そこはマンションの一室
「さて、今日のコーデのテーマは何でしょう」
ダークグレーのワンピースをメインに、カチューシャ、靴、ソックス、バッグなど、小物は黒にまとめている。そして十字架のネックレス。
「なんだろう……お葬式?」
「着眼点は悪くないね。正解は『タンスの肥やしを久しぶりに着たコーデ』でした」
「それは問題としてずるくない?」
「今度から小松君の意見を参考にするよ。けっこうその解答好きだったよ」
今日は以前小松君と話した別のロリータ服のお店に行くことにした。だからそこのブランドのお洋服で行こうとクローゼットを見ていると、しばらく着ていなかったワンピースが出てきたというわけだ。小物なども選んでいると最近身に着けていないものがけっこうあることに気付き、似たような色味で揃えた結果が今日の服装だ。
「今日はクラシカルロリータのブランドに行くよ」
「クラシカルロリータ?」
「ロリータファッションと言ってもその中で細分化されてるんだよ。今から行くお店はどちらかというと落ち着いたデザインの服が多い。『お姫様』というよりは『お嬢様』と呼んだ方がしっくりくるかな」
「なるほど、なんとなくイメージはついた」
「この前行ったお店は内装もピンク一色で派手だったけど、今日のお店は大人っぽくて上品な雰囲気だよ」
ロリータ服のブランドは意外にたくさんある。ブランドによって方向性もけっこう違う。
「俺が行きたがってたから連れて行ってくれるの?」
「単に新作の服を見てみたいと思っただけだよ」
「ついで、ってわけね」
「うん、ついでに新作が好みだったら小松君に買ってもらおうと思って」
「それいくらくらいするの?」
「3万円くらいかな」
「ついでで買わせるような値段じゃないよね」
「小松君、貢ぐのが趣味なんじゃなかったっけ」
「そういう趣味はないんだけどなぁ」
「安心して。欲しくなったら自分で買うよ」
歩いてくと目的の場所にたどり着いた。
「ここ……マンションじゃない?」
「そうだよ。ここの一室にお店があるんだよ」
「マンションに?」
「そう、マンションに」
「変わった営業形態だね」
「ちゃんと商業ビルに入ってる店舗もあるけど、こっちが本店だから」
こういう店舗があるのもロリータ服を知らない人からすれば驚くことなのだろう。私も初めは本当にここがお店なのか迷ってしまった。
「いらっしゃいませ。何かお探しでしょうか?」
ロリータ服を着た店員が出迎えてくれる。夢の空間に入れるこの瞬間は、いつも気持ちがたかぶってしまう。
「新作のお洋服はありますか」
小松君のことは放っておいて自分が見たい商品を見る。服の形も好みだしレースが珍しくてそこも良いのだが、思っていた色味とイメージが違っていたので悩んでしまう。実際に着てみると印象が変わるかもしれないと思い、一応試着もさせてもらった。
「湯口さん似合ってるじゃん」
「うーん、良いんだけど、ちょっと色味のイメージが違うんだよね」
「いいと思うけどなぁ」
他の色も品揃えがあるものの、どれもしっくりこない。申し訳ないと思いつつ、今回は購入をやめることにした。
「すみません、ちょっとイメージと違っていて」
「いえ。ゆっくりご覧ください」
小松君は店内をうろうろしている。
「小松君、そろそろ行こうか」
「何も買わないんだ」
「本当に欲しいもの以外も買ってたらお金がいくらあっても足りないからね」
私たちはマンションの一室の店舗を後にした。
「湯口さんがついに家に呼んでくれたのかと少しドキドキしちゃった」
「小松君って時々すごくおめでたい思考してくるよね」
「せめてポジティブと言ってほしいな」
「ポジティブな自覚はあるんだね」
私たちは昼食を食べるために洋食屋へと入った。卵ふわふわのオムライスを食べ、空腹だったお腹も満たされた。食後の休憩のついでに私は疑問に思っていたことを小松君に聞いてみた。
「ねえ、小松君って私がロリータ服を着てたから私に気付いたの?」
地元とは離れているような場所で、ほとんど話したこともない同級生に気付くなんてそれくらいしかないだろう。
「そうだね、確かに湯口さんがもっと普通の服を着てたら気付かなかったかもしれない」
「この服ってやっぱり普通じゃないと思う?」
「少なくとも目立つとは思うよ」
「もっとみんなロリータ服を着ればいいのにね」
「それ前も聞いたよ」
どうしてロリータファッションはこんなに人口が少ないのだろう。私も普通の服が好きだったら、もっと普通の人間になれたのだろうか。
「私って普通じゃないと思う?」
「見た目の奇抜さはあるけど、中身は普通だと思うよ。どうしてそんなこと聞くの?」
「もう少し普通の生き方をした方が生きやすかったのかなと思っただけ」
「他人が言う『普通』なんてあてにならないでしょ。多数派か少数派かの違いでしかない」
「小松君でもまともなこと言うんだね」
「湯口さんって俺に対するイメージが割とひどいよね」
「まあ小松君は適当に扱ってもいいかと思えるから」
「それは俺に気を許してると受け取っていいのかな」
その小松君の言葉を聞いて私は考えた。確かにそうかもしれない。小松君には何も気を遣わなくてもいい。素で話していても今のところは嫌われていないように思える。
「私、小松君といると『普通』でいられるって気付いちゃったよ」
「どういうこと?」
「気を遣わなくていいってこと」
「なるほど、それで俺への扱いが適当なわけね」
「なんかあまり分かってなさそうだね」
まあそれでもいいか、と思いつつ、私は食後のホットコーヒーを飲んだ。