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元クラスメート→友達

 普段こんなに喉が渇くことはない。どう考えても小松君と喋りすぎているせいだろう。私たちはカフェで少し休憩を取ることにした。小松君のおごりで。

 喉の渇きを潤すには冷たい飲み物がいい。アイスコーヒーか、オレンジジュースか。コーラも捨てがたい。散々悩んだがフレッシュアップルジュースを選んだ。

「湯口さんってどういう仕事してるの?」

 唐突に小松君がそんな質問をしてきた。

「普通の事務職だよ。小松君は?」

「俺も普通の営業職だよ」

「ああ、営業向いてそうだよね」

「やっぱり営業能力高いと思う?」

「とにかくグイグイと押し切ろうとしようとするのが営業っぽい」

「その言い方は語弊があるよね」

 注文したフレッシュアップルジュースが運ばれてくる。もう喉がカラカラだ。小松君はアイスコーヒーにしたようだ。

「湯口さんは彼氏いるの?」

「それは小松君に答える必要ある?」

「彼氏がいたらこうやって遊びに誘うのも良くないかと思って」

「その配慮はどうも。彼氏はいないよ」

「それは良かった。じゃあ俺とこうしてデートしても問題ないってことだね」

「まあ、私に彼女がいる可能性は残してるけどね」

「え、彼女いるの?」

「いないよ」

「湯口さんの冗談は冗談だと分かりにくいなぁ」

「小松君はまさか彼女がいるのに私と会ったりはしてないよね?」

「ないない。もしかして俺に彼女がいるか気になる?」

「いや、小松君の彼女に逆恨みされたら困ると思って」

「そういうところはちゃんと区切りつけてるから大丈夫だよ」

 小松君と話してると飲み物を飲む隙すらない。一体どれほど話せば気が済むのだろうか。話が途切れた隙にストローでフレッシュアップルジュースを飲む。

「湯口さんが勤めてる会社って大手だったりする?」

「どうして?」

「いや、ロリータ服ってけっこう高いみたいだから稼いでるのかなと思って」

「ロリータ服着てる人なんて大体みんな普通の仕事してるよ」

「じゃあ特別稼いでるわけじゃないんだね」

「あ、もしかして小松君が営業してるのって『幸せになれる壺』とかそういう類の商品?」

「どうしてそうなるのさ」

「私の給料が良ければそこに付け込んで何か買わせようとするのかと思って」

「デート商法じゃないからね?普通に湯口さんと仲良くなりたいんだよ」

「どうだろうね。特に仲良くもない同級生って久しぶりに会うとよく分からないもの売りつけたり、何かの団体に加入させようとしたりするものじゃないかな」

「ずいぶんと詳しいね。もしかして経験があるとか?」

「さすがにないよ。そういう話をよく聞くってだけ」

「じゃあ俺のことはまだ信用してくれてないんだね」

「そんな簡単に信用できないよ。小松君ってなんか胡散臭いんだもん」

「湯口さんの冗談は本当に分かりにくいなぁ」

 単にポジティブなのか本気で冗談だと思っているのか分からない口調だった。私は不本意ながら、高校時代にこういう友達が欲しかったと思ってしまったのだった。


「湯口さんがこんなに面白い人だとは思わなかったな。もっと自分を出してたら高校でも友達できたんじゃない?」

「それ余計なお世話だよ」

「俺も同じクラスの時に話しかければよかったな」

「あの時に話しかけられてもこうやって話せてなかったんじゃないかな」

「やっぱりそうなのかな」

「私も世間話が上手くなったからね」

 友達が欲しくなかったわけではない。それでも、あの時は本当に友達は必要ないと思っていたのだ。

「そろそろ湯口さんのこと『ゆかりちゃん』って呼んでもいい?」

「え、なんで」

「そっちの方が親密になれると思って」

「呼び方が変わったからって親密になれると思ったら大間違いだよ」

「でも形から入るのも大事じゃない?」

「形だけで中身が伴ってないことなんて世の中にはいっぱいあるよ」

「じゃあ仕方ないから今は『湯口さん』って呼ぶよ」

「今もこれからもずっとそのままでいいよ」

「俺のことも下の名前で呼んでくれていいよ」

「小松君の下の名前ってなんだっけ」

「教えたら俺のこと下の名前で呼んでくれる?」

「それなら聞かなくていいや」

 長話を続けているうちに、ようやくフレッシュアップルジュースを飲み終えることができた。


「そろそろ帰るね」

 時刻はまもなく16時になるところだった。

「え、もう?まだ夕方にもなってないよ」

「夕方まで一緒にいるとは言ってないからね。それにね、ロリータ服って疲れるんだよね」

 背筋を伸ばし、お洋服が綺麗に見えるように上品に歩く。そして重ね着した服やアクセサリーの多さでロリータ服はなかなか重い。そうなるとどうしても体力が消耗されるのだ。

「今日は楽しかったからまた遊んでもいいよ。今度も小松君のおごりでね」

「まさか湯口さんの方から誘ってもらえるとは思わなかった。一歩前進した?」

「そういうことは本人の前では言わない方がいいと思うよ」

 小松君と別れた後、家にたどり着いた私はヘトヘトだった。ロリータ服を脱ぎ捨て部屋着に着替える。軽食を食べた後に布団に潜り込むと、あっという間に眠ってしまったのだった。



 休日が終われば平日の仕事がやってくる。もちろん仕事ではロリータ服ではなくオフィスカジュアルだ。キーボードを叩き、電話を取り、書類を作る、そんな日々。世の中にはロリータ服を毎日着れるような職種もある。たとえばロリータブランドのショップ店員などは典型的な例。しかし私はそのような仕事に就くつもりは最初からなかった。人と話すのが苦手だったというのも一因としてはある。しかし何より、ロリータ服に関わる仕事をすると、ロリータ服を着る楽しさと仕事のストレスが混同してしまいそうで嫌だった。楽しい趣味と仕事は切り離したかったのだ。だからこそ私はどこにでもある事務職に就いている。

 決して多いとは言えない給料の中から生活費などの必要経費を引けば、自由に使えるお金は大した額ではない。それでもロリータ服が好きで、自由に使えるお金の大半を使ってしまう。ロリータ服が好きな人にはよくあることだ。しかし、ロリータ服を愛さない人間からすれば私がやっていることは普通ではないのだろう。

 人が言う「普通」とは、いったい誰の基準から見た「普通」なのだろうか。



「今日はいちご?『いちごが食べたい!』みたいな感じ?」

「正解は『いちご狩りをしたあとのピクニック』だよ」

 今日のコーディネートのテーマを当てるクイズである。小松君は私の服のいちご柄だけを見て答えたようだが考えが甘いのだ。もちろん、当てられるとは思っていない。こうやって服をしっかり見てくれてテーマを当てようと考えてくれるだけで楽しいのだ。

「そうやって服にテーマをつけていくのって独特だよね」

「ロリータ服を着てる人はこういうことをする人は多いよ。服に物語があるんだよね」

「面白い文化だよね。普通の服にはそういうのないもんね」

「たぶん普通のカジュアルな服だったら、『自分に似合うか』とか『どういうイメージになりたいか』とかでコーディネートをしていくんだろうけど、ロリータ服は『服に自分を合わせていく』というのが強いんだよね。だからたとえ似合わなくても着るんだよ」

「湯口さんは似合ってるけどね」

「それはありがとう」

「湯口さんは服の話になると多弁になるよね」

「え、そう?」

「すごく楽しそうに見える」

 その言葉で私は納得してしまった。こうやって他人と楽しく話せる話題が他になかったのだと自覚したのだ。

「そっか、だから友達を作れなかったんだ」

「どういうこと?」

「ロリータ服は昔から好きだったけど、それを他の人に大っぴらに言うことができなかったんだよ。こういう服って奇異の目で見られることが多いし、なかなか共感されないから」

「でもそれは、言ってみなきゃ分からなかったんじゃないかな」

「小松君はドロワーズを覗いて私を気にしちゃうくらいだったからそういうことが言えるんじゃない?」

「それはあまり言わないんでほしいんだけどなぁ」

「でもいいよ。こうやって話せると楽しいし」

「あ、もしかして俺のこと好きになったとか?」

「『元クラスメート』が『友達』になったくらいだと思ってくれた方がいいよ」

「じゃあこれからまた変わる可能性もあるよね」

 その小松君の前向きな姿勢を、私も見習おうと思った。

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