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ロリータ服のお店に行く

 今日の目的は達成された。予約していたCDを受け取るミッションだ。せっかくおしゃれをしたのにこれだけで帰るのは味気ない。その後は小松君と行く宛もなく街をぶらぶらする。すると普段は行列ができるパンケーキ店が今日は比較的空いているようだった。行きたくてもなかなか手が出せなかった店である。

「小松君、甘いものって好き?」

「普通に好きだよ」

「その『普通に好き』って何?」

「好きだけど特に率先しては食べないって感じかな」

「なるほどね」

「ここ行きたいの?いいよ、俺おごるよ」

「おごった見返りに何か要求したりしないならいいよ」

「しないしない」

 私たちはピンクで装飾された店内に入っていった。


「俺もそういう服着た方がいいのかな」

 唐突に小松君がそんなことを言い始めた。

「何?小松君もロリータ服着てみたいの?」

「そういう意味で言ったんじゃないよ。湯口さんと同じように派手な服装がいいのかなと思っただけ」

「別にどんな服でもいいよ。私に合わせようとかしなくてもいいから」

「そういうもの?」

「そういうものだよ」

「でも似たような系統の服装の方が良くない?付き合ってるみたいでさ」

「それは私と付き合いたいということ?」

「うーん、今は告白しても無理そうだからまた頃合いを見て言うよ」

「その判断は正しいと思うよ」

 それはとても不思議な会話。私たちの関係は「友達以上恋人未満」と言うのだろうか。私はそもそも小松君のことは友達とも思ってはいない。強いて言うなら「元クラスメート」である。

「男が着るならやっぱりパンク系になるのかな」

「そういう知識はあるんだね。あとは皇子系ってのもあるよ」

「なるほど、王子様みたいな感じってことね」

「大体そんな感じ。気になるなら調べてみて。まあ男性でもロリータファッションを楽しんでいる人もいるけどね」

「それは湯口さんからすると嫌じゃないの?」

「同じファッションを好む者同士だから仲間みたいなものだよ」

「そういうものなんだ」

「そういうものなんだよ」

「じゃあ湯口さんはどういう服を着てる人が好きなの?恋愛対象として」

「別に何でもいいよ。それこそ小松君みたいな普通の服で全然いい」

「あ、それ褒めてくれてる?」

「褒めてるわけではないけど、貶してはいないよ」

 そこに注文したパンケーキがやってくる。メープルシロップとチョコシロップが大量にかかったそれは甘さの暴力だ。ベリーとイチゴが酸味のアクセントになっている。ナイフを入れる。その柔らかい感触だけでこのパンケーキのおいしさが伝わってくる。

「湯口さんってこういうの写真に収めないタイプ?」

「SNSに上げるってこと?興味ないんだよね、そういうの」

「上げるかは置いといても記念に撮っとく人も多いと思うよ」

「写真なんて見返さないから関係ないよ」

「なるほど、心の中に刻んでおくタイプね」

 小松君と話しているとパンケーキの味が分からなくなりそうだ。とにかく今は食べることに集中したい。遅れて小松君が注文したものも運ばれてきた。

「小松君は食事系のパンケーキにしたんだね」

「お腹空いてたから甘いものよりこっちの方が食べたくて」

「それならもうちょっと食事寄りのお店でもよかったのに」

「湯口さんが行きたいお店に行くのが一番いいんだって。それおいしい?」

「小松君と話してたら味が分からなくなるんだよね」

「ああ、緊張すると味が分からなくなることあるよね」

「緊張はしてないよ。小松君が喋りすぎで味に集中できないだけ」

「でも湯口さんだって喋ってるじゃん」

「小松君が話しかけてくるのに無視するわけにはいかないでしょ」

「そういうところ律儀だよね」

「小松君も食べたら?冷めちゃうよ」

 パンケーキの味には集中できなかったが、それでもこの会話がなんだか心地いい。すっかり小松君のペースに乗せられているようでそれが少し腹立たしさもあった。


「小松君は行きたいところとかないの?」

「今日は湯口さんの行きたいところでいいよ。それとも少しは俺に興味持ってくれた?」

「せっかくおしゃれしたのにこれで帰るのも味気ないなと思って。それとももう帰っていい?」

「え、まだ帰らないでよ。せっかくなら夜ご飯食べるくらいまでは一緒にいたいんだけど」

「それはさすがに疲れるからパス。夕方には帰るよ」

「じゃあさ、湯口さんが着てる服をどこで買ってるのか見てみたい」

「この前行ったばかりで欲しいものもないんだけど」

「いいじゃん。ここから近い?」

「まあ歩いていける距離にはあるよ。行ってみようか」

 そうして私たちはロリータブランドの取り扱いがある商業ビルへと向かった。


「湯口さんはこういう服に毎月どれくらいお金をかけてるの?」

「特に決めてはいないけど平均して3万円くらいかな。全く買わない月もあれば、シリーズで揃えるために6万円くらい使っちゃうときもある」

「シリーズ?」

「たとえばワンピースがあるとして、そのワンピースと同じテーマに沿った小物が出たりする。それをシリーズと呼んでるんだよ」

「なるほど、マネキンの服を一式全部買うみたいなものか」

「大まかにいえばそんな感じ。統一感は出るけど、型にはまったコーディネートだから『制服コーデ』と呼ばれることもある。あまりいい意味じゃないけどね」

「もしかしてこの前の湯口さんってそのシリーズで揃えてたということ?」

「そうだよ。マーガレット好きだから」

「奥が深いんだね」

 商業ビルに入り、エレベーターのボタンを押す。

「こういう密閉空間って気を遣うんじゃない?」

「人が多ければエレベーターは使わないね。私は良くても周りが気を遣うでしょ」

「そのスカート、スペース取るよね」

「こういう服だからね」

「そこがいいんでしょ?」

「そうだね。膨らんだスカートには夢が詰まってるから」

「湯口さんって意外にメルヘンなんだね」

「小松君って私にどういうイメージ抱いてるの?」

「可愛い服を着てるけど中身はかなり現実的」

「ロリータ服着てる人大体そうだと思うよ。みんな外見のイメージに惑わされてるだけ」

「確かに、見た目で判断しちゃいけないよね」

 それは小松君が言うセリフではないだろうとは思ったが言わないことにした。

 エレベーターはぐんぐんと昇っていき、お目当てのフロアについた。扉が開き、通路を少し歩くとそこにはロリータブランドの店舗にたどり着いた。

「ここだよ」

「おお……すごいね!」

 それは先ほどのパンケーキ店以上のピンク、と言ったらいいのだろうか。内装はすべて可愛いもので埋め尽くされている夢の空間である。私にとっては当たり前の光景ではあるが、小松君にとってはそれが新鮮だったのだろう。顔なじみの店員が私に気付き、近づいてくる。

「湯口さん、いらっしゃいませ。この前購入されたお洋服とてもお似合いです」

「ありがとうございます。今日は特に買うものはないんですけど……」

「いえいえ。こうやってお洋服を着て遊びに来ていただけるだけでとても嬉しいですよ」

 小松君は一人で店内の商品を見ている。顔なじみの店員が小松君を気にかけている。

「彼氏さんですか?」

「なんでしょうね……高校時代のクラスメートなんですよ」

「あ、じゃあお友達なんですね」

「友達だとは思ってないんですけどね」

 話を切り上げ、店内をうろうろしている小松君の元へ向かう。

「どう?これで満足した?」

「湯口さんは見ないの?」

「この前も大体見ちゃったからね。それより興味あるなら試着でもしてみたらどうかな」

「え、俺が?」

「小松君、ロリータ服好きなんじゃないの?」

「自分で着たいわけじゃないからね」

「そっか、残念」

「湯口さんは俺がこういう服を着てもいいの?」

「別にいいんじゃない?趣味なんて人それぞれだし」

「湯口さんって変わってるね」

「変わってなきゃわざわざロリータ服なんて着てないよ。冷やかしなら邪魔になるから帰ろう」

「でももうちょっと見てみたいんだよね」

「何か買うの?」

「買う予定はないけど」

「そういうのを冷やかしって言うんだよ」

「じゃあ湯口さんが欲しいやつ何か買ってあげようか」

「小松君って貢ぐのが趣味なの?」

「人聞きが悪いなあ」

「欲しいものは自分で買うから大丈夫だよ」

 店員さんに一礼をして店を出る。小松君は少し名残惜しそうだったが、さすがに置いていかれるのは嫌だったのか私を追いかけるようにして後をついてきた。

「普段あのお店で服を買ってるんだね」

「あのブランド以外にもよく買ってるお店はあるよ」

「じゃあ今度はそこ行ってみる?」

「またの機会にね」

「それって次もデートしてくれるってことだよね」

「小松君って社交辞令が分からない人なの?」

「まあそういうこと言わずに」

 次こそは小松君に何か買わせようかと思ってしまった。

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