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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ざまぁのとばっちりを受けた少年

作者: Liz

「マリエルお嬢様。僕が必ず、あなたを守ります」


 それは、幼き日の誓い。

 とても幼稚でつたなく、それでも精一杯の気持ちを込めて告げた、大切な誓い。


「本当に? ずっと一緒にいてくれる?」


 僕と同い年のマリエル様は、小さな身体を震わせ、大きな目に涙を浮かべて聞いてきた。

 彼女の父、バルニエ子爵様は数年前の戦争で戦死され、母である奥様も先日、病のため身罷れてしまった。

 これからマリエル様が、母親の死を嘆き悲しむ少女が、子爵領を継ぐことになるのだ。

 たとえ規模が小さくとも、数万の領民を抱える責任と重圧は、僕には想像もできない。

 そんな少女を支えたくて、僕は自分の精一杯の気持ちを彼女に伝えたかった。


「もちろんです。絶対にあなたを一人にはしません」


 僕は震える少女の手を取って宣言し、彼女にずっと寄り添うことを誓った。


「ありがとう……クロード……」


 大粒の涙を浮かべながらも、優しく微笑んでくれたマリエル様は、まさに天使のようで……


 僕は、あの時の笑顔を、一生忘れない。



◆◇◆◇



 誰もいなくなった屋敷の玄関の扉を閉め、目の前に立つ不愛想な役人に合図を送る。

 たったそれだけだった。


「……」


 無表情で貧相な体躯の王国の役人は、施錠(ロック)の魔法をかけて子爵邸を封印すると、何も言わずに立ち去った。

 それだけで全てが終わり、全てが変わってしまった。

 一人で残された僕は、呆然とお屋敷の前に立ち尽くした。

 貴族の館にしては小さいながらも、僕やマリエル様、他のみんなとの思い出が詰まった家。

 戦災孤児だった僕がバルニエ子爵様に拾われ、マリエルお嬢様付きの使用人として働き続けた場所。


 長らく過ごしたこことも、今日でお別れだった。


 十日前に発せられた勅令により、本日をもって子爵家の財産は没収。

 全ての領地も取り上げられ、唯一の爵位保有者であるマリエルお嬢様の身柄はラグロワ侯爵の預かりとなって、同じく王都にある巨大な侯爵邸で拘束中。

 要は、バルニエ子爵家はお取り潰しとなったのだ。

 この全ての原因は、マリエル様にあった。

 お嬢様はご自分が通う学園――貴族の子息のみが通える王立学校で、上級貴族とのトラブルを起こしたのだ。

 マリエル様は美人だしマナーも礼儀作法もしっかりしているし、学校の成績だって上位二十人に食い込めるくらい優秀だった。

 それに明るくて人付き合いも上手なので、王家に次ぐ権力を誇るラグロワ侯爵の令嬢ソフィ様との親交を得て、僕を連れて侯爵邸でのお茶会に何度も招待されるほどだった。

 その一つで出会った王国の第一王子――王太子のベルナール様も、優雅に咲き誇る花のようなマリエル様と、遊んでみようと思ったのかもしれない。

 卒業まで半年となったある日、お嬢様はベルナール様に告白されていた。

 真実の愛だの、運命の出会いだのと熱烈なアプローチを受けて、舞い上がってしまったのかもしれない。

 すっかり周りが見えなくなっていたお嬢様は、王太子様との逢瀬にのめり込んでいっていった。

 日に日に話が大きくなり、彼の素晴らしさや将来のこと、自分が王妃になった時のことを熱く語られて、僕は苦笑いを浮かべるしかなかった。

 ベルナール様は、生まれた時からラグロワ侯爵家の令嬢ソフィ様との婚姻が決まっていた。

 王家と王国No2の侯爵様との結びつきを強めるための政略結婚。

 上級貴族の間ではよくある話で、たとえ王太子であろうとも、そこに個人の感情が入り込む余地なんてなかった。

 王家に次ぐ財力と軍事力と権力を持つ侯爵様を差し置いて、吹けば飛んでしまうような子爵家との婚姻なんて許されるはずがない。

 僕がそう忠告しても諫めても、お嬢様は耳を貸してくれなくて、ベルナール様の招待を受けては度々会いに行き、そしてその……


 男女の関係にもなっていた、らしい。


 ベッドの中で囁かれる愛の言葉を信じ、王妃としての自分の未来を信じ、マリエル様はやがてソフィ様にも辛く当たるようになっていった。

 そのたびに彼女は心を痛め、悲しげに眉をひそめても、お嬢様との交友を止めようとしなかった。

 心優しい少女は大切な親友を切り捨てることなく、いつか目を覚ますことを期待していたのかもしれない。

 その思いを裏切るように、お嬢様は友人である立場を生かして、ソフィ様の良くない噂までをも流し始めた。

 彼女の立場が悪くなり、王太子様との婚約がなくなることを期待していたのかもしれない。

 そしてついに。


「ソフィがいなくなれば、君と一緒になれるのに」


 という男の言葉を真に受け、今度こそはなんとかしようと考えてしまった。

 あの、運命の卒業パーティの日。

 お嬢様は突然、嫉妬に駆られたソフィ様が、自分を毒殺しようとしたと主張したのだ。

 証拠として示した小さな薬瓶を手に口汚くののしり、今すぐ捕らえるようにと喚いたらしい。

 そんなことは……

 あり得なかった。

 マリエル様が突き付けた薬は、そもそも毒物でさえなかったのだから。

 毒と同じ素材を使ってはいても、異なる配合で作った睡眠導入剤で、不眠に悩むお嬢様を心配されたソフィ様が、お付きの医官に調合させたものだった。

 本物だと信じていた証拠を第二王子であるユベール様にあっさり覆され、有象無象の噂を振りまいていたことも暴露され、マリエル様は瞬く間に立場を失くしていった。

 最後に縋ったベルナール様にもあっさりと見捨てられたお嬢様は……


 お屋敷に、帰ってこなかった。


 虚偽告訴と不敬の罪で、自分がその場で逮捕されてしまったのだ。

 そのまま身柄を侯爵邸に運ばれ、ほとんど即決裁判で有罪となり、どこかの部屋に閉じ込められているらしい。

 大切な婚約者に対して不貞を働き、お嬢様を唆したベルナール様も国王陛下の信認を失い、廃嫡の憂き目に遭っている。

 現在の陛下の後継者――王太子様になったのは……

 お嬢様の罪を暴いた少年――弟のユベール様だった。

 あの時、あの場にいなかった僕には、何もできなかった。

 ……いや。

 しなかったのだ。

 お屋敷を出る前から、お嬢様が何かを企んでいるのは分かっていた。

 とても緊張した面持ちで、パーティ用の紫のドレスに包まれた身体も震えていたからだ。

 夜会には必要のない薬瓶を、小さなポーチに忍ばせていたことも知っていた。

 お嬢様を諫めることも止めることも、最悪でも力ずくでパーティに参加させないこともできたのに、僕はただ漠然と見送ってしまった。

 その結果が、子爵家が持つ領地および財産の没収。

 お嬢様が爵位をはく奪されなかったのは、国王様のお情けだったのだろうか。

 でも、それだけでは済まなかった。

 マリエル様の運命が、別の方向からの意向で決まってしまった。

 屈辱を受けた侯爵家の当主様の一存で。


 今日、処刑されることになったのだ。


 その決定には、法も根拠も何もなかった。

 国王様が下そうとした判決は、『王都の監獄での禁固十年』だったにも関わらず、王国の高官たちからの苦言も通じず、僕や子爵領の人達の嘆願も届かなかった。

 僕は、腰に差した片手剣に触れた。

 今は亡き子爵様の形見となった一振り。

 希少な竜の鱗を素材にして、腕利きの鍛冶屋が1年がかりで磨き上げた逸品。

 あの誓いを立てた日に、お嬢様より賜ったモノだった。

 この力では、マリエル様を守れなかった。

 王家主催の剣術大会優勝の肩書なんて、何の役にも立たなかった。

 どれだけ鍛えようと剣の腕が立とうとも、この決定を覆す助けにはならなかった。


「くそっ……」


 と、僕が後悔の声を上げた時。


《お兄ちゃん。もうお仕事は終わったの?》


 と、幼い女の子の――ミリアの声が頭の中に響いた。

 実際の声ではなく、彼女が持つ精神感応力を利用した意思疎通だった。


《ああ。終わっちゃったよ……》


 と、僕は頭の中でその声に返事をした。

 子爵家の領土と領民はサルート伯爵家の支配下に入り、屋敷を含めた財産は王家に接収されてしまった。


《それじゃ、いよいよだね》


《お前は、ついてこなくていいんだぞ》


 無駄だと分かっていても、僕はそう言ってしまった。

 これから死ぬまで命の危険にさらされるのは、僕一人で十分なのだから。


《寛大なサルート様は、子爵家の使用人を自分のところで雇ってくれるって……》


《やだ》


 帰ってきたのは、とても短い拒絶。


《お兄ちゃんが思っているのと同じくらい、私だってマリエル様を守りたいと思っているの!》


 決意のこもった彼女の声を前にして、僕は何も言い返せなかった。

 どんなに無茶だと言ったところで、ミリアが引き下がるはずがなかった。

 僕だって、やめる気なんて欠片もなかったのだから。


《分かった。それじゃ、始めよう》


《うん!》


 嬉しそうなミリアの声に背中を押され、僕も歩みを進めた。


 あの日の誓いを、果たすために。



◆◇◆◇



《こちらクロード。ミリア、準備はいいか?》


《いつでもおっけーだよ。お兄ちゃん》


 緊張感のない声が、頭の中に響く。

 これから実行することに備えて、【ドラグーン】と【サラマンドラ】というコードネームを準備していたけれど、結局は自分の名前で会話することにしていた。

 《可愛くない》とか、《お兄ちゃんはお兄ちゃんだもん》と真顔で言う彼女を前にして、どう言って聞かせたらいいのか分からなかったから。

 僕は大きな屋根の上に身を潜め、中庭を覗き込んだ。

 ラグロワ侯爵の本邸の中庭は、それだけで子爵邸の敷地くらいありそうなほど広かった。

 ここまで侵入するのは、さほど難しくなかった。

 緊張感のない警備兵の目を掻い潜るなんて、僕にとっては造作もないことだった。

 視線の先、緑の芝生に覆われた庭の中央には、頑丈な木製の台と、縄で吊るされた三角形の刃が設置されていた。


 首を切り落として命を奪う、ギロチン刑に使われる台だった。


 今日行われる処刑の見届け人は三人。

 白髪頭の老人と若い男性が二人で、みんな、顔見知りだった。

 老人はラグロワ侯爵閣下。

 マリエル様とソフィ様とのお茶会に付き添った時に見かけたころとは、ずいぶん様相が変わっていた。

 怒りに目をぎらつかせ、口をひん曲げた老人は、苛立たしげに座った椅子のひじ掛けを指先で叩き続けていた。

 他の金髪の青年二人は、どちらも王族だった。

 元、王太子たるベルナール様と、現在の王太子であるユベール様。

 二人とも退屈そうに、自分の関係した者の処刑が行われるのを静かに待っていた。

 彼らの周りには数人の護衛が立っていて、周囲を警戒していた。

 護衛の中には魔法使いもいるはずで、貴人を守る強固な結界も張られているみたいだった。


(来た……!)


 三人の前に、ぼろぼろになったドレスを着込んだ女性が引っ立てられてきた。

 僕が忠誠を誓った相手であり、バルニエ子爵家の当主であり、ラグロワ侯爵令嬢のソフィ様を貶めた罪で処刑される運命にある女性だった。

 瘦せこけ、薄汚れたマリエル様は、お屋敷を出た時と同じ服装だった。


(パーティから十日も経っているのに……)


 と、僕は思う。

 さらによく見ると顔にも殴打の跡があって、まともな扱いを受けてないのは明らかだった。


《まだだよ。もうちょっと待って》


 ミリアの声に、今すぐ飛び出したいのをぐっとこらえた。

 マルエル様の首と両手と腰を締め上げる拘束具には、破壊防止用の魔法がかかっている。それが外されるまでは……

 見届け人の前に引っ立てられたマリエル様は、すぐ近くに座る愛しの人に気付いたようで、彼をじっと見つめていた。


「ベルナール様……」


 と、声をかけられ、【真実の愛】を誓ったはずの男性は……


 無言で、視線を逸らしただけだった。


 それは、最後まで信じていた希望が、打ち砕かれた瞬間だった。

 結局のところ、彼にとってマリエル様は軽い遊び相手でしかなかったということだった。


「最期に、言葉を発することを認めよう」


 責任逃れに徹する男の隣に座る老人が、罪人に対する寛大な態度を示して見せた。

 その言葉とは裏腹に、侯爵閣下の声は抑えきれぬ怒りに震えていて、今すぐ殺してやりたいという感情に溢れていた。


「それでは、侯爵様にお聞きしたいことがあります」


 敵意に満ちた鋭い視線に射抜かれたお嬢様は、初老の男をまっすぐに見つめ返して聞いた。


「……何だ?」


「侯爵様はソフィを――ソフィーリア様を、愛していますか?」


「……当然だ。可愛い一人娘を愛さない親がどこにいようか」


 思いもよらないことを聞かれて、侯爵は一瞬言葉に詰まった。


「ではなぜ、私に虐められていた彼女を助けなかったのですか?」


「な……に?」


「私のしていた拙い行為など、侯爵様であれば簡単に知ることができたはずです。なのになぜ、あなたは何もせず、大事な娘が泣いているままにしたのですか?」


 自分のしでかしたことを思い出したように、マリエル様はとても苦しそうな顔をしていた。


「……っ!?」


「そう、ですよね」


 ラグロワ侯爵からの返事がないことに満足したのか、マリエル様は小さく頷いた。


「あなたにとっての奥方様やソフィーリア様は、侯爵家を継ぐ子を産むだけの存在でしかないのでしょう?」


「き、貴様っ! 言うに事欠いて儂を愚弄するか!?」


「馬鹿になんてしていません。私はただ、あなたの行動から考えられることを申し上げたまでです」


 マリエル様の静かな指摘は、正しいのかもしれない。

 ラグロワ侯爵は子をなせないことを理由に、離婚を繰り返していることで有名だった。

 ソフィ様を生んだ四番目の奥様も彼女が三才の時に実家へと送り返され、三十以上も年下の今の奥様は確か、七回目の結婚相手だったはずだ。


「あなたはソフィーリア様をずっと別邸に閉じ込めて、会いもしないそうですね。本当に、ソフィーリア様を愛しているのですか?」


「いい加減にしろ! これ以上の無礼は許さぬぞ!」


 怒りのあまり自身をくびり殺しそうな老人を前にしても、マリエル様は落ち着いていた。

 真っ赤になって震える侯爵の顔をじっと見据え、彼の反応の奥にあるものを見つけようとしているみたいだった。


「ふん……」


 そのにらみ合いに終止符を打ったのは、侯爵の方だった。

 無言で勢いよく片手を振って、覆面をした屈強な処刑人に合図を送る。

 マリエル様は顔を隠した男に枷をはめられた手を引っ張られ、処刑台の上に立たされた。

 自分の最期の瞬間を待ちかねる男たちを台の上から見回したマリエル様は。


「私は……」


 と、口を開いた。


「ソフィと友達でした。親友と言ってもいい間柄でした」


 か細いその声は、静かに空の中へと消えていく。


「私達が仲良くなったきっかけは、二人とも『両親がいない』という共通点でした。仲良くなってからしばらくした時、ソフィが『お父様は私を愛していない。私を見てくれない』って、とても悲しそうに泣いたんです。一人で絶望していた彼女を放っておけなくて、ずっと一緒にいようって誓ったんです……誓ったのに……」


 言葉を紡ぐ彼女の頬を、一筋の涙が流れ落ちていく。


「口だけの男におぼれて、かけがえのない友達を裏切った私は、死んで当然の人間なのでしょう」


 涙ながらに自分の罪を告白するお嬢様は、自らの運命を受け入れているようだった。

 渾身の力でギロチン台に頭を乗せられ、首と両手首を頑丈な木製の枷で固定される間も、何の抵抗もせずにいたのだ。


「マリエル・バルニエに対し、我がグエナエル・ラグロワの名をもって……」


 抵抗する術を完全に失った少女の姿に少し満足したのか、落ち着きを取り戻したラグロワ侯爵がゆるりと片手を上げると。

 細い身体を戒めていた拘束具が、外された。


 マリエル様を束縛していた枷が……解けたのだ。


「ここに刑を処する!」


《今だよ!》


 ミリアの声を待つまでもなく、僕は跳躍。

 ギロチン台とお嬢様の姿が大きくなっていく。

 処刑人が振り下ろした斧が、三角形のギロチンを支える綱を叩き切る。


「クロードーー!! 私は……!」


 マリエル様の悲痛な叫びを叩き切るように、鋭利な刃が落下する。

 その刃が、白い細首を切断する直前。

 着地と同時に剣を木製の枷に突き刺して。


 ギロチンを止められた!


 僕はすぐさま斧を手にした男の覆面に覆われた顔を殴りつけ、硬い骨の感触を拳に感じながら、処刑人の意識を断ち切る。


「お呼びですか? お嬢様」


 そう声をかけながら、僕は頭と手を固定している枷を外して、へたり込んだ彼女に対して膝をついた。


「クロード……どうして……」


 マリエル様は、目を見開いたまま動けなかった。


 それは、仕方のないことだった。

 

 死を覚悟した後の突然の出来事に、思考が追いつかないのだろう。


「ソフィ様からのお手紙を、お届けに上がりました」


 僕は小さく折り畳まれた紙を、マリエル様に差し出した。

 そこには、ソフィ様の筆跡で、こう書かれていた。


「何があろうとも、あなたへの友情は変わりません。

 マリエル、私はあなたに生きていて欲しい。

 あなたにまた会いたい。

            ソフィーリア・ラグロワ」


 その手紙を読んだ少女の瞳が、見る見るうちに涙で潤んでいく。


「……私は、生きていいのかな? あんなに、酷いことをしたのに……」


「少なくとも、ソフィ様はそう望まれているようですよ」


 と、答えた僕の頭上に。

 重い斬撃が襲った。

 両手で掲げた剣で受け止めた先には、黄金の髪を持つ少年がいた。

 僕を殺そうと、鋭い刃を振り下ろした態勢で。


「君はどうしていつも、僕の邪魔をするのかなあ」


 と、ため息をついたのは、ユベール様。

 王国の第二王子であり、僕が剣術大会の決勝で戦った相手であり……

 あの日、マリエル様を断罪した張本人だった。


「ここで彼女が死ねば、全て丸く収まるんだ。余計なことはしないでくれるかな?」


「ベルナール様を廃して、君が王太子に叙されることが、かい?」


「無能な人間が頂点に立つことは、王国にとっての悲劇だよ。それを阻止できたんだから、シナリオとしては悪くないだろう?」


「それじゃこれは、君が仕組んだことなのか?」


「さあ、どうかな? 僕がしたのは兄とマリエルを引き合わせて、学校で彼女を煽ったくらいだよ。マリエルは兄好みの女性で、遊び相手にはちょうど良さそうだったからね。後は二人が勝手に暴走しただけさ」


 僕とのつば競り合いを続けながら、ユベール様は呆れたように首を振った。


「そのおかげで、兄は権力争いから引きずり降ろされた。あとはその元凶が死んでくれれば、留飲を下げた閣下が機嫌よく、新しい王太子と自分の娘との婚約を認めてくれる」


「僕が、そんなことはさせない!」


「どうして君は、そんなに必死になって罪人を庇うのかな? 彼女は同級生に濡れ衣を着せようとしたんだ。その罪は償われるべきだろう?」


「そうだね。お嬢様は許されざる罪を犯した。だから財産や領地を取り上げられるのは当然だし、牢屋に放り込まれても文句は言わないよ。でも……」


 僕はそこで言葉を切り、力比べを続ける相手を見据えた。


「処刑なんて断じて認めない! 自分の欲望を実現するために、命を奪うなんて許されない!」


「分かってないな。それが許される力を侯爵は持って……」


「ふざっ……けるなあぁ!」


 マリエル様の考えを否定しないユベール様の言葉を聞いて、瞬時に頭が沸騰した。

 僕が力任せに彼の剣を弾き飛ばし、その切っ先がわずかに彼の頬をかすめる。

 後退した少年の端正な顔に、赤い筋を滴らせた。


「……ちょうどいいや。僕も一度、本気を出してみたかったんだ」


 赤く染まった頬をぬぐい、ユベール様は恐ろしく低い声で言った。

 そして。

 すぐさま態勢を立て直し、再び僕へと切りかかって来た。

 斬撃の速度が数段上がり、陽炎のように揺らめく闘気が、煌めく刀身にまとわりついていた。

 前回戦った決勝戦の時とは、けた違いの速度。

 その動きを見れば、彼が大会の時に手を抜いていたのは明らかだった。

 でも……


 僕よりは、遅い!


 頭上から振り下ろされた渾身の一撃を、余裕を持って受け止める。

 甲高い音を奏でて止まった斬撃に驚愕したユベール様は、それでもなお攻撃の手を緩めなかった。

 軌道を変えつつ僕の首を、胴体を、膝や腕を切り落とそうと剣戟を煌めかせる。

 一撃、二撃、三撃……

 新たな斬撃を次々と放っても、僕の防御は崩れなかった。

 僕は逆に前へと踏み込み、虹色の刀身を振り上げる。

 狙いは……少年の右手。

 刀身の根元、鍔の部分で柄を握りしめた彼の指を打ち据え、獲物を弾き飛ばす。

 それで十分だった。

 僕が剣を振り抜いた後には、力なく宙を舞った彼の武器が、地面へと突き刺さった。

 体勢を直す暇もあればこそ、痛みに顔をしかめた少年の身体を体当たりで突き飛ばし、地面に転倒させた。


「ちょっと不思議なんだけど……」


 僕はゆっくりと息を整え、痺れた右手を押さえたユベール様に七色に輝く剣先を突きつける。


「君はどうして、自分だけが(・・・・・)手加減していたと、考えていたのかな?」


「屈辱だな……遊ばれていたのが僕の方だったなんて……」


 彼は整った顔を悔しげにゆがめ、吐き捨てるように言った。


「遊んでなんかないよ。ただの試合で、王族の偉い人を負傷させるわけにはいかないじゃないか」


 それは、僕の本音だった。

 命を賭けた殺し合いでもないものに、真剣に取り組む気にはなれなかったのだ。


「それで、君が人質になってくれたら、こっちとしても助かるんだけど?」


 僕はユベール様に剣を突きつけたまま、そう提案してみた。

 いくらあの老人が怒り狂っていようとも、さすがに王族ごと僕たちを殺しにかかることはないと考えていた。


「悪いけど、僕もそこまで恥知らずではないんだ」


 金髪の少年は、自らに突き付けられた切っ先を……

 素手で、握り締めた。

 肉が切られ、大量の血が流れるのにも構わず、僕の剣を力任せに押しのけていく。

 一瞬、決意が緩んだ僕の隙を見逃さず、飛び下がった彼は僕から距離を取った。


「そろそろ、来てくれたみたいだね」


 周囲を窺った少年の背後から、数十人の武装した兵士が中庭に飛び込んできた。

 ラグロワ侯爵の手勢やユベール様の護衛が、戦場に到着したのだ。


「これで形勢逆転だね。最初の筋書きの通り、マリエルは断罪させてもらう」


「そんなのは押し通るだけだ。お嬢様には、指一本触れさせない」


 少女を背後に庇い、僕は敵の軍勢に向けて身構えた。


「ここを切り抜けたとしても、状況は変わらないよ。侯爵の軍勢は何万人いると思っているんだい?」


 ユベール様の背後で豪奢な椅子に座り、片ひじをついて戦況を見守る老人は、僕の乱入にも全く動じていなかった。

 たった一人での妨害なんて、露ほどにも感じてないのだ。


「君もマリエルも、ケンカを売った相手が悪かったんだ。これから先ずっと、彼の手勢や大勢の賞金稼ぎが、君と君のお嬢様を殺すために差し向けられるだろう」


 その推測は、間違いなく実現できる。

 ラグロワ侯爵には一軍を動かす権力と、莫大な懸賞金をかけられる財力を持ち合わせているのだから。


「これが最後の警告だ。君のその力を、王国や臣民のために使ってもらえないかな?」


「イヤだね。僕が忠誠を誓ったのはマリエル様であって、王国でも王家でもない」


 間髪入れずに、僕は拒絶した。


「僕の大切な女性を処刑しようとする相手に仕えるなんて、まっぴらご免だよ」


「そうかい。そりゃあ残念だ」


 金髪の青年の言葉が号令となって。

 敵の群れが、一斉に飛び掛かって来た。

 僕は、迎撃態勢を取らなかった。


 取る必要も、なかったから。


「残念だけど、君達の方こそ(・・・・・・)、ケンカを売った相手が悪かったんだ」


「それはどういう……」


《ミリア! 今だ!》


《りょーかいっ!》


 僕の合図を受けて、頭上に恒星のような輝きが生まれた。

 それは瞬く間に数を増やし、無数の輝きに照らされた地面が真っ赤に染まる。

 ミリアが作った深紅の火球の群れは、頭上で一斉に動き出し……


 僕のまわりに、降り注いだ!


 立て続けに生じた爆発が、巨大な屋敷も、大勢の兵士も、あらゆるものを吹き飛ばした。

 周囲を埋め尽くした煙と砂塵に視界を遮られ、そばにいるマリエル様くらいしか見えなくなった。


《! お兄ちゃん、危ない!》


 ミリアの警告とほぼ同時に、ユベール様が煙を突き破ってきた。

 負傷した右手ではなく、左手で剣を握り締めて。

 僕はその刺突も、続けて放たれた薙ぎ払いも受け止めた。

 甲高い金属音を奏でて、彼の剣戟が、止まった。


「この程度じゃ僕には……」


「分かってないな。これは足止めさ」


 にやりと笑う彼の言葉を証明するように、僕の背後で三人の兵士が、マリエル様に突撃するのが見えた。


「僕の勝ちだね。クロード」


 刀身を突き合わせて力比べを続けるユベール様は、勝利を確信した笑みを浮かべた。

 この距離では、僕の剣は届かない。

 戦闘経験のないマリエル様が、殺意のこもった斬撃をかわせるはずもない。

 目の前の少年が、自分の勝ちを信じるのは間違いでない。

 けれど……


 相手が、悪すぎたのだ。


 あまりにも。

 地震のような大きな揺れ。

 鼓膜をつんざく轟音。

 圧力を伴う爆発を伴い、マリエル様に襲い掛かっていた兵士が、何かに踏みつぶされた。


「な、なにが……?」


 ユベール様の、呆然とした呟きが零れる。

 煙が晴れた先、その衝撃波と共に飛来したのは……


 深紅の鱗を持つ、巨躯だった。


 大きな2枚の翼をはためかせ、四本の太い脚で地面を踏みしめ、長い首と尻尾を一打ちするそれは……


 世界最強の生命体――火竜。

 

【死をもたらす厄災】と呼ばれ、人々から恐れられる存在。

 過去に様々な英雄や勇者がそれに挑み、そのほとんどが敗北して命を潰えさせていた。


「君の負けだよ。ユベール」


 深紅の竜に意識を奪われた少年の剣を弾き飛ばし、がら空きになった彼の胴体に。


 渾身の拳を叩き込んだ!


 殴られたユベール様の身体が宙を舞い、石の壁の一つに叩き付けられた。

 それきり彼はピクリとも動かなくなり、その手にあった剣が、力なく地面に落ちた。


《お兄ちゃん。大丈夫? 怪我してない?》


 火竜は長い首をもたげて、僕へとその顔を近づけて、心配するように聞いてきた。


《大丈夫だ……けど、派手な攻撃は控えろって、あれほど……》


 こんな、屋敷ごと破壊するような攻撃は求めてなかった。

 下手をすればマリエル様も、屋敷にいた人も巻き込みかねないのに。


《ちゃんと手加減したよー。天に召された魂は一つもないし、足元の人だって、ほら……》


 大きな脚をどけた下にいた兵士も、周囲に倒れ伏した兵士も、確かに生きてはいた。

 ほとんどが虫の息だったけれど……


《よかったぁ。マリエル様も無事みたいで》


「み、ミリア……あなた、なの??」


《そうだよー。マリエル様の前でこの姿になるのは初めて……》


 と、言いかけたミリアの大きな瞳が、すうっと細められた。

 その視線の先――端正な顔に刻まれた痣に気付いたのだ。


《そっかぁ。そーなんだ……》


《ミリア待て! 落ち着け!》


 そんな僕の制止は、届いていなかった。


《お兄ちゃんをいじめる奴も、マリエル様を傷付ける奴も、どっちも許さないんだから!》


 火竜の全身が高熱を帯びたかと思うと、大きく開いた口の中に灼熱の塊が生み出されていく。

 その狙いは――ラグロワ侯爵閣下。

 規格外の存在の乱入に恐れおののき、座っていた椅子から転げ落ちた老人。


《よせ!! ミリア!! 止めるんだ!!》


《どーしてとめるの!? あいつがマリエル様を引っ叩いたんでしょ!?》


《いいからやめろ! 僕の言うことが聞けないのか!?》


 必死の声が届いたのか、ミリアはようやく矛を収めてくれた。

 僕だって、大切な人を殺そうとした奴に、殴ってやりたいくらいには腹を立てていた。

 侯爵は自らの望みのために、他人の生死も自由に扱っている。

 自分の娘を利用して、自らの権力をさらに高めようとしている。


(あいつは……)


 僕は、胸の奥に沸き上がった灼熱の思いを呑み込み、彼と、もう一人の男に歩み寄り、


「最後に、言い残したいことはありますか?」


 と、聞いた。


「ひっ、ひぃっ!」


 地面にへたり込んだ青年は、ミリアの存在に怯え切っていた。


「ベルナール様。あなたは、マリエル様に言うことがあるはずですよね?」


 僕はゆるりと、お嬢様を騙した張本人に詰め寄った。

 彼は顔を引き攣らせ、手足を動かして後ずさりしたかと思うと……


「ひいいいぃぃっ!」


 と、金切り声を上げて背を向けて、全力で逃げ出した。

 僕は足元にあったこぶし大の瓦礫を拾い上げると。


 渾身の力で投げつけた!


 狙いはたがわず瓦礫は王子の後頭部に激突し、彼の意識を刈り取った。

 重いものが頭に当たった勢いそのままに、顔面を地面にこすり付けながら彼の身体が滑っていった。

 まあ、息はあるみたいだし、気にしないでおこう。


「次はあなたの番ですよ。侯爵様」


 僕は最後に残った老人に剣を突きつけ、声をかけた。

 たった一人になった侯爵様は額に大粒の汗をかき、僕の顔とミリアの顔を交互に見て、恐怖のあまりガタガタと大きく震えていた。


「ああ。心配しないでください。侯爵様」


 僕は突き付けていた剣を引き、そう言った。


あなたが何も(・・・・・・)しない限りは(・・・・・・)、僕も、この火竜も、あなたに危害を加えたりはしませんよ」


《なあ、ミリア》


 と、声をかけられた火竜は、その大きな口を開けて並んだ鋭い牙を見せつけると。


 鼓膜をつんざくほどの咆哮を上げた!


 どう猛な声に当てられた老人は白目をむいて、ゆっくりと身体を傾がせ……

 そのまま、泡を吹いて失神してしまった。

 僕は半ば呆れつつ、静かになった戦場を見回した。

 負傷者多数。死者はゼロ。

 敵対勢力なし。

 ここへ援軍に来た者も、予備として周囲で待機していた者も、全部まとめて無力化できているようだった。



◆◇◆◇



 ソフィ様の手紙は、直接手渡されたのではない。

 彼女との接触を禁止されていた僕は、数日前に『預かっている私物を回収しろ』と、ソフィ様が暮らす別邸に呼び出されたのだ。

 固い表情の使用人から受け取ったささやかな私物の中に、僕は一本のペンを見つけた。

 それは本当にどこにでもあって、誰もが見落としそうなものだった。

 でも僕は、その正体を知っていた。

 そのペンは僕が細工したもので、特殊な操作をすると軸の一部がスライドできるのだ。

 お嬢様とソフィ様は同じものをいくつか持っていて、いつもそこに手紙を忍ばせて、秘密のやり取りをしていた。

 僕はその中に、ソフィ様の手紙を見つけたのだった。



◆◇◆◇



「ごめんなさい。クロード……ミリア……」


 と、侯爵邸を脱出した後、お嬢様にいきなり謝られてしまった。

 僕たちは、国境近くの森の中に降り立っていた。

 日も暮れて暗くなった森の中で、暗く沈み込んだマリエル様が、落ち込み切った声で謝ってきたのだ。


「私が馬鹿なせいで、あなた達にまで迷惑をかけてしまった」


「迷惑だなんてそんな、全然……なっミリア」


 今にも泣きそうな彼女を前にして、僕は傍らにいるミリアに助けを求めた。


「うん。あたしもお兄ちゃんも迷惑だなんて思ってないから、マリエル様が気にすることないよー」


 人の姿――燃えるような赤毛の小さな女の子だ――に戻ったミリアは、満面の笑みで答えてくれた。

 ミリアは、僕の妹じゃない。

 そもそも、人間ですらない。

 辺境への長い遠征から帰って来た子爵様が、群れからはぐれた火竜の幼体を連れてきたのだ。

 それから十数年の時を経て、手のひらに乗るほど小さかった彼女は見上げるほどの巨躯にまで成長し、人間に変身する能力まで獲得してしまった。


「そうですよ。僕やミリアもソフィ様と同じで、マリエル様に生きて欲しいんです。お嬢様にいてもらえれば、それだけで十分なんです」


「でもっ、そんな……それじゃ……」


 涙に濡れて言葉に詰まりながら、ずっと謝罪を続ける彼女をなだめるのはとても大変だった……


「お兄ちゃん。これからどうしよっか?」


 と、マリエル様が落ち着いてから、ミリアは聞いてきた。

 彼女は今、声に出して話している。

 人の姿でいる時は精神感応を使わず、口から言葉を発するようにと何とか言い聞かせたからだ。


「ひとまず国境を越えようとは思ってる、けど……」


「それじゃ、あたしの里に来る? お兄ちゃんやマリエル様なら歓迎してくれるよ?」


 と、言葉を濁した僕に、ミリアは提案してきた。

 この世界のどこかにあると噂される、火竜たちの住まう土地。

 何年か前に里帰りを果たしたミリアは、その場所を知っている。

 数千年の時を生きる彼らはとても穏やかで理性的で、誤って迷い込んだ人間でさえ迎え入れてくれるらしい。


「できればそれは、最後の手段にしたいな……」


 と、僕は言った。

 彼らは迎え入れてはくれるが、送り出してはくれない。

 一度入ったら最後、決して里の外に出ることを許さず、人間の世界には二度と戻れないと、ミリアから聞いていた。


「……国境を越えた後、ザルトヴァ共和国に行こう」


 考え抜いた末に僕が告げたのは、自分の実力だけが問われる国の名前だった。

 一介の傭兵から身を起こし、大勢の人に慕われて求められて大統領にまで上り詰めた男が治める国で、秀でた能力があれば出自も過去も問われない。

 僕達が生きていくためにはお金も必要で、そこでなら僕の剣も生かせるかもしれない。


「それでいいですか? マリエル様」


「うん。クロードの判断に任せるよ」


「ミリアも、それでいいか?」


「あたしはどこでもいいよー。お兄ちゃん達の行きたい所に連れて行ってあげる」


「よし、それじゃ」


「あ、あのねっ……クロード」


 当面の予定が決まってホッとした僕の裾を、マリエル様が引っ張った。

 何かを言いかけて、俯いて、言葉を一度飲み込んで、から。

 お嬢様は、意を決したように顔を上げた。


「もう……その……お嬢様とか、マリエル様とか……じゃなくて、あの……えっと」


 それ以上の言葉は、必要なかった。

 僕は彼女の手を取り、まっすぐ少女を見つめて。


「これからもよろしく。マリエル」


 と言った。


「うん!」


 大きくうなずいて、とても嬉しそうに微笑んだ少女の笑顔は。


 やっぱり、一生忘れがたいものだった。



◆◇◆◇



 あの日から3年後。

 ザルトヴァ共和国の首都の近くにある家で、僕たちは暮らしていた。

 懐が深いこの国の大統領は、僕たちがたどり着いた経緯や火竜の存在を知ってもなお、僕たちを受け入れてくれた。

「お前たちが国の役に立つのなら」という条件付きで。


 その家で、僕は一通の手紙を受け取っていた。

 差出人は、ソフィとだけ書かれている。


 それは、現在の(・・・)ラグロワ侯爵家当主の名前だった。


 共和国に落ち着いてから、僕は彼女と手紙のやり取りをするようになっていて、お互いの近況を伝えたり貴族社会での出来事を伝えてもらったりしていた。

 例えば、こんな話も教えてもらえた。

 マリエルを救い出したあの日、王国はパニックに陥っていた。

 国の中枢である王都が、火竜の襲来を受けたからだ。

 単独で一国を滅ぼせる力を持つ超常の存在は、それこそ天災にも例えられている。

 脅威を排除しようと軍や討伐隊を派遣して、怒り狂った火竜の逆襲を受けて壊滅した国や都市は過去にいくつも存在した。

 侯爵邸で火竜と戦った親衛隊の証言により、手も足も出ないほどの戦闘力と、明らかにラグロワ侯爵を狙ったこと、僕とマリエルを守るように動いたことが明らかになった。

 そして、僕の最後の一言を聞きいていた兵士の証言がきっかけとなり、事の発端を引き起こしたラグロワ侯爵に隠居していただきたいという話になった。

 侯爵はもちろん抵抗し、逆に火竜の討伐と僕たちの逮捕を主張していた。

 査問の席で一人喚き散らす老人を前にして、普段は温厚な国王様が、


「卿は国家の存亡を何だと考えている! 卿の復讐心のために数千万の民を危険にさらせと言うのか!」


 と、怒ったそうだ。

 それでもなお、火竜と敵対することを迫られた陛下は……


「分かった。卿が先陣を切るというなら、討伐隊の派遣を認めよう。それでよいか?」


 と冷たく言い放ち、侯爵の主張を断ち切ってしまった。

 その後も続いた査問の結果、王位簒奪を示唆する証拠や証言までもが出てしまい、あえなく侯爵は娘に爵位を譲ることになってしまった。

 査問にはかなりの貴族や高官が関わったにも関わらず、これまでの強引なやり方が祟ったのか……


 ラグロワ侯爵を擁護する者は、誰一人としていなかったそうだ。



◆◇◆◇



 特別な封を解いて、僕が手紙を読むと……


「親愛なるクロードへ


 この前はマリエルと会う機会を設けてくれてありがとう。

 彼女に心のこもった謝罪をしてもらえて仲直りもできて、昔のように気兼ねも遠慮もせずにお話できたのはとても嬉しかった。

 

 さて、ここ最近、あなたの活躍を耳にすることが増えたわ。

 あなたが作った飛行遊撃旅団【ドラグーン】の勇名は、あなたの故郷にも響き渡っているみたいで、何十人もの入団希望者がいるそうよ。

 私には傭兵団のことはよく分からないけど、誰に対しても分け隔てなく接するマリエルとあなたのことだから、どんな人たちとでも上手くやっていけるのでしょうね。

 それと、マリエルから聞いた旅団支部設立の話は、場所を旧子爵領にすることに難色を示した人もいたけれど、もうすぐ国王陛下の認可が下りると思う。

 吉報を待っていてね。


 私の方はというと、三年前に思いがけない形でお父様から爵位を受け継いでからというもの、嵐のような毎日を過ごしているわ。

 分からないことだらけで目が回りそうなほど忙しいけれど、周りのみんなの助けを借りて、充実した生活を楽しんでいるから、心配しないでね。

 隠居させられて以来、活力に満ち溢れていたお父様は、すっかり抜け殻のようになられてしまったの。何事にも無気力で、急速に老いが進んだ感じもして……娘としては、お父様が心穏やかに過ごしてくれたらいいなと思っているの。

 ベルナール様は相変わらず、部屋に引きこもったままよ。空からあれが降ってくるって言って、ずっと怯えているの。私は見てないからきちんと理解できてないのだけど、あなたに付き従っている火竜はそれほど強いものなのでしょうね。

 ユベール様もこのところずっと失敗続きで……学校の勉強のように答えがあるものなら簡単に解決できるあの人も、正解がないことが多いところでは苦戦しているみたい。

 そんな状態なので、私の婚姻は当分お預けとなりました。

 私も忙しすぎてお相手を見つけるどころではないし、すっかり浮いた話もなくなってしまったけれど……誰と結ばれるにしても、お仕事に生きて独身を貫くにしても、王国貴族の一員として、何より王国民の一人としての誇りを持って、胸を張って生きていこうと思うわ。

 それに、今は領主のお仕事が楽しくてしょうがないから、そちらを優先しているの。


 話が長くなってしまったけれど、これからもあなたの活躍を期待しています。彼女のためにも、故郷の人たちのためにも、頑張ってね。

 またいつか、マリエルやあなたと会えることを楽しみにしています。


 あなたの友人、ソフィより


P.S.

 これから先もマリエルと一緒にいるのなら、あなたがしっかりしなくちゃだめよ。

 調教とか躾け……とまではいかなくても、あなたがきちんとあの子の手綱を握ってないとまた大変なことになると思う。それに、彼女はきちんと磨けば光り輝く宝石になれる子なのだから、あなたが上手く導いて欲しいの。これは、友人からのお願いよ」



「躾け……手綱……かあ……」

 僕は手紙の最後に記された言葉をぼんやりと思い浮かべた。

 そんなことができるとは、とても思えなかった、けど……

(もっともっと頑張ろう)

 と、心に決めた。


 僕がとばっちりを受けるのは、まあいいとして。


 他の人に、迷惑がかからないようにしないと。


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[良い点] 主人公の義理堅さ! お馬鹿ヒロインへのザマァからの救済かと思いきや、全て胸くそ悪い王族と上位貴族の企みで、全員へザマァを食らわすストーリーだったと言う、斬新さは良かったかと! …ただ……
[良い点] 世間から見たら死ぬべきクズでも大切に思っている人がいて手を差し伸べる人だっているというコンセプトかな? [気になる点] ヒロインの好感度を稼ぐ表現不足 ヒーローの国に追われる立場になっても…
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