝ちだ。


(あとは各個撃破か)


予想より強い敵に対し、残ったゴブリン達は足を止め、どう攻めるか、誰が一番に行くかを一瞬決めかねた。

ゴブリン達が一瞬の迷いを見せたその時、ゲルマは前方の敵がいなくなったところへ行くと見せかけ、途中から右翼へと素早く動き、数匹のゴブリンの顔面を狙って短剣で切り裂く。


「ググァーッ、グギャグギャー」


いきなり方向転換して来たゲルマに油断して顔面を斬られたゴブリン達は、痛みに驚き、血を流して絶叫し、顔を抑えのたうち回り、地面に広がる自らの血の量に恐怖した。

腕や足と違い、顔の傷は目で見て確認できず、痛みだけがダイレクトに伝わるために大した傷でなくても恐怖感が倍増する。


その間に回し蹴りで左に吹き飛ばされたゴブリン達がよたよたと戻ってきて左翼に合流する。

普通なら内臓がやられるほどの衝撃のはずだが動けなくなったのは、せいぜい2,3匹くらいだ。


(軽すぎてダメージがあまり入ってないか。

ま、全滅させる必要はない…)


無事だった右翼の残りも転がっている仲間を見捨て、左翼の仲間と合流している。


「ギャギャグギグギャギャ」

「ギャグギャギャギグギャギャ」


仲間同士で何か話している。

ゴブリン達はゲルマの戦力を警戒して、まだ動かない。


(あまりやりたくはないが…)


すぐに向かってこないゴブリンに対して威嚇するように殺意を放ち、その場に取り残されて、のたうち回っている戦意のないゴブリンを一匹掴むとその胸に短剣をズブズブとゴブリン達にも見えるようにゆっくりと沈めていく。

さっきまでは分からない言葉で騒がしかったゴブリン達が仲間の悲鳴に水を打ったように静かになる。

しばらくすると悲鳴を上げ、必死で抵抗していたゴブリンが壮絶な断末魔を上げ、動かなくなった。

黙ってみているゴブリンたちは、仲間の血が地面に流れ落ちるのを見て、自らの運命を悟り始める。


戦闘には戦意が必須だ。


落ち着いた状態で仲間の死を見せ、戦意をそぐ。

圧倒的戦力を見せ、敢えて凄まじい恐怖を演出し、考える時間を与えて言葉の通じない敵に自ら撤退を判断させる。

タイミングを見誤ると逆上した敵に猛反撃を受ける。

ここはあえて余裕があって、楽しんでやってる風に見せるのがコツだ。


(ほら、逃げだすなら今だぞ)


こと切れたゴブリンをわざと無造作に投げ捨て、次のゴブリンを拾うと同じように短剣を沈める。

普段は手を出さない戦意のない敵にも、あえて手を下す。


ゴブリンたちの目に恐怖が宿ってきていた。

あの敵は、俺達のこの数を前に怯えもせず、余裕を見せて楽しげに動けない仲間を次々といたぶり殺すことに熱中している。


(素早い動き、冷たい眼差し、あの敵は、人間ではない。)

(敵は一匹だけだがあれは他の人間とは違う。

他の人間は仲間をあんなふうに殺したりしない)

(あいつにとって俺達はただのゴミだ・・・)

(やばい……、あいつはやばいぞ。逃げなきゃ、あいつに殺される!)


敵は一匹(ゲルマだけ)だが冷酷・非情な格上の相手だ。

数では俺たちが勝っているとはいえ、俺たちの圧倒的な数を見ても躊躇(ためらい)なく突っ込んできたあの狂った敵(ゲルマ)

――あの狂った敵のそばに倒れている仲間はあと一匹。

それを始末したら、またすぐ襲いかかってくるに違いない。

次に狙われるのは生き残っている自分たちだ。


血なまぐさいそよ風が吹き、静かな平原に仲間の断末魔が再び響き渡る。


ゴブリンたちのほうが圧倒的多数で、囲んで数で押し切れば、犠牲は出るが間違いなく勝てる戦いだが、戦闘を中断して興奮が冷めた今、自分の死という恐怖から逃れることはできない。

ゴブリンたちは地面に打ち捨てられた仲間の無残な姿に、自分の将来を重ねていく。

生存本能が働き始め、逃げ出すこと以外の選択肢を見失っていた。

ついに耐えきれなくなった1匹が背中を見せ逃げ出すと堰を切ったように残っているゴブリン達も恐怖に駆られ、少しでも早くこの場を離れようと倒れている仲間を気にも留めず、全力で逃げていく。


ゴブリンの姿が見えなくなった後、ゲルマが一人呟く。


「これで人族は怖いと学習してくれるといいが。

おいおい、せめて息のある仲間は連れて帰れよ。

…しょうがないな」


その辺に放置されている息のある動けないゴブリンを一息に討伐する。

せっかく恐怖を植え付けたのに生かして帰しては無意味になってしまう。

全て終わったあとに、声をかける。


「終わった。もう出てきても大丈夫だ」


多数のゴブリンが現れた段階で警備の冒険者達は敵を倒しきることはできないと判断し、密閉されていた馬車に仲間を籠城させ、自らも立て籠った。

このまま救援が誰も来なければ、かなり危険な状態だったが、あまり時をおかずに「無事か」と声を掛けられ、あと少しと精神的にかなり楽になった。

身の毛がよだつほどの恐ろしい声が聞こえたあと、「終わった」と言われ、扉を開ける。

外に出ると地面には息絶えたゴブリンの無残な姿が何体も転がっていた。

最初に声をかけられてから10分も経ってないだろう。

その真ん中に立っているガタイの良い男に訊ねる。


「仲間は残党を追撃中か?」


ゲルマが無表情で答える。

「いや、仲間はいない」


警備の男は一瞬、彼が何を言ってるか判らなかった。


「…まさか、一人で戦ったのか?」

「ああ」

「見た感じ20匹以上はいたぞ」

「半分以上は逃がした。

倒しても金にならないからな」


非現実的な内容と冷酷な言葉、その内容を咀嚼すると「金になるなら一人で全部倒せた」と言っている。

呆然としている警備との会話を諦め、ゲルマは馬車の他の乗員に話しかける。


「すまないがゴブリンの亡骸(なきがら)を葬るのを手伝ってもらえないか?」


昔はこういうことに慣れていなかったため、無意味な殺生を多くしていた気がする。

ただ敵を斬り伏せることしか考えていなかった。

敵の命を奪うことに意味などないと信じていた。


ゲルマは地面に伏しているゴブリンの(むくろ)にゆっくりと近づき、その小さな身体に目を落とした。

しゃがんで瞼を閉じ静かに祈るように手を合わせる。

ゲルマがゴブリンの亡骸に手を合わせているのを見て、近くに立っていた警備の男は思わず息を呑んだ。


「…ゴブリンに手を合わせてるぞ。

今回こちらに被害が出てないから、それほど憎くはないが・・・」


敵であるゴブリンという獣じみた存在に、手を合わせるという行為に、警備をしていた彼は戸惑いを隠せなかった。

敵は倒すべきものであり、敬意を払う対象ではない。


「敵であるゴブリン相手に手を合わせるとは、あの男はどこか変わっているな…」


小声で隣の同僚に囁く。

その声には驚きと戸惑いが混じっていた。

戦場では敵を斬り伏せるのが正義だ。躊躇(ためら)えば命を落とす。


(…彼は、ただの戦士ではない)


ただ単に命を奪うことに慣れてしまった自分たちとは違うようだ。


ゲルマは祈りながら、内心でゴブリンたちに語りかけていた。


(さっきは投げ捨ててすまなかった。

だが、お前たちが犠牲になってくれたおかげで、他の沢山のゴブリンたちや俺が生き残れたのだから、お前たちの死は決して無駄ではないぞ)


奪った命の重みと戦いを通じて守るべきもの。

敵には敵の論理があり、彼らにも、生きる理由がある。

今ここに自分が生き残っているのは、ただ運が良かったにほかならない。

以前はこれほどまでに敵を憐れむことなど考えもしなかった。

ただ、敵を倒すことを正しいとした血に飢えた自分は、ここにはいない。


戦いの喧騒が遠くに去り、静寂だけが後に残っていた。

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