終了と褒美の第9話
転移して戻ってくると傷は治り、服も元通りになっていた。
待機場所には既に100人を大幅に超える人数がいる。
「俺ら、本当にBに上がれるんだな。」
「そうですね…なんか感慨深いです。」
片や魔族なのに少ない魔力、片や無適正と、2人
とも魔術師として生きる上では致命的な欠陥を抱
えている。あのまま行けば少なくとも秋まではDのままだっただろう。
にもかかわらず、持てる力を振り絞りBまで上がることが出来たのは快挙である。
「なんか空気悪くね?」
零哉の言葉に周囲を見ると───悔しがっている人は当然多いが、何人かはお通夜のような表情をしているのが見える。
「ほんとだな。どうしたんだ一体?」
「AからDに下がったからじゃないでしょうか……私も同じ立場ならあんな顔すると思います。」
「まあ…そうか。」
同意しつつも、どうも悔しさと言うよりは怯えや憎悪のようなものが見える気がする。
しかし気にしても仕方が無いので、大人しく座る。
「あの双子はまだ来てないみたいだな。」
「そりゃそうだ。アイツらがすぐやられるとか考えられねえ。」
今回で何故か大幅に強くなった優斗だが、それでもあの二人には勝てないと感じる。
「……壁を超えるってなんだ?」
優斗の言葉に、ビクッと音が鳴っていそうな動きで零哉の身体がはねる。
「あ、ちょうちょ」
「おい、現実から逃げるな。教えろ。」
目を逸らし、近くを飛んでいた蝶に無理やり意識を向ける零哉をさらに問い詰める。
「まあまた今度な。」
「…絶対だぞ。」
返事はせず苦笑いする零哉に不満を抱きつつ、自分を無理やり納得させる。
「なんか周りの人…私たちを見てませんか?」
リリアの言葉に再び周囲を見る。
幾人かがこちらを見ている。その目には───やはり怯えが見られる。
「ほんとだな。2人ともなんかしたか?」
「俺は寝てた。」
「私は優斗さんにくっついていたので…。」
約1名ふざけたことを言っているが、普通に考えて、倒されたとはいえ怯えはないだろう。こちらを見ているのは自分と戦っていたもの達でもない。
そこでふと気づく。怯えと憎悪の色を浮かべてチラチラ見ている人は全員───零哉の方を見ている。
「なあ、れ…田中がやっぱりなんかしたんじゃないか?」
「ん…?……ああ、そういえば攻撃されたからぶちのめしたんだった。」
「「…。」」
正体は分かっていないが、零哉が桁違いに強いのは分かっているリリアも一緒に、零哉をジト目で見る。
確実に倒す以上のことをしている、と。
「いや、なんだよその目は…。攻撃されたら普通反撃するだろ?」
「…まあ、それもそうか。気にしても仕方ないし、大人しく休もう。」
そんな話をしているうちに時刻は午後5時。残り人数は4人になった。
そこで、巨大な映像が待機所に出現する。そこには4名の生徒が、熾烈な戦いを繰り広げていた。
「この試験も残り4名になった!結界内の状況を映像で写すので、この学年上位の戦いをよく見ておくんじゃ!」
先程の壇上に理事長が再び登っている。その言葉でみんなが真剣に映像を見つめている。
「ほー、あの双子結構やるなぁ。」
「だろ?強えんだアイツら。…でも相手の子の方が大分手練だな。」
映像では、2人を勧誘しに行った時にいた男子生徒と双子、そしてその3人を同時に相手取り、互角以上の戦いを演じる鞭を持った赤い目の少女がいる。
「…3人も同時にって…。あ、でも優斗さんもやってましたよね。」
「一緒にするな。完全に上位互換だあんなん。」
褒めてくれるリリアだが、余りにも桁が違うので完全に否定する。
そうこうしているうちに男子生徒が鞭に全身を打たれ、最後にお尻に思い切り当たってそのまま転移する。
その情けない姿に周囲からは笑いが巻き起こっている。
「まあ、明らかに1人だけ雑魚だったもんな。まだお前の方が戦えるぞ。」
「…多分そうなんだろうが、可哀想だからあんまり言わないであげてくれ。」
サラッと酷いことを言う零哉。優斗は、醜態を全学年に晒した可哀想な少年に黙祷する。
「何してるんですか?」
「聞かないでくれ。」
真面目な声で聞かれると途端に恥ずかしくなり、慌てて辞める。
「あ、葵が落ちた。こりゃもう長くねえな。」
零哉の声で我に返り、映像を見る。前衛である葵が茜を庇って脱落し、残すは後衛の茜のみとなった。
数分後、結構粘ったが結局茜が負けてしまった。
「これより!表彰式並びにクラス分けを発表する!」
茜が負けた直後に、理事長は宣言する。その言葉に、期待や不安を感じる生徒たち。
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表彰式と言っても、体育館に移動して壇上で軽くやるだけだった。
壇上には理事長、鞭使いの女の子、双子に、お尻を叩かれた男子生徒、最後に綺麗な青い弓を持った黒髪の女子生徒だ。
「クラス分け戦闘試験第1位、アリス・アリアドネ」
名前を呼ばれて1歩前に出る。その後、優雅な礼をして理事長の前に進んで行く。
「おお、あれがアリアドネ家の長女か…。」
「結構可愛いな…。」
「鞭で叩いて欲しいぶひ…。」
会場には、様々な感想が飛び交う。
「この学年でもっとも強い者には、学園で使えるポイントを25万、それと秋の選抜トーナメントのシード権を贈呈する。」
「意外としょぼいな。」
隣では零哉が少しガッカリしている。生徒からしたら嫉妬の声が上がるほどすごいのだが、もっとすごいものが貰えると思ったのだろう。
アリスは下がり、次は茜の番だ。
「第2位、茜。」
前に出て、こちらも一礼する。しかしその所作はアリスと違い、雑と言ってもいいぐらいには適当だった。
苗字がないと知り、尊敬の眼差しが大きく減る。貧困街の者に対する差別は、減ったと言え未だに根強く残っているらしい。
「惜しくも1位を逃した者には、ポイントを20万と好きな武器型の魔道具を贈呈する。」
その言葉に茜は喜んでいるのが見て分かる。
貧困街出身ゆえ、高価な武器、特に魔道具は中々手が出ないのである。
「第3位、葵。」
葵は前に出て、一礼する。短縮のため、どんどん簡素なものになっていく。
「君には、ポイントを15万と第4訓練場の優先権を1年贈呈する。」
葵はとくに嬉しくなかったのか、普通に礼をして下がる。
「第4位、木下祐希。」
「は、はい!」
しなくてもいいにもかかわらず返事をした木下に、観客は笑いとがやを飛ばす。
「アリスちゃんに叩かれた尻は大丈夫か?」
「お前はよく頑張ったよ。」
「返事はしなくていいんだぞ!」
優しさなのかよく分からない言葉を送られた木下は、顔を赤くしている。これにはさすがに同情を禁じ得ない。
「君にはポイントを10万、それと自分の部屋だけの特権を贈呈しよう。」
意外と嬉しい褒美に、木下は嬉しそうだった。
「第5位、一ノ瀬恵美。」
綺麗な子だ。可愛いと言うよりはかっこいいという言葉が似合う姿をしている。
しかし誰も知らないのか、女子がその姿に黄色い声を上げているのみだ。
「君にはポイントを10万のみ、贈呈する。」
整った所作で一礼し、下がる。褒美の授与が終わり、クラス分けが発表される。
順当に進んでいき、零哉、優斗、リリアの3人はBクラスだ。しかし…
「僕はBに行きます。」
「私も同じく、Bに行きます。」
2位と3位である2人がBクラスに行くことを宣言し、理事長は困惑する。
「…よいのか?いや、わしが口出しすることではないな。本人の希望なら仕方あるまい。」
上に行くわけでもなく、自分から下がりに行くと言うのに、止める権利はないと思ったのだろう。
2人がBに行き、繰り上がりで51位と52位の人がAに上がる。
「他にクラスを移動するものはいるかの?……いないようじゃな。では、これで解散とする。明日は本当にオリエンテーションじゃからな、クラスを間違えないで登校するんじゃぞ。」
理事長が下がり、生徒も各々自分の部屋に帰り始める。
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「なんでBにしたんだ?」
双子と合流して寮に向かう途中、優斗は2人に聞く。
「こっから先、ダンジョン行く時とか戦闘訓練は基本的に5人だからね。そっち3人だからちょうどいいなと思って。」
「表彰式の途中3人でいるのが見えたから。どうせなら仲良い人と組んだ方が楽でしょ?まあリリアたんは初対面だけどね。」
葵が答え、茜が補足する。
「リリアたん?!」
茜にリリアたん呼びされたリリアは困惑している。
「うん。リリアたんだよ。…嫌だった?」
「い、いえ、嫌という訳では無いですけど…。」
茜はリリアにくっつき、上目遣いで聞く。
女の子の上目遣いに弱いのか、拒否できないでいるリリア。
「はっ!百合の波動を感じる…!」
近くを歩いていた男子生徒が突然言い出し、血走った目で周囲を見回している
「…なんかこの学園、変なやつばっかだな。」
「…ちなみ言うと、それお前も入ってるからな。」
おかしなことを言い出す男子生徒と茜を見ながら言う零哉にツッコミを入れる。
女子寮と男子寮は離れているので、2人と別れて男子3人で部屋まで向かう。
行く途中、葵が零哉に話しかける。
「田中太郎はさ…」
「なんでフルネームなんだよ、田中って呼べ。」
「田中はさ…ふざけた名前してるけど、実は結構、いやだいぶ強いよね?アリスさんなんか簡単に捻れるぐらい。」
「ふざけた名前って言いたいだけだよなそれ。」
葵と零哉の軽いやり取りを見つつ、優斗は葵の観察眼に驚く。
普段魔力を抑えている零哉は、滅多なことではその実力を悟られない。
しかし、類まれな眼を持つ葵には少し見破られたようで、それでも零哉は特に気にしていない。
話をしているうちに葵の部屋に着く。
「君は、何者なんだ…?」
「…まあ、いつかおしえてやるよ。」
立ち止まり、真剣な顔で聞く葵だが、さすがに今教える訳にも行かず零哉は回答を回避する。
「……そっかー、まあいいや。敵って訳でもなさそうだしね。」
「ああ、それで満足してくれ。」
いつもの何を考えてるか分からない顔に戻り、ひとまずは納得する。
「じゃあ、また明日ねね。」
「恐ろしいやつだな…。」
葵と分かれた2人は再び歩き出す。その途中、零哉がしみじみと口を開く。
「魔力抑えてるって言ってもある程度強いやつにはバレるんじゃねえか?」
「馬鹿言え、擬態はしっかりやってる。だいたい、変な格好した担任は葵より強いけど気づいてなかったろ。」
疑問を投げ掛けるも、実例をもってあっさり否定される。
「…気づいてたけど言ってないだけとか…。」
「往生際が悪いなお前は。まあ、『ギフテッド』ってのはいつの時代にもいる。たまたまだと思って諦めるさ。相当良い目を持ってるぞあいつ。」
尚も食い下がる優斗だったが、そこまで言われては仕方ないと、引き下がる。
ギフテッドとは、特に魔術的な力ではない、例えば生まれつき他者より異常なほど耳がいいなどの、特殊な力を持つ者の総称である。
「自分では言ってなかったけどな。」
「そりゃそうだ。そもそも定義すら曖昧なのに自分がギフテッドかどうかなんてわからんさ。気づかないまま一生を終えることもある。」
ギフテッドについて話していると、部屋に着く。
「じゃ、おやすみー。」
相も変わらず軽い零哉に返事をし、優斗も部屋に入る。
しかし入った途端、玄関先で倒れる。
「つ、疲れた…。1歩も動けん…。」
イモータルシステムは傷は修復するが、疲労は消し去ってくれない。
時刻はまだ7時を回った辺りだが、普段より遥かに疲労感を感じていた優斗は、既に限界だったものの部屋まではもちこたえた。
「せめて、ベッドまで…。」
何とかベッドに入り、少し早めにアラームをセットする。しかしそこが本当の限界だったのか、今度こそ意識を手放す。