入学と呼出の第3話
体育館に向かった2人は、そこで入学式の開始を待つ。
2人は、優斗のクラスであるDクラスの列に並ぶ。
ソリステア魔術学園のクラスは───この場にはいないが───特別クラスであるSをトップに、入試の結果順にAからDまである。
コネで入ったとは言え、元の能力が平均より下である優斗は、一番下のDクラスだ。
「なんか空気悪くねえ?」
どのクラスも静かに並んでるとはいえ、Dクラスの明らかに微妙な空気が気になり、零哉が小声で聞いてくる。
「…そりゃそうだ。くそ高い倍率くぐり抜けたとはいえ、DはCと比べると明らかに実力が下がるんだ。…まあそれでも、そこら辺の学生よりは遥かに優秀だぞ?」
ソリステア魔術学園は、戦闘科と技術科にそれぞれ5つのクラスがある。世界有数とはいえ、1番下のクラスはどちらもあまり能力が高くない。
逆にSクラスは、1年で既に国の兵士よりも遥かに強い実力を持つ。同じ学園でも実力はピンキリなのだ。
「ふーん、そうなのか。弱いやつには弱いやつの利点があるんだけどな。どいつもこいつもなんですぐ諦めるんだか。」
零哉は気づかないぐらい弱い失望の色を見せながら、吐き捨てるように言う。
「…?それどういう───」
『ただいまより、王立ソリステア魔術学園の入学式を開始致します。』
言ってる意味がわからず、疑問符を浮かべる。
しかし意味を聞こうとする前に、放送で式の開始が告げられる。
まず最初に壇上に上がるのは、白い髪と髭を豊富に蓄えた、魔術師と聞けば誰もが思い描く姿をしている老人──ソリステア魔術学園理事長、ミゲル・アラバスター。『黒灰』の2つ名で呼ばれる、白星級に次ぐ青天級探索者であり、世界トップクラスの重力魔術の使い手である。
「えー、ごほん!まず、高い倍率をくぐり抜けこの場に立つことの出来た優秀なる諸君に賞賛を送ろう。入学おめでとう。」
各所から喜びの声が漏れる。その反応を見てさらに続ける。
「しかし、これは終わりではない。むしろここからが本番と言える。この学園に入れた諸君は他の魔術学生と比べて非常に優秀じゃ。それはこの完全実力主義の魔術社会で強いアドバンテージとなる。自信も持っていることじゃろう。…じゃが……世界は広い。社会に出れば、その自信を全て失うほどの厳しい現実が待っていることだろう。」
その言葉に会場の浮ついた雰囲気が一気に萎み、真剣な表情になる。
「社会に出て簡単に折れないよう、これから先この学園で過ごす4年間、様々な厳しい試練を課す。実力が及ばず、退学するものも多く現れるじゃろう。…しかし!それらを乗り越え、諸君が輝かしい未来を掴めることを願っている!そのための協力を、学園は惜しむことは無いだろう。」
言い終わり、理事長は下がる。
無責任な励ましがない、現実的な挨拶だったが、この学園に入った者はその程度では揺るがない。皆真っ直ぐ前を見て、式の続きを待つ。
「続いては、──────」
式は淡々と進んでいき、学園の重鎮が次々挨拶をする。その中で、見覚えのある顔が壇上に上がる。
(あ、あいつ教頭だったのか…。)
そこにいたのは校門付近にいたおっさんであった。思わぬ所で彼の正体を知り、微妙な気持ちになる。
式はさらに進み、そろそろ終わるかというところだった。
「最後は、現生徒会長橘海人による、新入生歓迎の挨拶です。」
放送が流れて数秒置き、1人の人物が壇上に上がると、会場から軽い歓声が上がる。
綺麗な金髪と碧眼を持つ爽やかなイケメンだ。彼こそが去年の3、4年生を差し置いて生徒会長になった、現3年Sクラスの異才、橘海人である。
「皆さん、入学おめでとうございます!私は生徒会長、戦闘科3年Sクラスの橘海人です。」
見た目通りの爽やかなよく通る声で挨拶が始まり、会場は静かになる。
「さて、理事長も仰っていましたが、数いるライバルを押しのけてこの学園に入学した皆さんにはこの先、様々な試練が待ち受けているでしょう。」
「しかし!私は皆さんなら乗り越えられると思っています!──────」
理事長とは違い、次々と根拠の無い熱い励ましの言葉を放つ。
その様子に、会場の空気は弛緩する。
(なんか胡散臭いな…。)
その中で1人、優斗は考える。どうにも言葉に説得力が無いように感じるのだ。空虚というか、まるで別の人の話をしているような。
「───皆さんが社会に出て活躍することを、私は祈っています!」
一礼し、生徒会長は壇上から降りる。会場からは拍手が上がる。
降りる直前、ふと会長がこちらを見た。
その目には、失望と歓喜、2つの全く異なる感情が宿っている気がした。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
『これで入学式は終わりです。オリエンテーションは明日なので、朝8時半までに各自の教室に向かってください。また食堂は完全無料ですが、夜9時までですのでお気をつけください。』
式が終わり、生徒が次々と体育館を出る。
2人も例にならい、体育館を出て寮に向かう。
「あの生徒会長…なんか胡散臭いよな。」
「生徒会長…?そんなんいたか?」
道中、どうしても気になって唐突に切り出すも、意味不明な返しをする零哉に驚き、思わず顔を見る。
その口の端には─────涎の後があった。
「お前…立ったまま寝てたのか?」
「い、いや、そんなわけねえだろ。」
明らかに目が泳いでいる。意外と嘘が下手なのかもしれない。
「はぁ…まあいいや、覚えてないなら。」
「そんなことより…よく考えたら理事長外国人だよな。お前の祖父じゃないのか?」
呆れられるも、特に気にしていない零哉は優斗に疑問を投げる。
「ああ、それか。まず見た目の話は簡単で、俺が捨て子だからだ。」
「名前は…父さんがソリステア人で、母さんがハーフだったからだ。」
「そうなのか…」
「まあそんなわけで、俺は妹と違って母さんやじいちゃんの魔術の才能を引いてないんだ。」
「ほーん。ま、大丈夫だろ。」
苦笑いしながら話す優斗に、何も考えてなさそうな声で無責任な言葉をかける。そのまま返答はせず、黙って歩いていく。
数分すると寮に着き、自分の部屋に入る。
学園の寮は完全な個人部屋である。食事は、食堂でもできるがキッチンがあるので、学生証に登録されているポイントを使い、なんでもあると評判の購買で材料を買えば自分で料理もできる。
部屋は広く、大きいベッドに洗濯機や風呂、果てはテレビまで完備してある。
そんな部屋には今、いくつかのダンボールと2人の人物がいる。
「…いや、なんでいんだよ。」
ここは優斗の部屋だ。零哉の部屋は隣にあるにも関わらずソファに寝っ転がり、部屋の主よりもくつろいでいる。
「え?だめか?」
「荷物の整理とかあるんだが…まあ、いいや。」
心の底から不思議そうな声で言う零哉に、世界最強は我も強いのかと、諦めて荷物の整理に入ろうとする。
そこで突然、部屋に備え付けの電話が鳴る。なんだと思いつつ、受話器を取り、話しかける。
「もしもし?」
『おお、優斗か。すまんがちょっと理事長室まで来てくれんかの。』
電話の相手は祖父───理事長ミゲル・アラバスターである。
「え?なんで?…いや良いんだけどさ。」
『そうかそうか。では待っておるぞ。』
理事長はそれだけ言うと電話を切った。
「…なんかじいちゃんに呼ばれたから行ってくるわ。」
「よし、俺も行く。」
「え?来んの?…まあ、大丈夫か。」
即座に同行を決める零哉に、1回決めると意志を曲げないのをこの数時間で知った優斗は、同行を許可する。