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第一話




 人間は魔法を使えなかった。


 しかしある冒険家が『魔石』という魔力の込められた石を採掘した事で変わった。

 その名はジョン・カーター。

 その宝石は瞬く間に広がっていった。


 この宝石のおかげで火や水はもちろん。雷や土、心身にさえ作用するものも発見した。属性は色によって変わり、玻璃、瑠璃に真珠。

 魔力という恩恵と共に人々を美しく彩った。






 

 

 入り口に立つ娘が一人。

 赤い宝石をキラリと輝かせる。


 見上げる程に高い大樹が立ち並ぶ樹海へ踏み入ろうとしていた。

 そして少女の左脇あたり。幾つかのクナイやナイフが装備されたポシェットをつけていた。


「……――よしっ! 炎橤(えんしん)散らせ」


 自分を奮い立たせるように、呪文を唱える。

 同時に宝石に手を伸ばし、押すとカチと軽い音がして暖かくなる。それを感じながら、ナイフを取り出す。火蝶が舞う。

 ナイフに火が付与(エンチャント)されたのを確認する。


 腰までのマントを翻し、それを光源に歩き始めた。


 樹海は進むごとに鬱蒼としていく。樹木をまわるだけでかなりの距離がありそうだが、大体の木は根っこが露出しており、陽が当たる事はない。そのためジメジメしていて、それを好む生物や魔物が棲みついていた。


「………はぁ…なんであんな高ランクになっちゃったの……」


 そう愚痴る亜麻色の髪を三つ編みに纏め、今はメガネの代わりにゴーグル。

 その少女――アンジュ・カーター。

 

 彼女は学園の生徒であった。学園といっても多種多様な専攻がある。その中で彼女は冒険者としての知識――例えば野宿する際の事、山菜のこと。また様々な国の地歴を学べるものを履修。


 彼女の悩みはその中の授業の宿題、課外授業。

 

 ギルドのランク上げ。


 クラス全体で上げていくそうで、卒業までに先輩たちの記録を如何に素早く高く塗り替えられるかが例年の伝統となっていた。

 つまり他の人には祭りである。


 しかしアンジュがこの樹海付近の街にて調べものをしていたせいか、はたまたこのクラスをとっている大体二十名程度が中々に実力者揃いだったのか。

 例年の倍であげていっていた。

 皆、ヤル気に満ち溢れてるなあ……と呑気にギルドにやっと行き自分もあげようと意気込んでいたら、出されたのは草の魔獣の討伐。

 どうやら街から街への輸送などの手助けの依頼もある。

 いや、あった。

 中止になった理由がある。


「戦争が始まってなぁ……すぐ終わるとは思うがどうする? 嬢ちゃん」


「お、お願いします……」


 忠告を呑み、仕方ないと震える手でカウンターへ行き、受注した。


「戦争は樹海のちょうど逆だが、生態とかには異常はないし、……しかし一人かぁ。」

 

 だんだんと低く小声になっていく。男のそれを聞き、不安になるアンジュ。その困ったような表情を見てしまったと思ったのか焦って軽いものだという風に訂正していった。

 

「ちょっとした小動物系の魔獣だ。ムササビのようなやつでこの樹海から来る奴らに農作物やら荒らされてるからって依頼を受けたんだ。

 奴らの討伐自体は難しくないんだが、見つけるまでがなぁ……。草原ならまだしも樹海だろう? 

 無理なら……ああ、こっそりランク下のやつを偽って受注するか?」


「やります! 大丈夫です!!」


 ――という経緯から半ばやけになって樹海まで来ていた。


 アンジュはこの炎のナイフの明かりを頼りに歩いていく。

 木、一本一本が大きい。

 そのせいか生物は見かけずやけに静か。

 景色も大して変わらず見えるのは根っこと幹の下部分に生えている苔。


 たまに落ちてくる葉っぱに驚き、肩があがる。

 見上げても上の葉の波打つところと木漏れ日だけしか見えなかった。


 不安から縋るようにナイフのポシェットの宝石をなぞった。


 紅い魔石。

 ある国は鉄など金属にも効力を持たせて、剣などに利用し、魔力を持たせていた。

 更に、加工や改造を施すと、それにリラックス効果や敵には混乱や麻痺などを与えることができた。


 その発見たるや、見た目も相まってまさに宝。

 そういう発見を冒険者たちは未だ追い求めていた。アンジュもまたその一人。しかもアンジュの祖先は魔石発見の貢献者であった。現在は様々な企業がそれを謳い彼女の家はその影もなく。

 表舞台ではただ形式上いるだけの存在。


 しかしアンジュは『昔初めて魔石を見つけたのがこの家』だと聞いて冒険家の道を選んだ。胸が熱くなった。

 そうして先祖の血を辿るのが、楽しかった。

 浪漫を求めるのが好きだった。



(多分この火の魔石はもしかしたらリラックス効果とかあるのかも……ありがとうギルドの人。

 そういう特典なかったはず……多分いじめられてハブられてる子って思ったのかな?

 ……私ひとりぼっちなわけじゃないけど、多分。

 でもそういうのってわかんないからな。協調性はないって言われるし、実際自覚あるけど。

 だから一人街のあれこれ調べてぶらぶらフィールドワークしてたからこうなったわけだし……でも、それがウチの家訓って感じだからなあ。

 変わりたいって思って家出たけど。

 

 ……。

 …………はぁ。

 頑張んなきゃなあ)


 帰ってからのちょっとした目標を立てた。

 今度同じ専攻でよく一緒に行動する子に聞いてみようと心に決め、頷く。

 寂しさを紛らわすようにため息や普段あまりしない独り言が多くなっていく。メガネがあると思いいつもの癖で目頭を押さえ、ゴーグルだから意味ないと思い再びため息。

 

「今はどうにかしなきゃなぁ……どこだろ? ……生き物の気配、ないな」


 そうして独り言を呟く。


 ――引き返して仕切り直す。

 それもありだと来た道を振り返る。どうやらこの赤の魔石は自分が通った道を軌跡として保存してくれるらしい。赤い糸のように伸びていた。


 ほっと胸を撫でる。

 その赤い筋が若干の不安を払拭していく。

 アンジュは結局、もう少し奥まで行く事にした。

 いよいよ気配がなければ明日また来ればいい。そう思い歩く。



 大樹の根っこを(くぐ)るごとに一本二本と数えて二十に届くあたりの距離まで来ても、一向に物の怪一つ出てこない。たまに落ちる落ち葉も相まって逆に不気味に思え、風による蔦の葉のざわめきでさえ反応してしまう様になってしまった。


「これは明日に持ち越しかな」


 何度目かの独り言。

 来た道を振り返り赤の軌跡を辿り帰ることにした。途端ひらりと落ちる葉。それに驚くとともに、こちらを()め付ける瞳孔の開いた猫目と目が合う。

 その琥珀色に吸い込まれそうになる。

 胴体は女郎花色と翠色の勾配(グラデーション)の鱗が大樹の下の暗がりでも輝いて見えた。

 そしてその長細い胴体に絡み合う蔦。

 蛇、竜とも取れる魔物とかち合ってしまった。


 ――不味い。でも私には敵意なさそう


 そう思うもその大蛇のひと睨みで怯み立ち尽くしてしまう。

 どうやらその大蛇の魔物は彼女の後ろのモノを見ているらしい。


 そのアンジュの後ろにいつの間にかいたであろうモノの生暖かい息が髪の毛に当たり、ゾワリと背筋が凍り、冷や汗が吹き出る。

 持っていたナイフの握り手が手汗で滑らないように注意する。

 何かがいるという直感。

 気配さえ何も感じなかった。

 しかし、アンジュはただでさえ後ろを振り返ったら大蛇がいたのに、いつの間にか進んでいた方向にも魔獣がいた状態。今にも腰が抜けその場にへたり込みそうな己を叱咤するアンジュ。

 

「ソラス!!」


 絶望感の中ハッとする声が聞こえてきた。

 ちょうど声変わり前後の青年の声。

 それが合図と目の前の大蛇が蔦のような翼を広げる。広げた翼は飛翔専用という訳でなく、アンジュの後ろの何かに向けて威嚇しているのがわかった。


 後ろのソレが「ぎぃ……ぎぃ……」と悍ましい鳴き声で唸り去る音を聞いてから結局その場にへたり込んだ。


 「ぎぃぁぁああ」という断末魔。

 風が運ぶ肉の焦げる匂い。


 振り向くと雑草を掻き分けて現れた人物に眉を顰める。

 金の環を幾重もつけた首と腕。

 頭を囲うように金の冠。

 唸り声をあげていたナニカを即仕留めた者。次は己かと冷や汗が出る。


 上半身は裸。

 下は着流し。

 その着流しの上部分はさっきの魔獣のせいかそれとも別の要因か焼けてなくなっているようだった。裸足にくるぶしに同じ金の環が見え、チラッと見えてしまった太腿にも一本嵌めていた。


 褐色肌に金が映える。

 そこまでは綺麗だったが唯一服装に不釣り合いの銀色の仮面が異色で浮いて見えた。歪でとても勿体無い。

 どの様な顔をしているのかはわからない。


 この青年からもその焦げる匂いが漂ってきた。大蛇ではなく彼がやったのだろう。仮面や首輪、冠には藍晶石(カイヤナイト)。それらが散りばめられていて、その内のどれかは火の魔石かとアンジュは考えていた。

 

 またアンジュは歴史上砂漠地帯にて敢えて肌を見せる国があったと習っていた。流石に今は滅んでいるというが、たまに動きやすいし防御は魔石があるからとそう言うスタイルを好む者が多くいる。

 それかと思った。

 そして襲われかけたせいか思考をごちゃごちゃと巡らせてハッとする。


「ありがとうございます」


 まだ彼に警戒はしていたが、助けられたと漸く冷静になった頭で理解する。

 次いで大蛇も向き合いアンジュ本人を守るつもりだったかもしれなかったので、ぺこりとする。


「アンタは何故ここに? 少し、困る……のですが」


「……私はギルドの依頼でここにいます。この子ソラスというのですね。あなたは? 

 ……あ! 私はアンジュ・カーターって言います!」


 ゴーグルを触りながら聞く。

 アンジュは今までひとりぼっち。

 しかし今は二人いるせいか緊張感から解放され、普段人見知りだが、この特殊な空間。


 初対面でもついつい喋りだす。

 首環から肩部分にかけてチェーン状に繋がっている飾りに幾つか紋章がついているのが見えた。一つは蛾のような、或いは十字架にも取れるそれ。


 と、共に揺らぐ緋色の蠍座(スコーピオ)の紋章。左には紅い竜の頭。

 その綺麗な飾りを肩にかけた彼が名乗る。

 

「……ぼくは迦楼羅(かるら)。カーター嬢。この辺はすぐ暗くなる出口まで送る、……送ります」


 意外と暗い子なのか、単純に人見知りなだけか先程叫んだ声と裏腹にぼそぼそ自己紹介したカルラという少年。


 へたり込んだままのアンジュはゆっくり立ち上がる。

 敬語が苦手なのかそれとも使い慣れていないだけなのかさっきから辿々しい敬語を使う迦楼羅。特に気にせずむしろこんなところで軍人と会った衝撃で「あっ、はい。お願いします」と返事をするだけ。

 

(教会の……。

 ギルドのおじちゃんが言ってたな、戦争あってるって。このカルラって子の紋章、教会のだし。聖龍大戦ってやつで落ちぶれても、まだまだ率いてるらしいし……

 というか、十字軍が来てるってこと? おじちゃんもっと話してよ。いや、一人で依頼受けた私をめちゃ心配してくれたから何も言えないけどさ?!


 そもそもほんとにじゅ、十字軍?

 ま、まさか、私よりちっちゃいし……か、変わんないか。

 でもこの子が兵士?? 竜との戦いも世紀末だったらしいけど、……世も末だなあ)


 そう思いながらようやく落ち着いてきたアンジュ。

 いつの間にか、赤の魔石を握りしめていた。

 ゆっくり力を抜く。


 アンジュを立たせてから迦楼羅は大蛇の方へ行き、「また明日な。ソラス」と、首を下げた大蛇の鱗を撫でる。


 満足したのか踵を返して、近場の大樹に絡みつく。大樹から大樹へうつり、時たま葉っぱという雲に隠れるそれが龍が飛んでいるようにみえた。結局姿が完全に見えなくなるまで見送った。


 さて、と言った風にアンジュを振り向く。

 振り向くだけでついてこいといって赤の糸を回収するように辿っていく。この赤い魔石から出ている軌跡。持ち主にしかわからない。だからアンジュは半裸という服装から若干野生児的な子で、野性のカンみたいなものを持ってるのかなくらいにしか思っていなかった。


 入ってきたときよりもすんなりと樹海から出ることがきた。


 内陸のため陽は見えず、しかし既に空は黄色や橙、紫といった塩梅。


 彼がいなければ夜になっていた可能性を考えて再びゾッとしてしまった。あとは街までは開けた草原。たとえ魔物が出ても、この辺のものなら一人で対処できる。そういうわけで先導してくれた迦楼羅に後ろからお礼を伝える。


「ありがとうございます。すごいですね、樹海から出たの早かった」


「いい。その赤いやつで楽だった……ので、大丈夫、です」


「え……、見えてたんですか?」


「ああ。ぼくは炎使えるから、これも抑えるためのもの……です」


 語尾にはとってつけたようなですますをつけ返答した。

 そして頭の金の冠をなぞる。


 アンジュはそれが火の魔石として使っていたと思いこんでいたのではてなを頭に浮かべる。迦楼羅の方は特に答えもせず「何故樹海に?」と逆に質問してきた。だからこれまでの経緯を語る。


「……魔獣? 依頼? ……学校」


 説明中単語単語を拾っていく。

 

「学校とは、兵を鍛える場所か?」


「全然違いますよ! 学ぶ場所です。わ、わかります?」


 困り顔になる迦楼羅。

 その感じにやっぱり幼い頃から戦場とかだったのかな、と同情した。普通の文系や理系の学科とは特殊にみえる冒険科。カルラほど手伝いに適した人はいないと提案してみる。


「あ、あの。伝えたとおり今回の樹海での『課題』一緒におねがいできないでしょうか? 本当は一人っていうのもだめっぽくて、カルラ君がよかったら、どうですか? もちろん、お小遣いはあげます。普通の教科を学んで、というものではないですけど」


「いいの、ですか? ぼくもしばらく戦……樹海にいるから手伝いたい……です」


「よかった! また助けてもらいますっ」


「まかせてくれ。あ、まかせてください」


「じゃあ、また明日お願いします」


 握手しようと手を差し出すアンジュ。しかし迦楼羅の反応は全く違うもので、


「……触れると火傷するぞ?」


 キザだなあと思いながらアンジュは手を引っ込めた。 

 ちょうど街の入り口手前まで迦楼羅は一緒に付いてきてくれた。既に帰路途中のギルドの人や衛兵が多く見受けられ始めていた。仮面と半裸の褐色少年迦楼羅を見る者も多かった。本人は特に気にする素振りは見えず「また明日」と街に入るのではなく来た道。樹海に戻っていった。


「よしっ、依頼完了できそう」


 アンジュは一時(いちじ)はどうなることかと思った依頼。意気込み明日のため英気を養おうとしばらく使っている小さな宿に入っていった。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

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