師事と地位の第2話
「はっ?!」
あまりにも非現実的な光景に、思わず間抜けな声が出る。
衝撃的な出来事が一度に2回起き、優斗の頭はパンクしていた。
「はっはっはっ!どうだ、強いだろ俺」
辺りにはついさっきまで魔獣だったものがころがっている。
この惨状を引き起こしたであろう目つきの悪い少年は、高らかに笑っていた。
「いや、待て待て。理解が追いつかねえ…」
自分が諦めようとしてた夢そのものががついさっきまで一緒に談笑し、今目の前で魔物を殺して笑っているという、物語のような展開に混乱する。
頭が良くない優斗の脳みそはオーバーヒートしていた。
「い、いやそもそも田中太郎なんてふざけた名前白星級にはいないだろ!なんなんだお前は…」
少し冷静さを取り戻すが、頭に血が上っており、早口でまくし立てる。
「偽名に決まってるだろそんなん!だいたい太郎なんて今どきいると本気で思ってんのか?」
「なら本名はなんなんだよ!」
「零哉。ある爺さんに拾われたらしいから苗字はねえ。」
その名前を聞いた瞬間、絶句する。
白星級第0席、零哉。
『怪物』の2つ名で呼ばれる、10年前に白星級認定されたばかりの常に白い仮面を被っている世界最強の探索者だ。
特にどこかに所属しているというわけではないが、ソリステア王国の文化を気に入って東京を活動拠点にしているという。
本来この国はそこまで領土が広くなく、特筆すべき個も他国と比べると少ない。
そんなソリステアが五大国に数えられかつどこにも侵攻されていない理由は、迂闊に手を出すと彼に自国が滅ぼされかねないからである。
東京の守り神として、世間的には高潔なイメージが強かったが、その実口が悪くやる気もあまりない少年のような姿をした人物であった。
ちなみに彼、というか上位の探索者は世界中にファンがおり、その人気はもはや世界的アイドルと言っても過言ではない。
そんな天上の存在と言ってもいい存在が目の前にいると知り、もはや会いた口が塞がらない。
「…い、いや、さすがに嘘だろ?だいたい、お前どっからどう見ても子供じゃねえか!」
しかし冷静に考える。零哉は20年前に活動を始めているので、とてもこんな子供のような姿をしているとは思えない。
「…お前知らねえのか?魔力量が多いと老いずらくなるんだぞ?白星級まで行くともう不老みたいなもんだ 。それに俺は早くから活動してたからな。」
「ぐっ」
あまりの衝撃にそんな常識すら忘れていた。論破され、声が詰まる。
「……今更敬語は無理なんだが…」
「どうでもいいだろそんなの!この状況でよくそんな細かいこと気にできるなお前。」
「鍛えてくれるってホントなのか?正直信じれないんだが…」
気になることが多くて矢継ぎ早に質問していくも、やはり実感が湧かない。
世界最強に師事してもらえるなど、全世界のファンや戦者垂涎のシチュエーションだ。そんな席に自分が座れるなど、とても想像できないのである。
「ああ、まじだ。この俺に任せろ。」
自信満々に宣言する零哉だが、その言葉に虚偽は感じられず、実感が無いながらも納得するしかないと諦める。
「零哉って偽名かと思ってたら本名だったんだな…」
探索者は本名である必要がなく、偽名でもいい。それ故下の名前だけの人も多くおり、零哉もそうだと思われていた。しかし、それが本名であったことに驚く。
「お前も軽蔑するか?」
「しねえよ、そのぐらいじゃ。俺をクズと一緒にすんな。」
「そうか。まあどっちでもいいんだが。」
嫌いな人種と同じにされ、激昂しかける。
貧困街出身の人は、苗字がない。それゆえ探索者を除き、名前だけの人がいたら直ぐに貧困街出身というのがわかる。
そして1部では貧困街出身の人を見下す風潮があるのだ。
優斗はその手の手合いが嫌いであった。
「…なんで学園なんか通うんだ?」
「…まあそんなんはどうでもいいんだよ。よーし、そろそろ入学式始まるからもう行こうぜ。」
「お、おい!待てよ!」
1番気になる質問を雑に受け流す零哉の後を、慌ててついて行く。
こうして、夢を捨てかけていた少年は最強の師匠の元で再び、夢に向かって突き進む──────
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「でけえ…」
ソリステア魔術学園に着いた優斗や周りの入学生は、その見事な姿に圧倒されていた。
汚れ1つ無い白亜の壁に、地下3階から10階まである巨大な校舎。
さらにその校舎を囲む、街を囲んでいるものと同じ、 結界が組み込まれた壁型の巨大な魔道具。
屈強な警備兵が2人いる、登録した者しか入れない魔力感知式の校門。これを登録していない魔力の生物が通ると即座に強力な捕縛魔術が飛び、さらにはカップラーメンができ上がる前に詰所から精鋭が飛んできてポリスメンのお世話になる。
そんな刑務所もびっくりの厳重警備をあっさり抜け、2人は敷地内に入る。
「…遠いなこれ。」
そんな愚痴が出るほど、校門から校舎までの道は長い。
その長さはさながらどこかの城のようだ。
「…なんでこんなめんどい設計にしたんだここの設立者。」
「俺のじいちゃんだからそれ。身内の前で言うことじゃないだろ…。」
悪態をつく零哉にツッコミを入れつつ歩いていく。
そうこうしているうちに、校舎から大急ぎでスーツを着た中年男性が走ってくる。
その体は横に大きく、頭は春の日差しを反射して光り輝いている。中年と聞けば誰もが思い浮かべるような、そんな姿をしている。
周りの入学生が驚いていると、その男性は一直線に零哉と優斗の前まで来る。
「ほ、ほほ本日は我が校にお、お越し頂きままことにありがとうございまます!!よ、4年間楽しんでいただけるよう尽くさせていただきますので、な何卒、よよろしくお願い致しまふ!」
「お、oh......」
焦っているのか、汗をこれでもかと流し裏返った声で男性は言う。
ハゲ散らかした中年男性が、腰を低くして大慌てで歓迎の言葉を口にするのは中々見苦し…いや見応えがある。
「ああ、いいって別に。用があって来ただけだし。」
「お前図太すぎん?」
そんな光景を見ても零哉に感情の揺らぎはない。
しかし周りの生徒は珍獣を見るような目で3人を見ていた。
ただの一般人である優斗には精神的にくるものがある。
「ささ、お話はこのぐらいにしてVIPルームへどうぞ!」
「ちょっと待て、どういうことだそれ。」
この学園にはVIPルームがある。本来Sクラスの生徒や生徒会のみが使える最高級の部屋だ。
「馬鹿か君は!この方をそこらの生徒と同じ部屋に置いていいわけがないだろう!それと敬語を使え!」
「えぇ…」
零哉に話す時とは違う乱暴な口調と態度で怒られる。
当然とは言えあまりの対応の差に困惑する。これが社会的地位の差ということだろうか。
「あーいや、俺こいつの隣の部屋に住むことにしたから、手続きよろしく。」
特に気にしていない様子の零哉は、めちゃくちゃなお願い───命令をする。
「いやお前さすがに「畏まりました。直ぐに移転の準備をさせます。」
さすがにそれは無理だろと言おうとしたが、即座に返答したおじさんに阻まれる。
「あー、あとそうだ。俺やっぱりSじゃなくてこいつと同じクラスにするから。そっちも頼んだわ。」
「承りました。…しかし、よろしいのですか?」
これには流石の全肯定おじさんも困っている。正体をかくしているとはいえ、世界最強を特別クラスにしないとマスコミにでも知られたら、学園は四方八方から口撃を受けるだろう。
「いいっていいって、俺からしたらSだろうがDだろうが大して変わんないから。」
「…畏まりました。そのように。」
食い下がるおじさんに面倒くさそうにしながら、尚も意志を変えるつもりはない零哉に、諦めて頭を深く下げるおじさん。
「では、私はこれで失礼します。」
用は終わったのか、再度頭を下げてそそくさと帰っていく。
「くそ、社会的地位の違いはこんなにもでかいのか…」
対応の違いにショックを受ける。一般人である優斗には縁のない話だが。
「まあそんなもんだ。しかし、中々めんどいおっさんだったな。」
「あ、知ってる人じゃないんだ…。」
初対面の人間に厚かましい頼みをできるとは、世界最強はメンタルも最強なのか。
「よし、だるいけど…入学式行くか。」
「やっぱりお前もだるいんじゃねえか。」
文句を言いつつ了承する。
一通り話し終わった2人は、その足で入学式へと向かう。