双子と改革の第5話
入学式の翌日───優斗は、春の暖かな日差しが差し込み、子鳥のさえずりが聞こえる気持ちいい朝を迎える。
「ふわぁぁ…」
起き上がり、欠伸を1つして時計を見る。時刻は7時。この後、相方兼師匠と朝ごはんを食べる約束をしているから、それまでに準備をしなくては行けない。
洗面所に行き顔を洗い、歯磨きをする。その後制服に着替え、髪を軽く整えれば朝の準備は完了。
これがいつものモーニングルーティンだ。
リュックを持ち外に出て、隣の部屋のインターホンを鳴らす。
「おーい、朝飯行くぞー。」
インターホン越しに呼びかけると、数秒してから零哉が出てくる。
その目元には───隈が張り付いていた。
「クソ眠…。」
「どうしたんだそれ…。昨日飯食った後何してたんだよ。」
「ああ……アニメ見てたんだ。」
「…。」
零哉はソリステアの文化が大好きだから東京を活動拠点にしているのを思い出し、何とも言えない気持ちになる。
「なんだその顔…まあいいや、行くか。」
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食堂は広いが、既に多くの生徒で賑わっていた。
食券機で食べたいものを選択し、受付まで持っていく。優斗は大盛りのカレー、零哉はサンドイッチである。
「…朝からその量きつくないのか?」
「いや、俺魔術全然ダメだからさ、体鍛えて戦闘訓練しようと思って、その体作りの影響で食う量が増えたんだよ。」
「ほー、よくやるな。」
喫茶店ではだるいだなんだと言っていたが、才能がないなりに努力をしているのを知り、零哉は感心する。
「…そういえばお前、ここに知り合いとかいないのか?」
「ん?ああ、いるぞ。1年に3人。」
「そんなにいるのか…どんなやつなんだ?」
弟子の交友関係が気になるのか、身を乗り出してさらに話を広げる。
「えーっとな、まず1人目が神宮寺絢香。神宮寺家の次女だな。確かSクラスに入ったはずだ。」
「ほー、4大貴族様のねえ…」
いつも通りニヤニヤしつつ、しかしはっきりと驚きを声に含ませて零哉は言う。
貴族───はるか昔、未だこの国が日本と呼ばれていた時代には存在しなかった、国から領地を与えられ、魔物や外敵が侵攻してきた際に率先して戦うことが義務付けられている者達である。優秀な遺伝子と幼少期からの英才教育のおかげで、貴族の戦闘能力は一般兵士のそれと比べて非常に高い。
中でも4大貴族と呼ばれる、橘、神宮寺、獅子王、八神は、特に強力な力を持っている。
現在の各家の当主は世界的にも有名な探索者や武芸者で、その力はソリステア王国の切り札と言っても良い。
「しかし…どこで知り合ったんだそんなん。」
4大貴族と知り合う機会など一般人にはそうそうない。使用人でもしていたのだろうかと零哉が思っていると、優斗が訳を話す。
「…小学生の時、じいちゃんの家に数週間泊まってたんだ。要件はわからんが、その時にちょうど神宮寺家の当主と絢香が来ててな、流れで仲良くなって、その後もちょくちょく会ってたんだ。」
「流れでか…。お前変なやつだな。」
「うるせえ、人の事言えないだろ。」
零哉には言われたくない優斗は、軽く言い返す。
「なら後の2人はどんなやつなんだ??」
最初が4大貴族ということで俄然興味が湧き、零哉は続きを促す。
「…あとの二人は双子なんだ。葵と茜って言うんだけど、貧困街の奴らだから苗字がない。貴族でもないのに異常に強くて、俺の妹と、あとたまに綾香も混ぜて一緒に戦ってた。特待生として入学したって聞いたから、あの2人はきっとAクラスになってるんじゃないかな…。」
そう言って懐かしそうに目を細める。最近会っていない双子との思い出に浸り、ふと笑った時、
「「それってこんな顔してる?」」
「ああ、そうそう、ちょうどこんな感じ…って、お前ら?!」
いつの間にか零哉の両隣を陣取っている、髪型と制服は違うが全く同じ整った顔をした少女と少年がいた。
「…この2人お前が話し始めてからずっと居たぞ。気づかなかったのか?」
「そんな…馬鹿な…。」
衝撃の事実を聞かされ、自分は未だ双子に勝てないことを思い知らされてショックを受ける。
「ゆうは相変わらず鈍いね。」
「だからいつも騙されるんだよ。」
さらに双子に追撃され、優斗はノックアウトされかける。
「ところで」
「この人は?」
「ああ、紹介するよ。こいつの名前はれ「田中太郎だ!よろしくな。」
器用に2人で連携して質問するも、零哉が食い気味に割り込み、自分を紹介する。
「田中…」
「太郎…?」
「ふざけた名前だね。」
「失礼だよ茜。」
全く歯に衣着せぬ物言いに、兄の葵は窘めつつも、顔は笑っていた。
双子はふざけた名前に違和感を抱きつつも納得する。割り込んできた零哉は目で優斗を非難している。
(やべ、正体隠してるの忘れてたー…)
「よーし、そろそろ8時半近くなって来たな!教室行こうぜ!」
せめてものお詫びにと、無理やり話を逸らす。時間が迫っているのは事実なので特に反対はされなく、4人は教室へ向かう。
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「じゃ、頑張れよお前ら。」
「弱いんだからむしろゆうの方が頑張れよ」
「田中太郎もいるから大丈夫だよ。」
幼なじみの励ましにも関わらず辛辣な葵と、もはや名前を言いたいだけの茜と別れ、Dクラスに向かう。
教室は50人が入れるだけあって中々に広かった。黒板に貼ってある座席表を見て自分の席に座る。後ろから3番目の窓側から2列目だ。零哉はその隣の窓側の席である。
既に教室はほとんど埋まっており、残すは担任を待つだけとなった。
「思ったよりみんな早く来るんだな。」
運良く席が隣になった零哉に、小声で話しかける。
「これが意識の差ってやつか?」
零哉も小声で、ニヤニヤした顔で優斗を煽る。
軽く雑談をしていると部屋の扉が開き、担任が姿を現す。
そこにいたのは、変人だった。
室内なのにサングラスをし、タバコ───に見せかけたココアシガレットを咥え、お子様ランチのような旗のついた帽子をかぶっているどこの国のかすら分からない軍服姿のでかい男。
その変人は部屋に入り、教卓まで進む。困惑するクラスメイトを他所に淡々と話し出す。
「…俺がこのDクラスの''仮''担任を務める、ライアン・東堂だ。よろしく。」
仮という言葉が気になるも、その名前にクラス中がどよめく。彼は白星、青天に次ぐ黒山級探索者であり───『竜殺し』と呼ばれる人物である。
戦闘時は銀白の鎧に身を包み、流麗でいて苛烈な動きで敵を殺す姿がよく見られる。世間ではなんとなく真面目で騎士のような人物だと思われていた。
そんな有名人が普段はこんな感じだと知り、喜びと動揺が混じった複雑な雰囲気になる。
隣の零哉は笑いを必死に堪えていた。
「…?まあいい、まず最初に自己紹介からやっていこう。廊下側の先頭からだ。名前、それと得意な属性を言え。」
変な格好をしているくせに世間の評判通り真面目なのか、淡々と進めていく。
廊下側先頭の生徒から、次々自己紹介をする。
大して言うことも無いので、自己紹介はどんどん進んでいく。
そして、零哉とは逆隣りの人物が立ち上がる。
水色の髪と透き通った青い目をした綺麗な女の子である。
しかし、そのこめかみ辺りには2つの角が生えている。
彼女は魔族だ。4種族の中でエルフに次ぐ魔力量を持ち、生まれつき魔術適性が高い種族である。
種族的な潜在能力を見れば本来Dクラスにいるような存在では無い。実際このクラスには彼女以外に人間以外の種族はいない。
「え、ええっと、リリア・リヴィエールです。得意な属性は水でしゅ。よよろしくお願いします!」
緊張しているのか、顔を赤くし、噛みながら自己紹介を終える。1部の男子からは熱い視線が送られているが────少し壁を感じる。種族間の諍いは無くなれど、完全にその溝が埋まった訳では無いのだ。
自己紹介はついに優斗の番になり、立ち上がる。クラス中の視線が突き刺さり、じわじわとした緊張がこみ上げてくる。
「一条優斗です。得意な属性は…無属性です。よろしく。」
特に反応はなかったが、視線の1部に侮蔑が混じっている気がした。無属性というのはどこに行っても蔑まれるのかと思い、気分を落とす、
(まあ、そりゃそうだよな…。)
気を落としながら大人しく座る。
さらに順番は回り、零哉の番だ。
(そういえば、こいつの得意属性ってなんなんだ?)
その態度を見てるとたまに忘れそうになるが、彼は世界最強である。そんな零哉が得意な属性とはなんなのか、世間の誰も知らないのだ。
「田中太郎だ。得意な属性は無属性。よろしくー。」
(?!)
優斗はその言葉を信じられず、零哉の顔を見る。そこにはいつものやる気のない少年がいるだけだった。
クラスの生徒はそのふざけた名前と2人目の落第者の証、そしてやる気のない態度を見て、さらに強い侮蔑を色を見せる。
普通に暮らしている分にはなにも問題にならないが、実力主義の魔術社会で活動する上で、無属性しか使えないのは致命的である。
残りの2人の自己紹介も終わり、東堂が話を再開する。
「よし、じゃあ全員、校庭に出ろ。」
今日はオリエンテーションだと思っていた生徒たちはその言葉に疑問を覚えるが、大人しく従う。
次々と校庭に向かう中、優斗は話しかける。
「何すると思う?」
「…まあ、校庭ってぐらいだからな、戦闘関係なんじゃないか?」
零哉は少し考え、返答する。まあそんなところかと思い、話を切り上げて校庭に向かう。
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校庭に着くとほかの3クラスも集まっており、知り合いでもいるのか、クラス関係なく各々好きな話をしている。
数分もするとクラスごとに綺麗に整列し、何かが始まるのを待つ。
しばらくすると、前に用意された壇上に理事長が登る。
何が始まるのかと思っていると、話が始まる。
「諸君、まずは集まってもらったことに感謝しよう。」
簡単に感謝を告げ、本題に入る。
「…毎年、生徒から不満の声が上がる。なぜ自分がDなのか、なぜ自分があいつより下なのか、とな。その不満もよくわかる。この学園の入試は戦闘試験ではなく、筆記試験と魔力保有量、そして魔術陣の構築速度や魔法文字の扱いを測る実技、それと適性属性の数で決まる。これらを見れば問題ないと今まで思っておった。…それでも実際戦ってみるとDクラスの者がAクラスの者に勝つということも、存外珍しくなかったのじゃ。これではクラスを分けた意味があまりない。」
(何の話だ?)
その言葉に生徒たちが動揺を示す。優斗はよく分かっていないが、その反応を見て理事長はさらに話を続ける。
「そもそもこの学園の戦闘科は国に仕える兵士や探索者などを育成するための機関じゃ。しかし、それなのにクラスごとに戦闘能力にバラツキがあるのは非常に問題がある。」
一旦話が切られる。なんとなく流れを察したのか、校庭の生徒は不安そうだ。
数秒置き、意を決したように大声で話す。
「故に!今年から入学式の翌日、1年生はSクラスを除いた全生徒でクラス分け戦闘試験───バトルロワイヤルを行い、戦闘が得意なものが上位のクラスに入れるようにし、真の実力主義の学園に作り替えることを宣言する!」
学園の支配者は、高らかに改革を宣言した。校庭中が静まる中、理事長は一言も発しなかった。