11.そして二人は出会った
いつものように夕食を調達するために森を彷徨っていると怪しい声が聞こえる。
森の静けさを切り裂く、焦ったようなかすれた緊迫感がある声。
「ああっ、そんな、入ってきちゃダメっ」
声のトーンは高めだから少年・・・、いや、女か?
声だけでも色々とメンドクサイことになってきてるのは判る。
基本、切羽詰まった困っている人は助けることにしているが、珍しく迷いが生まれた。
(このまま聞かなかったことにしてここを離れるか?)
(何も聞かなかったことにして帰ってもいいかもしれない)
戯言が心に浮かぶ。
元より俺にそんなことができるはずもない。
放っておけば命に関わることもあるだろう。
(ま、厄介ごとに巻き込まれるのは宿命のようなものか・・・)
今までも、こういう場面に巻き込まれて、大変な目にあったことは2回や3回ではない。
思いつつも、その声の主が気になって声のする方へ向かい、覗いたことが俺の人生最大の修羅場の始まりだった。
方向と距離の感じからすると”スライムの崖”と呼んでいる辺りからのようだが、あの辺りはマナの濃度が低いせいかスライムくらいしかいない。
そんなに強い魔獣もいないはずの場所で何が起こっているのか。はっきり言って気になる。
まずは状況確認のため、慎重に近づきゴツイ身体を無理やり茂みに隠して隙間から覗いてみる。
遠くに見えてきたのは、崖の前の開けた場所で誰かがスライムに襲われている図だ。
黒い服で黒いローブをまとった線の細そうな金髪ロング髪の女。
綺麗な金髪が陽の光を受けて輝き、目立っている。
そばの崖に大層な杖が立て掛けてあるから魔法使いと思うが・・・
スライムだったら魔法職なら遠距離から火系魔法で簡単に倒せる。
多分、木の上からスライムが突然降ってきたのだろう。
そして、対処が遅れアワアワしている間に、そのまま服に入られ、どんどん侵食されて苦戦中というところか。
あの辺りは他のところよりもスライムの生息密度が高い。
スライム自身の水分補給や木の上から落下して、水分補給を目当てにやって来た動物にとりつく。
知らずに踏み込んでしまったのなら、彼女も運が悪いとしか言えない。
スライムは森で主に動物の死体や倒木を分解するだけの無害な存在に見えるが、その粘液は長時間接触すると、服はもちろん、皮膚までもじわじわと溶かしていく。
肌が溶けた後は、骨にまで達するのは時間の問題だ。
粘液が溶かす速度自体は遅いが、大型獣でも一匹取り付くと周りからスライムが集まってきて2日も経つと骨も残らない。
最初は鈍い痛みだが、数時間もすれば耐えられない激痛となり、やがて動けなくなり、最悪の場合、そのまま溶解して命を失うことになる。
まだ取り付かれたばかりで、今は恐怖と緊張で痛みも感じてないようだが、落ち着いたときに長時間スライムの粘液に触れた肌は赤く腫れ上がり、痛みに襲われることになるだろう。
しかし、いくら強い魔獣がこの辺りにいないとは言え、魔法職のくせにソロでこの辺まで来ているのか?
近くに仲間がいるのだろうか?
それとも戦士職も兼ねているのか?
声の主は切羽詰まっているのか、周囲に悲鳴に近い声を響かせている。
「ぁ、や、やめて……、いや、だめっ」
声がかすれ、震える声色からは限界が近いことが伝わってくる。
恐怖が彼女を飲み込んでいるのだろう。
(あまり騒ぐと数増えるんだが…。
ギルドでもそう教えてるだろ?
・・・と、言っても無言のままでもどうにもならないしな)
見知らぬ女の叫びに心の中で突っ込む。
スライムはすでに彼女の背中側、ローブに取り付き、じわりじわりと彼女の前面へ這うように進んでいる。
彼女は手足を必死に動かし、スライムを掴んでどうにかして引き剥がそうとしている。
しかし、焦っているのか、スライムの粘液で滑り、つかむことさえままならない。
俺の目は自然と彼女の様子を追い、スライムがどこまで侵食しているか確かめたくなった。
俺の上にもスライムが降ってくる可能性があるし、彼女の仲間がいるかもしれない。
そう思い、気配を殺し、足音を立てないように気をつけながら、薄暗い木々の間を注意深く静かに距離を詰めていく。
細かい部分が確認できるようになっていく。
彼女は碧眼でハーフパンツ、見た目は未成年にも見えるが、尖った長い耳が垂れているからエルフだろう。
エルフらしく美しく整った顔立ちだが、少しタレ目ぎみの愛嬌のある顔立ちに輝く金髪が一際目を引き、男が放っておけないかわいい系の美人に見える。
多くの男が心惹かれるに違いないが、俺はああいう美人さんはどうも素直に信用できない。
魔獣を見てれば判るが、外見でなめてかかると痛い目にあうことは日常茶飯だ。
エルフは長寿で、その知識や魔力は並外れていることが多い。
元々、魔法適正が高い上に、見た目では年齢が判らない為、幼く見えても実力者であることは多い。
彼女もこんな森の奥に一人で来ているなら、見た目が良いだけの美人ではなく、冷静な判断力と魔法使いとして強力な魔法を持っているはずだ。
見た目によらず、俺が生まれる前から冒険者をやっていて、俺の何倍も生きているのは間違いない。
(腕の立つエルフの魔法使いなら、このくらい自力でどうにかするんじゃないか?)
今は危機に瀕しているように見えるが、挽回する可能性もある。
問題は、魔法職専門ではゼロ距離で攻撃できる術を持っていない限り、スライムに対処するのは難しいというのが現実だ。
彼女は恐怖に囚われているのか、普段見かける熟練のエルフとはどこか違って見えて、今の彼女はまるで新米の魔法使いのようだ。
その無力さが可愛らしく、どこか頼りなくて、思わず「守ってやらねば」と言う衝動に駆られる。
そんなことを考えている間にも、スライムの粘液で変質し始めたのか、彼女の服のあちこちが色を変え始めている。
足元にはさらにスライムが集まり、状況はますます悪化している。
(油断したんだろうが、敵はそんなことに構ってくれない。
と言うか、さっきから見ている限りだと何か随分とトロクサイ気がしてきた。
さて、どうしたものか・・・)
「んー、んーんー」
最初に声を聞いてから、それほど時間は経っていないが、スライムはついに彼女の口元に到達し、ゆっくりと侵入し始め、魔法の詠唱も絶望的になっている。
呼吸が妨げられ、彼女の瞳には次第に焦りと恐怖が色濃く浮かび上がってくる。
命に関わる事態だ。
腕の立つエルフだという理由で助けないのは、もう今の状況では理由にならない。
それに彼女をこのまま見捨てるのは俺の性に合わない。
(たぶん先輩冒険者なんだろうが・・・)
自分に言い訳しながら、決断する。
(しょうがない。
助けるしかない…か)
覚悟を決め、周囲を警戒しながら静かに茂みから出る。
相手がスライムだけなら倒すのには問題はないが、あれだけ騒いでいると、俺以外にも魔獣どもが集まって来るかもしれない…
冷静に、できるだけ早く彼女のもとへ向かう。
突然現れた俺を見て、彼女の顔は凍りついたようにこわばり、恐怖と驚きの瞳が俺を見つめている。
俺の厳つい見た目に何かを感じ取ったのだろう。
(俺の見た目に反応できるということは、もしかして、まだ余裕あるのか?)
ささやかな疑問が浮かぶが、まずは目の前の事態を片付けなければならない。
スライムは核を壊せば倒せるので、分かっていれば簡単だ。
しかも、今、奴らは目の前の獲物に夢中になっていて、俺の接近に気づいてもいない。
スライムの透明な身体の中に浮かぶ黒っぽい丸い核を腰の短剣を抜いて一突きにし、無力化する。
核を壊されたスライムは身体を維持する力を失い、形を失って少し粘り気のある液体となり崩れ落ちていく。
残りも同じ要領で仕留めていく間に、彼女は呼吸ができなかったのか、意識を失いそうになっている。
(しまった。
つい手近なところから対応したが、彼女の口に入っている方を優先するべきだったか・・・)
片手で倒れかけた彼女の身体を支えながら、短剣を腰に戻す。
すでに口に侵入しているスライムを慎重に引きずり出したあと、核を握り砕くとスライムは液状に崩れ去っていった。
彼女は息を大きく吸い込む。
「はぁ、はぁ、はぁ、けほっ、けほっ」
肺がようやく空気を取り戻し、咳き込みながら少しずつ落ち着きを取り戻している。
震える手が俺の腕を強く掴んでいて、彼女がどれだけ限界に近かったかが伝わってくる。
助けたエルフは息苦しかったのか、腕の中から至近距離で顔を赤くして、上目遣いで涙を滲ませて俺を見上げている。
(遠くから見ても美人だと思っていたが、近くで見ると、本気でやばい。
これは気にしないようにしていても、心に来るものがある)
俺は冷静さを取り戻そうと、視線を逸らした。
エルフは、涙を流し、咳き込みながら、俺の見た目に恐怖して少し怯えている様子だ。
それでも、安堵と恐怖、驚きが入り混じった表情で俺を見つめ、しっかりと手を掴んで離さない。
俺は仕方なく、なるべく穏やかに訊いた。
「大丈夫か?」
彼女のタレ目がこちらを見上げ、『信じられない』という表情を浮かべている。
見た目が狂暴そうでも、人助けくらいはするんだよ。
にしても、俺みたいな粗野な男がこんな美人さんを助けるなんて、皮肉なものだ。
魔法の腕は立つのだろうが、ここまで追い詰められているとは・・・
まぁ、これだけ美人さんなら、俺に代わって他に助けたいやつはいくらでもいるだろう。
ソロに慣れてないだけかもしれない・・・
彼女はまだ動揺から抜けきれてないのか返事はない。
震える唇がわずかに動くが、声が出ないのか、ただ喉がかすかに上下するだけだ。
――コクコクコク――
声の出し方を忘れたのか、高速で肯いている。
(あぁ、喋らないのはスライムで口の中が気持ち悪いのか)
抱きかかえていた彼女を立たせ、捕まれてない手で腰に下げている水筒を渡しながら話しかけた。
「スライムの奇襲か?
今回は運がなかったな…」
彼女は一瞬、『なんで水筒?』という顔をしている。
しばらく待っていると、ぱぁぁぁっと理解した表情に変わり、水筒から水を口に含み濯いだあとに吐き出し、ようやく答えた。
「ありがとうございます。もうだいじょうぶです」
どうやらもう大丈夫のようだ。
その頃には彼女の肩の力が少しずつ抜け、呼吸も安定し、落ち着きを取り戻しつつあった。
彼女の表情から少しずつ恐怖が和らいでいくのがわかる。
安堵の息を吐くその様子を見て、内心こちらもホッとした。
一応、助けはしたのだから、あとは彼女の問題だ。
経験者ならこれからどうすべきかくらいは知っているだろう。
彼女が身体を洗う邪魔にならないように、早めに離れなければ。
それに、彼女に惹かれていくのを自覚しているからこそ、早めに離れたほうが自分のためだ。
惹かれれば惹かれるほど後が辛くなる。
叶わぬ思いになるだろうし、もし叶っても異種族の悲恋という未来が容易に想像できる。
だいたい、これだけ美人なら、既にパートナーがいるのが自然だ。
彼女から返される水筒を受け取り、心情的には残念だが、掴んでいる彼女の指をゆっくりと剥がしていく。
彼女の手の感触が、心の中の何かを触発し思わず彼女を見つめ返してしまう。
ロマンティックな状況ではないが、今この瞬間がどこか特別なものにも思えてくる。
やばい、まともに見つめ合ってしまった・・・
「そうか、じゃあ気を付けてな」
そう言って目をそらし、その場を立ち去ろうと背を向けた。
何歩か歩いたときに、彼女が問いかけてきた。
「ま、待ってください。
あの、すみません。どちらへ…」
立ち止まって振り向き、つい深く考えずにこれからの予定を話す。
「その辺で夕食の材料を手に入れた後、街にかぇ…」
彼女は少し焦った様子で言ってくる。
「お礼もしたいので、ぜひご一緒させてください!」
襲われたばかりで、ヌトヌトの服もそのままに彼女はいう。
明らかに心細い様子だ。
こういう状況で男に頼るのは初めてだろうから、なおさら不安を感じているに違いないが、つい口からこれからのことを考えた、飾らない答えが出た。
「メンドクサイから断る」
なんか彼女の顔が面白いことになってる。
この状況で断られるとは思っていなかったのだろう。
『何?この人?信じられない』って顔だ。
(この娘、表情豊かだな)
まぁ、美人さんだし、今までは男に頼めば二つ返事で引き受けてもらえてたんだろう。
この状況で”ご一緒”は言葉は良いが、意訳すると『護衛して街に返して』ということになる。
俺はどちらかと言うと敵がいれば最初に突っ込むタイプだ。
護衛とかはしたこともないし、それ以前に他の人間と組んで動くようなこともあまりない。
「お願いします」
「あー…」
俺は相変わらず彼女から視線をそらしたまま答えていた。
しかし、体の前で祈るように組まれた彼女の指に入った力を見て、その必死さに気づき、途中で言葉を失いかける。
彼女がどれだけ不安を抱えているのかが分かり、迷いが生じて、少し口調が柔らかくなった。
それでも最後まで考えを述べる。
「できる限り断りたいんだが・・・」
そして、一呼吸置いた後でも、彼女がまだ祈りを捧げる姿勢を変えずにいる。
・・・諦める気はなさそうた。
(せめて彼氏がいれば、俺もいろいろと諦めがついて、一緒にいても問題なくなるか・・・
ま、こんな美人さんだし、いないことはないだろう)
「・・・じゃあ、確認するが、彼氏とか付き合ってるやつはいるか?」
「え?なんで?」
唐突な質問に戸惑っているようだ。
意外とこのまま押し切ればここで別れられるかも知れない。
「正直に答えろ。答えないなら、ここでお別れだ」
彼女が叫ぶように答えた。
「いません!彼氏はいません!!」
(マジか・・・
まさか、そんな答えが返ってくるとは・・・)
ないと思っていた言葉を告げられ、吹っ切るつもりだった問が、自分の首を絞める事態になり、言葉を失う。
自分の考えの甘さに呆れてしまう。
(これも運命というやつか・・・)
「わかった。
これを着ろ。変な言いがかりを付けられたら、ちゃんと説明しろよ」
彼女が今までの不安や切羽詰まった表情から、安心した穏やかな表情に変わった。
一緒に行動するとなれば、まずは粘液を洗い落とさせないとまずい。
予備の服を持ってなさそうなので、背負い袋から雨具兼夜冷え対策用のマントを取り出して渡す。
マントを渡された彼女が「これはなに?」と言いたげな顔をしている。
今の彼女の服やローブはスライムの粘液でヌトヌト状態ではっきり言ってひどい状態だ。
(まさか、知ってると思っていたが、スライムの粘液のことを知らないのか?
ただ単にスライムのことを知らないだけなのか、ほんとに初心者なのか?
どちらにせよ、まずは対処が先だ)
「そこの潺でスライムの粘液を洗い流せ。服も体もだ。
あいつらの粘液は服や皮膚を溶かす。洗い忘れるな。
支度できたら呼んでくれ」
「はい!」
必要なことを伝えるといい返事が返ってきた。
たぶん彼女は服を洗うためにまず脱ぐ必要がある。
俺がここにいても邪魔だろう。
どこかに行くことになっても、どうせ、ここに帰ってくることになるので背負い袋を地面に置く。
(時間を有効に使って、当初の予定の晩飯の調達でもするか)
そして周囲を見渡し、獲物がいそうな方向へ向かって歩き始めた。
EP.01のゲルマ視点になります。
ロシデレのラブストーリーは突然にが頭の中でループしてるのです・・・
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感想もお気軽によろしくお願いします。




