14.こんなにそばに居るのに
夕刻、ゲルマは、月一でやっているギルド仲間との集まりに参加し、そろそろ近くの酒場で最近の討伐自慢大会をするかと話をしていた。
すると、背後から声がかかる。
「あのー、ゲルマさん・・・」
今まで賑やかに話していた仲間たちが、一瞬で静まり返った。
誰もがゲルマに話しかけた美人のエルフに気づき、視線を交わし合う。
・・・この甘くて特徴のある声は聞き覚えがある。
随分前にスライムに襲われてた娘だとすぐ分かった。
忘れることにして、極力思い出さないように努力していた声だ。
(まさか、まだ覚えていたのか・・・?)
偶然かもしれないが、会ってしまった以上しょうがない。
振り返り、彼女を確認する。
まだらに模様の入ったあのときのローブをまとい、緊張した面持ちの彼女が立っていた。
今日はスライムに襲われた時の乱れた姿ではなく、しっかりと整えられた美しい姿だった。
冒険者なのでどちらかと言うと質素な深い紫の服だったが、彼女の金髪と白い肌に見事に映え、どこか高貴ささえ感じさせた。
あたかも今まで忘れ去っていたかのように返事をする。
「おう、また会ったな」
ゲルマは、あの時も感じた彼女への惹かれる自分を再び感じたが、その気持ちをぐっと抑え、冷静を装った。
緊張しながらも無骨にそう言うと、ティアナも少しぎこちない微笑みを浮かべた。
「あのときは本当にありがとうございました。
今日までちゃんとお礼もできないでいてすみません」
ティアナの言葉に、ゲルマは一瞬目を伏せる。
しばらく姿を見せなければ俺のことなど忘れると思い、なるべくギルドに寄り付かなかった。
だが、ティアナはそのことも気にしていたことに驚き、申し訳なく思う。
「・・・俺が勝手に姿を消したんだ。気にすることはない」
ティアナは困った様な微笑みを浮かべ、ゲルマの困った様な表情に一瞬不安を覚えるが、すぐにその思いを打ち消した。
彼に何をどう伝えたらいいかをまだ悩んでいた。
「それと…落としたお金も探していただいて、ありがとうございます」
ティアナは少し言葉を探すようにしながら、彼の顔をうかがった。
感謝の言葉はなんとか口にできたものの、心臓はバクバクと高鳴り、手が軽く震えるのを感じた。
彼の無表情が続くと、その音がますます大きくなり、胸の中に不安が広がる。
「私が声をかけたのは迷惑だったのではないか」と少し不安がよぎり自信を失いかけていたが、心の中では何かを諦めきれず、さらに言葉を続けようとしたとき、ゲルマが彼女から視線をそらし答えた。
「・・・森を歩いていたら、偶然見つけただけだ」
ゲルマの声はまるで感情を切り離したように冷静だった。
向かい合うことから逃げている、そんな風にティアナは感じた。
彼の目がティアナを避けるように動くたび、その不自然さがかえって彼の心の内を物語っているように思えた。
ゲルマはティアナの純粋な視線を受け止めるには、自分はあまりに不器用すぎると感じていた。
革袋の話は、もしものために事前に考えていた嘘だ。
彼女の前では自分が無力に感じられ、その思いに押しつぶされそうで耐えられない自分が情けなく思える。
彼女の瞳の中に、自分の存在を映し出すことが怖いのかもしれない。
(しっかりしろ、ゲルマ。
お前は何を考えている?
つり合いが取れるわけでもないのに、彼女を好きになってもどうしようもないだろ。
それに向こうが自分を好いているなんてことはあり得ない。
・・・だいたい、この娘に、俺が何をしてやることができる?
彼女は人気者で、多くの人に愛されている。
俺はただ、少し腕が立つだけの、いつ死ぬかもわからない無名の戦士だ。
彼女と並ぶことすら許されない存在だ)
「関りを持ってもどうしようもないんだ」という思いが再びゲルマの胸に湧き上がる。
ティアナは彼が何を考えているかは分からない。
(私、ちゃんとお礼ができているのかな…
彼に迷惑をかけたくないのに、彼がどう思っているかわからない・・・)
ゲルマは本当は革袋を見つけたのが偶然などではなく、あれから何日も探し続けていたことがバレないように違う話しを始める。
ゲルマは、彼女の視線から逃げるように自分の視線をそらしながら問いかけた。
「そういえばあのときの依頼は完了できたのか?」
「はい、翌日、ギルドへ行って完了報告を済ませました。
それで、お借りしていたマントとお金をお返ししたくて・・・」
ティアナのその言葉を聞いてゲルマは心の中で何かが弾けた。
迷いが完全に消え、冷静さを取り戻す。
(そうだ。
彼女はお礼を言って、マントとお金を返したくて探していたに過ぎない。
俺に何かを期待してのことではない。”期待”など身の程知らずな話だ。
このまま別れれば後は、何も気にすることはない)
「マントに関してはそのまま持っていろ。俺にはもう必要ない。
捨ててしまっても構わない。
礼と渡していた金貨に関しては確かに受け取った。
じゃあ気を付けてな」
ティアナは彼の発言の中に、今まで感じていた躊躇や迷いがすっかり無くなったことを感じ、胸がざわめいた。
「あ、でも・・・」
彼の気持ちが自分から離れていくのをなんとか止めたい気持ちで、ティアナが言葉を探していると、ゲルマは軽く手を上げて話を遮った。
(これ以上、彼女に何かを期待したくない)
ギルドの周りは夕方の賑わいの声がかすかに聞こえてくるが、ギルドホール内は静まり返り、まるで時間が止まったかのようだ。
人々の視線が二人に集中し、息を潜めるように様子を見守っている。
この瞬間、ギルドホールにいた全員がこの場の重圧を感じているのだろう。
ギルドホールで突然始まった美しいエルフと屈強な戦士の間に漂う異様な空気に、誰もが息を殺して様子をうかがい、ピクリとも動けなくなっている。
どう見ても男にはもったいないエルフの女が好意を持っているのに、男は鈍感にもその好意に気づくどころか、必死に関係を切りにかかっている。
ゲルマに発言を遮られたティアナはどうすればいいか悩んでいた。
これでは会えていないのと一緒だ。
(なんで? 私、ちゃんと話したいのに…)
・・・セレシアさんの言葉がふと浮かんだ。
(「会えても、会えない」それが、今の私たちの状態なんだ。)
彼女はその言葉が、心の中でどれほど重みを持っているかを思い知った。
その言葉が今の状況を象徴しているように感じ、彼女は焦りを覚える。
彼との心の距離が広がっていくのを強く感じた
(想いが伝わるかで、未来が変わる…)
セレシアさんがその後言っていた言葉が心の中に蘇った。
今、このまま別れてしまえば、きっと彼との繋がりは消え、二度と会えなくなるかもしれない。
ティアナはそんな不安に駆られ、息を詰まらせた。
そして少し躊躇いながらも、ゲルマに向かい真剣な眼差しで言っていた。
「私、あなたのためにお手伝いがしたいです。
何かできることがあれば教えてください」
ティアナは、心臓が大きく鼓動するのを感じながら、勇気を振り絞って彼に話しかけた。
目の前にいる彼との距離を少しでも縮めたいという気持ちが、彼女の瞳に強く映る。
ゲルマはその言葉に驚き、自然と彼女の方に顔を向けた。
彼の眉がわずかに上がり、口が少し開く。
——彼女の真っ直ぐな眼差しに、思わず圧倒されたのだ。
(なぜこのエルフの女が、ここまで真剣なのか?
彼女が何を考えているのか、理解できない)
その疑問が彼の頭を巡る。
「いや、俺は…」
ゲルマはその言葉を受け止め、驚きと戸惑いが交錯する。
このまま断ってしまったら、彼女の心を傷つけてしまうかもしれない。
彼女を傷つけない方法で断る言葉を必死で考えるが、いつもは明瞭な答えを出す頭は泥が詰まったように重く、何一つ答えを思い浮かばない。
周囲の人々が、二人のやり取りに息を呑んでいるのを感じ、ゲルマは思わず眉をひそめた。
戦士としての彼は、常に冷静で強い存在だった。
しかし、ティアナの純粋な目に見つめられた瞬間、彼は自分の心の中に潜む弱さを認めざるを得なかった。
彼女の言葉には、彼に対する強い想いと優しさが込められていた。
(そうじゃなくて・・・
想いを伝えないとダメ)
「でも、私はただお礼を言いたいだけじゃなくて…」
そこまで言ってティアナは一旦うつむいた後、ゲルマの目を見て思いきって言った。
「私、これからもっと一緒に時間を過ごせたら…
そう思って」
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