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03.心の迷い

彼の後をついて森をでて街へ向かう道を進み始める。

彼は気を使っているのか、私と歩く速度を合わせてゆっくりと進んでくれている。

まだ歩き始めて、そんなに時間はたってないが、ティアナは彼に何と話しかけようかと悩んでいた。

普段は男の人のほうから話しかけられることがほとんどで、自分から話しかけたことがあまりないことに気づく。

そういう意味では今まで気が付かなかったが会話という意味では甘えていたのかもしれない。


(何を話せばいいんだろう…)


二人の歩く足音だけが森の中に響く。

彼の無言が余計にプレッシャーに感じられ、ティアナは焦り始めていた。


(何か話さないと…)


けれど焦っても話題が浮かばない。普段は向こうから話しかけられることばかりで、自分からはあまり…。


(ここは無難にお天気の話し?)


ティアナは焦るが、言葉が見つからない。

沈黙が気まずい中、突然ゲルマが前を向いたまま口を開いた。


「オレはゲルマ、名前は何というんだ」


低く落ち着いた声が森の中に響く。

彼の視線は相変わらず前を向いたままで表情からは何を考えているのか読み取れない。


「ティアナです」


彼から話しかけてくれたことが嬉しくて、つい弾んだ声で答えてしまう。

もちろん、彼が私に全然興味がなくて、「このまま話すこともなく街に着き、別れてしまうのでは?」という不安などが解消したのもうれしい。


(そうか、私から名前を訊けばよかったんだ…)

(ゲルマ…さん)


彼の名前を心の中で確認し直しながら、さっきまでの緊迫感が霧散していくのを感じた。


「で、ティアナはどれくらいの強いんだ。そもそも、なんで魔法職なのにソロで森に入ってる?」


魔法の行使には詠唱という無防備な前段階があるため、普通は戦士職などと一緒に行動するものだ。

魔法を極めれば「先行詠唱(プリキャスト)」して事前に詠唱を済ませておき、必要なときに無詠唱で行使できると言われているが、できるのは一握りの魔法使いで私はまだその段階には達していない。


「今日は組合(ギルド)依頼掲示板(ボード)に出ていた薬草の採取をしにきました。

今はPT(パーティ)に所属していなくて…

あまり魔物系討伐とかはしてないです」


最後の部分を言い終えるとき、彼の反応を伺うためにちらりと彼の横顔を見た。

彼の表情は変わらず、ただ黙って彼女の話を聞いているだけだった。


「危ないと思わなかったのか?」


彼の問いは鋭いが当然の疑問だ。

一瞬、返す言葉に詰まる。


「…思いはしたのですが、少し余裕がなくて」


視線が地面に落ちる。

自分のお財布事情を話すのが恥ずかしい…


「…そうか」


無神経な質問して悪いと思ったのか、短い返事だった。

彼がそこで話を切り上げる。

でも、彼から話しかけてくれた今がチャンスかもしれない。

どうしても訊いてみたい。

何故かすごく緊張しながら聞いてみる。


「あの…、何で私を助けてくれたんですか?」


今までの会話ではわりとすぐに返答していた彼が少し考え、間が空いた後に本人にも聞こえないくらいの声で答えた。


(…見過ごせなかった)

一瞬、ゲルマは視線を伏せた。何か考えているようだった。


「え?」


その言葉が漏れた瞬間、彼は一瞬だけ目を伏せた。

彼は顔を上げ、まるで自分を納得させるように少し大きな声で私に答える。


「周りには他に誰もいなかったからな…」


森の木々の隙間から差し込む柔らかな光が、彼の横顔に影を作る。

耳のいい私には最初の答えもしっかり聞こえていた。

そして彼は私に答えた後、また自分だけに聞こえるように呟いた。


(…ただそれだけだ)


その後は何か彼の雰囲気が最初の頃に戻った気がして、踏み込めず、笑いながらギルドから受けた軽作業の時の失敗や親友のエレーヌのことなどを話して街へ進んだ。

彼は時折頷きながら、彼女の話に耳を傾けていた。

彼の無表情な横顔も、どこか少しだけ柔らかく見えた。


森の道は次第に広くなり、やがて視界が開けてきた。

木々が疎らになり、刈り取られた草と石畳が街と森の境界を示す場所まで来たとき、少しだけ前を歩いていた彼が突然振り返って真剣な表情で言った。


「ここまでくればもう大丈夫だろ。今、金は持っているのか?」


(あ、お金要求されるんだ…

お礼するって言ったし、タダなわけないか…)


自分で言いだしたこととはいえ、なぜか少しがっかりしてしまう…


「すみません。スライムに襲われた時に落としてしまったみたいで…

後で必ずお支払いします」

「ん?落としてたのか」


ゲルマが突然、杖を持っている私の手を優しくゆっくりと掴んだ。

驚いて一瞬息を呑む。

彼が何を始めたのか、反応できない私に、続けて言った。


「手を開け」


言われた通りに杖を握っていた手を開くと、彼は杖を避けて、私の手のひらに何か小さくて重いものを載せる。


「これを使え。今のままだと出られないだろ」


その言葉の意味が分かってない私に彼が付け加えた。


「…そのマントも返さなくていい」


そして私の耳元に狂暴そうな顔を近づけ、首をすくめている私に始めて少し微笑みながら小さな声で囁いた。


「マント、ちゃんと前合わせてないと誰かに見られるぞ」

「…!!」


彼の言葉に反射的にマントの前を抱きしめるようにしっかり合わせる。

スライムの粘液を洗い落とす際に衣服は脱いだままなので、マントの下はほとんど裸同然だった。

恥ずかしさと緊張で顔が熱くなるのを感じる。


(み、見られた?)


マントをおさえるのに必死になっていると彼が私の横を通り過ぎ、背後に回る。

その次の瞬間、空気が微かに揺らいだような気がして慌てて振り返るが、そこには誰もいなかった。

足音も後ろ姿も人がいた気配もない。


「え?」


彼はどこかへ消えてしまった。

森との境界には膝丈ほどの草が生い茂っているだけで、彼が隠れられるような木は一本も見当たらない。

マントを抑えるのも忘れて彼が消えていったと思える方向を見つめる。


(彼、どこにいったの?今まで夢見てたわけじゃないよね?)


今までの出来事が実は夢だったと言われた方が納得できるかもしれない。

それでも手のひらの上には彼が乗せてくれた少し暖かい何かがしっかりと残っている。


「これはいったい…」


マントを抑えたときに無意識に握っていた手を開くと手のひらの上に小さな革袋が残されていた。

少し緊張しながらその袋を開くとかなりの金貨が入っている。

服なんか金貨3枚もあればすごく上等なのが上から下まで揃いで買えるのに…

これだけあったら私の半年以上の稼ぎだ。

もう一度周りを見渡してもやはり誰の姿もない。

手の中の金貨よりも、彼のことが頭から離れなかった。


「ちゃんとお礼も言えてないのに……」


その場に立ち尽くし、そう呟いた私の声は、誰にも届かないまま、陽が沈み始めた森に消えていった。

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