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遊星からのダンジョンX  作者: コーヒーメーカー
7/29

ステータスについて

 

 ―――ピンポーン。


 気がつくと、俺はソファーに身を横たえていた。

 頭がガンガンする。頭を抑えながら体を起こすと、真っ暗な部屋にいるのがわかった。

 ずっと目を閉じていたせいか、目はすぐに慣れてくれた。今いるのは千代ちゃんの部屋だ。暗いのは、日が落ちたせいらしい。時計を見ると、すでに八時を回っている。

 周りを見回すと、千代ちゃんも最後に見たのと同じ姿勢でソファーに転がっていた。


「千代ちゃん、千代ちゃん…?」


「ん、赤羽さん…?」


 慌てて声をかけに行くと、千代ちゃんはすぐに目を覚ました。一緒に気を失っていたらしい。


「何があったんです…? 一瞬、すごく頭痛がひどくなって…」


「わからない。テレビ見てたら…」


 光のことを思い出してテレビに目を向けると、青い画面になっている。


「…5時間近く気を失ってたのか?」


「みたいです。見てください、これ。なんかすごいことになってます」


 試しに他のチャンネルを回してみても、テレビは青い画面しか映さない。そんな俺に、千代ちゃんがスマホを持ってくる。

 ネットは生きているのか、ニュースサイトは散々な騒ぎだ。どうやら気を失ったのは俺達だけではないらしい。ばたばたと人が倒れたらしく、あちこちで事故や混乱が起きたらしい。特にテレビやスマホなどを見ていた人に気絶の被害が多いらしく、それで一度テレビ放送に関しては中断になったのだとか。


「それで、この騒ぎか」


 少し耳を傾けると、外は昼間の比ではない騒ぎになっていた。様々なサイレンが鳴り響き、どよめきがここまで伝わってくる。パトカー、救急車、消防車、それぞれの違ったサイレンに人の悲鳴。できれば聞きたくない喧騒だ。そういえば。


「『TOWER』はどうなったんだ?」


 バッとスマホを取り出して慌ててニュースを確認する。

 トップニュースはすぐに見つかった。


「沈黙、か」


 流石に五時間経って、ある程度は『TOWER』に関する情報が揃っていた。

 少なくとも宇宙に『TOWER』は存在を確認できず、今おそらく『TOWER』じゃないかというそれは、南極に相変わらず存在しているらしい。落ちることも浮き上がることもなく、あのテレビで見たときのまま、宙に浮いているのだとか。


「ただ、人類は助かったか? か…」


 少なくとも、隕石衝突からの人類滅亡エンドはなくなったらしい。ただもっと訳のわからないものが地球に来たことを考えると、素直には喜べない。

 ただ、いまは無事を喜ぶべきなのか。

 しばらく立ち尽くしてそんなことを思っていると、俺が目を覚ましたきっかけが唐突に頭に浮かんだ。


「…千代ちゃん、チャイム鳴った?」


 千代ちゃんに聞いてみると、ふるふると首を振る。聞いたあとで、それで気がついたあとに千代ちゃんを起こしたことを思い出した。まだ頭がこんがらがっているらしい。

 だいぶ頭痛の収まってきた頭をかきながらインターホンを確認すると、来客ボタンは光っておらず、人の気配はない。


「なんの音だったんだ?」


 いやそもそもこんなときに来客が来る方がおかしいのか。こんなときだから京一のやつが来たのかと思ったんだが。


「兄ならさっきから大丈夫かって山程メッセージ送ってきてます」


 千代ちゃんの方を見るとスマホをポチポチとうんざりしたような顔で動かしている。だれかが来たわけじゃない。

 俺が千代ちゃんに向かって首を傾げると、千代ちゃんも首を傾げた。


 そうやっていたときだった。

 今度はショッピングモールのアナウンスのような、無機質な声が聞こえた。


 ―――システム再起動。


「うん?」


「え?」


 互いに顔を見合わせる。どうやら千代ちゃんも聞こえたらしいが、今のは誰だ?

 混乱している間も、その声は止まらない。


 ―――ステータス可視化に伴うメインユーザー変更確認。…中央管制より承認。


 ―――クエスト機能停止によるアップデートを確認。…中央管制より承認。


 ―――ステータス機能を起動します。


「は?」


 こちらが唖然としているうちに謎の声はつらつらと台詞を読んでいく。それこそ台本の棒読みのようだ。

 それが止んだ途端、目の前の中空からブンとモニターに電源を入れたような音がして、唐突に薄青色の硝子板のようなものが視界を覆うように現れた。

 一瞬で現れたそれは、パソコンのブルースクリーンに似ていた。いつぞや会社のパソコンがクラッシュしたことを思い出す。

 ある意味悪夢を思い出したが、それはよく見ればあれとは全く違うものとわかった。


 そして、それには妙な文字が書いてあった。大昔の漢字のような、アルファベットとは全く違う言語。文字と絵の中間のような模様。俺が全く見たことのない文字。

 見ようによっては絵のように見えなくもないそれを俺が文字として認識できたのは、それが"読めて"しまったからだ。

 気持ち悪いことに、そのなんとも言えない模様を俺は読めていた。もちろん今までそんな物、見たこともないはずだ。せいぜいテレビの特集でエジプトの象形文字くらいしか見た覚えはない。だが、それは俺の頭にしっかりと何を書いてあるか伝えてくるのだ。

 それには青地に白い光の文字でこう書かれていた。


 ――――――――


 NAME:赤羽 修司 


 LP:――

 MP:27


 STR:15

 VIT:13

 INT:11

 DEX:14

 AGI:14


 SKILL:


 QUEST:☓


(HELPMENU)

 ――――――――



 なんだこれは?


 思わず手を伸ばすと、それはすっと手をすり抜けていく。なんの感触もしなかった。うすい内容の割に視界のほぼすべての面積を覆ってしまっていて、とてつもなく邪魔だ。

 いよいよ頭がどうにかなってしまったんだろうか?

 そう思って、情けなくも千代ちゃんの方に助けを求めるように視線を送ると、俺と全く同じ動作をしている彼女がいた。

 千代ちゃんは自分の前の何もない空間に睨むような視線を送りながら、そこを掴むように手をパタパタしている。


「…ひょっとして、千代ちゃんも見えてる?」


「…赤羽さんもですか?」


 少し絶望のようなものを浮かべた千代ちゃんが、すがるような目で俺を見る。

 それに内心少し安心しながら、俺は小さくうなずいた。


「…何が見えてる? 俺には青い板みたいなのが見えてるけど」


「…私もです。青い板にそんなのが」


 互いに少し見合って、どちらともなくため息をつく。


「…まずは、お茶にしよう」


「そうですね…」


 真っ暗な部屋に明かりをつけ、青い画面しか映さないテレビを消す。どちらともなくコーヒーとカモミールティーを無言で準備する。準備の間もその謎の青い板が視界の邪魔で仕方なかった。とにかく、今は落ち着きたかった。ついでに昼間買ってきたコンビニのプリンも出した。


 結局口を開いたのは、温かいものを飲んで、ようやく人心地ついたあとだった。

 その青い板を視界に収めないよう目だけ上を向けたり下を見たりしながら、今日何度目かのコーヒーを飲んで、これも何度目かもわからないため息をついた。二十分ほど経って、ようやく口を開く。


「…なんかもう色々ありすぎて、どうしたものかね、これ?」


「…とりあえず、私達だけでないっていうのが、救いでしょうか」


 スマホを、おそらくブルスクが邪魔なのだろう、かなり顔に近づけたそれを睨む千代ちゃんがそう零す。

 お互い頭がどうにかなってしまったわけではないらしい。救急車でも呼ぼうかと思ったが、外がこの騒ぎだ。電話回線は死んでしまっていた。呼んでも来るかどうかわからないなと思い、結局呼ばずに情報収集を始めていた。それはある意味いいニュースを教えてくれた。


 俺も色々確認したが、スマホが垂れ流す情報の洪水によると、例の『TOWER』が現れたのと同時刻、世界中の人間がなにかの声が聞こえ、全く同じ青い板が見えるようになったらしい。それは本人にしか見えず、本人にも触れず、目の前の中空に唐突に現れた。そしてどれもが視界を遮ってかなり邪魔だそうだ。

 昼間の『HOPE』騒ぎに輪をかけたこの混乱で、おそらく今日は地球上の歴史でもっとも忘れらない日になるだろう、だそうだ。錯乱した人に死者まで出ているらしい。


 こんな状態になっても律儀にネット上に情報が流れる現代社会に感謝すべきか、それとも呆れるべきなのか、なんとも言えない感想とともに探し当てたのがそんな話だった。

 たった五時間程度しか経っていないせいで政府系の広報も含めて怪しさしかないような話だらけだったが、複数人が同じことを言っていればある程度の信憑性はあるだろう。


 他にも色々、お役立ちと言っていいのか、もうすでに色々検証したらしい話がちらほら出ていた。若干ヒステリー気味だから、どこまで信じるか悩むところだが、この目障りなものを消せる方法については知っておきたかった。視界のほぼ全面を薄青色に覆われるというのはあまりいい気分じゃない。

 それにしてもだ。


「…消えろと念じれば消えますって、なんだこれ?」


 まず、これを消す方法が胡散臭い。

 ちなみに消すといっても、見えなくさせるという意味の消すだ。消してもすぐに出せるらしい。

 千代ちゃんが突然つぶやく。


「脳波コントロールできる?」


「そういうボケができるようになったのか、千代ちゃん…」


「私は真面目です」


 ちらりと千代ちゃんの顔を見ると、たしかにその顔は大真面目だった。ビシッと水戸黄門の印籠のように、そのスマホを俺に向けてくる。


「いま、兄から連絡が来ました。これで消せるそうです」


「あいつは…」


 こめかみを押さえて頭痛をこらえる。どうやらすでに自分を実験台にして色々調べ始めていたらしい。ほとんど学術レポートのような文字の濁流が千代ちゃんのスマホを覆っていた。


『お兄ちゃん』というカテゴリをずっと覆っているそれによると、このブルスク―――京一によると『ステータス』―――は消えろと念じれば消え、現われろと念じれば出てくるとのこと。

 細かい検査などはまだだが、ひとまず千回ほどこのステータスを出し入れしてみてもとりあえず不調等はないそうだ。ひとまずの緊急性はないとのこと。ありがたいが、これでなにかあったらあいつはどうする気だったんだ。それで脳波コントロールの可能性を考えついたらしい。

 そして。


「『ヘルプ』を見ろ?」


 またあたらしい単語が出てきた。

 目の前の青い板を見ると、一番下に確かに(HELPMENU)と読める部分がある。もしこれが俺も知っているヘルプなら苦労しないんだが…。


「あ、消えましたよ」


 一通り京一からのメッセージを斜め読みしていると、隣の千代ちゃんが声を上げる。

 見た目は変わらないがどうやらこれを消すのに成功したらしい。スッキリした視界にご満悦のようだ。あたりをキョロキョロ見ている。

 それを横目に俺もひとまず『消えろ』と頭の中で念じてみると、『ステータス』はフッと消えた。


「本当にこれで消えるんだ…」


「いやぁ、視界に邪魔なものがないって、大事なんですね。あ、本当に出し入れできる」


「これでせいせいした、で終わればいいんだけどな…。あと、あんまりいじらない方がいいよ?」


 しみじみいう千代ちゃんに苦笑して一言言っておく。俺のスマホにも連絡があった。それにはさっきの学術レポートに加えてもう一文加えてあった。ヘルプの中身を一旦確認してみてほしいらしい。

 隣を見ると、少しホッとした様子の千代ちゃんが美味しそうにお茶をすすっている。ついでにプリンも勧めておいた。


 視線を前にして、またブルスク―――『ステータス』を呼び出す。それは出てきたのと同じでブンという音とともにすぐにでてきて、視界いっぱいを青に染める。何度見ても心臓に悪い。

 千代ちゃんを見ると音の方は聞こえていないらしい。プリンを食べながら、スマホをポチポチしてネットサーフィンに繰り出していた。


 このブルスクを改めて観察する。

 内容は、典型的、と言って良いのか、一般人がイメージするゲームのステータス画面だ。

 ただ、全体的に中途半端な感じがする。

『LP』は線が入っているし、クエストのところは灰色になっているうえ、なにかばつ印が表示されている。そこだけフォントといえばいいのか、それが違うせいで妙に目立っていた。


 しばらくそんなステータスとにらめっこしていたが、進展がないので次に移る。

 レポートに従って、(HELPMENU)に意識を向ける。

 またブンと音がして、さっきのステータス画面が消えて、今度は視界いっぱいに文字が広がる。一瞬面食らったが、ここまではレポートどおりだ。辞典の索引のような画面で、そこにはずらずらと例の青地に光の文字が書かれている。


 少し読んでみればすぐに分かったが、正直、期待はずれな画面だった。その全ては例の象形文字で書かれている。それは覚悟していたが、その大半が読めない。さっきの頭に入ってくる感覚がないのだ。正直文字通りのヘルプとしてはあまり期待できないだろう。


 読めるものに関しては本当に一部で、上からずっと探して『ステータス機能について』、『スキルについて』、『クエストについて』、『ダンジョンについて』(4)くらいだ。ただ、これも一部は光が失われて、『クエストについて』など黒色の文字のところもある。現代の感覚では、多分使えませんと遠回しに表示するあれだ。

 読めない部分はもうどうしようもないが、読める光っている部分に意識を向ける。意識を向けた部分がまたブンと音を立てて展開される。少し意識を向けただけでそこが開くらしい。


 まず『ステータス機能について』だ。


 ―――――――――――

 ステータス機能について


『LP』 LIFEPOINT 体力を数値化したもの

『MP』 MANAPOINT 魔素料を数値化したもの スキル使用等に使用

『STR』 STRENGTHS 筋力料を数値化したもの

『VIT』 VITALITY 生命力を数値化したもの

『INT』 INTELLIGENCE 魔力操作の巧みさを数値化したもの

『DEX』 DEXTERITY 身体操作の精密さを数値化したもの

『AGI』 AGILITY 俊敏性を数値化したもの


 それぞれ、表示者の能力を数値化したもの

 モンスターを倒すことで成長する


 ―――――――――――


 そのものまさしくステータスについてだ。京一はここから名前を知ったらしい。しかし、何だ、この説明になってない説明。表示者をの能力ってなんだ。


 『LP』などは体力のことだそうだが、表示されていない理由は書かれていない。

 それにこの『MP』とかいう、『MANAPOINT』とは何だ? 説明文によると『スキルの使用等に使われる』という、説明にならない説明が書かれていた。


 そして、これは『モンスター』を倒すことで成長させることができるらしい。なんだそれは。

 首を傾げるしかない内容だ。モンスターってなんだ。


 疑問しか生まれないが、ひとまず今は読み飛ばす。取り合えず情報がほしい。

 試しに暗くなっている『クエストについて』を見てみたが、これはなんの反応もない。やはりこれは使えませんといっているらしい。


 全体的に胡散臭いことこの上ないが、一応、これを見ての印象などをまとめてを京一にメッセージで送る。

 一人ひとりのこの(HELPMENU)の中身が同じなのか確認しているらしい。あいつの研究室の学生は災難だろう。おそらく今の状況のさなかでも全く躊躇なく連絡をよこせとメッセージを送りまくっているはずだ。


「どうかしたんですか、赤羽さん?」


 若干長くなったメッセージを送っていると、千代ちゃんが俺の顔を覗き込んでいた。見るとプリンはきれいに平らげたらしい。

 考えてみれば、他人から見えない何かを目で追っていくって、完全に不審者の動きじゃなかろうか。


「…いや、京一のやつから連絡が来てね。これのヘルプの中身を確認してくれってきたんだ」


「え、兄さん、そんなこと頼んだんですか?!」


「うん、流石にこの状況は早いところ把握したいしね」


 若干言い訳がましくなるが、情報インフラがほぼほぼ麻痺してしまっている今の状態はまずい。さっきの様子だと、公共系はほぼ死んでいる。こんな事態は流石にマニュアル対処はできないだろう。

 優秀な研究者が調べているというのなら、協力してさっさと自分たちだけでもなんとかしたいところだ。あいつならなにかわかるかもだし。

 そんな話をしていると、千代ちゃんが少し目を輝かせた。


「なら、私も協力します!」


「うーん、そうしてもらえるとありがたいのは確かなんだけど…」


 千代ちゃんを抑えながら、ちらりとスマホに目を落とす。

 大方、家にいて、自分にも手伝えると思ったのだろう。千代ちゃんはこういう、自分にもできることが好きだ。

 できれば、そうしたいのはやまやまなのだが、京一から気になる一言が書いてあった。


「ほら、千代ちゃんの頭痛、脳波に異常があっただろう? これがどう影響するかわからないから、それまで待ってほしいんだ」


「あー、そう、ですね…」


 しょんぼりと肩を落とす千代ちゃん。 

 可愛そうだが、こればかりは仕方ない。なにか調べたいこともあるらしいので、千代ちゃんに必要以上に触らせないようにとのお達しだ。


「ひとまず、京一にまかせておこう? 情報自体が多すぎるから、そのうち嫌でも手伝ってもらうだろうし」


「…そんなに多いんですか?」


「うん、翻訳…できるか知らないけど、多分ね。数百項目あるし。できれば今はニュースを調べてほしい。状況がわからない」


 パッと見たところ、読めない部分はそれくらいはあった。その全てが索引なら、間違いなく千代ちゃんにも手伝ってもらうこともあるだろう。

 俺は若干うんざりした気持ちで、また青い板に目を向けた。


 そこらへんで起きているニュースを報告してくれる千代ちゃんにうなずきながら、コーヒーを一口飲んでまた視界を覆う青に目を移す。

 とにかく、この訳のわからない状況をなんとかしたい。


 次に見たのは『スキルについて』だ。


 ―――――――――――

 スキルについて


 スキルはスクロールを読むことで入手できる

 ―――――――――――


 読んでみるとこれも内容はお世辞にも充実しているものとは言えない。スクロールを使うことによって獲得できる技能なんだそうだ。それだけだ。


「…つくづくゲームみたいだな」


「なんか掲示板とかでもみんなそう言ってますよ?」


 俺のボヤキに、千代ちゃんが合いの手を入れてくれる。手元のスマホを見せてくれた。なにかの掲示板らしいが。


「…『世界が始まったー』って、この状態で言えるのはすごいな」


「見ようによっては、そうとも言えますから」


 そういう千代ちゃんの顔は不安そうだ。スワイプさせて中身を見せてくれる。

 この掲示板は早速このステータスやヘルプメニューを読み込んだ人物が立てたらしい。

 これによればこのステータスは、ダンジョンにいるモンスターを倒すことで成長させられるのだとか。さっきのスクロールとやらもダンジョンから出てくるものらしい。それでスキルを覚えて、強くなれるんだとか。

 ここまでは主に確定情報というか、ヘルプメニューの共通情報らしい。だいたい掲示板にいる複数の人間の意見は同じだ。

 ただ、ここから先がひどい。収集のつかない議論だ。 


 たしかにゲームであればそうなのかもしれないが、そういう問題なのだろうか? 

 そういう当たり前の意見から始まり、強さこそ正義だや、クエスト機能が動いていないからここに鍵があるという話まで、なんだかとんちんかんな方向に話がいっていた。

 なかには人を殺すなりなんなりすればステータスが成長するんじゃないかなんていうとんでもないものまである。

 これがステータスが出てきてから五時間かそこらの話なのだが、それでよくここまで燃え広がったというべきか。


「とりあえず、知り合いに一週間かそこらは家から出ないほうが良いんじゃないかって言っておくか…」


 この現実感のない事態に混乱してしまったのだろう。なにか錯乱してるんじゃないかという投稿をしているそれなりの著名人も目立つ。

 さっきからサイレンの音が鳴り止まない。おそらく見回りに出ているのか、赤いランプの光がカーテン越しにチラチラしている。たまに悲鳴も上がる。

 ヘルプメニューを見ながら言うと、千代ちゃんが虚空を見ようとした。


「とりあえず、今はこっちに任せておきなさい」


「なにするんです…」


 手を伸ばして頭にぽんと置くと、千代ちゃんが不服そうに唇を尖らせた。というか、やっぱりか。


「…人にわからないからって、あんまりステータス関係はいじらないようにね。バレバレだよ?」


「でも…」


「まあ、程々にね? どういう影響があるかわからないんだから」


 京一から千代ちゃんに妙な無茶をさせないように言われているのだ。

 一応、程々に、の部分が効いたのか、千代ちゃんは音を立ててお茶をすすり始めた。多分まだ見ている。ただ、京一からは無茶はさせないようにとのことなので、このくらいにしておくか。あんまり強くやると逆効果だ。なんだか調子も良さそうだし。

 もし本当に触らせたくなければ本人が来てどうにかしているだろう。このシステム、他人からは全く見えないせいで触らせないのは気絶でもさせないと無理だ。

 苦笑をコーヒーと一緒に飲み込み、『ダンジョンについてを』(4)という項目見ながら話す。

 おれが許したからか、もう興味津々といった様子で目の前の虚空を見つめる千代ちゃん。後で京一から何を言われるやら。まあ、一千回くらいなら問題なかったらしいし、ひとまずは大丈夫だろう。

 正直お手上げな状況に、自分に言い聞かせるようにそう納得させる。


『ダンジョンについて』(4)の説明は、こうだ。これも説明が説明になっていない。


 ―――――――――――

 ダンジョンについて


 ダンジョンは魔素溜まりより生まれるものである

 それは周囲をダンジョンに変え、モンスターを吐き出す

 それはいずれダンジョンからあふれる

 ダンジョンを壊すためには、魔力溜まりを破壊すればいい

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 ――――――――――


 で、だ。この数少ない読める部分を組み合わせて、ネット上ではステータスを上げるためにはモンスターが出るダンジョンに行き、それを倒せばなにかすごい力が得られるんじゃないかと盛り上がっているわけだ。


 一般名詞でモンスターと言えば怪物や魔物だが、少なくとも現実でそんなものはいない。それを倒せばいいのかもしれないが、それが何なのかわからない。


 これで『モンスターについて』なんていう索引があればいいんだが、それが見当たらない。読めない部分にあるのかもしれないが、だとすると現状ではほぼ無意味だ。

 そもそも魔力溜まりから出てくるって、なんだそれ。まず魔力に関するヘルプを作れ。MPのMANAと同じものなのか?

 

 疑問は溢れてくるが、答えは見つからない。

 気持ちを入れ替えようとコーヒーのカップを手に取ると、中身が空っぽだった。


「千代ちゃん、もういっぱい飲むかい? コーヒー新しいの淹れてくるけど」


「いただきます」


 千代ちゃんは熱心にスマホと、顔の前の中空を交互に見ている。

 なんとなく若者との温度差というのを感じながらキッチンに行く。ケトルに水を入れて火にかけた。


 ―――明日から会社、どうしようか?


 なんとなく思いつくのがそれなのが情けないというべきか。社会人の性というべきか。

 個人的にはあまり出社したくない。見える地雷に突っ込むのは好きじゃないのだ。どのみち電車や道路がまともに使えると思えないし。

 とりあえず、部長と相談か。

 うんざりした気持ちで、俺はお茶の準備を始めた。

 

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