邂逅と怪物の第1話
初投稿です!
遥か昔、後に『大災害』と呼ばれる現象が起き、魔力がこの世界に満ちた。
大災害の影響で文明は壊滅的な打撃を受け、それ以前の便利な生活を1時的に失った。
魔力の影響で1部の植物や動物は残虐な魔物に変化し、かつて人間しかいなかった人類はエルフや獣人、魔族に分かれた。
大災害、魔物の出現による国土の減少、人類の変化。この3つによって世界は混乱に陥った。
領土を求めて『魔術』を使った大規模な戦争を国家間、あるいは種族間で繰り返し、時には魔物に侵攻されて多くの人が死に国が滅んだ。
しかし、地脈の上に稀にできる『ダンジョン』の探索や魔物を討伐をする『探索者』と、それらを管理する『ギルド』が現れてから、世界は少しづつ変わっていった。
魔術や魔物の素材、ダンジョンで取れる『宝具』は様々なことに使用でき、人類の衰退した文明レベルを大きく飛躍させた。
同時に、戦争ではなく技術レベルの向上や必要な機関の設立に世界中の国が務め、世界は新たな方向に向かっていった。
現代────世界には五大国を中心にして、数十の国がある。戦争は少なくなり、種族間の溝も以前よりは埋まっていた。
しかし、大災害以前の国土の3割近くを魔物が占領しており、国はそれら魔物から身を守るための軍を設立。魔物や侵攻してくる国に対抗するための探索者や兵士、魔道具士を育成するための教育機関が世界中に作られ、戦力や技術者の安定供給を可能にした。
人類はしばしの平和を手に入れたのである。
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平和な街に黒い狼のような巨大な魔獣がなんの前触れもなく現れ、建物を破壊し人を襲う。
ものの数秒で現れた魔獣に、人々は逃げ惑い、悲鳴を上げる。親とはぐれた子供はその場で立ちつくし泣き声を上げており、また別の場所では冷たくなった恋人を見て絶望に浸っている者もいる。
特殊な鉱石を使った壁型の魔道具と結界で街をおおっているため、そもそも魔物は街に近寄らない上、仮に壁まで来たとしても、都市の防衛機能で討伐される。もしそれすら破ったとしても、都市内には精鋭がいる。つまるところ街の中にいる限り魔物の被害は受けないと言っていい。
しかしこの光景は、この世界の住人にとって絶対であったその事実を揺るがすものであった。
だが、魔術先進国であるソリステア王国。その首都である東京にはその異常事態にすら対処する力が備わっている。
「標的、範囲内に入りました。」
『了解、撃…いや、少し待て。通信が入った。』
都市内の転移機能で即座にやってきたソリステア王国の特殊部隊『使徒』の新入り──赤城大智は、副隊長の言葉に撃つのを辞める。
『なるほど…赤城!作戦は終わりだ。帰還しろ。』
「え?!しかし、まだ魔獣が…」
副隊長の言葉に耳を疑う。
魔獣は未だ街を荒らしているのだ。これを放置して帰るなど正気の沙汰ではない。
『ああ、隊長から連絡が来た。あの方が来ているらしい。なんでも、『喫茶店行ってたところだからついでにやってやる』だそうだ。良かったな、貴重な玉無駄にならなくて。』
「あの方…?」
副隊長の言葉に疑問を覚えつつ、ふとスコープを見る。魔獣はちょうど近くの店の入口を破壊し、おそらく中にいるのであろう人間を襲おうとしていたところだった。
さすがに見過ごせないと、引き金を引こうとする。
しかし次の瞬間、突然魔獣が四散した。
「?!」
『お、早いなぁ。俺らいらないよこれ。』
通信機越しに驚く新人を他所に、まるで慣れたと言わんばかりの副隊長。どう考えても普通の状況ではない。一体どうなっているのか赤城には全くわからなかった。
「しかし、スコープには何も…そもそもあの方とは…」
『…まあ後で説明してやるよ。『怪物』がやった事を、お前が理解できるとは思わんがな。』
「か、『怪物』がですか?!」
この国でその名を知らぬものはいない。
副隊長の言葉にさらに驚きつつ、再度スコープを見る。そこには、ついさっきまで魔獣だったものしか映っていなかった。
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「はぁぁぁ…。」
暖かな日差しが心地良い、4月のある日。
ソリステア王国首都の東京にあるとある喫茶店で、黒髪黒目で少々強面のがたいの良い少年───、一条優斗は、長い、聞くものまで憂鬱な気分になるようなため息を吐いた。
「…なんでそんなにだるそうなんだよ。今日は一応入学式だぞ。普通喜ぶもんじゃないのか?」
対面に座る、特徴的な白い髪を生やした目つきが悪い、やる気の感じられない声の少年───田中太郎は言う。
「いやお前が言うなよ。まあ、喜ぶべきなんだろうけど…」
そういうと頼んだコーヒーを飲み、続ける。
「そもそもあそこ入れたの…コネなんだよね。」
「ふーん、そうなのか。だからどうしたんだ?コネ使ってでも入るってことは目標があるからだろ?」
バツが悪そうに目を逸らしながら言う。
しかし明らかな不正を前にしても、目の前の男は一切変わらない。
「怒らないんだ…。いや単純に罪悪感がすごいんだよな。他にも入りたいやつはいっぱいいただろうに。それにそもそも入試落ちてるし…」
見た目によらず意外と気が弱い優斗は、いつまでもうじうじと言っている。
しかし目標はある。小学生のとき、クラスのみんなに大笑いされて以来、仲のいい祖父にすら話していない夢が。
「なるほどな。で?コネってなんだ?知り合いが重役とかか?」
「お前初対面でグイグイ来るよな…。」
そうこの2人、親しそうにしているが…初対面である。
今日は王立ソリステア魔術学園の入学式だ。
ソリステア学園と言えば高名な探索者や専門家が教師を務める世界有数の魔術学校で、卒業達成率4割の超難関校だが、毎年世界中で活躍する傑物を輩出している。日本では1番人気で、今年の倍率は驚異の42倍である。
四年制の学校で、魔術的な成人を意味する19まで在学する。
その入学式の当日、上京してきたものの来るのが早すぎて、仕方なくそこらの喫茶店に寄ったがなんと満席。
仕方なく相席にしたところ相手が同じ学園の制服を着ており、入学式が始まるまで話すことにした、という経緯である。
「内緒にして欲しいんだけど…、じいちゃんが学園の理事長やってるんだ。」
これには太郎も驚いたのかコーヒーを飲む手を止め、軽く目を見開いている。
「へえ…そのじいさんのコネで入れたって訳か、最高責任者がよくやるな?」
しかしすぐに元に戻り、ニヤニヤしながら言い始めた。
「茶化すなよ。大体、落ちたから諦めるって言ったのに無理やり入れやがって…」
自分の目標を知っている訳でもないのに、祖父にしては珍しく頑固だったことを思い出し、さらにため息が出る。
「しかし落ちたってことは…適性がないのか?」
心のパーソナルスペースにズカズカ踏み込んで来るやつだ…と思いながら、さらに気持ちが落ちる。
「そうなんだよ…。俺、無属性しか使えないんだ。それでも身体強化は使えるから戦闘そのものはそこそこできるけどな。」
「なるほど。あんまりどころかだったな。」
魔術師として落第の証を聞いても、感情の揺らぎは感じられない。
魔術には属性があり、魔術師は基本7大属性と呼ばれる7つの属性のうち、1つか2つ───稀だが───3つ以上に適性を持ち、その属性以外は努力しても扱うことが出来ない。
無属性とはその名の通り、属性が無い魔術を指す。これは、低位のものであれば魔術師ではない一般人でも使える。
一般人でもないのに無属性しか使えない者は落第者として扱うものがそれなりに多く、侮蔑の対象として見られる。
「憂鬱だあ…そもそも無属性しか使えないから入試突破を疑われるよ。」
「座学が高くて突破するやつもいるから大丈夫だろ。ところで、お前の目標ってなんなんだ?」
随分踏み込んだ質問をする。
中学に上がってからは誰にも言ってなかったが、どうしてか彼になら話してもいいと思えた。
言わんとする言葉を口の中で何度も転がす。しかし、意を決して言う。
「出来れば言いたくないんだがな…笑うなよ?俺─────白星級になりたいんだ。」
世界が止まったような気がした。時間が引き伸ばされ、また笑われるのではと、じわじわ後悔が襲ってくる。
白星級。
それは最高位の探索者の名称である。現在世界でたった7人しかいない単騎で国を滅ぼせる化け物集団で、その力は本来探索者を管理するはずのギルドすら頭を垂れるほどである。
さらに3年に1度、白星級の探索者のみが参加可能である『白の円卓』を開き、そこで世界の力の均衡を保つための会議を行う。
本来魔術学校にすら落ちるような者が目指す夢ではない。
「あはははは!え?お前まじか?!無属性しか使えないのに?馬鹿だろ!」
馬鹿げた夢を聞き、太郎は爆笑していた。確かに身の程知らずの夢だが、その笑いようは尋常ではない。
「そんな笑うことないだろ…そもそも無理な夢だし、入学失敗した時点でもうほとんど諦めてるけどな。」
やはり笑われたと、声と顔を落として言う。
しかし───
「いや、無理なことないだろ。」
笑いが収まった太郎に予想外の返しをされ、音がなりそうなほど勢いよく頭を上げる。
「…い、いやいやいや、自分で言っといてなんだが、もうほとんど諦めてるんだぞ?だいたい何を根拠に。」
初めて自分の夢を信じて貰えたが、あまりに非現実すぎてこちらが信じれない。そのぐらい荒唐無稽な夢だと言うのはわかっているのだ。
「行けるって言ってんだろ。根拠はある。それは───」
その時、轟音と共に窓の外に突然、巨大な獣が現れる。一瞬店内が静かになり、次の瞬間、大騒ぎになる。
この異常事態に、会計もせず急いで外に出る人々。
「や、やばいってこれ!早く逃げるぞ!!」
優斗も例に漏れず逃げようとするが、放心しているのか、座ったまま下を向いて動かない相方に大声で言う。
「何やってんだよお前!!動けないのか?!おぶってってやるから早く。」
獣は依然街を荒らし、人を襲っている。しかしいつこちらに来るかは分からない。早急に逃げる必要があるだろう。
「まあ落ち着け、さっきお前聞いたよな?自分が白星級になれる根拠は?と」
「そんなこと今はどうでもいいんだよ!!早く逃げるぞ!」
こんな状況でも緊張感のない太郎の声に苛立ちを覚える。
既に店内には自分達しか残っていない。
魔獣が取り残された獲物に気づいたのか、こちらに向かってくる。
「まあ聞け、その根拠はだな…」
依然として話を続ける太郎。
それでも魔獣は近づいてくる。立ち止まり、店の入口を屋根ごと抉る。
「……!」
2人を見つけた魔獣は、笑っている気がした。
次にその巨大な前足で優斗と太郎を店ごと叩き潰そうとする。立ち向かってどうにかなる相手ではない。その光景に優斗は引きつった笑いを浮かべ、死を覚悟する。しかし、
「───白星級であるこの俺が、直々に鍛えてやるからだ!」
「?!」
先程までの気の抜けたものとは違い、覇気を感じる声で衝撃の事実を告げられると共に、魔獣が四散した。
「断言しよう。お前は必ず白星級になれる。」
惨状の中、化け物すらも歯が立たない最強の『怪物』は笑っていた。