目的と怠惰の第4話
学園の10階、その最奥にある理事長室に向かう途中、4人の男女とすれ違う。顔はよく見ていないが、普通の生徒とは何かが違う、不思議な雰囲気を纏っていた4人だった。
「…なんだ?今の4人。」
「…?ただの学生だったろ。そもそも生徒なんてここに来るまでに何回もすれ違ったじゃねえか。」
零哉は特に何も感じなかったのか、いつも通り少し乱暴な口調で言う。
「変というか…不思議な雰囲気を纏ってたんだよな。」
「ふーん。まあどの道ただの学生だろ。…着いたぞ」
話していると理事長室に着いた。そこは他の部屋とは違い、大きくて立派な扉をしている。中にいる人物が高い地位の者というのが容易にわかる、そんな扉だ。
「入れ。」
扉を叩くと中から声が聞こえ、優斗を先頭に理事長室に入る。
「おお、優斗!入学したてで悪いんじゃが…零哉殿?!何故…」
理事長は入学式の時とは違い温和な口調で優斗に話しかけるも、背後にいた人物に驚いて大声を出す。
「おーっす。早速で悪いけど、こいつ俺の弟子にするから。」
あまりにも突然すぎる告白に、じいちゃん腰抜かすんじゃないか…と思っていたが、数秒停止するだけですぐに落ち着きを取り戻す。
「…そうですか。分かりました。うちの優斗をよろしくお願いします。」
何かを察したのか、あっさり了承してそれ以上は何も言わなかった。
「…俺を呼んだ理由はなんなんだ?」
自分だけ蚊帳の外の状況を察し、疑問をぶつける。
「ん?…ああ、もう用は済んだからの、帰って大丈夫じゃぞ。」
「は?呼び出したのそっちだよね?」
なんともめちゃくちゃな言い分に、思わず文句が出る。
「すまんすまん、今度埋め合わせはするから許してちょ。」
「いや可愛くないから。…まあいいよ、じゃあ帰るわ。行くぞ零哉。」
強者はどいつもこいつも自分勝手だ…と思いながら理事長室を出ようとするも、零哉は動かない。
「…ああ、俺こいつに用があったんだった。悪いが先に帰っててくれ。」
「そうか?わかった。終わったら俺の部屋来てくれ。後で飯食いに行こうぜ。」
了解を示した、用があるという零哉を置いて1人で部屋を出る。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「…行ったか。」
部屋に残ったのは零哉と理事長のみ。
「しかし…優斗で本当に良かったのですか?」
「ああ、元々弟子取るためにここ来たんだ。本当はSクラスから選ぶつもりだったんだが…、あいつがあまりにも分不相応な夢を持ってたもんで、面白くて思わず決定しちゃったよ。」
「そうですか。それは優斗を無理やり入れた甲斐がありましたな。」
「そうだな。無駄にならずに済んだ。いやー、さすがにたまたま入った喫茶店で遭遇した時は驚いたね。まあ気づいたのはコネで入ったって話されてからだが。」
彼は元々とある理由で弟子候補を探すために、名前を偽って学園に入った。
裏口入学することを理事長に頼み───命令しに行った時、無属性しか使えないにもかかわらずこの学園を受け、落ちて以降意気消沈気味の孫がいるという話をされ、興味が湧いた零哉は無理を言って優斗を学園に入学させてもらい、それを一目見てから弟子をどうするか決めよう、と思っていたのだった。
弛緩した空気の中理事長は、ずっと引っかかっていたことを聞く。
「……弟子を優斗に決定されたのは…本当にそれだけですか?」
「…何が言いたい?」
瞬間、部屋の空気が変わった。
先程の弛緩した空気とは打って変わって、まるで複数の巨大な魔獣に睨まれているのような、重苦しい物に変わる。
この空気の正体は───魔力。
零哉が普段抑えている膨大な魔力が溢れたことによる現象である。
上位者の圧力に冷や汗を流すが、それでも意を決して理事長は言う。
「優斗を弟子にされたのは…ご自分と似ているところがあったからではありませんかな?」
さらに空気が重くなる。もはや物理的な圧力すら持って。
『怪物』を怒らせた者の末路をよく知っている理事長は、自分の死を覚悟する。
次の瞬間、途端に体が軽くなり、部屋の空気が元に戻る。
「ふぅ…よくわかったな。お前。」
威圧をやめた零哉は、その洞察力に素直に感心する。
「はははっ。いえ、共通点がいくつかあったもので、もしやと思い気になって聞いてみた次第です。」
理事長は、機嫌が治った零哉を見て安堵する。
「ただの好奇心で聞いたのか?俺の事情を知ってるのにわざわざ言うとか…なかなか肝座ってんな。お前結構ぶっ飛んでるよ。」
「なんの、零哉殿に比べれば儂などまだまだですよ。」
「で、なんのためにあいつ呼んだんだ?」
「…ああ、それですか。もし既に零哉殿が一目見ていたなら、このまま学園にいても辛いだけだろうと思い、退学の意思があるかどうかを聞きたかっただけです。当然その後のバックアップはするつもりでしたが、優斗からすれば諦めていたにも関わらず無理やり入れさせられたように見えますからな…。」
零哉の命令とは言え、愛する孫を利用するようなことをした理事長は罪悪感に苛まれていたようだ。
「まあ、俺が悪いんだが…、けど正体明かすまででも、悪態はついてたが別に辞めるつもりはなかったっぽいぞ?」
「…!おお、そうでしたか。それは本当に良かった。」
元凶は一切悪びれずに言っているが、その言葉に少し救われたのか、理事長の顔に明るさが戻る。
そろそろ話すことも無くなり、帰ろうかという時、良いことを思いついたと言わんばかりの顔で零哉が言う。
「あ、そうだ。」
「どうされましたか?」
「悪いんだけど、明日のオリエンテーション───」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ソリステア魔術学園の生徒会は、絶大な権力を持っている。
基本的な事務から1部の制度の変更や追加まで、幅広い分野を学園から任されており、本来立ち入り禁止の場所や学園所有の山、そしてダンジョンにも自由に出入りできる。
また、あらゆる試験を免除され、その運営すら行う。
そんな生徒会の持つ権限のうちの一つ、生徒会館。そこまで大きくはないが、校舎から少し離れた場所にある生徒会役員専用の建物だ。
その一室で、生徒会長───橘海人は1人、足を机に乗せ、制服を着崩してだらしなく座っていた。その目は、まるで死んだ魚のようであった。
「はぁ…だる。」
普段の彼を知っているものが見れば必ず2度見するような姿勢で、これまた似合わない言葉を吐く。
おそらく彼のファンが見ればショックで2週間は寝込むだろう。
「今年も大した人材はいないか…まあ、Aに1人異常なのいたけど…。」
生徒会長とは、生徒最強の証である。そんな彼のお眼鏡にかなう生徒はなかなかいない。
「まあでも今年のSクラスは5人もいるらしいから、1人ぐらいはいいの居るといいなぁ…。」
Sクラス───入試ではなく、学園からの推薦で入るもののみが所属する実力者であり、普通の授業は全て免除される。自分専用の訓練場が貰え、ある程度の自由が許されている。しかしその分強くなくてはならず、才能にあぐらをかかずに日々研鑽している。才能があるものが努力をすれば誰も勝つことは出来なくなる、ということだろう。
「なんせうちの妹と他の4大貴族の子供が全員入るんだからなぁ…それに遅れてとは言え、かの『武神』の弟子も入るらしいし…。」
そこでふと、体育館で見た自分がこの世で最も尊敬する白い髪の少年を思い出して身体を震わし、目に光が宿る。
「零哉様…あんなお姿をしていたなんて…。」
零哉が来るという情報は本来最高機密であり、教員もほとんど知らないが、生徒の中で唯一生徒会長にだけは知らされていた。
しかし姿までは知らされていない。それがわかったのは、生徒会長が強者故である。
他のファンに1歩リードしたような優越感に浸っていると、突然扉が勢いよく開かれる。
「あー!!またサボってる!」
いつもの光景に海人は嫌そうな顔をする。
ドタバタ扉を開けて現れたのは、綺麗な茶髪をツインテールにした、小柄な美少女であった。
彼女の名は藤宮咲希。生徒会書記で、海人と同じく3人しかいない3年のSクラスである。
「はぁ…うるさいな…。サボってるんじゃないよ、もう仕事は終わらせたんだ。」
「どうせ大して目通してないんでしょ??玲奈ちゃんが後でもう1回見るからって適当にやっちゃだめだよ!」
心の底から面倒くさそうに理由を言うも、見抜かれていることを知り、気分が落ちる。
「もういいから出てってくれ…入学式の挨拶で俺は疲れてるんだ。」
「うそつき!修也君が用意したカンペ見て大声でハキハキ喋っただけじゃん。」
どこまでも見透かされている。しかし、まるでわかって居ないと言わんばかりの顔でさらに返す。
「…いや、それが疲れるんだよ。目だってちゃんとしないといけないし……だいたい俺は、この生徒会館でダラダラしたいから生徒会長になったんだ。それなのに仕事が多くて困る…。」
彼は、表向きは眉目秀麗、文武両道、清廉潔白で情に厚い男として通っているが、その本性は強い者が好きな、世間体だけは気にするめんどくさい性格をした怠け者であった。
もしバレれば彼の信頼は地に落ちるだろう。あるいは以前とのギャップで人気が更に高くなるかのどちらかだ。
「もー、まあいつもの事だからいいや、明日からちゃんと働いてね!」
「あいあい。」
咲希の言葉にだらしなく返事をする。
これが世界有数の王立ソリステア魔術学園、その生徒会のいつもの日常である。
ご意見や批判、お待ちしておりますm(_ _)m
あ、下の評価とブックマークして頂けると鬱病が治りますので、よろしければお願いします!