12.見えない糸(side G)
今日もギルドの依頼を受け付けるため、いつものように窓口に座り、冒険者がやってくるのを待っていると、いつも高難度の依頼を請けるゲルマさんが近づいてくるのが見えた。
あれだけ腕が立つ冒険者だから、嫌でも名前を覚えてしまう。
ただ、今日は何か様子が違うみたいだ。
(そんなに悩むような難度の依頼出してたかしら?)
いつもなら迷いなく掲示板から依頼を受けに受付に来るのに、今日はギルドの扉を開けてから掲示板を見ることもなく、たまに立ち止まったり、考え込んでいるように見える。
ゲルマは自分に言い聞かせた。
(彼女は生活が苦しいと言っていたのだから、これはちゃんと渡すべきだ。
これは人としてただ当然のことをするだけだ)
だが、その胸の奥では、自分が彼女の弱みを無意識に利用しようとしているのではないか、という思いが拭えない。
彼女はエルフで、自分は人間だ。
いくら好意を持っていても、種族の寿命を考えると、自分が老いて彼女を残してしまう未来がすぐに浮かんでくる。
その前に好かれることもないだろうから、そんな心配は杞憂のはずだ。
それでも、万が一でもそんなことは許されるべきではない。
俺が死んだ後にティアナの将来を潰してはいけない。
だからなるべく忘れられるように立ち回るべきだ。
この財布は渡さずに、思い出させない方が、彼女のためになるのではないか。
それでも、「少し余裕がなくて」という彼女の言葉が耳に残り、同じ考えが何度も堂々巡りする。
あの時、手持ちの金は渡したのだから、しばらくは危険な依頼を受けなくても生活できるはずだ。
(いや、だが・・・)
この財布がないせいで、また危険な依頼を受けるかもしれない。それは絶対に見過ごせない。
受付嬢が見ていると、彼は途中で迷いが吹っ切れたかのように、まっすぐ受付の前まで来た。
視線を不自然に逸らし、彼は話しかけてきた。
「すまない…
頼みたいことがあるんだが…」
普段のゲルマからは想像もつかない言葉に、受付嬢は驚きを感じた。
彼の声は、いつもの自信に満ちた調子とは違い、どこか躊躇と緊張が混じっていた。
いつもとは違う様子に、受付嬢は困惑しながらも、彼の話を聞く。
「はい?何でしょう?」
いつもの不遜な態度が嘘のように、今の彼には迷いが見える。
「何日か前、薬草の採取を一人で受けた女の冒険者がいると思うのだが・・・」
彼の言葉が曖昧で、受付嬢は首をかしげた。
「ええ、何人かいらっしゃいますね」
その返答を聞いた彼はさらに視線を落とし、少し口ごもりながら続けた。
「たしか・・・、ティアナという娘だ」
彼の言葉に受付の女性はにっこり微笑む。
「ああ、ティアナさんですか…
可愛らしい方ですよね」
内心、「またティアナさんか」と少し呆れつつも、彼女が持つ無垢な魅力に、多くの冒険者が惹かれていくことは理解できた。
ゲルマが不自然に視線をそらす様子から、受付嬢は彼がティアナに対する特別な思いを隠そうとしていることに気づいた。
ただ、これまで彼女に挑んだ冒険者たちはみな苦戦してきたようだ。
「最近は、ティアナさん、一人で依頼を請けてらっしゃるみみたいですが…」
彼女は言葉を選びながら、さり気なく”難敵”で、今は独りであることを伝えたが、彼の様子はこれまでの冒険者たちとは何か違う気がしていた。
「…そうだな。
で、その娘にこれを渡してくれ。
森で落としたものだ」
そう言いながら、彼は汚れた革袋を受付の窓口にとても大事そうに置いた。
その袋は、何日も森に放置されたものをできる限り綺麗に整えたように見えた。
表面には泥やゴミはないが、染み込んだ水で色が変わっている部分がある。
こんな目立たないものを森で見つけるには、相当な手間がかかっただろう。
(あれ?そういえばティアナさんがゲルマさんにお金借りたって昨日言ってたような・・・)
受付嬢は軽く微笑みながら、ゲルマに提案する。
「ご自分でお渡しになったほうが喜ばれますし、話す機会になっていいんじゃないですか?」
彼女の提案に、ゲルマは一瞬眉をひそめたが、視線を合わせようともせず、革袋を見つめたまま、いつになく真剣な表情で重々しい声で答えた。
「いや、誰が頼んだかも伏せておいてほしい。
もちろん礼は払う」
その言葉に受付嬢は内心戸惑いを隠せなかった。
(なぜ彼は礼を払ってまで隠す必要があるのだろう?)
普通ならティアナさんの彼への好感を上げるために、直接渡すほうが有利と思うはずだが、彼の考えは違うようだ。
実際、これまで何度もティアナに好意を寄せる冒険者たちを見てきたが、皆、自分をアピールすることに注力していた。
それを考えるとゲルマの態度は明らかに異なっている。
「…分かりました」
彼女は静かに了承し、革袋を丁寧に受け取った。
彼の背中を見送りながら心の中で問い続けた。
(一体なんで隠そうとしているの?)
一方、ゲルマの心中は激しく揺れ動いていた。
「自分が彼女に関わるべきではない」と改めて強く感じ、これ以降はけっして関わらないと決めていた。
胸の中で忘れるはずのティアナの無垢な笑顔を浮かべながら・・・
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