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第三話


 宿の部屋。

 学校が指定した宿なので比較的安全でギルドと提携しているのか金銭の心配はない。

 黒と白で統一されたシンプルな客室。

 風呂の水と明かりのみ魔石に頼っているようでつけっぱなしにしていた。


 ベッド脇のテーブルに積み上げられた本が昨日の夜ふかしを物語っていた。ちゃんと今日に備えようと思ってたのにと思いながら、カーテンから差し込む光から逃げるように「……うん」と布団に潜り込んでいく。


 コンコンとノックがあるがまだアンジュはベッドの中。亜麻色の髪をシーツに投げ出していた。もう一度コンコンと、ノックがありそれが扉ではなく窓からだとわかり飛び起きる。


 急いでメガネをつけて、窓を開ける。

 

「ええ?!」


「……おはよう。」


 窓を開けると白の仮面に褐色半裸の少年が申し訳程度のベランダの手摺に座っていた。指に金のアゲハ蝶を止まらせ、周りも数匹舞い飛んでいた。


 これが王子様とかだったらときめくのだろうが、残念ながら仮面の半裸。


 更にここは三階。

 ベランダもアンジュがいる部屋からしか行くことはできないはず。突っ込むことが多すぎるとアンジュは起き抜けに頭を抱えた。そしてちらりと移る金の環の宝石を見て、浮遊かなにか飛べる魔石だということを察した。


「どうして……?」


「飛んできた」


「とりあえず、入ってきてください」


 迦楼羅を部屋に入れるため介助しようと手を伸ばす。しかしぱしとその手を払われるアンジュ。


 いつぞや読んだ恋愛モノの小説、女の人を慰めようとして手を差し伸べて払われてたけど……こんな感じで手を払われてたんだなと思いながら、つい最近も聞いた「……触れると火傷するぞ?」と言われたアンジュ。


 ――それに何言ってるんですか……と言う言葉を飲み込みジト目で聞くだけに留めてあげた。

 

「はあ……、わかりました。じゃああなたには触れないので部屋に入ってきてください。人の目もあるので」


 昨日からの知り合いである彼。しかしアンジュはそんな短い関係の中でなんとなくこの少年の扱いがわかってきたのか、丁重に案内した。


 部屋に椅子は一つのみ。

 その椅子に迦楼羅を「ここにどうぞ」と肩を押して案内する。そして自身はベッドに座った。とりあえずゆっくりさせておいた。



 急な訪問にパジャマでボサボサ。

 その髪を撫でながら、用意にかかる。下着脱ぎっぱなしじゃなくてよかったとか全裸で寝なくてよかったとか思いながらも、部屋は散らかり放題。アンジュは恥ずかしくなってひやぁと口には出さないが、顔赤く染め冷や汗をかく。

 当の本人は特に気にしていない様子。


「すみません……。遅かったですか? 準備するのでちょっと待ってくださいね」


「いや、会議が早く終わったからそのまま来た」


 戦場は樹海の反対側で距離もある。

 ここまで半日はかかるはずだけどとアンジュは思った。これとベランダから来たことは言及せず、未だに揺らぐ金の蝶を見る。これも魔石の力なのかと触れようとして、迦楼羅の気配が駄目だと訴えているようでやめた。


 また無駄にキザなセリフを聞くだけだ。

 そう思いながら、顔を洗ったり昨夜のレストランであまった分やちょっとしたまかないを貰ったもので少し腹ごしらえしたり洗面やベッド脇をうろうろして再び樹海にいくための必需品をかき集める。

 迦楼羅はそのさまを何となく見ていた。

 人がこうして働いているのを見るのが好きらしい。迦楼羅はそれを見ながら、自分のお手伝いさんがこんな感じでサクサクと動いていたなと思い出す。


「ちょ、ちょっとお着替えを……外見ておいてください」


「恥ずかしい……?」


 アンジュが恥ずかし気に言うが、よくわかっていないようで?を頭に浮かべ独り言を言いつつ椅子を立ち、窓の外を見る。


 この宿の下はギルド。

 既に今日も依頼を受けにひとごみをつくっていた。そしてその前には防具店や魔石を売り始める露店。更に奥には商店街があり、この街の人々の生活を支えていた。

 そこから聞こえてくるカンカンという音や人の声などなど、朝だということを鳥たちと共に知らせてくれる。

 あまり見ない光景に耳を澄ませて窓から眺めていた。

 メガネからゴーグルに変えながら、それに気付いたアンジュ。


「いいですよね、朝の動く音」


 後ろ姿の彼につぶやいた。 

 アンジュは微睡みの中、布団にくるまって聞くその朝が存外好きだった。やはり迦楼羅もそれを見たりその音を聞いて楽しんでいる様子。椅子まで持ってきて、窓辺に肘を置き、頬杖して眺めていた。

 それを邪魔して申し訳ないと思ったが、目が合ったので聞いてみた。


「あ。よくここがわかりましたね」


「ああ。ギルドの依頼がどうのと言っていた……、です。だからそれらしき場所を目指したまで、です」

 

 相変わらずとってつけたような敬語を紡ぐので、「敬語はいらないですよ」と伝えた。


「ならぼくも大丈夫」と賛同してくれた。


 アンジュはクラスの、ましてや学校の人間ではないけれど普段、クラスの人に対しても敬語を使っていた。だから敬語抜きの会話という小さなこと。それだけで仲間を得た気分になった。


「わっ、わかったわ」


「無理するな」

 

 常日頃敬語なアンジュ逆にカタコトになってしまう。対して迦楼羅は流暢。

 敬語のほうが馴染み難いらしい。

 前の立場が逆転したようになった。


「そうですね……、慣れようと思います」


 そう言ってゴーグルを弄る。

 部屋の掃除は、衣類をベッドに放り投げ、本や飲み物はその脇の机に置くだけにした。

 

「……お待たせしましたっ」


「大丈夫。面白かったから」


「では、行きましょうか! お願いします」


 部屋の出入り口を開く。

 木造だが高めのホテル並みの清潔感と廊下に飾られたランプは多くの冒険者が利用するため疲労が取れる魔石が使われていた。

 今この階は冒険者見習いの学生用となっている。皆支給された防具を身につけていた。


 アンジュはこの褐色少年と一緒の状態でいるのが少し恥ずかしく、ゴーグルを弄る。

 他の人に気づかれないことを祈った。

 ちょっと俯いて下のギルドまで行く。


 下向いていたが幸いにも廊下にいる者はおらず、ホッと胸を撫で下ろした。


「ほぉ……」

 

 迦楼羅がキョロキョロ見ながら降りていく。

 仮面越しでも興味津々なのが伝わり、微笑み誘導していく。


 そしてたまにギシギシなる階段を楽しみながら降りて、ギルドのエントランスへ辿り着いた。客室と同じ温かみある木造で、丸テーブルが幾つか置いてあり、レストランを兼用していた。


 朝食を食べているものがちらほら。

 かちゃかちゃと食器の音が聞こえてくる。

 降りて右に受注用の受付カウンターがあり、既に職員が忙しなく動いていた。そこに「……行ってきまーす」と職員に聞こえるか否かの挨拶をして、上手く通り過ぎていく。


 ギルドの受付が少し怪訝な顔をしたのをチラ見する。

 それを何故かもう一人連れ添っているからと判断する。

 ただ、何も言われず内心ホッとするアンジュ。


 丸テーブルの一つ。

 アンジュと同じ防具を着た集団に出会してしまった。

 

「あっ! アンジュ?! おはよ!!」


「……ぁ」


 唯一クラスにて特に行動を共にすることが多い子。

 そして、上位ランクに属するパーティの中に姉を持つ子。イヴ。


 割とグループの中に入っていくのが上手く、人たらしだ、と思うくらいのコミュニケーション能力。

 アンジュといてくれるのは「素が出しやすいから。気遣わなくていいから。あなたも大丈夫」と反応に困る発言を返された。いっそ自分を際立たせてくれるとか言ってくれたら良いのにと毎度思いながらも絡んでいた。

 しかしアンジュはまだ信頼はしていなかった。

  

「お、おはよう」

 

 ぎくしゃく挨拶する。


 後ろの半裸を気にしながらもにっこりする彼女。

 つられてアンジュも後ろを見たらどうやらランク不問の依頼を貼っている掲示板を見ているようだった。


 アンジュ自身の今回の課外授業のような時、一人行動が多かった。その協調性皆無なところ。人見知りなところ。もう没落に近いがファミリーネームだけは無駄に有名な貴族なところ……と挙げたらきりがない。案の定、イヴと席を共にする集団の表情からそういう雰囲気が漂ってきた。


 それを知ってか知らずか、アンジュに視線を移してイヴが話し出す。


「アンジュ今日はどこ行くの?」


「き、昨日の依頼の続きにいこうかと……」


「えっと、後ろの方は?」


「昨日樹海で助けて貰って、今日も依頼を一緒にお手伝いしてもらうところです」


「そう、私は別のをするつもりだからお手伝いできなくて、ごめんね。頑張って」


 さっさとここから立ち去りたかったアンジュは「じゃ」といって、背で色んな視線を受けながらも迦楼羅をそのままに外に出た。


 アンジュが外に出たことに気づいたらしい迦楼羅も後から出た。アンジュがギルドを出たすぐのところで待っていた。迦楼羅もなにか察したのかそれとも無自覚なのか別のことを口にした。


「待たせた。興味深いものがあってな。あれは後でここの者に問い詰めなければ……」


「こちらこそごめんなさい、おいて行っちゃって」


「あの者たちが不愉快だったのだろう? 燃やそうか」


「い、いや! 私も一人行動多かったし、反省しないとって思ってるから。この課外授業後少しで期間終わっちゃうけど、この依頼だけどもそれまでよろしくお願いします」


「そうか」


 何故か悔やみ落ち込み声になる迦楼羅をアンジュは振り返り見る。

 ちょっと心強さも貰いつつ、「多分魔石では無理ですけどね」と最近の物は仲間へのフレンドリーファイア、誤爆を防ぐ安全装置がついてあることを歩きながら伝えた。


「アンジュ、そうか……ぼくらは帝国の軍扱いに近いし聖蛾教会自体あまり認知はもうないのは仕方ないか」


「……?」


「ぼくら、十…………今樹海の向こうにいる帝国軍は魔石は不用だ。もちろん、戦術の一つにすることもあるけど」


「ど、どう言う……?」


 いつの間にか関所を抜け、草原は朝露に濡れていた。

 その朝焼けに金の蝶が輝く。迦楼羅はそれを手のひらの中潰すように鷲掴んだ。


「えっ?!」と驚くアンジュを放って、手を開いた。


 赫赫たる金燐。

 雄黄(オーピメント)が揺らめく。

 再びその金を握る。

 そして一言。


「黄蝶這い舞え」


 呪文のようなそれを言いながら腕を振り払い、同時に手を開いた。

 二人の周辺の緑は、瞬く間に黄金の草原と化した。

 暖かさはあるので火ではあるだろうと思った。

 しかし草は燃えることはなかった。

 その間の道を歩いていく二人。


「魔石、無し……ですか? この冠は?」


「これはむしろ制御してあるんだ。そうでもしなきゃ、人の形にはなれないから……。制御しすぎて、背も小さくなってしまったけど」


「魔石を使わない魔法…………」


 アンジュは呟きその好奇心を抑えながら昨日ぶりの樹海の入り口に着いた。

 

ここまでお読みいただきありがとうございます。

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