06.過去の告白、未来の告白
「…ところで会った後になんて言うかもう決めてるのかしら?」
「あ…」
セレシアさんの何気ない一言で、ティアナの頭の中が真っ白になった。
嬉しい気持ちは残っていたが、現実に会えるとは思ってなかっため、会ったら何を言うかとか、どう振る舞うかについて全く考えていなかった。
お礼を言いたいし、お金も返したいと思っていたけれど、今すぐ会っても持ち合わせがないし、どう準備すればいいのかもまだ決まっていない。
さらに、思い返すと出会ったときの自分はスライムまみれの最悪の見た目で、その後も頭だけ出したマント姿だったので、次に会うときにはその印象を覆せるくらいちゃんとした身なりで会いたいと考えていた。
さらにさらに・・・、もし了解してもらえるなら一緒にギルドの依頼も請けることができれば・・・と夢も見ている。
セレシアさんの話では、彼は同じ町に住んでいるから、最悪?の場合、町角を曲がったところでばったり会う可能性もある。
それどころか、もしかしたら今この食事処に来るかもしれない。
自分が気が付いてないだけで、今までもギルドで日常的に会っていた可能性だってある。
そこまで考えたとき、ティアナはどうすればいいか全く分からなくなっていた。
(と、とりあえずあのときのお礼を言って、それからマントとお金を・・・って今持ってきてない!
あ、ああっ、どうしよう・・・)
また硬直してしまったティアナを心配してエレーヌが声をかける。
「え?どうしたの?ティアナ?」
「思ってたより簡単に会う可能性があることに気付いてパニックになってるんだと思うわ。
安心できるかは分からないけど、夕食を森で調達するくらいだから、今ここに来ることはないと思うわよ」
もう占う内容はないと思っているのか普通のお姉さんのセシリアさんがティアナに解説する。
セレシアさんの一言を聞いてティアナが肩から力を抜き、目を閉じて大きく息を吐きだした。
「はぁぁー」
「あらあら、会ってからが大変なのに、会う前からそんなに緊張してて大丈夫なのかしら?」
おねぇさんはそこまで言ったあと、心配そうにため息をついて続けた。
「・・・彼のことは置いておいても、これから話すことはいつか役に立つ大切なことだから、真剣に聞いておいてね」
※※※
言いながら、セレシアは、ゲルマが確実にティアナを拒絶するだろうと、心の中で予感していた。
もし、助けられたときにティアナが「彼氏がいる」と答えていれば、彼もそれほど気にせず対応できてただろう。
しかし、「いない」と知った彼は、本心を隠そうとし、無意識に距離を保とうとしている。
その振る舞いが、逆に彼の本心
――ティアナに対する好意――
をわずかに浮かび上がらせていた。
たとえゲルマとティアナが互いに好意を持つことになっても、彼は種族の違いや寿命、そして自分が彼女に釣り合わないという思いに縛られて、きっと断るだろう。
しかも、その底にはティアナの感情を一切無視した「彼女のためを思って」という独りよがりな感情が潜んでいるのだ。
それにしても・・・とセレシアは思う。
ゲルマ自身が一目惚れしていたとしても、まだ会ったばっかりのときから、そこまで考えて動いているゲルマのスキのなさにセレシアは呆れていた。
(頭のいい人って、・・・本当にたいへんね)
※※※
セレシアさんは、真剣な表情で続けた。
「男の人でも女の人でも、相手に告白されても本心を隠して嫌いでもないのに、尤っぽい理由をつけて断る人たちが一定数いるの」
「え?なんで?」
「なんでかしら?
表向きは相手の幸せのためとか釣り合いが取れないとか言うけど・・・
頭のいい人って、どうなるかわからない将来を分かった気になっちゃって、自分に自信がないのかもしれないわね」
セレシアさんはティアナの疑問に応えながら、少し苦笑いを浮かべた。
「だから、もし彼がそういう理由で断ってきても、あなたのことを嫌っているわけではないの。
逆にあなたのことが好きだから、理由をつけないと断れないの。
初めから「嫌だ」とか「無理」の一言で断られなかったときって、脈ありだと思って理由をつけて断られても諦めちゃ駄目よ」
ティアナは驚きの表情を浮かべて確認した。
「そうなんですか?
私、一度断られたら諦めるものだと・・・」
セレシアは柔らかな微笑みを浮かべながら言葉を続けた。
「普通はあっさり諦めると、『その程度の気持ちなんだ』って解釈されてしまうみたいよ」
ティアナは、何度も「断り」を入れられながらも、しつこく言ってくる男の人たちの気持ちを初めて理解したように感じ、これまで自分がわからなかった感情にようやく少し触れたような気がした。
「それから、告白したら、必ずその場で答えを出させることが大切よ。
答えを出すために時間を与えると友人に相談して影響を受けたりして、断るための理由をあれこれ考えるの。
例えば、『俺と君とでは、君は素敵すぎて、釣り合いが取れない』とか、『俺よりも君がもっと幸せになれる相手がきっといる』なんて言うのよ。
実際、どんなに良い相手がいたとしても、その人の好きな相手は告白された自分なのに、ばかよね、本当に…」
そう言いながら、セレシアは少し困ったような笑みを浮かべ、どこか遠くを見つめて、少しの間、沈黙が流れた。
その後、どうするか迷っているような表情を浮かべたあと、柔らかい笑みを浮かべて話を続けた。
「実はね、私も昔、そういう理由で好きな人を振ったことがあるの」
ティアナは驚いたように目を丸くして、セレシアをまじまじと見つめた。
「セレシアさんが告白されたことがあるんですか?
確かにモテそうですけど、振ったなんて意外です…」
「これでも昔はすごくモテたんだから。今でもすごくモテてるけど・・・」
セレシアは苦笑いを浮かべ、視線を逸らした。
「ええ…でもね、その時の私はその告白を受け入れなかったの。
彼は本当に素敵な人だった。
優しくて、真面目で、私を大切にしてくれそうな人だった。
でも…、当時の私は自分に自信が持てなくて。
私は彼にはふさわしくないと感じていたし、恋愛に踏み込むのも怖かったの」
セレシアは息を静かに吐き出し、目を伏せてしばらく自分の手のひらを見つめていた。
ティアナは彼女の言葉に耳を傾け、真剣な顔つきで彼女がまた話し出すのを見守っていた。
「それでね、彼に『あなたにはもっとふさわしい人がいるはず』って言ってしまったの。
私なりの精一杯の答えだったけど、今思うと、彼の幸せを勝手に決めつけてしまっていたのかもしれない。
私が釣り合うかどうかなんて、彼の判断に任せるべきだったのに・・・
彼が私を選んでくれたという、その事実を…
もっと尊重すべきだったって、今なら本当に思うの。」
セレシアは、わずかに口元を緩めながら、どこか寂しげな笑みを浮かべた。
ティアナは黙って頷き、セレシアの言葉をじっくりと咀嚼しているようだった。
「それで・・・、その、彼とはその後どうなったんですか?」
エレーヌは少し戸惑いながらも、遠慮がちに尋ねた。
セレシアはほんの少し明るい微笑みを浮かべて、穏やかに話した。
「結局、そのまま疎遠になってしまったの。
彼が他の誰かを見つけていたとしても、今はそれで幸せでいてほしいと願っているわ」
そこまで話したあと、また少しさみしげに微笑みながら話す。
「でもね…何年か経ってからふと考えたの。
『もし、あの時、もう少し勇気を出していたら、違う未来があったのかもしれない』って」
セレシアは小さな声で呟き、深いため息をついた。
「もしかすると、
・・・私、まだ彼のことを好きでいるのかもしれないわね」
セレシアは優しい目でティアナを見つめ、心を込めて言葉を続けた。
「だから、ティアナさん。
今回は違うかも知れないけど、いつか本当に告白する日が来て、彼が理由をつけて断ってきても、決して諦めないでほしいの。
それは、あなたのことが嫌いだからじゃないし、必ずしもそれが真実であるとは限らないの。
もしかしたら、自分に自信がなくて、相手を幸せにできないって思い込んでいるだけなのかもしれないわ。。
むしろ、本当に好きだからこそ、どうしようもない理由を探してしまうことだってあるのよ」
セレシアはティアナの肩に手を置き、優しく微笑みかけた。
「もし彼が理由をつけるのに時間をかけていたとしても、その間、あなたが真剣に気持ちを伝え続ければ、彼もいずれ本当の気持ちに向き合ってくれるかもしれないわ。
だから、ティアナさん、自分が本当にどうしたいのか、その気持ちをしっかり見つめてみて」
ティアナは深く頷き、セレシアの言葉に自分の気持ちを重ね合わせていた。
彼女はセレシアの経験から学び、少しだけ前向きな気持ちを得たように感じていた。・
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それから色々と話した後、ティアナと一緒に食事処を後にした。
ティアナがセレシアさんに感謝の言葉を述べている。
「セレシアさん、本当にありがとうございました。
これから少し自分で頑張ってみます!」
「はい、またお悩みがあったらいつでも呼んでくださいね。
指名されないのが一番だけど、でも…また指名してもらえるのをお待ちしてますね!」
セレシアさんがすっかり営業モードに入って、ちょっと微妙な営業トークを始めた。。
困った時にしか頼れないから、簡単に『また来てね!』とは言えないのかな。
ちなみに、セレシアとの相談料だけで、あのたっぷり食べた私たちの食事代を軽く上回っちゃってるなんて…!
依頼を終えて、報酬が入ってきたばかりとはいえ、エレーヌにとってはこれは予想外の大きな出費だった。
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