第十話
「これは?」
アンジュが両手で受け取って聞く。
にこりとして「開けてみて」とアテナ。
腕にかけて布を被せられたそれを覗く。中には大きな飴色の卵が綿に詰められ大切に収められていた。
「た、卵?」と反射的にアテナを見る。しかしアテナは部下も含めアンジュたちが来た方角をみていた。黄金の津波が押し寄せていた。
「カルラ君」
「あれに乗じて敵軍を撃つのです。貴女はこうして……」
そういって手を翳し腕から炎の蛇を這わせていく。そしてそれはアンジュの周りに蜷局を巻く。出来上がったのは、炎が周りに渦巻くバリア。
「守ってあげる。それと一緒に。その卵はこの竜のもの」
「え……、ソラスさんは?」
「聞いてなかったかしら? まあ、カルラちゃんいわなさそうね。この子もう寿命らしいの。だから普段火の竜のところにいるカルラちゃんが来たの、看取るために」
「火竜様の国が竜の墓にもなってるということは聞いたことがありますけど、」
「お話ニガテだからね……」
アンジュがほほ笑んで頷いてから大木が倒れている開けた方を向く。騎士たちが整列してそれぞれ火の波に乗るためのサーフボードのような魔道具を持っていた。アテナの方はアンジュとは逆の方向、黄金の大海を見る。
ちょんとバリアに触れてからちゃんと機能していることを確認して波の中に埋もれていった。
波に乗られて、或いは流されて向こう側にいる敵陣に向かう。騎士たちはお互いにしか伝わらない光を放っていた。
ちょうど夕闇になるあたり。
先行していた騎士は流星。
それを唖然とした表情で見ていた。
後ろは焦げた幹に、業火が移った葉っぱは銀杏。
最早黄金の海の中眩しさに目を凝らしていた。
これが収まるのはどれくらいかと、託された籠をへたり込んだ腿の上に置いて抱く。
しばらくその景色を眺めていると人の形をした。或いは鳥のようなモノが隣にゆっくり歩み寄ってきた。
身体中からは金焱が迸る。
翼の生えた怖がらせてごめんという顔をする。
しかしアンジュはバリアから腕だけ出して、迦楼羅の意に反して炎を纏った魔人の手を握る。
「?!」
「多分、人と関わるのって火傷するくらいがちょうどいいのです」
迦楼羅と行動してわかった事。
自分は無意識のうちに人と関わろうとしなかった。だから今回もパーティメンバーに恵まれないまま課外授業を行う事になったのだ。
そう言われて迦楼羅は左からゆっくり消火していく。
迦楼羅もただ利用するだけだった。しかし彼女との行動がついつい楽しくなっていった。
その本心に気づかないフリをしていたのかもしれないと世間知らずの金翅鳥は思う。
その反転眼が泣きそうな形をしていたのを見てアンジュは微笑む。
大丈夫だと伝える為に。
それだけ示して、彼女はそのまま暗転した。
そこで気を失ったのか、気がつくと外はチュンチュンと耳触りの良い音。それで朝だと思い、あれは夢だったのかと一瞬頭を掠めたほど。ただ、ソラスの卵が入った籠と窓に舞う金の蝶。腕に包帯が巻かれていた。
あれは夢ではなかったと悟る。
軽食をつまみつつ、蝶に近寄る。
そっと触れようとすると、ふわりと消えて残ったのは紙切れ一枚。
ところどころ煤けているが、燃えない紙のようで、そこに書かれた拙い文字は読むことができた。
それについ口元が緩む。
そろそろと下に降りて、いつものおじさんに声をかける。
茶色い袋がカウンターに置かれる。チャリンと聞き覚えのある音にその中に硬貨が入っているとわかりアンジュは反射的に受付のおじさんの顔を見た。
「これ、昨日の薬草の分な」
「え」
「奴が嬢ちゃんを担いでついでにこれをわたされたんでな。色々あったみたいだな、
っと、この前やった魔獣の依頼とりあえずは被害はないようだぞ。……色々あったろうし、あとはしばらく待機するんだ。いいな?」
アンジュはエンジェルズのこと。迦楼羅のこと、戦争のことなど色々聞きたいことはあったが、口を割ってくれなさそうな雰囲気を察知する。
仕方なく課外授業に頭を切り替えた。
「そ、それで依頼の対応は大丈夫なんですか?」
「ああ。しばらくは待機だぞ」
「ありがとうございます」
「おう。また正式にここに来れるよう頑張れよ」
ただ朝食を食べている間。
聞き耳を立てているとやっぱり戦争は終わったという。迦楼羅側のあの波と共に圧勝だったと課外授業のランクも追加の依頼も終わってあとは何度聞いても待機と言われたアンジュ。
暇になってしまう。
だから今まで本屋しか行っていなかったとこの町の冒険道具を見歩き始めた。
カンカンと武器を錬える音。
商人たちの引き込みの声。
糜爛が覗く包帯を巻いた腕をぎゅっと握って手紙の内容を反芻する。
ーー戦争終わった。利用してごめん。
今度アンジュの学園に来る。
よろしく。
そう書いてあり、思い出してついついにやけて「ふふ」と一人笑う。
もしかしたら悪評とかまた増大してそう……
もっと強くならないとな。
でもカルラ君来るなら楽しみだなぁ。
来て、くれるかな。
そう思いながらギルドの扉を開く。
それ以上の期待を胸に。




