05.セレシアさんの冗談
ーコンコンー
「お呼びいただきました占い師のセレシアです。ご相談事があると伺っています。失礼いたします」
食べ過ぎで椅子にもたれて、だらしない格好をしていたティアナは、いきなり聞こえたノックに「え?なに?」と驚いている。
彼女には占い師に相談することは話してなかったので、だらけた姿勢を慌てて正そうとするが、まだ苦しいのかなかなか動けずにいた。
そんな中、ゆっくりと扉が開き、私たちより少し年上で包み込むような落ち着いた雰囲気のお姉さんが姿を現した。
纏っている紫色のローブが優雅でどこか神秘的な雰囲気を引き立てている。
少しウェーブのかかった長いシルバーの髪、首元には星と月を模した大きなペンダントが揺れ、少しタレ目がちな柔らかな笑顔と、優しく少しゆっくりした声は、私たちに安心感を与えてくれる。
このままなら、絶対にモテまくりだろうなーと密かに思うが口には出さない。
この酒場で「よく当たる」と評判の占い師、セレシアさんだ。
「あ、おねぇさん」
占い師の姿を見て、知り合いだとわかったティアナが反応する。
前のPTで一緒の時やそれ以前から、ティアナはこの酒場に連れてこられて彼女と親しくなっていた。
ただ占い師としての姿を見るのは初めてのはずだ。
「あら、今日の占いのお客様はティアナちゃんとエレーヌちゃん?
友達としてじゃなくて、お客様としてでいいの?お金結構かかっちゃうけど」
さっきまでの落ち着いていた神秘的な雰囲気が消え、ぱっと普通のお姉さんのような親しみやすい、人懐っこい笑顔に変わり、話し方も自然で軽やかになった。
「ティアナ、お姉さんに相談してみよ。きっと力になってくれるから」
ティアナはうつむいて少し迷っているみたいだ。
「大丈夫。きっと助けてくれるよ。このまま悩んでても何も変わらないよ?」
「う、うん・・・」
私の「悩んでても変わらない」という言葉が効いたのか、渋っているティアナが相談する気になったので、お姉さんに向き直ってお客としてお願いする。
「はい、お願いできますか?ティアナの話を聞いて、アドバイスをいただきたいんです」
「そうなのね。じゃあ今日はお金をいただいてお話しを聞きますね」
セレシアさんはティアナを説得している様子やお金を出してもいいという事に何かを察したのか、何も訊かないで優しい笑顔で頷いた。
次の瞬間、まるで空気そのものが変わったかのようにセレシアさんの纏う空気が一変したように感じた。
緊張感が漂う空気の中、崩れた居住まいを正してセレシアさんが再びゆっくりした口調で話し始めた。
「…ではティアナ様、お話をお聞かせいただけますか?」
セレシアさんが営業モードに切り替わると、表情が少し柔らかくなり、いつもよりも落ち着いた声で話し始めた。
プロフェッショナルな雰囲気が漂う。
ティアナは私に話した彼のことを少し躊躇いながらも、セレシアさんにも伝え始めた。
今回、ティアナは顔を赤らめることなく、終始真剣な表情を浮かべている。
すごく真剣にティアナが話し続け、一通り聞き終えた後、セレシアさんが何点かティアナに確認したり、その時の細かい状況を聞き直したりしたあとに言う。
「お客様のお悩みは大体わかりました」
言いながらセレシアは心の中で一人愚痴る。
(まぁ、訊かなくても分かるけど…、悩みなんてみんな大体同じよね)
「未来は努力や偶然で変わっていくので絶対はありませんが、何をお知りになりたいですか?」
それを聞いた真剣な表情のティアナは一瞬ためらったが、深く息を吸い込んで、勇気を振り絞るように小さな声で最も聞きたいことを恐る恐る尋ねる。
「彼に・・・、また会えますか?」「もちろん、また会えますよ」
セレシアは予想通りの質問とその内容に微笑みながら、間髪入れず即答する。
「え?」「は?」
持ってきた水晶やカードに目もくれず、何の予備動作もなしでのあまりにも速い返答に、ティアナは驚きのあまり息を呑んだ。
私も驚いてセレシアさんを見つめた。
「あの、水晶とか見なくても判るんですか?」
私がセレシアさんに尋ねると彼女は自信たっぷりに話を進めた。
「それくらい判ります。それに水晶はただの雰囲気を出すための飾り物ですから」
セレシアさんは微笑みながら、当然のことのように話す。
「飾り物…」
質問したエレーヌは言葉の意味を反芻するように小さく呟いて、思わずセレシアさんの手元にある水晶をじっと見つめ、言葉を失ってしまっていた。
「これは他の人には内緒ですよ」
セレシアさんが微笑みながらあっさりと明かした秘密にたいして口止めをしてくる。
「やっぱり、神秘的だったり、謎に包まれている方が普通の人は信じやすいので」
普段から酒場で友人として話しているからか、セレシアさんがぶっちゃける。
それを聞いて心の中で「これから占いを見る目が変わりそう・・・」と密かに思っていると、静かだったティアナが真剣な眼差しでやっと口を開いて、セレシアさんに訊いてくる。
「えーと、会えるというのはどうして?」
セレシアさんが占い師らしく神秘的な微笑みを浮かべながらゆっくりと話し始めた。
「惹かれ合う二人は自然と出会う運命にあるのです」
セレシアさんの言葉に、彼女の顔はみるみる赤くなった。
反論しようとして口を開け、「いえ、わたし、そんなつもりは・・・」と言ったあと、「二人は運命…」と小さな声でつぶやいた自分の言葉に驚き、慌てて口を閉じる。
そして、その長い耳の先まで真っ赤にして視線をそらし下を向いた。
セレシアさんは、そんなティアナを見て優しく微笑みながら、誰かに呼ばれたようにちょっと斜め上を向いたかと思うと、目を閉じ、しばらくして静かにゆっくりと目を開くと神秘的な表情を崩さないまま、まるで思い出したかの様に空気を読まない一言を言い放った。
「…というのは冗談です」
「「え?」」
セレシアさんの冗談に、ティアナは驚いて赤かった顔がまたたく間に色を失い、ぽかんと口を開けたままショックを受けている。
ティアナの頭の上に大きく『ガーーーン』という文字が浮かんでいるように見える。
「ぷっ・・・」
ティアナのショックに固まった姿に、私は耐えきれずにちょっと吹き出してしまった。
セレシアさんは、ティアナの顔を見つめ、一呼吸置いてから優しく微笑み、問いかけた。
「だって、彼が自分で街に帰るって言っていたのでしょう?
帰るということは、そこに住んでいるからこその表現です」
セレシアさんは微笑みながら優しい口調で説明を続ける。
「名前も判ってるし、その風貌や知っている情報からするとこの街の冒険者で、冒険者組合にも登録していて、探すのはそれほど難しくないと思いますよ」
さっきからのあまりの展開に、ティアナは口をパクパクさせながら、言葉も出せずに固まっていた。
私は少し考え込んでから、ふと気になることがあって、セレシアさんに尋ねた。
「名前が嘘だったら?」
「なにか騙す目的があるならともかく、名前を知られたくないなら、わざわざ偽名を名乗って話しかけたりしません」
確かに、名前を偽る理由がないなら、先に相手の名前を聞けばいい。
セレシアさんの解説を聞いて、私は思わず納得した。
「それに、彼は本当に素直で誠実な人ですね。
関わり合いになりたくないなら、『待ってください』と言われても、そのまま立ち去れば良かったのに」
ティアナは今までその考えに気づかずにいたことにハッとした。
確かに関わるのが嫌なら、そのまま立ち去ることもできたはずだ。
あそこでわざわざ問答をする必要はない。
少なくても関わるのが嫌というほど嫌われてはいないと判り、ティアナの心に小さな希望の灯がともるような感覚が広がった。
「たぶん、待ってくださいと言われて、そのまま無視するのは、自分自身に負けるように思えて、それがどうしても納得できなかったのでしょう。
きっと、彼には自分の中で譲れないものがあるのでしょうね」
(本当に頭のいい人はたいへんね)
セレシアは少し考え込んだあと、苦笑いを浮かべる
「それで別れるときは引き止められないようにフェイントをかけて姿を消したんだと思います。
ちょっと…」
始めてセレシアさんが言い淀んだかと思うとすぐに考え直して修正した。
「いえ。かなり要領は悪いわね…」
ティアナは、あれほど彼のことで悩んでいたのに、答えが自分の中にあったことに気づく。
そして、セレシアさんが彼のことを最初の数個の言葉で看破していることに、目を見開いて驚き、言葉を失ってしまう。
セレシアさんに言われた「冒険者組合にも登録している」という言葉を心の中で反芻し、彼に会うために、自分がどう行動すべきかが少しずつ見え始めた。
セレシアさんはさらに話を続ける。
「ただ、ティアナ様は彼に会えても、会えないかもしれませんね。
だから本当の彼に会えるかはティアナ様の想いが彼に伝わるかで決まると思うわ」
ティアナはセレシアさんの謎めいた、矛盾した不可解な発言を繰り返した。
「会えても、会えない?」
私もよくわからなかったので、セレシアさんに尋ねてみた。
「え?それは?」
ティアナも判らなかったみたいで更に説明を貰おうしているが、セレシアさんはゆっくり首を左右に振りながらティアナに言った。
「答えを全部もらってしまったら面白くないし、答えは自分で見つけるものです。
残念だけど、私はアドバイスだけ」
セレシアさんはほんの少しだけ残念そうに表情を曇らせた。
ティアナはセレシアさんの言葉を呟くように繰り返す。
「自分で見つける…」
そんなティアナに、セレシアさんが言葉を続ける。
「ただ本当の彼に会った後は、もしかしたら戻れなくなるかもしれないから、その覚悟はしておいたほうがいいわよ」
セレシアさんは、いたずらを仕掛けてそれに引っかかるのをワクワクしながら待っている子供のように微笑んだ。
そして次の言葉を心の中で呟く
(もう遅いかもしれないけど・・・)
「覚悟…」
ティアナは小さく頷いた。
そこまで話すとセレシアさんは営業モードを終え、普通の口調で訊いてきた。
「あ、そうそう、これは友達としての好奇心なんだけど…
彼に会った時、なんて言うかもう決めてるのかしら?」
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