04.エレーヌの方法
彼が消えた後、しばらくの間、また彼がいきなり現れるのではないかとティアナは待っていたが、次第に心の高揚は収まっていった。
あきらめて家路につくが、何度も振り返って彼が現れないか確認してしまう。
結局彼は再び現れず、家に帰りつき、荷物の整理をしてからベッドに倒れ込む。
だんだんと夜が深くなり、窓の外は夜の静けさに包まれていった。
ベッドについても心が冴えたまま、彼女の頭の中では今日のことが幾度も思い返される。
今思うと今日の一日は夢のようなことばかりだった。
(あのとき、彼が来てくれなかったら・・・)
何度目かのそんな事を考えていると、心が疲れ果ていたのかいつの間にか眠りについてしまった。
翌朝、目が覚めても、まだどこか夢の中にいるみたいだった。
冒険者としてこの街に来て、一人暮らしも慣れてきているというのに、習慣で、いつものように無意識に挨拶をする。
「おはようー」
もちろん、誰からも返事は返ってこない。
いつもなら起きると夢の記憶はすーっと消えていってあまり残らないのに、今日の夢、スライムに襲われて見知らぬ人に助けられ「大丈夫か?」という声がいつまでも消えずに残っている・・・
少しずつ意識や記憶が戻ってきて、夢だったのか確認するため、昨日革袋を置いた場所に目をやると、そのままの位置にあった。
(夢じゃなかった…)
「ほっ」と安心する。
袋を見つめるうちに、昨日の出来事が鮮明に蘇ってくる。
さらに、壁にかけてある昨日の服は粘液の付いたところだけ、色が褪せてまだら模様になっていた。
ティアナは静かにため息をついた。
夢じゃなかったことで、心の中に広がる少しの安堵と寂しさ。
(だいじょうぶ。だいじょうぶ)
また会えると自分に言い聞かせ、その時マントとお金を返して、ちゃんとお礼をしようと思う。
お昼前にギルドに請けた依頼の報告と薬草の提出に向かうことにした。
いつも通りのルーチンワークだ。
街はすでにいつも通りの活気を取り戻している。
ギルドへ向かう途中、道を行き交う沢山の人の中に無意識に彼を探すように目を向けていた。
ギルドの扉を開け、依頼の報告をするため受付へ向かう。
「依頼の報告に来ました」
「お疲れ様です。
大丈夫だった?
なんか疲れてるみたいだけど・・・」
受付のお姉さんが彼女に微笑みながら、心配そうに訊いてくる。
ティアナはその笑顔に笑顔を返す力がなかった。
「はい、大丈夫です。ちょっと眠れなくて・・・」
短く伝えて、報告書を差し出し、報酬を受け取る。
「そうなの?今回高難度だったし、報酬多いから少しのんびりすれば?」
「そうですね、ありがとうございます」
お姉さんから渡された報酬はいつもの近場の採集に比べれば遥かに多い額で、いつもならすごく嬉しいはずなのに、なぜかあまり嬉しくない。
(私、どうしちゃったんだろう…)
そう自問しながら、ティアナはギルドを後にする。
外に出た瞬間、秋風が彼女の頬を撫でた。
その冷たさが一瞬、頭をクリアにしてくれた気がした。
(明日逢えるかもしれないし・・・
昨日からあまり食べてないんだから、ご飯を食べよう)
そう思いながら、食事処に入ったが、空腹を感じているはずなのに、目の前の料理が美味しそうに見えず、いつもなら物足りないと思うはずの量を残してしまっていた。
エレーヌが所属しているPTは依頼されていた獣を討伐し、遠方からやっと街に帰って来た。
依頼完了の報告と報酬を受け取る手続きのためにエレーヌがギルドを訪れると、ギルド内のいくつかのテーブルの一つに、ティアナが座って頬杖をつきながらテーブルの木目をぼんやりと眺めているのが目に入る。
何日か前に「いい依頼がないねー」と悩んでいたし、ちょっと元気がなさそうに見えて、心配でわざと明るく声をかけてみる。
「ティアナ、どうしたの?元気ないみたいだけど?大丈夫?」
「あ、エレーヌ…」
ティアナがゆっくりと顔を上げ、静かに尋ねてきた。
「ねぇ、私ってかわいいと思う?」
「へ?どうしたの、急に?」
ティアナの突然の質問に戸惑いながらも、『そんなこと、気にする必要はないのに…』と心の中で思った。
エルフはその美しさから誰もが振り向く存在で、高い魔法特性と長い寿命など種族的に過度に優遇されている。
「神に愛された種族」と言われるほどだ。
もちろん、ティアナもPTに入れば属している男性全員から言い寄られ、いつも困っていると愚痴をこぼしていた。
『かわいいか?』なんて普通に意味のない質問だし、男性に興味がなく、イチイチ寄ってきて鬱陶しいとまで言っていたティアナがそんなことを気にするなんて…
だいたい、今まで彼女は自分の外見に無頓着だったのに。
「んー…男の人から見て、私って魅力ないのかな?」
その問いに、エレーヌはティアナの顔をじっと見つめた。
そういえば何かティアナの顔が少し赤いような気がするし、まるで恋する乙女のような事を言っている。
「何か変なものでも食べた?
顔が赤いよ。
熱があるんじゃない?
診療所に行くお金はある?ないなら、少しなら何とかしてあげるから…」
ティアナがゆっくり首を振りながら答える。
「そうじゃないの…」
ティアナはさらに顔を赤らめ、視線を落としながら、最近の出来事をゆっくりと話し始めた。
薬草採取の依頼を請けたこと、森でのスライムとの遭遇、謎の男ゲルマとの出会い、そして彼がくれた大量の金貨。
「彼、一体何者だったんだろう…。
やっぱり私に興味がなかったのかな?
今考えると私、話しも下手だった気がするし、あまり面白いことも言えてなかった気がする。
それに、まだちゃんとお礼も言えてないし、借りたお金もマントも返したい…
…また会えるかな」
エレーヌはティアナの話を聞きながら、彼女がどれだけその男に心を奪われているのかを理解し、どう答えればいいのか悩んでいた。
エルフは沢山の良いところがあり「神に愛されている」が欠点がないわけじゃない。
種族的に生真面目だし、ひとつの事しか考えられない性分がある。
良いところでもあるが柔軟性に欠けていると言うか、悪くいうと頑固でしつこい。
そのエルフの欠点に追加で彼女は優柔不断で押しに弱く、すぐ悩み始めるという悪いところがある。
マントや金貨の事が解決しない限り多分ずっとグズグズ悩み続けるだろう。
そして当たり前だが、今のまま悩んでも解決策は見つからないと、エレーヌは強く感じていた。
このままでは埒が明かないので、ティアナに聞いた話の直接関係ないところをバッサリ全て削って「偶然見かけた知らない男の人に片思いした状況」と捉え直し、シンプルに考えることにする。
恋愛というとティアナは否定しそうだけど、結局は似たようなものだ。
私も恋愛経験は少ないけれど、恋愛ならこういう時の対処法はわかる。
「ね、ティアナ、お腹空いてない?お昼食べに行こ?」
「え、わたしはまだ…」
「私は!お腹が!空いたの!。お願い、一緒にお昼付き合って」
エレーヌの押しの強さに負けてティアナがしぶしぶ首を縦に振る。
「…少しだけなら」
(人の悩みの多くは、寝るか食べるかで忘れられるって聞いたことがあるし、経験もある。
もっとも、根本的な解決にはならないから、また後で悩むことになるけど…)
エレーヌはあまり乗り気ではないティアナを連れてギルド近くの酒場に向かった。
ここは昼時には食事を提供していて、おいしいし、冒険者向けだから量も多く、値段も手頃だ。
それにここにはティアナの悩みに効く処方箋を持つ人物がいる。
――カランカラン――
両開きの扉を開けるとドアベルの明るい音がホール全体に来客を知らせた。
「「「いらっしゃいませ!」」」
ホール全体から声がかかり、若い男の子のお給仕がにこやかな笑顔で対応しに来た。
「2名様ですか?」
吹き抜け2階のあるホールは、昼時にもかかわらず人が少なく、落ち着いた雰囲気が漂っている。
昨晩、飲み会や宴会をやっていた冒険者連中がお昼を食べに来るのはもう少しあとだ。
「はい、個室お願いします。それと、食事の後に、おねぇさんって、お願いできますか?」
「は~い、個室入りま~す」
彼は大きな声でホール全体に伝えた後、こちらを向いて答えた。
「おねぇさんも大丈夫です。では、こちらへどうぞ」
個室に通され、メニューを見ながら昼食を注文する。
ティアナはまだ悩み事に集中しているせいか、私が個室と一緒に頼んだ『おねぇさん』のことには気が付いてないみたいだ。
「ほら、ティアナも頼んで、私だけ食べるとか食べ辛いじゃない」
「え、あ、うん…」
結局、私がティアナのメニューにも口を出し、二人分としては予定通り食べきれないほどの量を頼んでしまった。
食事が運ばれて来始めると、ティアナはその皿の量に驚いて目を丸くした。
しかも冒険者用に一皿の量が多い。
「ぇ、こんなに…」
テーブルの上には、スープ、サラダに始まり少し遅れて魚、肉のお皿が次々と運ばれてくる。
個別盛りの皿もあれば、大皿に盛られた料理をシェアするスタイルの皿もあり、既にテーブルの上が満員状態だ。
ティアナはしばらくそれを見つめ、どこから食べればいいのか途方に暮れているようだった。
「ほら、どんどん運ばれてくるんだから、ティアナもさぼってないで食べて、食べて、冷めちゃうよ」
そう言いながら私も食べ始める。
まずはスープを飲み、次にサラダに手を付ける。
ティアナはナイフとフォークを手に取ったものの、動きが鈍い。
でも、時間が経つほどに増える皿の数を見て、じっとしていても減らないと覚悟を決めたのか、戸惑いながらも一口、また一口と食べ始めた。
二人とも運ばれてきていた物を食べ終わり、「やっと終わった!」と思った頃、最後のとどめとばかりに綺麗にカットされた果物が運ばれてきた。
「え・・・」
それを見てティアナは絶句して、半分以上死んでいる。
それでもティアナは果物にゆっくりと手を出す。
エレーヌは出されたものは食べるというティアナの行動を見て半分呆れて思った。
(まじめというか、柔軟性がないと言うか・・・)
ティアナは最後の一口を飲み込むと、手を腹に当ててぐったりと椅子に寄りかかった。
「う、もうダメ。お腹いっぱい…」
見た感じ喉くらいまで食べ物が詰まっているようだ。
食べ過ぎのおかげでティアナの曇った表情や重たい雰囲気が消え、「悩んでますオーラ」が「お腹が苦しいです。オーラ」に変わっている。
ま、元々細いんだから、これくらい平気なはず。
だいたい、太ったエルフなんて聞いたことないし…
食後のお茶で少し落ち着きを取り戻し、部屋が静まり返る中、突然部屋の入口からノックの音が響いてくる。
ーコンコンー
「お呼びいただきました占い師のセレシアです。ご相談事があると伺っています。失礼いたします」
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